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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第3章
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42、幽霊騒動 破






 迷宮探索を終え、広間に転移してきた撲殺魔女と惨殺僧侶は重々しく頷きあうと、ここ数日の定番となった陣形をとった。

 真ん中にグレゴリー、右にオーリアス、左にマリエル。

 そしておもむろに右と左に差し出されたグレゴリーの手を、マリエルとオーリアスががっちり握る。つまり、三人で手を繋いだ。


 グレゴリーはいつもどおりの顔だが、撲殺魔女と惨殺僧侶の顔は強張り、かわいそうなくらい緊張しているのがわかる。まるで囚人を護送する兵士のようにぴったりと大柄な狼族に貼り付き、一塊になって早足で広間を出て行った残酷物語に向けられる視線も、普段とは違っていた。始めの頃は手を繋いで出て行く三人を微笑ましくほのぼのと見守っていたのだが、今ではもういっそ自分達もそうしようか、という不安げなものも混じって広間は常ならぬ沈黙に満ちていた。


 それもこれも、ここ最近の幽霊騒動のせいだ。

 その噂が出回り始めた時は、またか、と殆どの生徒は笑ってやり過ごした。ここは迷宮学園、幽霊の噂なんて、七つも八つも九つもある。いまさらそこにひとつ、噂が増えたところでどうだというのだ。だが、噂が噂でなくなった瞬間、状況は一変した。

 誰かが見たらしい、から始まり、何年生の何さんが見てしまったようだ、から隣のクラスの何々パーティが見たんだって、になり、あいつ見たって言ってた、本気で怯えててどうしよう、になるまで時間はかからなかった。

 そして、昨日まで他人事だった噂の渦中に巻き込まれた途端、怖い噂は恐怖の実体験になる。噂が噂であるうちは他人事で楽しめるが、それが自分に降りかかったとなれば話は別だ。

 誰しも持っている、自分は大丈夫だという根拠のない自信が覆されれば、ただひたすらに恐ろしいだけだ。中には部屋から出てこれなくなる生徒も出て、教師達はなんとか騒動を抑えようと苦心していたが、その成果はさっぱり出ていない。次第に重苦しい雰囲気が学園内に蔓延し、日が暮れてから出歩く生徒は激減している。


 顔を強張らせながら早足で歩いている三人も、噂の幽霊に出くわした哀れな生徒の仲間入りを果たしていた。

 人前で誰かと手を繋ぐという普段のオーリアスなら絶対に躊躇い、お断りしただろう行為もあの恐怖の前では、なんのその。喜んで繋ごう。むしろがっちり握って絶対に離すものか。

 マリエルとて同じこと。闇に浮かぶ幼児なみの大きさの手に追いかけられた後では、もはや頼りになるのはグレゴリーだけだ。この手の中のもふもふだけが安心を与えてくれる。


 絶叫して逃げ回り、なんとか逃げ切った後で互いの顔を見合わせたオーリアスとマリエルは、必死に泣くのを堪え、側にいたもふもふグレゴリーにしがみついた。

 男の矜持なんて知ったことか。怖いものは怖い。アレの前では図書室の幽霊なんてかわいいものだ。子ども向け、全年齢向けだ。背中に迫るあの血まみれの爪、青白い肌、筋の浮かんだ蠢く指。

 あの手に掴まっていたらどうなっていたことかと思うと、震えが走る。あまりの恐ろしさに、一睡も出来ず、布団に包まって一夜を明かしたオーリアスは、次の日の朝、マリエルも自分と同じ状態だったことにひそかに安心した。


 そして全く眠れていない二人に対して、グレゴリーのなんという頼もしさ。

 魔物は怖いのに幽霊は怖くないというのが不思議だが、今はそれがありがたい。二人はべったりとグレゴリーに張り付き、迷宮探索も早めに切り上げるようになった。日が暮れてから出歩くのは怖すぎる。迷宮の中で幽霊に出くわしたという話は聞かないので、いっそ迷宮の中にずっといたいくらいなのだが、そういうわけにはいかない。せめてもの対策に、日が暮れる前に迷宮から出て、グレゴリーに付き添ってもらって寮へ戻るというのがここ数日の流れになっていた。


 近頃は段々日が暮れるのが早くなってきて、もうすっかりあたりは夕日に照らされて橙色に染まっている。急いで寮までの道のりを辿っていた三人は、前方に見覚えのある後姿を見つけて声をかけた。


「フォルティス!」


 オーリアスの声に、びくりと背中を振るわせた三人が、おそるおそるといった様子で振り返る。


「あ、ああ、君達か」


 あからさまにほっとした顔をしたフォルティスたちが、安心したように近づいてくる。


「あの、皆さんどうかされたんですか? 顔色が悪いですけど……」

「ええ、ちょっと……」

「最近色々あるじゃない? ほら……その、幽霊、とか」


 顔色の悪い三人が、歯切れ悪くもぞもぞと口ごもった。


「もしかして……あなたたちも見たんですか?」


 はっとしたフォルティスたちが、くいいるような目でオーリアスたちを見つめる。


「君達も?」

「ええ。やっぱり見たんですね」


 オーリアスたちは限りない同情の眼差しを向けた。実際、自分たちも体験しているのだから、その恐ろしさは十分にわかっている。


「そうよ、見たのよ!」


 ふつりと何かが切れたようにカリンが叫んだ。


「それも、三回も!」

「三回!?」

「もううんざりですわ! どうしてわたくし達だけ……」


 よく見ると三人ともくっきりとした隈ができている。どうやら眠れない夜を過ごしているようだ。


「一度目は、走る下半身に追いかけられたんだ。二度目は首無しの男」

「どっちも、死ぬほど追いかけられたわ」

「……三度目は」


 吐きすてるようにカリンが呻き、絶句したアイトラを宥めるように肩を叩いたフォルティスが後を引き受けた。


「三度目は、目と口を縫い付けられた髪の長い女だったよ」


 ぞわり。全身に走った怖気にマリエルとオーリアスは鳥肌を立てた。それは怖い。怖すぎる。それに比べたら、血まみれの大きな手に追いかけられるなんて、まだかわいい体験ではないか。

 出来うる限りグレゴリーにくっつき、ぞっとしながら話を聞いている二人にさらに追いうちがかかった。


「そういえば、君達は魔法耐性は高い方かい?」

「ああ、けっこう高いな」

「……オレ、低イ……」

「ええ、グレゴリーくんはちょっとアレですけど、わたしとオーリは高い方だと思います」


 それがどうしたのかと首を傾げる二人に、カリンが気の毒そうな目を向けた。


「あのね、あたし達、今日は早めに探索を切り上げたの。もう二度とあんな体験したくないじゃない」


 今のところ夜にしか幽霊は出没していないので、それはそうだと同情に溢れた眼差しを向けられたカリンは、小さく頷いて話を続ける。


「それで、どう考えてもこんな騒ぎはおかしいって、ミネリ先生に訴えに行ったのよ。さすがにあたしも、もううんざり! これ以上耐えられないもの。そしたらね」


 ごくりと息を呑んだ二人に、信じられない言葉が聞えてきた。


「一定以上の魔法耐性がある生徒は、夜の見回りに参加することになるって」


 目が飛び出しそうになった二人は、冗談じゃないと喘いだ。

 見回り? 夜の? そんな馬鹿な!


「明日あたり、そのための集会があるそうですわ。そこで基準値以上の魔力耐性を持った生徒を選別すると言っていましたもの」


 自分とカリンは間違いなく引っかかるはずだと言ったアイトラは、ぎゅっと自分の体を抱いた。


「どうしてそんなことになったのかは、明日話してくれるそうですけど……今から怖くて……」


 涙ぐんだアイトラがそっとフォルティスの腕に触れた。反対側ではカリンも同じようにフォルティスの袖を摘んでいる。

 いつもならそれを感心して見ていただろうオーリアスとマリエルだが、今はそれどころではない。

 今でさえもう、いっぱいいっぱいなのだ。二人の恐怖容量はもう満タンだ。それなのに夜の見回りを課されたら、一体自分達はどうなってしまうのだろう。


「とにかく、明日の説明を待つしかないよ。こんな状態、あきらかにおかしいからね」


 いっそ魔物が出てくれたほうがずっとマシだよ、とため息をつくフォルティスたちが手を振りながらとぼとぼと去り、とんでもない爆弾を落とされた三人は固まっていた。


 夜の、見回り。


「う、嘘でしょう……!? 嘘だと言ってくださいっ、グレゴリーくんっ! 言って! お願い、言ってー!」

「……嘘だよな? うん、嘘だ、嘘に決まってる。なぁ、嘘だって言ってくれよグレゴリー……!」

「ワウ……」


 夕日に照らされた三人の影が縺れ、闇に繋がるようにぞろりと伸びた。


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