4、トンデモ僧侶と迷宮に 2
ぼちぼちモンスターを狩りつつ、オーリアスとマリエルは迷宮を進んでいた。
現在は順調に進み6階層。やはり、ソロとパーティでは戦闘の速度が違う。普段、オーリアス一人なら一撃離脱をくり返し、時間をかけて処理する集団がを相手にしても、二人で挑むとあっさり終わってしまう。マリエルが戦える僧侶という変わった性質だというのもあるが、二人の相性が中々いいことも戦闘速度が速い理由だろう。
「ちょっと気になってるんだが」
「なんですか?」
「マリエルが一人でも迷宮に潜れるのは十分わかったけど、一度も他のパーティに誘われたりしなかったのか?」
そりゃ、確かにちょっと怖い。
今まで小動物みたいだった可愛い女の子が、突如目を爛々とさせて高笑いしながらモンスターを切り刻み始めたら、そりゃ怖い。薄暗い迷宮に響く高笑いと飛び散る体液。振り回される白刃。
終わった後恥ずかしげに俯かれても今さらで、あの 地獄の狩人ぶりを見てしまったら、その差がかえって怖いような気もする。
それでも、惨殺することに夢中になってしまうならともかく、ちゃんと回復もしてくれるし、自衛、と言うよりは積極的すぎるかもしれないが、身を守れる回復役と考えれば十分魅力的なパーティの一員になるはずだ。
「……何人か声をかけてもらったのは確かなんですけど……」
ゴブリンと大口鼠の体液で汚れた剣に浄化をかけ、息をついたマリエルが困ったように首を傾げた。
「ちょっと、うーん……合わなかったといいますか……お断りしてしまいました」
「そんなもんか」
「オーリだって誘われたでしょう? わたし、ダメもとで声をかけたんですよ」
「ないな。一度もない」
「ええー!?」
「おれは避けられてるから」
「え……」
「少なくともうちのクラスの連中にはな」
別にだからどうということもないので、マリエルに気にするなと声をかける。ソロだと没頭できていいなと思っていたくらいなのだ。
「あの……正式にわたしと組んでもらえますか?」
心配そうに見上げられて、頷いた。
「ああ。さっきもかなり戦いやすかった。まぁ、びっくりはしたけどな」
「えへへ」
「それじゃ、これからよろしく」
「はい! 撲殺魔女と惨殺僧侶でがんばりましょう!」
「それはなんかイヤだ……」
てくてくと歩きながら握りこぶしを作るマリエルに苦笑いしながら、パーティというのはやっぱりいいものなんだなと思う。
そしてふと、自分が男のままだったら相変わらず一人で迷宮に潜っていたのだろうかと考えた。
一人でいるのが苦にならないので、きっとあのまま実習が始まるまでソロで狩り続けただろう。そして実習になったらパーティを組めなかった余り者として、教師たちが適当に決めた相手と組むことになったはずだ。
「……悪いことばかりじゃ、ないのか」
「どうしました?」
きょとんと見上げてくるマリエルに、笑いかける。
「なんでもない。なんでおれを誘ってくれたのかわからないけど、ありがとな。いいもんだな、パーティって」
「……オーリって、男の子の時、タラシだったでしょ」
「はあ!?」
突然何を言い出すんだと首を傾げた。タラシどころか女子とはろくに話したこともない。むしろ、いつも遠巻きにされていたというのに。
「オーリが無自覚なのは一旦忘れて、実習のことなんですけど」
「ああ、もう一人必要なんだよな」
「そうなんです」
パーティ人数の下限が三人、上限が五人なので、このままでは足りない。
どうやってももう一人必要だった。
サンの月に入学して、続くスーン、ウルの月は迷宮に潜ることなく、学園敷地内での基礎実習という名の体力づくりにあてられる。
実際迷宮に潜るようになるのはロンクの月からで、それも週一回、クラスごと教師に付き添われて迷宮入りし、残りはやっぱり、実習と言う名の基礎体力作りに明け暮れる。
そこまでやってやっと次のナナンの月から本格的な迷宮入りを許可されるのだが、正直ナナンの月は手探り状態での探索になり、迷宮に慣れるための前哨戦といった扱いになるので、大部分の生徒が本格的に探索することができるようになるのは今月、ヤーンの月なのだった。
魔女になってからは攻撃力の問題で探索速度が下がっていたので、ここのところあまりレベルアップはしていないが、オーリアスは付き添いなしに迷宮入りが許されるナナンの月からがんがん潜っていたので、一年生の中ではかなりレベルが高い方だ。マリエルも僧侶としては明らかに規格外な攻撃力がある。
バランスのいいパーティにするなら盾役か、斥候をしてくれる補助職がほしいところだった。
ただ、実習までもう日がないこともあり、優秀な人材は既にどこかのパーティに組み込まれているだろう。
「盗賊がいれば斥候をおまかせできるし、魔法使いや剣士ならがんがん攻められますよね」
「盾役でもいいと思うぞ。魔女も僧侶も正直打たれ弱いだろ?」
「確かに……あ、部屋がありますよ」
通路の途中に小部屋を発見して中に入る。
二人が入ると狭く感じるくらい小さな部屋の中に、宝箱がぽつんと置かれていた。大分古ぼけて、埃を被っている。罠が仕掛けられていようといまいと、魔女と僧侶に罠の解除手段などないので、開ける一択である。
「いいものが入ってますように」
えい、とマリエルが蓋を開けたとたん、大量の埃が舞い上がった。
「うわっ」
「す、すいません、そっと開けたつも……くしゅんっ」
慌てて二人とも口元を覆って埃が収まるのを待つことにした。部屋が狭いので、一旦外に出て、部屋が消えないように見張る。
「そろそろいいか」
「鼻がむずむずします……これ、なんの牙でしょう?」
「なんだろうな?」
やっと覗いた宝箱の中身に、揃って首を捻った。中に入っていたのはオーリアスの親指ほどの大きさの緑色の牙だったが、用途が全くわからない。
「外に出たら鑑定してもらいましょうね」
「こういう時はやっぱり持ってると便利なスキルだよな」
「でも学者になるか、盗賊のスキルレベルをかなり上げなきゃダメなんですよね?」
「とりあえず、持って帰れば何かわかるだろ」
なんなんだろうなと顔を見合わせながら、一応道具袋に収めて部屋をでる。見たことがないものなので、珍しいものなのは間違いない。
そのまま進み後ろを振り返ると、迷宮の不思議、既に小部屋は消えていた。
いつ見ても不思議な光景を過ぎ先に進んでいく。何度も魔物と出会うが、二人で戦闘するとゴブリンの集団も大口鼠も、 二つ目玉も楽々と倒せるので面白いくらい進みが速い。
「あ、今なにか……」
角を右に折れたところで、怒鳴り声が聞こえてきた。