5、迷子の獣人グレゴリー
「オーリ、今何か……」
「しっ」
素早く角を戻り、様子を窺う。
そっと覗くと、がしゃん、と派手な音を立てて誰かが突き飛ばされたところだった。
「役立たずめ。その図体で矮子鬼以下か!」
「まあまあ、そんなこと最初からわかってたじゃないですか」
「全く、少しは役に立つかと思ったが、とんだ愚図だな。やはりこの時期まで売れ残っているカスは使い物にならん」
「オルデン様、このような下賎のものなどお傍に置かずとも、わたくしたちで十分でございます」
「そんじゃ、可愛い回復ちゃんでも見つけてスカウトしますかぁ」
「回復役なら、既にわたくしがいるでしょう!?」
「サキア、カティス、行くぞ。愚図、貴様はいらん。ゴブリンも狩れない獣人などとんだお笑い草だ」
「はいはーい、荷物もちくーん、さっさとアイテム拾っとけよー」
「は、はい、今すぐ」
一年生とは思えない装備で身を固めた集団が歩き出し、その後ろを慌てて追いかけるひょろりとした少年が、床に尻をついている獣人に何かを投げつけた。
「こ、これでも使いたまえ! 役立たずにはお似合いだろう」
かしゃん、と小瓶が床ではねる音の後に、ばたばたと慌しい足音が遠ざかる。
何かいいかけたマリエルを制して、完全に足音が聞こえなくなってから頷いた。
「いいぞ。……あいつらに見つかると面倒だからな」
ぴょこんと角から飛び出たマリエルが、座り込んだままの大きな背中に声をかけた。
「あの」
びくりと肩を震わせ、のろのろとこちらを振り返るその顔は灰色の毛に覆われていた。
薄い黄色の瞳が怯えたようにこちらを見て、ぺたりと伏せていた耳が、少し動く。ざっと様子を見るが、動けなくなるような怪我は見当たらない。ただ、剥きだしの腕に何箇所か浅い傷があり、灰色の毛並みが血で汚れているのが痛々しかった。
「回復薬はもってますか? よければキュアしますけど」
どう見ても猛々しい狼の顔なのに、雰囲気が弱弱しい。少し考えたような間の後、こくりと小さく頷いて、床に転がる小瓶を拾いあげた。
「え!? それだけ? 他には持ってないんですか?」
「……全部ツカッタ……」
「それじゃ、そのポーションはとっておいたほうがいいですね。キュアしますから腕を出してください」
マリエルがしゃがみこんで血に汚れた腕に手をかざすのを横目に見ながら、魔物がこないかどうか警戒する。
「『 癒しの御手』」
マリエルの手のひらが淡い光に包まれると、キュン、と獣人の少年が鼻を鳴らした。細められた目が和み、ゆらりと尻尾が一振りされる。
「はい、いいですよ」
「……アリガトウ」
「どういたしまして」
マリエルに向けられていた視線が自分に向けられたのに気づいて、軽く手を上げる。
「オーリアスだ」
「わたしはマリーウェルです。マリエルって呼んでくださいね」
「オレ、グレゴリー」
のっそりと立ち上がった獣人のグレゴリーはきょときょとと二人を見比べ、心なしか恥ずかしげに俯いた。やたらとでかい獣人にもじもじと見下ろされて、なんとなく、嫌な予感がした。自意識過剰と思わば思え、これだけは言っておかなければ。
「先に言っておくが、おれは男だからな」
「オーリ、気持ちはわかりますけど、無理がありますよぉ」
「男だったら男なんだよ! 谷間とかそんなものはない! 断じて!」
「いやいや、現実を見ましょうよオーリ。あなた魔女じゃないですか」
「……っ魔女だけど男なんだよ!」
「そうですね、そういうことにしておきましょうね」
やさしい眼差しを向けられて、無力感に襲われる。この悲しみをどこにぶつければいいんだ。
脱力しているとグレゴリーが鼻を引くつかせて首を傾げ、まじまじとオーリアスを見つめる目に思わず身構える。
「な、なんだよ」
「男、チガウ? 女ノ匂イスル」
「あっ、だめですよ、グレゴリーくん! 女心は傷つきやすいんですから!」
むしろ傷口を抉っているのはおまえだマリエル、と心の中で空しさを感じながらそっと視線を逸らす。迷宮の壁は上も下も横も皆同じ色の石で出来ていて、どこを見ても全然楽しくないが、それ以外にとれる行動がなかった。
「……マリエル、そろそろ進もう」
「そうですね」
「ウ……」
途端にそわそわしはじめたグレゴリーが盛んに何か言いかけては口を閉じ、開いてはまた閉じ、落ち着かなく腰の剣を触っては離し、離しては触り、挙動不審な二足歩行狼としてアピールしてくるのに思わず、マリエルと顔を見合わせる。
「あのー、グレゴリーくん?」
「ワゥッ!?」
「よければ一緒に行きませんか?」
「さっきの奴らとはパーティじゃないんだろ?」
あんな態度を取られてもまだパーティを組むというなら、それはそれでかまわないのだが。
「パーティ、違ウ……試ス、言ワレタ」
「おれたちみたいなもんか」
「お試しで組んでみたんですね」
「で、途中で放り出されたと」
「オーリ!」
「オレ、弱イ、シカタナイ……」
しょんぼりと項垂れるグレゴリーは、種族的にはとても強そう、というか強いはずだ。獣人は人よりもずっと膂力と敏捷性に優れているし、闘争心が強い種族だ。前衛には獣人がほしいというパーティも多い。
それに、グレゴリーはオーリアスよりもかなり大きい。女になって少し縮んだとはいえ、172シムくらいはあるオーリアスよりも頭一つ分大きいのだから190シムは越えているはずだ。この体格の獣人が弱いといわれても首を捻らざるをえない。
確認するように見上げてくるマリエルに頷いて、見た目と態度が違いすぎるグレゴリーの肩を軽く叩く。 もふっとした中に硬い筋肉の感触がした。
「おれたちともお試ししてみるか?」
「オレ、弱イ……」
「相性もありますよ、ね?」
「おれも今日からマリエルと組んでるんだ。だから、あんまり気にしなくていいぞ」
「グレゴリーくんのジョブは剣士ですか?」
「オレ、剣士」
「じゃ、遠距離できるおれが先頭として、マリエルは一応回復役だから」
「一応は余計です。ちゃんと僧侶ですよ」
「僧侶は僧侶でも惨殺僧侶だろ」
「もうっ!」
「マリエルを挟んでグレゴリーが最後尾について、バックアタックを警戒してくれ。これでどうだ?」
こくりと頷く二人に頷き返し、ふさっ、ふさっと揺れる尻尾に釘付けのマリエルを小突いて、歩き出す。
「オレ、本当二、弱イ……ダカラ、先二謝ッテオク」
たとえ武器防具を取り上げられても、獣人の爪と牙は立派な武器だし、その毛皮は下手な鈍らなら防いでしまうという。それなのにグレゴリーはどこまでも弱気だ。さすがに不安を感じるが、実際戦闘になってみないとどういうことなのかわからない。
念のために回復薬を少し渡し、自力で回復ができるようにしておく。
「来タ」
歩き出してすぐ、グレゴリーが短く唸り声を上げた。人であるオーリアスにはまだわからないが、獣人の感覚は人よりもはるかに鋭い。
グレゴリーがどういう戦い方をするか存分に見てやろうと、楽しみな気分で杖を構えた。