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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第3章
55/109

49、幽霊騒動 騒





 生徒達が固唾を呑んで見守る中、前に出たフレイアが袖の中から15シムほどのごく小さな杖を取り出した。それ自体が淡い赤色の石で出来ている、華奢な杖を掲げたフレイアが、艶やかに微笑む。


「ツいてるわよ、あなたたち。タダで滅してあげるから、せいぜい喜びなさい」


 小さな杖が空中に踊るようにひらめくと、描かれた文字はそのまま発光する魔力体となって宙に留まった。


「さぁ、美味しい古代文字を召し上がれ」


 軽く杖を一振りすると、輝く文字がひとつ、天高く浮かび上がる。


「そぉれ、『(ウル)』」


 風を切り裂く高い音と同時に、浮かんでいた文字が矢のように天から地上の死霊の群れへと突っ込んだ。着弾と同時に群がっていた魔物を派手に巻き込んで爆発する。飛び散る死霊魔物の破片、そして体液が、べったりと結界に張りついた。

 息を詰めてそれを見守っていた生徒達を、駆けつけてきた教員、それに我にかえった上級生パーティなどが校舎の中に誘導し始める。


「『(カノ)』」


 フレイアが杖を振ると、またひとつ、文字が輝く。爆散した同種のことなど気にかけず、どんどん前に出てくる死霊たちに飛び込んだ文字は業火となって辺り一面に渦を巻いた。


「『(ハガル)』」


 さらにもうひとつ。星のように瞬いた文字は荒れ狂う暴風となって死霊たちを空高く舞い上げ、その体を引きちぎりばら撒く。

 魔物の臓腑がばらんばらんと霰の如く校門前に降り積もる。その光景に高ぶっていた焦燥感が萎えていくの感じて、オーリアスは杖を握り締めてそれに耐えた。この血なまぐさいことこの上ない光景を作り出しているのがいかにも儚げな美女なのだから、目のやりどころに困る。その阿鼻叫喚の光景をうっとりした眼差しで見ているフレイアの信奉者たちもまた、目の前の光景に負けず劣らず怖い。


「おれの出る幕はなさそうだな……」


 グレイが呟いた。生徒達はすっかり建物内に避難させられ、教員たちにも連絡が行き届いたらしく、耐性の高い連中がぞくぞくと校門前に集まってきている。

 フレイアが虐殺に励んでいる間、ずっと印を組み魔力を練っていたアルゴスがぴたりと動きを止めて呟いた。


「『死招結界(デスカーテン)』」


 雨霰と落ちてくる魔物の死骸に、音を立て光り続けていた結界の色が変化する。きれいな緑色から、どことなく危うげな紫色に。

 途端、おおお、と死霊たちから怖気をふるう咆哮が上がった。


「う、わ……!?」


 フレイアに一掃された門の前に、夥しい死霊たちが押し寄せてくる。腕を伸ばし、舌を突き出し、あらゆる死霊が結界に一斉に群がり、吠え立て始める。

 呆然とその狂った光景を見ていたオーリアスに、横から何かが差し出された。


「これを飲め」


 渡されたのは濃い青色の液体が入った小瓶で、説明を求めて視線を向けると、クロロスが小さくため息をついた。


「……一時的に魔法耐性を上げ、人格や心に影響を及ぼす呪力や魔法にかかりづらくなる薬だ」


 これから校門を突破し結界を抜けることになるが、どの程度の魔法耐性なら大丈夫なのかがはっきりしない。その為の保険だ。不安材料はなるべく解消しておくに限る。助けにいった側が汚染されることになっては目も当てられないから、と告げられたオーリアスはつい、そんな便利なものがあるならどうして今まで使わなかったのか、と一瞬、責める気持ちを顔に出してしまったらしい。


「この薬が一本いくらで取引されているか知っているか。そもそもこの薬がどれほど稀少かじっくり説明を」

「……聞かないほうがいい。クロロス、おまえはいつもこんなものを持ち歩いているのか? それも三本も!?」


 アルゴスとグレイが信じられない、という顔をしているのに構わず、クロロスはさっさと青い小瓶の中身を飲み干した。眉間に皺が寄っているので、これもやはり相当まずいらしい。


「三本しかないの間違いだな……ああ、オーリアス、おまえから代金を取ろうとは思わん。しかるべき相手に請求するから、さっさとそれを飲め。アルゴス、おまえもだ」


 一体幾らするのかとぞっとしながら、宝石のような青色に輝く液体を一気に煽る。アルゴスも薬を渡され口にした。口内に広がる想像を絶する渋みに涙が滲む。不味い。初級ポーション程ではないが舌も喉もいがいがして、少し痺れるような感じがした。どうやらアルゴスも同じらしい。涙目で口元を押さえ、よろよろと歩き出す。


「行くぞ。本当なら生徒を連れていくべきではないが……わかっているから睨むな。おまえは抜きん出て耐性が高いし、一人で勝手に飛び出されては敵わん」


 くれぐれも勝手に突っ込むなと釘を刺されたオーリアスは、とにかく早く、と頷いた。フレイアと他の教師たちが群がる魔物を屠り続けているが、減ったと思ってもまたすぐ押し寄せてくるこの状況の中にマリエルがいるのだ。


「クロロス!」

「遅い」

「……とにかく、こっちはなんとかするから、気をつけて行け」


 駆け寄ってきたガランドが、今にも走り出しそうなオーリアスを見て眉を寄せた。何か言おうと口を開きかけたところを、クロロスが制する。


「暴走されるよりはマシだ。薬も飲ませた」

「先生、早く!」


 急かされて、走り出したクロロスを一年生の魔女が軽々と追い越した。

 校門の前で二人を待ち構えていたアルゴスが叫ぶ。


「急げ! 死招結界はあまり持たない」


 校門から出ようとする三人の進路を塞ぐ死霊を後ろから飛んできた火球だの風の矢だの雷球だのが吹き飛ばす。激しい破裂音と死霊の咆哮、飛び散る肉片にひるみかけた心を叱咤して、普段は目に見えない結界に飛びこんだ。


「行くぞ!」


 そのまま一気に結界を抜け、大量の死骸を踏み越え、走る。

 ぐちゃ、とも、ぐちゅ、ともつかない音と足の裏がナニかを踏み潰す感触に全身鳥肌が立ったが、歯を食いしばって駆け抜けた。生臭い匂いが鼻をつく。

 校門から出た瞬間から空気がねっとりと肌に纏わりつくようなものに変わり、ぞくぞくと背筋を悪寒が走った。結界を境にして、空気が全く違う。息を吸うことも拒否したくなるような、重く濁った空気の中、山道を駆け下りながら振り返ると、死霊たちが先を争って結界に激しく体当たりしていた。先ほどまでよりもずっと激しい音と光がはじけ飛ぶ。校門を飛び出した三人に目もくれず、一心不乱に結界めがけて体当たりを繰り返す魔物の群れに思わず叫ぶ。


「なんで追いかけてこないんですか?!」

「アルゴスが通常の結界の上に、さらに別の結界を張り直したからだ。別名『死霊吸引結界(ゴーストホイホイ)』」

「……やめてくれ、そんな変な名前で呼ぶのは……!」


 ちゃんと死招結界という名前があるんだと走りながら訴えるアルゴスには悪いが、もうそれ以外覚えられなかった。ゴーストホイホイ。わかりやすすぎる。


「だが、死霊どもは元々この学園を目指していたようだな」


 それならば、マリエルは無事だろうか。不安を噛み締めながら走る。

 こうして走っている間にも、道の先からどんどん死霊たちが押し寄せ、ぞくぞくと学園を目指して移動していく。

 結界を張るまえなら当たり前に戦闘になったはずだが、死霊をおびき寄せる結界のおかげで目の前の人間を素通りしていく魔物の群れの中を、三人は走った。そう遠くまでは行っていないはずなのだ。だが、まだ見えない。


 と、右に山道を折れたところで、風景が変わった。

 100セム程先の道の真ん中に何かが立っている。それは丸く、禍々しい血赤の色をしていた。

 血赤を縁取るのは、今にも飛び立ちそうな何羽もの鳥。どことなくおぞましい雰囲気を漂わせる鳥に囲まれた赤黒い面から、無数の死霊がまるで水のように沸いて飛び出してきている。

 アルゴスはぞっと背筋を震わせた。


 鏡だ。

 持ち込まれた時は小さな手鏡に過ぎなかったが、あれは仮の姿。

 これが本当の鏡の姿なのだ。なんというおぞましさ。今まで幾つもの封印を手がけてきたが、これほどまでに禍々しいものは初めてだ。

 オーリアスは、アルゴスとは違う意味で背筋を凍らせていた。

 鏡から少し離れたところに横たわる、白いローブの少女。


「マリエルッ!」


 絶叫したオーリアスが、大人二人を抜いて山道を駆け下りる。


 早く、早く早く早く!


 間違いなく、オーガに追いかけられた時よりも早くオーリアスは走っていた。横たわるマリエルの顔は見えない。

 もし、もし、マリエルが。

 ぎりり、と歯を噛んで、これ以上ないくらい心臓を弾ませてその場所にたどり着いたオーリアスは、横たわった少女に飛びついた。


「マリエル!」


 目を閉じたマリエルの顔色は真っ青で、呼吸は弱い。

 だが、生きている。


「……飛び出すなと、言った、はずだが……!」


 息を荒げて追いついてきたクロロスが、膝をついてマリエルの様子を見る。


「アルゴス! 浄化結界を」

「……っ、かったっ……」

「そのまま道の端に寝かせろ」


 ぜいぜいと息も絶え絶えにやってきたアルゴスが、息を整える間もなく、気を失っているマリエルに浄化結界を施すための印をきった。


「大丈夫だ、呪力にあてられて気を失っているだけだ。後で本格的に浄化する必要はあるが、命に別状はない」

「ほ、本当に」

「嘘をつく意味がない」


 際限なく魔物を吐き出している鏡を見たクロロスは、静かにその裏へと回った。

 血赤の面からは魔物が湧き出しているが、それを境に線を引いたように魔物はいない。

 そして裏に回ったクロロスは、そこに半身を鏡に呑まれている自分の生徒を見つけて目を細めた。


「……カティス」



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