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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第3章
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37、誰にだって不得意はある


 その笑い声を聞いた生徒達は恐ろしさに身を強張らせた。

 女のものとも獣の唸り声ともつかない笑い声は、迷宮の中に高く低く、延々と響き続け、それを聞いた者の恐怖と不安をかきたてた。

 一刻も早くここから立ち去らなければ。

 狂ったようなその笑い声に怯え、逃げ出した探索途中の生徒たちはその階層の奥で何が起こっていたかを知らない。そして世の中には知らないほうがいいこともあるのだ。

 あまりの恐怖に逃げ出した彼らによって、迷宮七不思議にもうひとつ『恐怖の笑い声』が加わり、迷宮八不思議に増えることになったが、それはささやかな後日譚である。


「……もういい……好きなだけ笑えばいいだろ……」

「ごっ、ごめ、ごめんなさい!自分でもどうしてこんなにおかしいのかわからなッ……ぶふっ!」


 どツボに嵌まってどうにも止まらないらしいマリエルからそっと視線を逸らしたオーリアスは、無言で立ち尽くしているグレゴリーを見上げた。


「グレゴリー」


 ちり、と視線がぶつかる。


「……笑いたいなら、笑っていいんだぞ」

「……ガフッ!」


 派手に吹き出したグレゴリー、床に蹲って涙ぐんで必死に笑いを堪えているが堪えきれていないマリエル。

 撲殺魔女はぷるぷる震える手で杖を握り締めた。

 昨日のお説教は効いた。油断大敵、慢心撲滅。

 そう心に刻み、絶対に使いたくなかったスキルもがんばって使おう、練習しようと覚悟を決めて迷宮に潜り、そして使った結果がこれだ。


 笑い転げる二人を恨めしげに見て、泣きたい気分でため息をつく。

 突然女にさせられたかと思えば、オーガに追いかけられたり、これで平穏な毎日が過ごせると思った矢先に生理になって泣き喚いたり、やっと新しいスキルを覚えたかと思えば最悪のスキルだったり、思いあがりを指摘されて恥ずかしくて飛び上がったり、と最近ロクなことがない。


「だから使いたくなかったんだ……」


 あの、我が身の不条理に大声で泣き叫んで、マリエルに迷惑をかけたあの日。

 あの時新しく覚えた三つのスキルの内、唯一の戦闘系スキルである『惑わす呪言(エラーエラー)』だが、オーリアスは今日までそれを使わずに来た。勿論それにはオーリアスなりの理由がある。

 しかし、苦いお説教によって思いなおしたのだ。どんなに個人的な理由があろうと、それは言い訳にしか過ぎない。生死をかけた戦いに挑むのに、そんな言い訳など許されないだろう。

 全力で取り組もう。そう心を決めて新しいスキルに挑んだというのに。


「……おっ、おな、おなかいたい……! も、もうだめ、くるしっ、ぶふっ、あ、あはは、あははは!」

「ガフッ、ガフフフっ!」

「……楽しそうだな、二人とも」


 オーリアスの覚えた新スキル『惑わす呪言(エラーエラー)』。

 それは発動すれば対象を混乱させ、その行動を阻害するという非常に便利なものだ。だが、その発動条件に問題があった。


「ど、どうして、どうしてそこで噛むんですか……!」

「グ、グルジイ……ワフッ!」

「……おれだって好きで噛んだんじゃない……」

「……ちゃ、ちゃまご……!」

「ガフフフッ!」


 初めてスキルを使う相手に選んだのは角牙兎(ホーンラビ)で、20階層辺りからよく出没する。動きが素早く攻撃力もそこそこあるが戦い慣れた相手なので、スキルを試すにはちょうどよかった。集団で湧いた角牙兎(ホーンラビ)を一匹だけ残して片付け、最後の一匹をグレゴリーが引きつけている隙にスキルを発動させようと集中する。

 いくら苦手とはいえ、これくらいのことは言えるはず。

 そして、オーリアスは叫んだ。


「ナマムギナマゴメナマチャマゴっ!」


 場に何の変化もなく、額の角を振りたててグレゴリーの構える盾に突進を繰り返しているホーンラビに、オーリアスは無言で杖を振り下ろした。ぶちゅん、と潰れて光になったホーンラビを無表情に見送り、何事もなかった顔で視線を逸らしたオーリアスに、ぽかんとそれを見ていた二人の顔が歪む。


「あ、あの、オーリ……今……」

「……なんだよ」

「いま……噛みました?」

「グフッ!」


 グレゴリーが耐え切れずに吹き出したのきっかけに、火がついたように笑い出した二人を涙目で睨み、撲殺魔女はひっそりと主張した。


「おれが悪いんじゃない……早口言葉が悪いんだ……」


 『惑わす呪言(エラーエラー)』発動の条件は、早口言葉を間違えずに発語して対象に聞かせること。

 しかも間違えてはいけないし、その早口言葉が難しければ難しいほど効果が上がる。早口言葉が得意な者にはうってつけのスキルだっただろうが、残念なことにオーリアスはこれが大の苦手だった。

 子どもの頃、叔母にさんざん遊ばれて大笑いされた苦い記憶のせいで、今まで使用を断念していたが、昨日のお説教を聞いた後ではそういうわけにもいかない。全力で取り組むと決めた以上、ちゃんと使いこなしてモノにしなければ。

 そこで本日、使ってみた結果が、笑い転げている二人というわけだ。


「あーもう、いくぞ! 次!」

「ま、まってください、おなかが、いたくて……」

「ワフッ……」


 そしてオーリアスたちは先へ進んだ。

 さっきは一度目で緊張していたし、恥ずかしさもあって失敗したが、これくらい言える。そう信じてスキルに挑んだオーリアスだが、しかし、これがどうにも上手くいかなかった。二人の期待の眼差しを背中に感じるせいか、手の施しようがないほどに噛み続けたのだ。


「ナマムギュマナゴメナマタマゴ!」

「ナマムギナマゴメナメタマゴ!」

「ナマムギナマゴミナマタマゴ!」


 その度に笑い転げる二人。無言で撲殺するオーリアス。

 そして、一度だけ「ナマムギナマゴメナマタマゴ」が成功したのだが、言われた角牙兎(ホーンラビ)は特に反応しなかった。早口言葉の難度が低すぎたらしい。もっと低階層の魔物になら効いたのかもしれないが、角牙兎(ホーンラビ)には効かなかった。おまけに、成功した感動に包まれていたオーリアスは、何事もなく突っ込んできたホーンラビの角に引っかけられ、かなり痛い思いをしたのだ。

 混乱効果は生じなかったがスキル発動自体は成功していたらしく、効果の範囲内にいたホーンラビにかかっていた『見よ我を(アテンション)』を打ち消してしまったらしい。マリエルが急いでキュアしてくれたが、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。

 その後も上手くいくことはなく、しまいには笑いすぎで息も絶え絶えになった二人から、もうスキルを使うのをやめてくれと懇願される始末。

 だが、意地になったオーリアスはその後も成功しない早口言葉(難易度 極低)に挑み続け、二人の腹筋を使い物にならなくさせて今に至る。全く難儀なスキルであった。


「……も、もう無理です! わたし、笑い死にしちゃいますよ……!」

「ワウっ……!」


 迷宮のひんやりした石の床に転がって笑いすぎで苦しんでいる二人から、状況の改善求む、と要求されたオーリアスは口をへの字にした。そんなこと言われたって、苦手なものは苦手なのだ。

 せめてコツがわかればな、と呟いたのを聞きつけたマリエルが、はっと顔を上げた。


「オーリ! 行きましょう、そしたらコツがわかるかも」

「行くって、どこに?」

「図書室です。早口言葉の本がおいてあるかもしれません。難しいのを覚えればスキルレベルも上がるし、コツを覚えたら噛まなくなるかもしれませんよ」


 図書室。そう言われたオーリアスは顔を顰めた。以前魔女について調べに行った時にうっかり幽霊と遭遇して以来、図書室は鬼門なのだ。本当なら絶対行きたくない。

 しかし「ナマムギナマゴメナマタマゴ」もロクに言えず、他の早口言葉も殆ど知らないままでは、折角のスキルが死にスキルなのも確かだった。


 渋るオーリアスの背中を押し、マリエルとグレゴリーは22階の転移陣に向かう。

 このままでは本当に笑い死にしてしまうかもしれない。我が身の安全の為にも、撲殺魔女には是非とも早口言葉の技術の向上をお願いしたいものである。


 そうして探索を切り上げて帰還した三人は、早口言葉の、そしてあわよくば発語のコツなどが載っていればいうことのない本を求めて、静まりかえった校内を曰くつきの図書室へと向かったのだった。


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