55、学園祭初日午前の部
やっと戻ってきたと思ったら、やけにやつれているオーリアスに、なんとか看板を持たせ、校門前までやってきたマリエルとグレゴリーは顔を見合わせた。
右手に看板、背中に杖、それにいつものニーハイ装備というちょっと前衛的な格好をしたお色気メイドのやつれた凛々しい顔には、乾いた微笑みが張りついている。
「あの、オーリ」
「オーリ、ヘン」
「大丈夫ですか?」
二人を交互に見て、ふふ、と笑った撲殺メイドに、それ以上何も言えなくなった二人は無言で看板をふりふりと動かすことに専念した。
グレゴリーの看板には『一階一年黒曜組ポーションくじ』、マリエルのには『一回銅貨二枚・空くじナシよ』、オーリアスの看板には『引きにきてね♡』と書いてある。まだお客さんも殆ど来ていないし、三人を興味深そうに見ていくのは上級生が多い。
「……マリエル」
それまで無言を貫いていたオーリアスがやっと口を開いたので、マリエルはじっとその声に聞き入った。
「はい」
「マリエルは、おれがぱんつ見せてくれって言ったら見せてくれるか?」
「……は?」
ぱんつ、と目をまん丸にしてオーリアスを見上げたマリエルは、オーリアスが冗談でもなんでもなくとても真剣にその問いを発したことに気づいて、こくりと喉を鳴らした。自分の持っていた看板をグレゴリーに一旦預かってもらうと、魔女のおでこに向かって手を伸ばす。
「風邪がぶりかえしたわけでは……ないですよね?」
ぺたりと触れたおでこは平熱だ。熱に浮かされておかしなことを言い出したわけではないらしい。
じっと真剣に見つめられているので、自分も真剣に返事をすることにする。
「見たいなら、見せてあげますよ? グレゴリーくんだって見せてくれると思います」
「ワウ!?」
大人しく両手に持った看板を振っていた狼族は、突然巻き添えを喰らったことに慌てて二人を見下ろした。
「オーリ、オレノぱんつ、見タイノカ?」
「ち、違う! 別にぱんつが見たいわけじゃない!」
「ぱんつの話ならオレも混ぜてくれないか!」
突然横から伸びてきた顔にぎょっとした三人が飛び上がる。
「うわっ!?」
「ワウっ!?」
「あ、アルタイル先輩っ」
気配を全く感じなかったが、見たことのある顔が至近距離で笑顔全開していた。
「なにやら楽しそうな話をしているな! ぱんつについてなら幾らでも語ろう! あと足!」
「い、いえ、間に合ってます」
「イラナイ……」
「結構です」
「……そうか……」
突然出てきてしょんぼりと肩を落としたアルタイルだが、今日はいつものボロ道着ではなく、プロテクターやガントレットを装備したちゃんとした格闘家スタイルだった。小脇に厚みのある木板を何枚も抱えている。
「おっ、ポーションくじか! 面白そうだな!」
「引きにきてください。当たるといいものもらえますよ」
「先輩のクラスは何をするんですか?」
抱えた木板を指してアルタイルが笑う。
「それぞれのパーティごとに演舞をするんだ。武道場でやってるから見にくるといい。明日もやってるぞ! オレはこれを片手で割る」
「片手でって……これはまさかフェルム杉では」
独特な色と木肌を持つフェルム杉は、あまりにも硬いことで有名だ。金属を装備できない戦闘職の防具などによく使われる、軽い硬い丈夫と三拍子揃った素材である。素手で殴ってどうにかなるようなものでは、決してない。
「そうだぞ。これを割るのはなかなか楽しいんだ。割れると気持ちいい音がするしな!」
とんでもないことをさらりと言い、それじゃあ励めよ! と三人の肩を叩いたアルタイルは、大声でメイドは正義、と叫びながら去っていった。相変わらず元気すぎてムダに爽やかで嵐のような人だ。さっきまで何を話していたのか、アルタイルのせいでふっとんでしまった。
「えっと、結局なんの話でしたっけ……?」
小首を傾げるグレゴリーとマリエルに、撲殺メイドは小さな声で呟いた。その間に校門を通って中に進んでいく家族連れに看板を振ってアピールするのも忘れない。
「だから……ぱ、ぱんつの話だよ。なぁ、お、女の子ってそうなのか? 下着を見せ合ったりとか、するのが普通なのか?」
「女の子同士なら、あんまり抵抗はないと思いますけど……」
もじもじと躊躇いながら、しかし縋るような顔で問われたマリエルは面食らったが、それを聞いたオーリアスは、複雑な気持ちながら納得した。
なるほど、女の子とはそういうものなのか。
つまり、わかってはいたことだが、完全に女子の範疇に入れられていたせいでさっきはあんな事になってしまったらしい。あの妙な重圧や突き刺さってくるような視線は、自分が過敏になっていたせいで感じてしまっただけのことで、コーネリアにしてみれば女の子同士の戯れと同じことだったんだろう。
そう考えれば、元は男のオーリアスにぱんつを見られたのに、同じ条件で許してくれたというのは、コーネリアなりの優しさだったのかもしれない。
撲殺メイドは、やっと肩の力を抜いた。女の子の流儀を知らないのでさっきは泣きたいほど恥ずかしかったが、それが普通だというなら仕方ない。
「そっか……わかった。それならいいんだ」
おかしな質問をしてきたかと思えば、やけに安心したような顔をして元気よく看板を振りはじめたオーリアスに二人は首を傾げたが、それに触れない優しさを持ち合わせていたので、撲殺メイドと同じくせっせとお客さんに看板を振って笑顔を振りまいた。
校門前には、自分のクラスの出し物をアピールしようと、客引き要員の仮装生徒たちがぎっしり詰め掛けている。
「いらっしゃいませー!」
「ポーションクジ、楽シイゾー!」
「当たると豪華景品がもらえまーす! 空くじナシで安心ですよ!」
そんな中でも、にこやかに看板を振る清楚な金髪メイドと色々剥き出しのお色気メイド、それにファンシーに飾られたもふもふという組み合わせに、ぽつぽつ増え始めたお客さんたちが物珍しげに視線を送りながら校舎に消えていく。一番人気はグレゴリーで、小さな子どもが来ると必ず目をまん丸にして食い入るように見入っているのがかわいらしい。
家族連れや若い女性の二人連れ、同じ年頃の少年少女を見送ったところで、人だかりの校門を通っていったのは、色つき眼鏡をかけたやけにダンディな中年男性、それに全身ローブに覆われて男だか女だかもはっきりしない不審人物だった。その後ろからは明らかに貴族階級の男性と、これも貴人に仕える身なりの若い女性がしずしずと校門を通っていく。通っている生徒に身分の高い者が多いので、こういった行事を機に様子を見に来ることはよくあることだ。
「君」
通り過ぎていったはずのダンディな男性が踵を返して戻ってきたので生徒達は一瞬ざわついたが、声をかけられたのが有名人の撲殺魔女、現撲殺メイドだったので、そっと横目で様子を窺うだけに留まった。
「はい?」
「ああ……いいな。うむ、君、なかなかいい」
「は、はぁ……」
じろじろとレンズ越しに遠慮なくオーリアスを眺め回す男性に、もしやセクハラかとそっとマリエルが看板を握る手に力を入れた。いざとなったら、これでごつん、だ。
「こちらの君も悪くない。そちらの彼は……おお、珍しい…うむ、そういうこともあるだろう。気を落とさず、がんばりたまえ」
「ワウ?」
グレゴリーのことを撲殺メイドよりもよほどしげしげと眺めているのを見て、マリエルは困惑した。
この人は一体なんなんだろう。
「ところで、迷宮とやらには入ることはできるのかね?」
「いえ、今は迷宮週間中なのでは入れません」
「ああ、そうなのか……そうか、では教員室へはどう行くのか教えてほしいのだが」
「ええと、教員室のある階には一般のお客さんは入れないことになっているんです」
「では特別棟は?」
「そ、それはもっと入れません」
「なんと! ……そうか、うむ、では仕方ない。入れないのなら、それは仕方の無いことだ」
「は、はぁ……」
とてもダンディだが、ちょっと変わった人らしい。少し考え込んでいた男性は、ふいににこりと笑うと大きく頷いた。
「目的が達成できないのなら、つまり、思う存分遊んでいけるということだな、うむ。その方がずっと好ましい。いや、ありがとう。美しい色の魔力だったのでつい声をかけたのだが、よかった」
ぽかんとしている三人に優雅なお辞儀をして、男性はいそいそと校舎に向かって歩いていった。
客引きの歓声の中、増えてきたお客さんに看板を振ることも忘れて、三人は顔を見合わせる。
「……何だったんだろうな、あの人」
「見タダケデ、魔力ノ色ワカル?」
「変わった人でしたね……」
そこで我に返った三人は、加熱している周囲の客引きに負けてたまるかと慌てて戦線に復帰した。
学園祭は今日と明日二日間ある。校舎の中にも看板を持ったメイドたちが徘徊しているだろうが、校門前は一番最初のアピールポイントだ。
ポーションくじ完売を目指して、三人はふりふり看板を振りながら声を張り上げ始めた。