番外、彼女と彼ともふもふと
シミー退治は順調に進んでいた。
部屋中を埋めるほどいた飛び回る魔喰紙魚も残り少ない。次第にシミーを捕まえることに慣れ、オーリアスとグレゴリーもそれなりに貢献することができたと思うのだが、現在二人は苦戦中だった。
シミー自体はかなり数を減らし、もう終わりは見えているのだが、そのかわり、捕獲が難しくなってきたのだ。適当に杖を振り回せば当たるほど飛んでいた時と違い、よくよく狙いをつけ、飛び回るシミーの軌道を予測して振り下ろさなければならない。そうして狙っても空振りする。グレゴリーはこれが得意なようで、オーリアスよりはあてる確立は高かった。アルタイルに至っては水を得た魚のように部屋中を跳ね回り、両手にシミーをわし掴んでは籠に放り込んでいる。
どうやって捕まえているのか早すぎて認識できないので、それは何のスキルなのかと聞いたら、スキルは使っていないと答えられ、撲殺魔女と圧殺盾士は顔を見合わせた。
さすが最上級生、3年生にもなればこんなことができるようになるらしい。やっぱり3年生は違うなと感心する二人の目の前で最後のシミーがアルタイルによって捕獲される。
「よし、これで最後だ!」
アルタイルがそう宣言して、シミー退治は終了となった。
大量のシミーに囲まれていた精神的な疲れを感じて、ひんやりした床に座り込む。グレゴリーも同じ気分のようで、ぼふっと横に腰を落とした。
「二人ともまだまだだが、筋はわるくないぞ! 来年もがんばれ!」
来年もこれをやるのか。ぐったりした二人は、こっそり思う。他のパーティも巻きこもう。そう、来年になれば新一年生も入ってくるのだし、爽やかに誘ってみよう。
シミーを知らない? じゃあやってみないか。何事も経験だし、それに、なんと手間賃もでるんだ。
これでイけるはずだ。
すたすたと疲れた様子もなくやってきたアルタイルが、二人と同じように床に座り込む。転移陣はスピカしか動かせないので、マリエルを寝かせるために一度上に戻ったスピカが戻ってこなければ、三人も戻れないのだ。
「しかし、いい足をしているな!」
悪気を全く感じさせない爽やかさで言い放たれたオーリアスは、ため息を吐き出した。
「嬉しくないです。おれ、この間まで男だったんで」
「へぇ、そうなのか」
アルタイルは、オーリアスが元男だということに特になんの感慨も覚えなかったようだ。
ぶしつけというわけでもなく、遠慮がちというわけでもなく、床に足を投げ出しているオーリアスを一通り眺めると口を開いた。
「すくなくとも、今は好みの足をした女子に見える」
真面目な顔で告げられたオーリアスは、膝を抱えてもう一度ため息をついた。そうだ。自分で見たって男には見えない。こうやってショートパンツとニーハイなんか履いて、誰が男だと思うだろう。
体だって本当の『女』になってしまったのに。
「嫌なのか?」
「それは……そうでしょう。先輩がこの後急に女になったらどうします?」
「困るな」
その状況を想像しているのか、空中に目を上げて何か考え込んでいたアルタイルだが、結論はすぐに出た。
「困るし驚くが……別にいいんじゃないか」
あっけらかんと言われたオーリアスは、呆れて目を逸らした。この先輩にかかれば、自分の悩みなど叩き落されるシミーよりもどうでもいいものに思える。
「……他人事だから言えるんだ、そんなこと」
「そうとも。オレは他人だから、いくらでも適当なことが言える」
腹立たしさは、その突き抜けたあっさり感にさらりとかわされた。適当に答えているように見えるが、深く考えて答えたとしても、アルタイルは同じ言葉を返してくるような気もする。どっちにせよ、この気持ちは同じ境遇の人物でなければ本当にはわからないのだから、これくらいの距離感で話してもらえるほうがいいのかもしれない。遠慮されても、踏み込まれすぎても、どうしていいかわからなくて困るから。
「だが、もしこの後女になっても変わらないことがひとつあるな」
「……何ですか」
しゅっ、と空気を裂く音と同時に真っ直ぐ突き出された拳。
「これだ。これだけを武器に迷宮に潜る。男だろうと女だろうと、オレは絶対にそうする」
そう言い切ったアルタイルの横顔にはなんの迷いも疑いもない。
ちり、とオーリアスの意識に、アルタイルの言葉がひっかかった。男だろうと女だろうと変わらないもの。揺らがないもの。自分には、それがあるだろうか?
ただ少しずつ、けれど確実に変わっていく自分が怖くて、向き合うのを誤魔化していたが、それを考えるべき時がきたのかもしれない。
女の体になって嫌なこと、困ったこと。
毎月の生理は勘弁だ。話には聞いていたが、自分で体験するとこんなに衝撃的なものだとは思わなかった。 後、胸が大きすぎて邪魔。かといって、死にたくなるほど嫌かと言われると、困る。嫌だが、そこまでではない。
生理だけは本当に耐え難いのだが、それさえ越えてしまえば、そこまで不自由もしていない。
それに、悪いことばかりではないのだ、本当は。
マリエルとグレゴリーというパーティメンバーにも、女になったから知り合えたわけで。剣士で男でソロのままだったら、出会えていない。今でも一人で迷宮に潜っていたはずだ。
それを考えると、少し怖くなった。
三人でいるのは楽しくて居心地がよくて、いまさらソロに戻れといわれても、もう戻れない。
誰とも喋らずに平気でいられたのは信頼できる友達が誰もいなかったからで、今同じことをしろと言われたら途方にくれてしまう。
こうして考えてみれば男から女になったことで無くなったものの代わりに、得たものもちゃんとあって、中途半端な自分に空しくなる。ふさふさのグレゴリーの尻尾を見つめながら、溢れそうになるため息を噛み殺した。
あれほどいたシミーが一匹もいなくなった部屋の中は静かで、光石だけが変わらずぼんやりした緑色の光を放っている。
「考えすぎでドツボに嵌まった時は、消去法がいいらしいぞ!」
「消去法?」
そうすると、これだけは譲れないものがちゃんと残る。それを握り締めて、がんばれ。
まるで別人のように真面目な顔をしたアルタイルにそう言われて、小さく頷く。
これだけは譲れないもの。
ことん、とその言葉が胸に落ちてきた。
「ところで! 突然だが、女子のどの部分が好きだ? オレは言ったとおり足なんだが!」
爽やかに断言したアルタイルの、不細工ではないがちょっと濃い顔をぽかんと見ていた一年生二人は同時に吹き出した。いきなり何を言うかと思えば。
「今女子になってるおれに聞きますか……胸と腰かな。腰よくないですか、腰」
「うむ、こう、きゅっとしているのがいいな! くびれがこう……なんだ、自分がそうじゃないか」
「……ほっといてください。自分の腰見てぐっときてたら変態じゃないですか」
「それもそうだな!」
「グレゴリーはどこが好きなんだ?」
「尻尾ガイイ」
「尻尾ぉ?!」
「うむ、斬新!」
「尻尾、ワカリヤスイ」
まさかの尻尾に愕然としていたオーリアスは、そういう意味かと頷いた。
「オレ、女ノ子、ヨクワカラナイ。デモ、尻尾ハワカル。オーリトマリエルハ、尻尾ナイケド、ワカル」
「そうか、おれとマリエルってわかりやすいのか……でも確かに、獣人族の尻尾はわかりやすいよな」
ぱたぱた、ふさふさ、ぴょこぴょこ、ぶわわ。
顔よりも尻尾が語るのは獣人族ならではだ。
「獣人族の女子は怖いからな! よくよく尻尾に気をつけないと……」
何か怖い思い出でもあるのか、若干引き攣った顔をしているアルタイルに笑いながら、思う。
さっきのアルタイルの言葉のおかげで、少しは自分の中の何かと向き合うことができるような気がした。
「先輩」
「ん?」
「ありがとうございます。まぁ……なんとか、がんばります」
「よくわからんが、そうか!」
「ワフ」
「では! そのついでに裾を後3シム短くして……!」
「台無し! あんた色々台無しだ!」