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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第3章
46/109

41、幽霊騒動 序


 その日、ラビュリントス迷宮学園に爆音が響き渡った。

 発生源は研究棟。とある教師が独自の魔法を生み出そうと四苦八苦した結果の魔力暴走が原因だったのだが、それは研究棟の一部を黒焦げにし、両隣の部屋も巻き込んでの大惨事に発展した。

 そして、巻き込まれた左隣の部屋に保管されていた魔道具がひとつ、爆風の余波で吹き飛ぶ。

 その魔道具は誰にも知られることなく飛んでいき、完璧に無事とはいえないものの、使用が可能な状態で地に落ちた。


 それが、始まり。


 生徒のみならず教員までをも恐怖に陥れ、大捜索隊が結成されることになった幽霊騒動の始まりだった。





 今日も迷宮の中、残酷物語はせっせと探索に励んでいる。

 現在24階、武器を新調してからというもの順調に進んできた三人ではあるが、ここにきてぐっと探索速度が落ちていた。攻撃力、防御力が不足しているというわけではない。


「この、ちょこまかとっ」


 足元を走り抜け、飛びついてきた拳くらいの大きさの針子鼠(ニードルマウス)にちくりと噛み付かれ、しまったと思う間もなく噛み付かれた部分がじわりと感覚を失くす。極細の針のような歯を持つこの魔物ならではの攻撃だ。至って丈夫な絶対領域守護布(ミラクルニーハイ)だが、どんなに丈夫な素材でも糸で編まれている以上、面での攻撃には強いが点での攻撃には弱い。

 こうなったら下手に動かず、近づいてくる針子鼠(ニードルマウス)を、一匹一匹潰していくしかない。オーリアスは現在3人の中では最大火力だが、杖で殴って撲殺するという戦闘方法である以上、こういう小さくてすばしっこい相手には苦戦を強いられる。かといって剣使いのマリエルも同じぐらい小さな相手は苦手だし、グレゴリーは言わずもがな、巨大盾で足元を走り回る子鼠をどうこうできるわけがない。


「ワウッ!?」


 どうやら、グレゴリーも盾の隙間をかいくぐって走りまわるニードルマウスに噛みつかれたらしい。慌てて飛び上がって足踏みしていたが、噛まれた足が麻痺したようで片足でぴょんぴょんしている。噛みつかれたからといって、いきなり全身麻痺したりはしないのだが、とにかく鬱陶しい。

 この階には他にも、透明なので視認することができず、刺されると痒い上に周囲の同種の魔物を呼び寄せてしまう透明蚊(インビジモスキート)、手首から先だけが宙をさ迷い、戦闘になると倒さない限り、仲間を呼び続ける招きの魔手(コールハンド)なども出てきて、一度戦闘が始まるとなかなか終わらない。おまけに、経験値もあまりもらえないのだ。

 大きくて強いというのは勿論脅威だが、小さくて面倒くさいというのも十分脅威になりうるのだと実感した。


「これでっ、最後です!」


 マリエルが剣先で最後のニードルマウスを斬り払い、戦闘は終了した。

 惑わす呪言(エラーエラー)も、ちゃんと戦闘に使って練習したいのだが、スキルの練習には不向きな『素早くて小さくて状態異常攻撃を頻発してくる』魔物ばかりなので、なかなか使う場面がないのが困り物だった。

 そのかわりといってはなんだが、早口言葉の引き出しはちょっと増えた。剣士だったころは素振り1000回が日課だったが、今は自分の部屋に戻ってから、ひたすら早口言葉を唱え続けるという苦行に励んでいるのだ。おかげで「ナマムギナマゴメナマタマゴ」以外だって言えるようになった。練習は裏切らない、これ、本当。言えるようになった時にはひとり、感動で涙ぐんだのは秘密だ。


「オレ、左足、動カナイ」

「おれも左だ」


 お揃いで麻痺状態になっているオーリアスとグレゴリーに、笑ってマリエルが近寄ってくる。


「この階は僧侶の出番が多いですね」

「……マリエルがいなかったらと思うとぞっとするな」

「ワウ……」

「『解かれる麻痺(パラキュア)』]


 足元にしゃがみこんだマリエルが噛まれた左足に手をかざし、麻痺を治癒してくれるのに一安心して、周囲を見回し、耳をすます。招きの魔手(コールハンド)が近くにいると、独特の鈴音が聞こえるので注意しなければならない。


「ソロだとこの階は大変でしょうね」


 マリエルの言葉にしみじみと頷き、パーティのありがたさを実感する。下手したらあっという間に詰んでしまう。 数少ないソロたちは、一体どうしているのだろうか。


「やっぱり、特殊ポーション大人買いだよな」

「もしくは、状態異常無効の装備品でしょうか……でも、そんなのなかなか出ないですし」

「宝箱、デナイ」

「20階くらいから、明らかに出なくなったよな」


 滅多に装備品など出ないのだが、やはり宝箱を見つけるとわくわくするので、近頃見かけない宝箱が恋しい。


「今日はこれくらいにしましょうか」

「ワウ」


 頃合を見て帰還した三人は、ほっとして新鮮な空気を吸い込んだ。

 迷宮の中で圧迫感を覚えているわけではないのだが、こうして外に戻ってくると、やはり開放感を感じる。たまたま人の途切れた時間に戻ってきたらしく、受付広間には生徒が数人立っているだけで閑散としていた。


 広間から出て、無風の迷宮とは違う自然の風にあたりながらぶらぶら歩く。夕食までにはまだ半端な時間があるので、模擬戦でもしようかと話しながら校舎の裏手まできた三人だが、オーリアスが足を止めたことで流れが変わった。

 もしその時、風に乗って届いた何かの音をオーリアスが聞きつけなかったら、聞きつけても気にしなかったら、三人はそのまま模擬戦をする為に広場に向かっていたことだろう。


「今、何か聞えなかったか?」

「いえ、わたしは特に。グレゴリーくんは?」

「聞コエタ」

「あっち、だよな?」


 こくりと頷いたグレゴリーが確認するように二人を見下ろした。行ってみようか、と問いかける視線に頷き、歩き出したオーリアスたちはグレゴリーの耳を頼りに、どんどん音を辿っていく。

 近づくにつれ、無邪気な狼の顔には親しい者しかわからない困惑が浮かび始めたが、先頭を行くグレゴリーの顔を見上げる者はいない。

 たどり着いたのは校舎裏広場を過ぎ、薬草畑も越えて、人が来ることなどないだろう敷地の端。

 山中と学園の敷地を隔てる結界石が固定された境界線の手前、太い木の陰に人が立っている。  

 どこまで行くんだろうと遠足気分で歩いていたオーリアスとマリエルは、自分達が思っていたような楽しいことなど、そこに待ってはいなかったことを理解した。押し殺した苦悶の呻き声と、荒い息遣い。


「……オーリ」


 そこにいたのは、オルデンパーティのメンバー、カティスとコルキスだった。

 以前フォルティスたちに声をかけられて以来『そういう』場面には出くわさなかったのだが、とうとう、その現場に出くわしてしまったようだ。パーティの中心であるオルデンと、サキアの姿は見えない。

 頭を抱えて蹲るコルキスと、執拗にその胴体を蹴りつけているカティスに、杖を握ったオーリアスの拳に力がこもる。


「そこらへんにしとけよ」


 さくさくと草を踏んで近寄ると、面倒くさそうにカティスが顔を上げた。


「……物好きだねぇ、こんなとこまでご苦労様」

「おまえも物好きだろ。わざわざこんなとこまできて、何してる」

「その口のきき方を直したらそこそこ見られるのにな。男だか女だかはっきりしたら?」

「おまえが明日女になったら、突然おしとやかになるとでも?」

「それもそうか」


 笑ったカティスが無造作に足を振り上げたが、その靴先が蹲っているコルキスに届く前に、顎の下に入り込んだ杖の先がその動きを遮った。


「それくらいにしておけよ。まさか加減て言葉を知らないんじゃないだろうな」

「いいこだねぇ、オーリちゃん? おれさぁ、オルデン様のことなんか、これっぽっちも好きじゃないんだけど、理解できるところもあるんだ」


 暗い目がオーリアスと、武器を構えて後ろに控えている二人を舐める。


「おれ、あの人がおまえを嫌いな理由がよくわかるよ」


 だるそうにコルキスから離れたカティスが、三人の横を何事もなかったような顔で通り過ぎていく。

 オーリアスはその姿が十分に離れてから、握っていた拳を緩めた。

 のろのろと起き上がったコルキスにマリエルが駆け寄る。


「大丈夫ですか」


 眉を寄せ、癒しの雨(ヒール)を発動したマリエルによって、その場が暖かな光に包まれる。服に隠れた部分なので見えなかったが、防具越しとはいえずっと蹴られていたのなら、かなりひどい打撲になっていたはずだ。


「……ありがとう。でも、いいんだ……先生には、言わないでおいてくれたまえ」


 俯いたままのコルキスが呟き、三人を何ともいえない目で見つめた。軽く頭を下げ、背を向ける。このままでいいのかと思いはしても、当事者にそう言われてしまえば、もうどうすることもできない。


「あのっ……」


 遠ざかるコルキスの背中に、マリエルが叫んだ。


「いつでも癒しますから!」


 コルキスの背中とオーリアスたちを隔てるように、強い風が吹く。木々を鳴らして風が通り過ぎていった後、取り残された三人は誰からともなく、黙って歩き出した。

 重苦しい沈黙を纏い、草を踏む音だけを聞きながら来た道を戻る。

 ぽつりとオーリアスが呟いた。


「……オルデンに嫌われるのは、わかるんだけどな……」


 どんな理由があれ、殴られた本人が殴った相手を嫌うのはわかる。友人が殴られたことに腹を立てるのも。だが、カティスの目はもっと薄暗くて、ぞっとするような色をしていた。


「オーリ、気にしない方がいいですよ。悲しいですけど……誰からも好かれるなんて無理なことですから」


 ぽふぽふと頭に置かれたグレゴリーの手のひらと、気遣いに満ちた目に見上げられて、オーリアスは肩に入っていた力を抜いた。

 二人の言うとおり、誰にでも好かれるなんて無理な話だ。オーリアス自身が彼らのことを好きになれないのだから。それでも、こうして悪意を見せつけられると少し苦しい。


「オレモ、マリエルモ、オーリ好キ」


 耳をぴこぴこさせながら薄黄色の目に覗き込まれ、気恥ずかしさを感じて目を逸らした。

 けれど、ちょっと恥ずかしい言葉もグレゴリーに言われると素直に頷けるのは、これも、もふもふの効果なんだろうか。だとしたら、やっぱりもふもふは偉大だ。

 世の中言わなきゃ伝わらないことばっかりだと叔母も言っていた。だから、言葉を惜しんだり省いたりするのはやめる。ちょっとくらい恥ずかしくても、ちゃんと伝えよう。


「うん……おれも、好きだ。マリエルとグレゴリーが好きだよ」





 例えば。


 誰でも持っている妬みや僻み。意地悪な気持ちに、空しさ。怒りに憎しみ。ありとあらゆる負の感情。

 それを、強制的に引き出す道具があるとしたら。

 引き出された感情を喰らい、無限に魔物を生み続ける道具があるとしたら。

 それがひっそりと目につかないどこかで動いているとしたら。


 結末は誰も知らない。


 ただそれだけが、確かなことだった。


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