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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第3章
52/109

46、幽霊騒動 荒




 誰かが泣いている。

 叫んでいる。絶叫。咆哮。何もかもが憎しみで塗りつぶされて、息もできない。

 大地は巨大な『彼』の流した血で染められ、『彼女』は全てを呪う。


 呪いあれ!

 この国で生きる全ての者に呪いあれ!

 我が身全てをかけてこの地を呪う。決して許してなどやるものか。決して安寧など与えるものか!

 わたくしから全てを奪ったあの男の血に連なるものなど、この天地のどこにも存在を許さない。

 呪いあれ!

 ほらごらん、この雨は彼の血、彼の吐息、彼の命そのもの! この呪われた大地に染み渡り、永久に消せぬ毒となれ!


 ああ、ああ、ああ!

 憎い、憎い、憎い!

 愚かな男、愚かな女、愚かな民ども!


 呪いあれ!

 貴様らの生はこの世のどんな存在からも寿がれぬ。死して後もこの地に留まり、怨念となって彼の心を慰めよ!

 神など信じぬ。悪魔など役にも立たぬ。魔人も聖人も、一体わたくしに、彼に何をしてくれた。

 ああ、何もかもが狂おしい。


 呪いあれ!

 こんかぎり呪おうぞ! この地に、あの男の血に呪いあれ!

 神も悪魔も魔人も聖人も、止められるものなら止めてみるがいい。

 この狂い姫の呪、解けるものなら解いてみるがいい。

 わたくしは永遠に呪う!

 ああ、ああ、わたくしには彼だけだった! 彼がきてくれたから生きていた。

 彼だけがわたくしを、物言わぬわたくしを愛しんでくれたのに!

 民のため? 王家のため? ずっとこの口を閉じてきたのは、おまえたちの為だったのに!


 さあ、その報いを受けよ!

 この言の葉で、わたくしは天も地も動かして見せる。

 呪いあれ!

 ラウムの地に、ラウムの血に呪いあれ!






 はっ、とカティスは顔を上げた。

 衝撃の後にやってきた熱い痛みに驚いて辺りを見回す。呆けたような顔をしているオルデン、悲鳴を上げた顔のまま固まっているサキア、今にも泣き出しそうな顔をしているコルキス。

 生ぬるい空気に、血の匂いが薄く漂う。全てが石で作られた長い通路。そして、右腕からあふれ出す血液。角牙兎(ホーンラビ)の角に抉られたのだ、ということを理解するのに、ひどく時間がかかった。体が上手く動かない。


 ぼうっとしている間にオルデンがホーンラビを切り捨て、サキアがざっくりと裂かれた腕に治癒を施す。

 サキアとオルデンの顔には、滅多に見られない困惑が浮かんでいた。


「あなた、最近少しおかしいですわ。いくらなんでもこんな……」


 治癒スキルを使ってもらっているのに、ひどく治りが遅い。今までこんなことはなかった。


「……なんでかなぁ」


 やけに転んだり魔物の攻撃をくらったり、ひどい時には折れた剣先が飛んできて肩に刺さったり。

 ここ最近、ひどく運が悪い。


「なぁんか、おれ、運悪くない?」

「……運が悪いの域を越えているよ」


 滅多に話しかけてこないコルキスが、ぽつりと呟いた。最近ではもう、蹴る気も起きないどうでもいい相手だが、久しぶりに正面から見つめられたような気がする。しんと静まりかえった空気に困惑して、三人を眺めた。オルデンがいるから集められただけの、蜜の周りを飛び回る虫みたいな、どうしようもないパーティ。


「……先に戻れ」

「え」


 それまで黙っていたオルデンが、道具袋から脱出クリスタルを取り出した。


「使えない臣下など、いらん。普段どおりになるまで、こなくていい」


 手渡されたクリスタルをころりと手のひらで転がして、床に落とす。光が弾けて体を包んだ。


 ここにいられなくなったら、どこに行けばいいんだろう。






「早くみつからないかな……」

「こんなに探して見つからないなんて、おかしいですよね」


 夜に出現する魔物の量が増え、あまりにも危険になってしまったので、今では夜間は教師達が持ち回りで寝ずの見回り兼退治をするようになっていた。生徒たちも迷宮に潜るのは午前中だけで、昼から夕方までは全校生徒総出で探索に励んでいるのだが、全く見つからない。


「誰カ、持ッテルノカモ」

「だったらまずいよな……」

「鏡にとり憑かれちゃったということですか……」


 話しながらも校舎裏の茂みあたりをかき回して鏡を探しているオーリアスたちだが、さっぱり見つかる気配はなかった。周囲はあちらもこちらも似たようなパーティだらけで、これだけ探して無いというのもおかしな話だ。

 グレゴリーは探しながら、時々腕を擦っている。尻尾も丸まっていて、悲しげだ。


「グレゴリー、大丈夫か?」


 耐性激低の狼族の少年は、ぞくぞくしたりぞわぞわしたりと、嫌な気配を感じて仕方がないらしい。昼間は外に出てもおかしくなったりはしないのだが、夜になると落ち着かなくうろうろし始めるので、建物から出るのは厳禁だと命じられていた。


「デモ……寮ノ中モ、気持チ悪イ。今ヨリズット、気持チ悪イ。ゾワゾワシテ、遠吠エシタクナル」

「えっ、グレゴリーって遠吠えするのか」


 おかしなところに感心しているオーリアスをよそに、マリエルが首を傾げた。


「寮の中にいるのに、ですか? ……おかしいですね……学園敷地内の建物は全て結界がはってあるんですから、寮の中で影響を受けるようなことはないはずですが」

「まぁ、グレゴリーだしな」

「グレゴリーくんですしね」

「……ワウン」


 だが、グレゴリーの魔法耐性はあまりにも低い。アイズの催眠に問答無用でかかるくらいだし、そのせいだろうと三人は納得した。

 もしこの時、その話を教師に告げていれば、話は変わったかもしれない。だが、グレゴリーの元からの性質がその邪魔をした。


「どこにあるんだろうなぁ……こんなに探してるのに」

「本当……どこにあるんでしょう」

「ワウ」


 夜になれば魔物が徘徊しているし、ここ数日の迷宮学園は本物のお化け屋敷と化している。今は夜だけだが、その内昼間にも出てきそうだ。そうしたらさすがにギルドの手を借りなければならないだろうが、上の方は未だにそれを許可しないようで、最近のクロロスの不機嫌顔といったら子どもが見たら逃げ出すレベルになっている。学園内の雰囲気も重苦しい。

 正直、誰も彼も今の状況にうんざりしていた。探しても探してもみつからない魔道具、夕方を過ぎれば外を出歩くこともできない。迷宮にだってろくに潜れないし、楽しみと言えば食事くらいのものだ。

 いまや学園内の全ての人間が食堂の食事の質が上がったことに感謝していた。これで美味しいご飯がなかったら、今頃暴動が起きていたかもしれない。


「じゃあ、もう少し違うところ探してみるか。全然見つからないし」

「そうですね、この辺りは他のパーティもいますから」


 ではどこがいいだろう。顔を見合わせた三人は、どうせ探すならここにはないだろうと思われる場所をあえて探してみよう、という結論に達した。いかにも何かが隠れていそうなところはもう十分探したし、現在進行形で皆が捜索中だ。


「校門前とかどうだ?」

「なさそう! すごくなさそうです」

「ナイ」

「隠れるような場所、ひとつもないもんな」


 校門付近はきれいに均されて草も手入れされているので、埋もれているようなことは絶対にない。校門の左右に大きな木は生えているが、今は殆ど葉も落ちて小さな魔道具だって引っかかっていたらすぐにわかる。

 だが、それくらいの遊びは許してほしい。もう探すのに疲れてしまった。だってもうどこもかしこも探し済みなのだ。


「でも、意外と地面に落ちてたりするかもしれないですしね」

「そうそう。案外ぽろっと落ちてたりするかも」

「見ツケタラ、先生ニ教エル」

「絶対触るなって言われたからな」


 それでも一応辺りを確認しつつ、途中何人もの生徒とすれ違いながら校門前までやってきた三人は、きょろきょろと開けた空間を見渡した。


「……やっぱり、ダメか」

「……そんな都合よくは落ちてはいないですね、やっぱり……」

「ワウ」


 じゃあ今度はどこへ行こうか、と声をあげたオーリアスの横を、ふらりと誰かが通り過ぎた。

 一瞬、ぞくりと背筋を冷たいものが走り、オーリアスとマリエルははっと顔を向け、門から出て行く生徒の背中を注視する。顔は見えないが、男子生徒だ。


「今日は、休みじゃないよな?」

「ええ、いつもと違う授業形態なのでわかりにくいですけど、休みは明日です」


 だが、今出て行ったのは間違いなく生徒だ。まだ授業中、というか鏡探索の時間なのに。

 グレゴリーが全身の毛を逆立てて、出て行った生徒を食い入るように見つめている。


「……どうした?」

「グレゴリーくん?」


 そわそわそわそわと落ち着きなく足踏みし、グレゴリーは全身を震わせて先ほどの生徒の背中を視線で追いかけている。まるで、追いかけたくてしょうがないといった様子だった。

 声をかけても反応がない。夢遊病に陥ったようにふらふら歩き出したグレゴリーに顔を見合わせた二人は、それぞれやるべきことをやるために走り出した。


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