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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第4章
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56、学園祭初日午後の部 上



 フォルティス・フォン・グラディウスはこれまでの人生において、わりと危機的状況に陥ることがよくあった。物心つかないころに両親を失い、両親の親友だった養い親に引き取られたのはよかったが、この養い親が極め付きのすっとんきょうな人物だったので、その養い子となったフォルティスも、幼い頃から揉め事に巻き込まれることが多かったのだ。


 自分の名前と年を言うのがせいぜいのフォルティスを連れて散歩に出た養い親が、街中で引ったくりを見つけ、上がったテンションそのままに見知らぬ通行人の女性、後でわかったが赤ん坊を失って精神を病んでいた、に抱いていたフォルティスを預け走り去っていったせいで、一ヶ月ほど行方不明になった上、あやうく国外に連れ出されるところだったのを直前で発見されたり。

 ちょろちょろ走り回るようになってきたフォルティスを庭で遊ばせていたはいいが、ちょっと目を離した隙に彼の乗騎である半鷲馬(ヒポグリフ)(雌)が、フォルティスを銜えて連れ去ってしまい、すわ誘拐かと大騒ぎになったり。

 それなりに成長し、大きくなったらオトウサンみたいになる、と宣言するくらいの年になればなったで、何がどうしてそんなことになったものか、養い親に恋焦がれるどこぞの令嬢から、彼を誑かす稚児扱いされてうっかり刺されそうになったり。


 これらはまだ序の口だ。他にも数え上げればキリがないほど色々巻き込まれ、やらかしてくれる養い親に引きずられ、そこそこの修羅場なら眉ひとつ動かさないほど経験してきていた。巻き込むだけ巻き込んでおいて、その被害は養い親本人ではなく、小さなフォルティスに降り注ぐので、周囲の人々も毎回、冷や汗にまみれ、肝を何個潰したかわからないほどどっきりさせられてきたのだ。

 何より、養い親は恐るべき女難の持ち主であった。あまりにもモテてモテて、もはや女難である。

 ほのかな恋が粘着に変わり、そこに執着が加わり、恐るべき情念の死神と化した女性が屋敷に突貫してくるのは当たり前。養い親に可愛がられているということで目をつけられ、何度も誘拐された上に刺殺、絞殺、毒殺されそうになっていたので、フォルティスの外出は使用人が周囲をがっちり固めなければ決して許されなかった。


 執事のクリスチャンなど、フォルティス坊ちゃんはあれだけの経験をしてきて、どうしてあんなに素直に真っ直ぐ育ってくれたのだろうか、本当ならスれてスれてスり切れまくってとんだやさぐれかジゴロかスケコマシになっていてもおかしくないのに、これこそ神の奇跡に違いない、と祈りを捧げているほどである。

 そのように人生の出だしから躓いていたフォルティスだが、養い親を恨んだりすることは一度もなかった。何かが起これば養い親は必ず彼を助けに来てくれたし、すっとんきょうな人ではあったが、親友の忘れ形見であるフォルティスを彼なりに大事に愛しんでくれているのがわかっていたからだ。

 ただその愛情が『揉め事を起こさない、巻き込まない』に結びついていなかっただけで。


 そんなフォルティスだからこそだろうか。

 フォルティス少年は優しく素直に育ったが、ついでに今まで巻き込まれた数々の修羅場を経て『超ド級の鈍さ』を会得していた。

 それは、余りにもアレな家庭環境を哀れんだ神様がくれた贈り物だったのだろう。もしくは幼児の防衛本能か。もはや一種のスキルといっていい。


 彼の中では、揉め事修羅場は養い親が起こすもので自分は巻き込まれるだけ、という刷り込みがなされていた。どんなに女の子が熱い視線を向けようと、直接、フォルティスくんが好きなのと愛の告白をしてこようと、たとえ道ですれ違った見知らぬ女性に路地裏に引きずり込まれようと、それらはフォルティスの中では自分には無関係のところで起こる、養い親の起こしたナニかの結果でしかなかった。

 フォルティスもまた、女性に不自由しない星の元に生まれていたのにだ。そんなところ似なくていいのに、と涙する使用人たちは後を立たない。

 その上フォルティスがそれらの対応に困っていたら、必ず養い親が助けてくれたので、彼はますますそう信じこんだ。養い親の実家の家柄がよかったこと、使用人たちに好かれていたこともそれに拍車をかけた。

 大事な一人息子の養い子に何かあっては一大事、お優しい坊ちゃんに何かあっては大変、と御家を上げてフォルティスにつく害虫をせっせせっせと排除していった結果。


 彼は女にも男にも平等に優しく、正義感強く、努力を弛まず、真面目で誠実で、女性に異様にモテていながらこれっぽっちも気づかない、だから免疫がない、つまり恋だってしたことがないという歪な少年になってしまった。

 炎天下の道に放置された生肉と、それにたかる蝿のような養い親と女性たちの関係を見すぎたせいかもしれない。フォルティスは、押されるとどこまでも引いてしまう、どうしようもない性質を身につけてしまったのだ。

 彼とて人並みに女性に興味はあったが、女性の側からのアプローチはいつだって『養い親のせい』なのだし、自分から声をかけたいと思うような女性にも出会ったことがなかったのも悪かった。


 迷宮学園に入学してからも同じだった。現パーティメンバーのアイトラとカリンも、向こうから声をかけてきて成立したパーティである。二人がどんなに恋焦がれてアピールしても、フォルティスは気づかない。パーティメンバーとして大事には思っても、それ以上にはならない。いや、なれない。まさに呪いのような鈍さが少女たちの恋路を阻んでいた。

 とはいえ、ここは彼が育ったお屋敷ではない。彼の周囲からせっせと虫を排除していた使用人たちも、揉め事ほいほいの養い親もいないのだ。フォルティスにだって女体への興味はあるのだし、肌も露に押して押して押し捲れば、既成事実くらい作れたかもしれない。

 しかし、彼女たちにだって羞恥心がある。まだ年若い少女、それもいいところのお嬢さんに、そんな真似はとてもできなかった。出来れば彼から欲しがってもらいたい、そうしたら、色々捧げてしまってもいいのになぁ、とため息をつくのが堰の山であった。


「なぁ、何も泣くことないだろ……大丈夫だよ、わかってるから」


 つまり、フォルティス・フォン・グラディウスは、世の男性陣から呪い殺されそうな恵まれた資質を持っていながら、未だ清い身であり、非常に純情な少年である。

 そんな純情少年は、現在どこだかよくわからない小部屋の中で、膝を抱えて顔を埋め、身の置き所のない恥ずかしさと情けなさに呻いていた。


「気にするなって。ほら、おれこの間まで男だったから、そういう時もあるってわかってるよ。泣くほどのことじゃないって!」


 必死に慰められれば慰められるほど、いたたまれなさが募る。


「元気だせよ。なぁ……とりあえずここから出る方法を探そう? な?」


 優しいしっとりしたその声には、からかう響きは微塵もなかった。心からの理解を示し、慰めようと心を砕いてくれているのがよくわかる誠実な声だった。

 立ち上がって彼女の言うとおり、この空間から出る方法を探さなければならない。だが、それがわかっていてもフォルティスはなかなか顔を上げることができずにいる。


 どうしてこんなことになったんだろうと現実から目を背けて、必死にやさしい慰めの言葉をかけてくる少女の声から逃げ出そうとしているフォルティスは知らない。

 本日の早朝、この少女も羞恥心で死にそうになっていたことを。







 午前中を客引きに費やしたオーリアスたちは、食堂で昼食をとった後、ちょっとしたおやつを求めて校内をうろついていた。客引き担当は午前中だけなので、午後はのびのび学園祭を楽しめる。


 こんなに来るのかと思うほど、お客さんは後から後からやってきて、校内は人で溢れていた。大抵は普通の人だが、ちょっと不思議な人もちょいちょい見かけるのが面白い。もっともそれはお客さんにかぎったことではなく、普段は迷宮の深部にいるので見かけない上級生だったりもするのだが。 


 無言で校内ランニングに励んでいるはた迷惑な全身鎧の集団はどうやら先輩パーティらしかったし、かなり際どい格好をした美少女魔法使い三人衆は自分達の回りにきらきらした魔力の花火を咲かせながら客引きしていた。大講堂を借り切って派手なショーをするらしい。廊下の横幅につっかえるような豪華なドレス姿の中年女性がいるかと思えば、後輩をからかいにきたらしい若い冒険者の集団もいる。

 午前中に見かけた眼鏡ダンディはどうやらポーションくじを引きにいってくれたようで、先ほどすれ違った時には、右の手提げには山盛りのポーション、左の手提げには山盛りのハズレアイテムをぶら下げて至極満足そうに歩いていた。どうやら楽しんでくれたらしい。


 そんな中、本日のおやつとしてジャムと生クリーム、それに刻んだ果実を具にしたクレープを手に入れた三人は、もぐもぐしながらあちこち出し物を覗いて楽しんでいたのだが、そこに、ひょいと赤い紙が差し出された。

 突然目の前に出てきた紙に立ち止まった三人に、にっこり笑った上級生の女子がぐいぐいと紙を押し付けてくる。


「な、なんですか?」

「実は、もうすぐうちのクラスの出し物のイベントが始まるんだけど、いまいち参加者が集まらないのよ。お願い、ちょっと参加してくれない? 最後まで逃げ切れば景品も当たるし」

「……大鬼オーガごっこ?」


 渡された紙をマリエルが読み上げる。


「旧校舎を使った広大な大鬼ごっこに参加しませんか? 参加料は銅貨一枚、制限時間まで見事大鬼から逃げ切れば素敵な景品が当たります。こぞってご参加下さい」

「そうなの! 旧校舎全部この日のために借りたの! 掃除もすっごくがんばったの!」


 ふいに肩を落とした先輩が、いじいじと指先を合わせてちらりと後輩の三人を見た。


「イケルと思ったのよね、校舎全部走り回れる大鬼ごっことか、楽しそうじゃない? みんな張り切って準備したのに、肝心の参加者があんまり集まらなくって……お願い! 助けると思って参加してくれない?」


 顔を見合わせた三人は、こくりと頷いて参加証がわりだという赤い紙を人数分受け取った。

 旧校舎借り切っての大鬼ごっこなんて楽しそうではないか。盛大に感謝されながらうきうきと集合場所の小講堂まで行った三人だが、中に入って目を丸くした。どう見ても人がたくさんいる。 

 むしろ熱気でむんむんである。参加者が集まらないというのは、まさか方便だったのだろうか。


「美少女魔法使いが脱ぐって聞いてきたんだけど……!」

「もふもふに触り放題だって言われたのに!」

「どんなヤツでも彼女ができる方法は?!」


 どうやら参加者が足りないあまり、なりふりかまわない勧誘を行った結果らしいと察した三人は苦笑いしながら辺りを見回した。三人に声をかけてきたお姉さんは良心的な方だったようだ。

 そんな混沌としている会場の中、知った顔を見つけたオーリアスは手を振った。


「おーい!」

「あら?」

「ワウ」

「やぁ! 君たちも大鬼ごっこに参加するのかい?」

「そっちこそ」

「見て回ってたら押しつけられたのよね」

「フォルティスったら、すっかりやる気なのですわ」


 近寄ってきた三人組は、すっかり顔見知りになったフォルティスパーティの面々だ。


「昔から大鬼ごっこは得意なんだ。逃げ足には定評がある」

「おれ、実はやったことないんだよ。どんな遊びかは知ってるんだけど……」


 山中で育ち、会うのは少し下の標高に住んでいる老夫婦くらいだったオーリアスは子どもだけで遊んだことがない。叔母は色々遊んでくれたが、あれは遊んでもらったというより遊ばれていたといったほうが正しいだろう。


「あ、説明が始まるみたいだね」


 この大鬼ごっこが、後にフォルティスに大いなる喜びと悲劇を同時に齎すのだが、そんなことはまだ誰も知らない。


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