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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第3章
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52、幽霊騒動 終



「うわぁ……そんなことが……」


 寝台の上に上体を起こしたマリエルが、目を丸くしてパーティメンバー二人を見上げた。ついでに、カップに注いでもらった水を一口飲む。

 窓の外はいい天気で、からりとした秋晴れだ。

 マリエルが寝かされている部屋に小さな椅子を引っ張ってきて、そこにちょこんと座っているオーリアスとグレゴリーは真顔で頷いた。


「音、スゴカッタ」

「あれはもう魔法じゃない。天変地異だ」

「そ、そんなに……」


 現在、幽霊騒動は無事ではないが一応の解決を見ている。呪力にあてられ、汚染された状態にあったマリエルは三日ほど眠り続け、今はこうして常と変わらず起き上がれるようになっていた。ちなみに目を覚ましたマリエルの第一声は「鏡は!?」で、心配して救護室に毎日詰めていたオーリアスとグレゴリーは、経過は明日教えるからと宥めて、慌ててオルテンシアを呼びに走ったのが昨日のこと。

 今は昨日約束したとおり、ことの経過を説明しているところだった。


 マリエルを追いかけて山道を走ったこと、倒れていたマリエルを見つけたところから始まって、なんとかカティスを助け出し、鏡を封印しようとしたこと。


 そして、その結末。


 鏡に向かって撲殺魔女がドーピング早口言葉を叫んだ日。

 アルゴスの封印結界が発動して丸く収まったかというと、そうはならなかったのだ。

 固唾を飲んで見守るオーリアスたちの前で、虹色の光が神々しく鏡を包みこみ、一気に収束した。  

 鏡から噴き出る呪力を蹴散らし、押さえ込む。だが、虹色のきらめきに巻き込まれた死霊たちの悲鳴は消えたものの、光が収まった結界の中には変わらず鏡が鎮座していたのだ。

 ねっとりした呪力は失せ、今までそれにどっぷり浸かっていた身からすると消えたといっていいくらいだったが、アルゴスは顔色を変えて、自分の最高の封印の結果を見つめるしかなかった。


「そんな……」


 完全に元の状態にまで戻し、そこでまた一枚ずつ、地味に結界を張りなおすつもりでいたのに、鏡の大きさも変わらず、小さな状態の時よりも漏れ出す呪力は多い。

 これでは不完全で、本当の意味での封印にはとりかかれない。

 愕然とするアルゴスに状況を察したらしいクロロスは、だらりと痛めた左腕を下げたまま、オーリアスと地面に転がるカティス、それに横たわるマリエルという自分の生徒三人の顔と、先ほどの封印結界で消しきれなかった大量の魔物、そして封印結界を施されて尚居座る大きな鏡を見比べた後、ぽつりと呟いた。


「……これほどの規模で確かめたことはないが、やってみよう」


 不吉な予感がアルゴス、オーリアス、カティスの胸を貫く。小国の国家予算並みの魔石を惜しげもなくばら撒くクロロスである。そのクロロスの『やってみよう』。これを不吉と言わずしてなんと言う。


「な、何をやるというんだ? このまま援軍を待つべきじゃないか?」

「おまえと同レベルの結界術師に話をつけて呼んでくるまで、あの半端な封印は持つのか?」

「……残念ながら、わからない。呪いの大本を眠らせるには至っていない状態だ」


 結界術師としては、あまりにも悔しい結果だった。鏡に負けたとは言わないが、勝ったともいえないのだ。

 アルゴスは自分の能力をひけらかしたことはないが、それなりに自負はしている。少なくとも、そんじょそこらの術師には負けない、と。てこずったことはあるが、これまで自分に封印できなかったものもなかった。

 それなのに、アルゴスにはあの鏡を封印できなかった。あの鏡が本領を発揮するのはラウムの土地にある時で、ここはラウムではないというのにだ。

 あの規格外の魔道具を完全に封印していた古の術師に嫉妬さえ覚えた。


「そうだろうな……そして、そろそろホイホイが切れる」

「……ああ」

「こちらは生徒を三人抱えている」

「ああ」

「魔物もまだたっぷり残っている……打てる手は打つべきだろう。オーリアス、マリエルを連れてこい。アルゴス、この結界の中から出られるか?」

「いや、中から漏れないようにと創った結界だから、出入りはできない。必要なら結界を解くが」


 首を振り、クロロスは地面の上に落ちていた、魔力を放出してただの水晶に戻った球体を拾い上げた。それから三人をじっと見つめる。

 じっと見つめられたアルゴスと、担任を子犬のように見上げているオーリアスとカティスの心臓が早鐘のように鳴り出した。一体何をやるつもりなのだろう。


「今この結界内には、さっき放出した魔力が消えずに残っている」


 それがどうした、と三人はクロロスが何を言うのかと身構えた。


「呪術師というジョブは」


 突然ジョブについて話し出すクロロスについていけない三人を尻目に、淡々とクロロスの説明は続く。


「魔力の扱いに長けていなければならない。誰でも備えている魔力を呪力へと変化させ、運用する。つまり、自分の魔力であるならば体から離れた状態の魔力でも呪力に変換できる。もっとも、これは呪術師に限ったことではなく、治癒術師や魔力を体外に放出して攻撃を行うスキルなどを使用する場合も同じで、自分の魔力そのものを運用するのではなく、その質や属性を変えて」

「ま、まて、まってくれ! 一体何が言いたいんだ!?」

「あの鏡には」


 くい、と顎で鏡を指し示したクロロスが呟く。


「物理と魔力による攻撃が効かない、そうだな」

「そ、そうだが」

「呪力でならどうだ」

「……なんだと?」

「この結界の中には、幸い、長年溜めこんできたわたしの魔力が満ち満ちている。それを全て呪力に変換して、こう」


 ぱちり、と指を鳴らしたクロロスは、心なしか胸をはった。


「爆発させればさすがに鏡に皹くらい入るだろう。そこでもう一度封印しろ。呪力に着火して爆発させるという使い方をここ二年ほど研究していて、小規模の爆発なら成功させている」


 何しろ呪術師は攻撃手段にかけるから新しい攻撃方法を生み出そうと苦心している、だの、解析調査書にはあの鏡を構成する要素は呪力だと記されていた、ならば自分の呪力をぶつけて鏡の呪力の結合をぶちきってやる、だのということをさらさらと説いたクロロスが、口を開けている三人に眉を寄せる。


「失敗したところでこれ以上悪くもなるまい。鏡の中に何かが封印されているならともかく、アレそのものが呪いだというなら、呪力で相殺は可能だと考えるが、間違っているか?」

「い、いや……」


 反論したいのにできない。だが、このままクロロスを進ませていいのだろうか。

 混乱するアルゴスに、クロロスが小瓶をつきつける。


「それを飲んで魔力を回復させたら、全員に防御結界を張れ」


 そこで我に返った結界術師は、恐ろしい予感にぞっとした。

 今100セムほどの範囲で張られている結界を解くと魔力が消えてしまうので、解除はできない。解除できないということは、この中にいるしかない。この中にいるしかないということは。


「お、お、おまえっ、生徒だっているんだぞ!? 生徒を巻き込んで爆発させる気か!?」

「何を言っている。巻き込まれないためにおまえが結界を張るんだろう」


 何を当たり前のことを、と言わんばかりのクロロスに、とうとう鏡より先に自分の常識に皹が入ったアルゴスは教師としてあるまじき事に、その場にいる生徒に救いを求めて視線を向けた。

 そして後悔した。


「先生……!」


 クロロスの教え子の魔女の方が、目を輝かせていた。


「呪術師ってそんなことまでできるんですか……凄い……!」


 まんざらでもなさそうな呪術師と、尊敬の眼差しを向ける魔女。衰弱して横たわっている元凶の少年だけがかろうじて、哀れみの眼差しでアルゴスを見上げている。


「おまえがそこらへんの結界術師ならこんなことは言わん。だが名高いアルゴスの防御になんの不足がある」


 その瞬間、アルゴスの常識が完全に欠壊した。

 封印を果たせなかったことで傷ついていた誇りが、呪術師の言葉によっておかしな方向に発揮されたのだ。

 そのとおりだ。このアルゴスに出来ない結界などあるものか。

 爆発? そんなもの、生徒達に掠り傷ひとつつけることなく防いでみせる。


 預かりものの鏡をなるべく無傷で返そう、生徒を安全なところに逃がそう、という当たり前の常識が、新たな常識によって塗り替えられた瞬間であった。


 肝心なのは過程じゃない。結果だ。

 どうなろうと全員無事で鏡が封印できればいいのだ。それ以外に何がある。


 繊細なアルゴスの神経は、これまでの騒動で磨り減っていた。そこにきてこの仕打ち。とても疲れていて、その上緊張してきちんと働いていなかったアルゴスの神経は、普段ならば絶対にしなかっただろう決断をした。


「……そうか。そうだな。そのとおりだ。さあ、も少し寄れ。このアルゴスの全力の防御結界! 五重にして張ってやるから覚悟しろ! 封結のアルゴスの結界を思う存分堪能させてやる……!」


 ぐびぐびと死ぬほど不味い魔力回復薬を一気しながら、アルゴスはそう叫んでいたのだった。







「それで……大爆発、ですか……」

「ああ……」

「ワウ」


 ぽふん、とマリエルは枕に頭を埋める。

 かわいそうなアルゴス先生。きっと後で自己嫌悪でひどいことになったに違いない。


「クロロス先生って、凄いな……本当にすごい爆発だったんだ。この世の終わりってあんな感じなんだろうな」

「お、オーリ、怪我してませんよね!?」

「してないしてない。マリエルだってその場にいたんだぞ? アルゴス先生も凄いんだ。結界は三枚破れたけど、二枚は無傷だったし」

「結局鏡は……」

「ばりばりに割れた」


 マリエルも当事者のはずなのだが、気を失っていたせいで全く実感が湧かなかった。

 凄いことはわかる。わかるがどこに基準をおけばいいのだろう。

 あの恐ろしい鏡をばりばりにする爆発を起こすクロロスが凄いのか、そんな爆発を防ぐ結界を張れるアルゴスが凄いのか、そんな爆発に巻き込まれてもばりばりに割れるだけの鏡が凄いのか。

 それともそんな光景を間近で見て、けろりとしているオーリアスの神経が凄いのか、さっぱりわからない。


「砕け散った欠片を全部集めて、丸ごとアルゴス先生が封印したからもう安心だぞ」


 にこっと笑うオーリアスはとても可愛いしきれいだが、言っていることは可愛くない。

 脳筋一歩手前くらいじゃないかしら、とマリエルは長い黒髪をひとつに結って、爆発に巻き込まれたとはとても思えない元気な撲殺魔女をしみじみと眺めた。

 グレゴリーが、そんなマリエルを見下ろして尻尾を揺らす。ふさふさでもふもふのそれにうっとりしながら、それでも皆無事でよかったな、と安心した。 


「もう、クロロス先生無敵じゃないですか……」

「いや、それがそうでもないらしい」


 当然オーリアスも思った。先生、ちょっと強すぎやしませんか、と。

 しかし、クロロスは呪術師だ。ドーピングでもしなければ直接的な攻撃手段はないし、そのドーピング道具も使い果たした今となっては、普通の呪術師でしかないらしい。ついでに、魔力というのは放出すれば拡散して消えてしまう。つまり、あの爆発を起こすには結界を誰かに創ってもらい、そこでせっせと溜め込んだ魔力を放出して、さらに自分に防御結界をかけてもらって、それから着火、という作業が必要になる。

 クロロス曰く、そんな手間のかかる作業をしながら続行できる戦闘など早々ない、そんな暇があったら剣をもって斬りかかった方が早い、とのことだった。それに、着火できるのは自分の呪力だけで、無差別爆破などできん、と言われたのでオーリアスたちは心の底からほっとした。

 担任の先生が、同僚が、無差別爆破犯になる可能性はこれで消えた。ただし、まだ研究途中だ、と呟いていたのが若干不安ではある。


「とにかく、マリエルは安心していい。カティスも無事だったしな」

「あっ、そうです! カティスくんは?」


 カティスは汚染がひどく、本格的に浄化しなければならなかった。専門の施設で少しずつ体内の呪力を抜く治療を受けているらしい。二週間ほどで戻ってこれるという話なので、まだ軽症で済んだということだろう。


「そうですか……よかった」

「よくない。マリエル、なんで逃げなかったんだ」


 怖い顔で覗き込まれたマリエルは、オーリアスの眉間に寄った皺をちょん、と指でつついた。


「……マリエル!」

「何でか、自分でもわからないんです。怖かったし、逃げようかなとも思ったんですけど」


 後で絶対後悔すると思って、と伝えれば、魔女は俯いて悔しそうな顔をした。


「心配、したんだからな、おれもグレゴリーも!」

「ワウ。マリエル、無事デヨカッタ……オレ、ダメナヤツ。一緒二、戦エナカッタ……」


 肩を落として、それきり黙ったグレゴリーに、オーリアスもマリエルも慌てて言葉を捜した。


「仕方ないんですよ。誰だって向き不向きがありますから!」

「おまえはよくやったよ。グレゴリーのおかげで鏡の持ち主がわかったんだから、むしろお手柄だろ?」

「そうですよ、グレゴリーくんにしか出来ないことをしたんです」


 それでもまだしょぼんとしている狼族を励まそうと必死に声をかけていると、がらりと戸が開いてオルテンシアが入ってきた。


「もう十分元気のようね。外に聞えていたわよ」

「すいません!」

「それじゃ、最後にもう一度診察するからそこの二人は出ていなさい。診察して異常がなければ、もう帰っていいわ」


 慌てて部屋を出て行く二人が、廊下を指差して笑って手を振る。

 部屋の外で待っていてくれるのだろう。


 それにしても、あのオーリアスが早口言葉一発成功なんて。

 それについて話している時の、撲殺魔女のあのきらきらした目といったら!


「あら、なんだか楽しそうね」


 くすくすと笑いながら、マリエルはオルテンシアににっこり笑った。


「ええ、すごく楽しい話を聞いたところなんです」



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