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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第4章
61/109

53、学園祭が始まりそうです






「い、いや、ちょっとまって、なんか変じゃないか!?」

「……だって、わたしだけ……オーリちゃん、ずるいよ……」


 更衣室代わりの空き教室、仕切り布の中に少女が二人。

 一人は崖の上から身を投げるような悲壮な顔で、かたや恥ずかしげながら、どこか期待するような顔をして向かい合っていた。


 おかしい。確かに非は自分にある。しかし、求められている内容はすごくおかしいと思う。思うが、しかしどう反論しても分が悪い。


「その、悪かったと思ってる! ごめん! でも、ほら……なんかおかしいっていうか……」

「おかしくないです」


 白い頬を赤くして上目遣いに見上げられた撲殺魔女は、反論を封じられて硬直した。


「で、でも」

「……そんなに、嫌……?」


 悲しげな声、ふいに潤んだ目に飛び上がりそうになる。

 泣かれたらどうしよう。悪いのは自分で、それは確定している。ならば、求められていることはおかしいが実行するしかないのではないだろうか。

 それで彼女の気がすむなら、もういっそ。


「わ……わかった! やるよ、やる! 見せる! わかったからっ」


 おかしい。どうしてこうなった。着替えをしにきただけなのに。色々言いくるめられて、しぶしぶ着るはめになった衣装を着にきただけなのに。

 困惑と混乱の中で、オーリアスは心の底から思っていた。


 どうしてこうなった。


 それは学園祭が始まる、ほんの少し前。

 ちょっとした偶然と間の悪さから起こったその些細な出来事は、その些細さゆえに場に沈黙と羞恥と驚愕と混乱を齎した。だが、本来なら心からの謝罪と寛容な許しの心さえあれば、何事も無く終わるはずだった。その程度のことだったのだ。

 その程度ですまなくなったのは、その些細な出来事が偏に被害者の少女の心に変化を齎してしまったからである。元々彼女の心には、その芽が埋まっていた。ただその出来事が、このまま芽吹かなかったかもしれない芽を萌えさせてしまったというだけのことなのだ。


 そして撲殺魔女は、一生自分が着ることはないであろうと思っていた衣装を着たまま、そろそろと指先を自分の衣装の裾に下ろした。その震える両手は見たことはあっても触ったことなどなかった繊細なレースと、それに被さっているなめらかな紺色の生地に添えられる。

 彼女の要求は、明らかにおかしい。しかし、それを呑む以外にこの奇妙な雰囲気と空間から逃げ出せる気がしない。自分が悪いのも確かである。


 さあ、やろう、男らしく。いやこの場合、女らしく?


 混乱した思考のまま、膝上丈の明らかに清純とは程遠いメイド服を身に纏った魔女は、求められている行動を起こすために、そっと己の着ているスカートの裾を掴んだ。


 がんばれ、おれ。こんなことはなんでもないことだ。思い出すんだ、あの鏡騒動を。あの切羽詰った状況の中、一発で早口言葉(難易度中)を成功させた奇跡を思い出せ。それに比べたら、なんてことないことじゃないか。うるうると目を潤ませた清楚な少女が、ぽーっとした顔でこちらを見つめていることなんて些細なことなんだ、多分。さあ、やるんだ、おれ。


 スカートを捲るくらい、なんてことないさ。


 とんちんかんな覚悟を決めた魔女の耳に、高らかな花火の音が聞えた。

 学園祭開始の合図だ。







 時は遡り、トウトの月の第四週。

 迷宮学園には轟音が響き渡っていた。


 ごりごり、ごごご、ぐごご、ごりり、ごり、ずり、ごごご。

 

 やたらと重々しくて煩いその音は、学園迷宮が迷宮週間に入った証だ。

 大陸に迷宮は数あれど、どんな迷宮であれ迷宮週間は訪れる。迷宮週間はその名のとおり、迷宮による迷宮のための週間である。普段冒険者や学生たちに痛めつけられ、さんざ破壊され、あっちもこっちもいい加減にしろと一喝したくなるほど破損させられた迷宮が、内部を新しく生まれ変わらせる不思議週間、それが迷宮週間である。

 この期間は必ず一年に一度訪れ、その間は内部に進入することができなくなり、たとえ既に中にいたとしても強制転移させられてしまう。そこで迷宮学園では、迷宮週間には探索ができなくなることを考慮し、毎年その期間に学園祭を行っている。


 今年も例年通り学園祭が行われることになったが、そこで毎年同じ問題が持ち上がる。各学年、どんなクラスも必ず何かやらなければいけないのだが、そこでどのクラスが何をやるかで大抵揉めに揉めるのだ。しかし、一年生の黒曜クラスは揉めることなくあっさりと出し物を決めると、悠々と準備に励み、前日までに殆どの準備を終わらせ、まったりと最後の仕上げに励んでいた。


 とんてんかん、とんてんかん。

 

 教室の中はそれらしく飾り付けられ、メインの大きな深い箱も、もうそろそろ完成しそうだ。  

 金槌をふるっていたゴドフリーがうっかり指を叩くというハプニングはあったものの、周囲には何人も僧侶がいる。その上僧侶には女子が多い。わらわらと集まった僧侶たちに囲まれ、いつでも言ってね、すぐキュアするからね、と笑顔を向けられたゴドフリーは、別にこんなのわざわざキュアするほどじゃない、などと言いながら嬉しそうだ。

 オーリアス、マリエル、グレゴリーは他の級友達と一緒に、小さな紙切れに一つ一つ番号を書き込んでいた。それをきちんと四つ折にして、籠の中に入れていく。籠の中の紙は別のグループに回され、山ほどある初級ポーションの瓶の口に、落ちないように紐で結ばれていく。

 単純な作業は皆で真面目にやれば量があってもさくさく進み、小山のようだったポーションも、もうすぐゴドフリーの作っている箱に収納されることになるだろう。


「学園祭、明日だねー」

「楽しみ!」

「明日、あたしも引きにこようかな」

「わたしもー! 一等当てたいな」

「おい、クラスのヤツはだめだよ。景品はお客さんに当ててもらわないと」

「ええー!?」

「だめなの?」

「お客さん帰った後ならいい?」


 きゃあきゃあ女子に詰め寄られているまとめ役のドニと、それぞれ楽しげに手を動かしている周囲をよそに、単純作業が嫌いではないオーリアスは黙々と紙に番号を書き込んでいた。正直、現実から逃げる為に手を動かしている。マリエルとグレゴリーはそっと見てみぬふりをしてくれているので、思う存分、番号を書く作業に熱中することができた。

 撲殺魔女の頭を占めているのは明日着なくてはならなくなった衣装のことで、それを思うと頭を掻き毟りたくなってくるのだ。単純作業に集中することで、必死に現実から目を逸らしているのである。


「ねぇ、オーリちゃん」

「……うん?」


 横から声をかけられて顔を上げると、エイレンがえらく真面目な顔をしてこちらを見ていた。


「どうした?」

「あー、ちょっと……」


 言いよどんだエイレンはしばらく唸っていたが、やっぱりいいやと呟くと、ごめん、と肩を竦めた。


「やっぱりなんでもないわ、ごめん」

「なんでもないならいいけど」


 わけがわからないオーリアスはぽかんとし、横にいたマリエルと顔を見合わせた。グレゴリーは不器用な手つきで紙を折るのに必死で、端から聞えていないらしい。

 はしゃぐ声と作業の音ではじけそうな黒曜クラスの前の廊下を、全然足りない、おしいそこじゃない、赤い紐はどこ、という悲鳴、及び叫び声が通り抜けていく。騒がしくて浮ついていて、なんだかわくわくするような空気が校内には充満していた。

 普段は迷宮に潜っているせいで人気の少ない校内だが、今は明日に迫る学園祭とその準備に追われ、走り回る生徒達や時折聞える叫び声などでとても賑やかだ。


 今は和やかに作業を進めている黒曜クラスだが、最初はなかなか出し物が決まらずに苦労した。

 やるからには本気でやれとクロロスに発破をかけられ、いい子のお返事はしたものの、基本的にお坊ちゃんお嬢ちゃん、もしくは特殊な育ちの者ばかりである。意見は出ても到底七日やそこらでは出来ない実現不可能なものばかりで、これはというものが出てこない。

 ちらちらとクロロスを窺っても担任は無表情に生徒の話を聞いているだけで、助け舟はくれないし、いよいよ困り果てた頃、救世主が現れる。


 それは変わった装備をしているわりに存在感がとても薄い、このクラスに二人いる現行ソロの内の一人、いつも目から下を黒い布で覆っている不思議な少年、コタロー・タチバナによって齎された。

 体つきから男だということはわかるが、顔は目元以外さっぱりわからないこの少年は、音もなく黒板の前に進み出ると白墨を手に取り、何が始まるのかとまじまじ見つめるクラスメイトたちの視線に晒されながら、流れるような美しい筆跡で大きく何事か書きつけた。

 進行役を務めていたドニが書かれた文字を読み上げる。


「ポーションくじ……」


 なんとなく満足気なコタロー少年はこくりと頷くと、また静かに自分の席に戻っていった。


「えっと、これ、どういうのだ? 僕、ちょっとわからないんだけど……」


 説明を求めて意見提起してくれた、この国では極珍しいジョブ、ニンジャを見たドニは、途方にくれた。コタロー少年は説明してくれる気はあるらしい。ただ口頭で説明してくれる気はないようで、せっせとその両腕を動かしている。


「えっ、えっ? 入れ物? 入れ物の中に……中に……入れる? 入れるって、え? ポーション? ポーションを入れるのか? 入れて…入れて取る? 取り出す? うん? どういうことだ?」


 混乱している人の好いドニと首を傾げている生徒たちを見かねたのか、クロロスが出てきてコタローの説明を補足する為に生徒達を見回した。


「おまえたち、くじを引いたことのある者は?」


 はーい、と手を上げたのはグレゴリーとエイレンの二人だけで、これにはクロロスも少し驚いたらしい。


「エイレン、説明してやれ」


 知ってるのに面白がって見てるんじゃない、と視線で窘められたエイレンは肩を竦めた。

 エイレンはこの学園には珍しく普通の商家の娘なので、お祭りのくじがどんなものかちゃんとわかっている。人見知り気味なグレゴリーを指さなかったのは、クロロスなりのやさしさだろう。内気なグレゴリーより、はきはきして口の回るエイレンの方が説明役を上手くこなすのも確かだ。

 そうして上手に「くじ」について説明をされたクラスは、その面白そうな出し物に飛びついた。準備と仕込み、担当の順番さえ決めておけば、当日は自分達も学園祭を楽しめるところもとてもいい。


 そうして「くじ」についてそれがどんなものか理解した生徒達は細かい部分に意見を出し合い、納得できるまで話を詰め、数日を準備に費やした。

 クラスごとに一定額支給されるお金を使い、購買でポーションを大量に仕入れることで値引きさせ、さらに各自がそれぞれ持っていた売っても二束三文の『どう考えてもいらないアイテム』を山のように集め、少量の『なにこれ欲しいアイテム』を残ったお金で買って、一年黒曜組の出し物『ポーションくじ・空くじナシよ』は始動したのだ。


 その過程で全員仮装しようということになり、たまたまその時風邪をひいて一日休んだせいでとんでもない衣装をあてがわれたオーリアスは、ぐりぐりと紙に番号を書きなぐり、折たたみ、明日に向けて心頭滅却に忙しかった。エイレンがちょっと言いかけたことなど、すぐに明日の悪夢にとってかわられ、そして、とうとう学園祭当日。


 撲殺魔女は高らかに打ちあがる学園祭開始の花火の音を聞きながら、自らスカートを捲り上げるという現実と向かい合うはめになっていた。




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