43、幽霊騒動 急
大講堂に残された生徒たちは、一様に沈痛な顔で押し黙っていた。
さっきまで行われていた全学年対象の魔法耐性選別の儀、つまり各自のステータスカードを問答無用で担任が確認するという作業は終わり、選に漏れた生徒達は既に解散させられている。
ここに残されている生徒は哀れな生贄。幽霊があからさまに出没している夜間に見回りを課された、かわいそうな子羊たちであった。
祈るような思いでいたにも関わらず、あっさりと生贄行きを告げられたオーリアスとマリエルもがっくりと肩を落としながら立っていた。左手にカリンとアイトラも同じような顔をしているのが見える。心配そうに何度も振り返りながら去っていったグレゴリー含む、この場に残されなかった生徒達には、夜間の外出禁止令が出されていた。期限は未定。
この場に残されたのは各クラス四、五人といったところだろうか。思いのほか少ない。
クロロスのクラスからはオーリアスとマリエル、コーネリアに、あまり話したことのないグレンとエルザ、それにカティスが残っていた。六人というのは多い方だろう。
残された生徒達は皆一様に不安そうな顔をして、前方の担任たちを窺っている。この後何を言い渡されるのかと思えば、不安になるのも仕方ない。
「では、これから君達にしてもらうことを説明する。そうなった経緯もだ」
見かけない痩せた男性が壇上に上がり、思いつめたような表情で生徒達を見回した。
アルゴスと名乗ったその先生が、とつとつと話し始める。
とある魔道具を学園外から預かり、封印を施していたこと。封印は無事に完了していたが、先日の爆発によって施した封印は解けてしまい、肝心の魔道具が行方不明なこと。幽霊の出没地域が学園敷地内に限定されていることから、この周辺にあるはずなこと。魔法耐性が高くないと魔道具の呪力の影響を受けてしまう可能性が高いことから、この選別に至ったこと。教員だけでは探す手が足りないこと。そして、こんな不始末を学外へ洩らすわけにはいかないことから、生徒達の手を借りるに至ったこと。
やつれたアルゴスが申し訳ない、と頭を下げる様子に不安がっていた生徒達も少し柳眉をといた。
アルゴスに責はない。噂は聞いている。二年生の担任のナルシィがあの爆発を引き起こしたのだということは。
仕方ないなという空気になりはじめた生徒たちに、周りの教師達が胸を撫で下ろす。絶対嫌だと泣かれたりしたら夜の見回り自体が成り立たないところだった。
すぐに人を入れて捜索するべきだと進言したのに、王家から学園内でことを収めてくれと泣きつかれては致し方ない。下手すればラウムとの国交に支障が入りかねない事態なのだ。
生徒達には口外しないことを誓約してもらい、なんとかするしかないだろう。
自分達が悪いわけではないのに、ナルシィが担任しているクラスの生徒達は項垂れていた。この騒動の張本人が自分達の担任だと思えば、肩身が狭くもなるだろう。
「人数の都合上、君達は二人一組でそれぞれ担当の地域を探してもらう。互いのレベルに差がないように、かつ前衛と後衛の組み合わせになるように先ほどこちらで選んだ。時間は今から次の鐘が鳴るまでだ。鐘が鳴ったら見回りは終了、一度ここまで戻ってきてくれ。見回りというよりも、魔道具を見つけるための探索になる。これまでに幽霊が出没した場所を書き込んだ敷地内地図と、光石を渡すから、なんとか魔道具を見つけて欲しい。ただし、見つけても絶対に手を出さないでくれ。発見したら、必ず教員を呼んでくれ。絶対にだ」
何度も念を押したアルゴスが壇上から降り、陰鬱な雰囲気の中ひとり華やかな空気を纏ったフレイアが前に進み出た。
「それじゃ呼ばれた二人は前に出て、地図と光石を受け取ってちょうだい」
オーリアスとマリエルもその声にじっと耳を傾けていた。どうやら女子は女子、男子は男子同士の組み合わせになるようにもしてあるようだ。夜に生徒を二人で行動させるという都合上、教師達も気を使ったのかもしれない。
「それにしても、今年の三年生はどうなってるんだ?」
ガランドと三年生の担任を受け持っているグレイは、順番に呼ばれていく生徒達を眺めながら周囲に聞えないよう、小声で話していた。
「……ここ数年で一番の脳筋学年だと自負している」
「三年生なのに、残っている人数が一番少ないってのはどういうことなんだ」
「もういっそ、面白いくらいだろ? ウチの学年、本当に多いんだよ、アルタイル・ベガを筆頭に」
「そのアルタイルが残ってるんだが」
「……そうでなきゃ、初期装備で三年過ごせないさ」
それもそうだなとガランドは頷いて、真面目な顔で立っている道着姿の少年を眺めた。いわゆる天才という奴だ。
「一年生がなぁ、思いのほか残ったな」
残った生徒たちの割合は、一、二、三年生の順に四、四、二といったところだ。
これは予想していなかった。大健闘と言いたいところだが、残された生徒たちは今にも気絶しそうな顔をしているので、かわいそうなことこの上ない。自分自身、この手のモノが苦手なのに、基準値をクリアしてしまっているガランドには、その気持ちが痛いほどわかった。
魔法耐性はジョブやレベルにも左右されるが、基本的には本人の資質が一番大きな要素だ。並みの魔法使いより魔法耐性の高い剣士もいれば、壁職よりも耐性のない魔法使いもいる。
そして不思議なことに魔法耐性の高い人間は、繊細なタイプが多い。あくまで統計的にであって、絶対ではないので例外もいるが。
ちらりと後ろに下がったアルゴスを見ると、はっきりそうとわかるほどにやつれていた。
魔法耐性がずば抜けて高いアルゴスは、ここのところずっと、夜こそ鏡を見つける好機と必死に探し続けていたのだ。寝不足と責任感の強い性格のせいで、消耗が激しい。そのくせ、この出来事を引き起こしたナルシィは典型的な無神経型魔法使い。攻撃力はあっても耐性はほぼ無い、魔法脳筋だ。おかげで探索に加わっていない。もっとも、生徒の人命を危険に晒したということで組合にしょっぴかれているので、こき使ってやろうにもここにはいないのだが。
「俺たちも探しに行かないとな……」
「ああ」
フレイアのしっとりとした美しい声によって恙無く名前は読み上げられ、オーリアスは一緒に回ることになった相手に目をやった。マリエルならいいなと思ったのだが、マリエルはルーヴのクラスの知らない女の子と組むことになったようだ。
「あ、あの、よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
とはいえ、顔見知りでよかったと思う。オーリアスのパートナーは、コーネリアだった。
地図と光石を受け取り、担当の地区を確認する。
「男子学生寮と旧校舎の北側か」
「わたし、旧校舎には行ったことがないんです……」
おずおずと見上げられて、頷く。オーリアスだって行ったことはない。しかし、こうなった以上、行くしかないのだ。ぞろぞろと準備の整った生徒達が講堂から出て行くのに倣って、二人も講堂を出、校舎の外へと向かった。
空気が冷たい。息が白くなるほどではないが、ひやりと乾いた秋の匂いがする。
それぞれ恐々と担当地区へと向かう生徒達が、夜の闇の中にばらけていく。
「……行くか」
「は、はい」
かさかさと乾いた音を立てる枯れ葉を踏みながら、まずはここから近い男子学生寮の方へと向かう。校舎の中にはぽつぽつ灯りが灯っているが、やはり暗い。
「でも」
歩きながら、ぽつりとコーネリアが呟いた。
「オーリちゃんが一緒でよかった……」
思わず横を見下ろしたオーリアスは、恥ずかしげに俯いているコーネリアに若干引き攣りながらも笑顔を返した。
「そ、そうか、よかった」
この状況で、おれ幽霊苦手、死ぬほど嫌いですとはとても言えない。マリエルやグレゴリーにだったら見栄をはることもないのだが、明らかに自分よりか弱い女の子に頼りにされている状態に、つい、はらなくてもいい見栄をはってしまった。
光石が先端についた30シムほどの棒を掲げて進む。自然に早足になってしまいそうなところを何とか堪えて、ゆっくりと周囲を確認しながら歩く。
真っ暗な中歩かされるはめになっていたら、さすがにオーリアスも見栄をはることは出来なかったが、光石を持っていることで少しは冷静になれていた。温かい黄色の光を放つ光石は、きちんと二人の足元を照らし、夜でも不自由なく歩くことができる。だが、こんなわかりやすいところには、たぶん落ちていないだろう。先生たちも何日も探していたということだし、どういうところなら見つかりにくいだろうか。
甲高い音を立てて冷たい風が吹き、ざわざわと木々を揺らした。
びくりと同時に肩を震わせたオーリアスとコーネリアが、顔を見合わせる。
「あ、あの、黙ってると怖いから……お、お話、しませんか?」
「そ、そうだな、何か話そう!」
とはいえ、コーネリアとはさほど親しくない。エイレンたちを交えて話すことはあっても、一対一で話したことは今までなかった。
「え、えと、あ、あのっ……オーリちゃん、下着はどこで買ってるんですか?」
「し、下着……」
いきなり放り込まれた小型爆弾に、撲殺魔女は一瞬幽霊のことを忘れた。
「あああ、あのっ、そのっ、わたしったら何いって……ささ、さっき講堂でエイレンたちと次の休みに買いに行こうって話をしてて! それであのっ、へ、変なこと聞いてすみません、すみません……!」
淡い茶色の髪を腰まであるみつあみにしたコーネリアが米搗きバッタのように頭を下げるたび、みつあみがぴょこぴょこ踊る。
「い、いや、別にいいんだ、えーと、下着な、下着……」
恥ずかしさを押し殺しながら、麓の町のどこそこにある下着屋だと教えてやり、寒いはずなのに浮かんできた額の汗を拭った。一気に体温が上がった気がする。控えめで大人しいというくらいしか知らない女の子と、いきなり下着の話をすることになるとは思わなかった。それとも、女の子というのは、気軽に誰とでもこういう話をするものなのだろうか。
「わ、わたしがいつもエイレンたちと行くのは、違うお店なんです。もう一本表通りからは離れるんですけど、よければ今度行ってみてください。オーリちゃんに似合うのも、一杯置いてますから」
「あ、ああ、そうさせてもらう」
どうしてこうなった。何だかよくわからないうちに、新しい店を紹介されて頷いていたオーリアスは、内心呻きながらも顔を真っ赤にしているコーネリアに頷いて見せた。絶対行かないなんて、言えない。
「わ、わたし、ずっとちゃんとお礼が言いたくて……だから、本当はオーリちゃんと一緒に見回りに行けることになって、嬉しかったんです」
「お礼?」
「……オーガに襲われた時のことです」
「礼ならもうしてもらっただろ?」
首を振ったコーネリアが、ふと足を止めた。
「……わたし、泣くことしかできなかった……オーリちゃんは魔女なのに、オーガに立ち向かって」
「それは別に」
「あの時、わたしの肩を叩いてくれたの、覚えてますか?」
「え……」
正直、覚えていなかった。もう随分前だし、特に意識してやった行為でもないかぎり、自分の行動の細かいところまでは覚えていない。
「いいの。覚えてなくても……わたしがあの時、すごく勇気付けられたってこと、伝えたかっただけなんです。あの時は、ありがとう……立ち止まってごめんなさい」
微笑んだコーネリアが、光石を掲げて歩き出す。
慌ててその横に並びながらみつあみの少女を見下ろすと、はにかんだ笑みを向けられた。可愛い。
今、絶対にときめくところだった。
それなのに。
ときめかない自分に切なくなりつつ、それでもこう言ってもらえたこと自体は気恥ずかしくもあり、嬉しくもあるので、自然に笑顔を作ることができた。
「役に立ったなら、よかったよ」
その後は魔道具を探しつつ、恐怖感も少し薄くなったこともあって、和やかに会話しながら探索は進んだ。
そして男子学生寮を過ぎ、旧校舎の側まで来た時。
すう、と音もなく背後から伸びてきた何かが、やさしくオーリアスの頬を撫でた。