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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第3章
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36、ちょっぴりにがい ひみつじょうほう





「そういえば、研究棟って初めて来たな」

「わたしもです」

「オレハ、3回目」


 このまま呼び出しの常連になるのはマズイぞと小声でグレゴリーをからかいながら、三人は校舎に併設されている研究棟に来ていた。

 外観はかなり古びた木造の建物で、中に入ってもやっぱり古びている。学生寮も教員寮も誰でも気軽に立ち入れるのだが、ここは入り口に受付があり、やる気のなさそうな顔をした中年男性がだらだらと差し出してきた紙に学年氏名を書かされ、さらにステータスカードを確認された。『研究』というくらいだから、貴重なものが置いてあるのかもしれない。

 クロロスの部屋は二階の角部屋と教えられ、ぎしぎしきゅっきゅと歩く度に音の鳴る廊下を進んでいく。

 それにしても薄暗い。迷宮の中よりも暗いだろう。

 なんだかちょっと怖いですね、というマリエルの言葉に頷きながら部屋の前までやってきた3人は顔を見合わせる。元担任で現在も担任、しかも呼び出し常連で慣れているグレゴリーが扉を叩いた。


「オレ、グレゴリーデス。オーリト、マリエルモ、イマス」

「入れ」


 あっさりと寄越された返答にほっとして、そろそろと研究室の中に入ったオーリアスとマリエルは、中が想像していたような魔窟ではなかったことに驚いた。

 寮の部屋二つ分より少し広いくらいの広さだろうか。思っていたよりずっときれいに片付いた部屋だ。 四方の壁は小さな引き出しがびっしりとついた不思議な箪笥で埋められている。ちょうどオーリアスと同じくらいの大きさの箪笥の上には手のひらくらいの小さな小箱が並んでいるが、どれもきちんと蓋をしてあるので中身は見えない。入って右手に大きな机があり、その上には何に使うか分からない様々な器具が置いてある。圧巻はいくつもの大きさと色の違う砂時計で、一体このたくさんの砂時計を何に使うのだろう。左側には書き物机があって、山のように書類が積んであった。部屋に漂う匂いは嗅いだことのない、不思議な匂い。薬草とはまた違う胸がすうっとするような匂いだ。雑然としているのに、汚い感じはしない。床に物が全くないせいだろう。

 書き物机に向かっていたクロロスが三人を振り返る。


「……何の用だ?」

「エイレンたちから、先生がアイテムを買い取ってくれると聞いたので、その確認に来ました」

「その通りだ」


 それきり黙っているクロロスに、話の接ぎ穂を探してオーリアスも無言になる。


「あ、あの」


 マリエルが声を上げてくれたのでほっとした。悪い先生ではないのだが、どうにも会話が繋ぎづらいのだ。前回のポーション作成の時のようにのっぴきならない状況なら気にならないのだが。


「成績優秀な者にだけ情報を回しているということでしたが」

「……何か気になることでもあるのか」

「その……他の人たちは……」


 気遣わしげな顔をしたマリエルに、オーリアスも頷いた。

 自分達が成績優秀だと評価されていることは嬉しいが、なんとなくすっきりしない。こんな風に、こっそり他の生徒にわからないように有益な情報を受け取るというのはどうも気になる。オーガを足止めがんばったね、の褒美は素直に受け取れたが、これはちょっと違う気がするのだ。

 確かに、小遣い稼ぎに夢中になるというのはわかるのだが、それは成績がどうあろうと関係がない気がする。だが、この感じをどう説明すればいいのかよくわからない。


「……つまり、おまえたちは特別扱いが気に入らない、と」


 クロロスは考え込むように顎に手をあて、じっと三人を見つめた。

 困った顔でちらちらと互いを窺っているオーリアスとマリエル、小首を傾げて尻尾をゆらゆらさせているグレゴリーの3人を、クロロスは面白く眺めた。

 ミネリのところのフォルティス組などはもっとはっきりとした言葉で、特別扱いはやめてもらいたい、と直訴にきたようだが、このパーティも少々ひねくれている。素直に喜んでちょっとした小遣い稼ぎが増えたと受け取ればいいのに、そうできないのだ。元々の性格もあるが、それだけ余裕があるということだろう。実際に行き詰って装備品を買い換える余裕もない状態なら、はたして同じ態度を取れたかどうか。

 しかし、それはそれでいい。他人を気遣えるのは悪いことではないし、それならそれでちゃんとした説明をしてやるまでのこと。


「他の生徒たちには、わざわざこんな伝達などされない……だが、それはおまえたちが特別に優遇されている、ということではない」


 きしりと椅子を軋ませ、クロロスは三人を見つめる。


「むしろ、実際に情報を制限されているのは、成績優秀者のほうだ」

「……どういうことですか?」

「毎年の成績優秀者によく見られる症状、とでも言えばいいか。それを緩和するための措置だな。教師がアイテムを引き取るというのは、他の生徒達には前もって連絡済の情報だ」


 目を丸くして、何が何だかさっぱりという顔をしている生徒達を見つめ、さらに続ける。


「情報は開示されているが担任が選んだパーティへの伝達が禁止されている、といった方がわかりやすいか? 売店以外にもアイテム流通のルートがあるらしいということは、周囲をよく見ていればわかったはずだ。実際に成績優秀者で情報を制限されていても、上級生の会話から推測して確かめに来たものもいるし、不審な行動をするクラスメイトに疑問を覚え、担当の教師に聞きに行った者もいる。中には職員と親しくなって職員経由で知った者もいる。自発的に気づく生徒も少数だがいる」


 観察力、柔軟な思考、行動力。それを備えた生徒になら、教師もさりげなく一言添えるだけで済む。

 偶然、たまたま、違和感、疑問。それを流さず、確認する。それは冒険者には必須の能力だ。周囲をよく見ているというのもひとつの才能だし、それがどういう意味をもつのか考えることのできる思考力もそうだ。

 戦闘ができるというだけで冒険者になっても、周囲を観察し状況を読む力がなければ、その生活は苦しいものになるだろう。単に腕っ節が強いだけを求めるなら、そこらのゴロツキだってかまわないのだ。強さだけが冒険者に求められているわけではない。


「流した情報を聞いてやってくるパーティは様々だ。おまえたちのようにわざわざ他の生徒のことを気にかけるような奇特なパーティもいれば、そのまま情報を受け入れ、喜んでそれで終わりのパーティもいる。特別扱いを当然のものとして振舞うパーティもいる。だが、大抵の場合、共通していることがある」


 そこでクロロスはぽかんとしている三人に、ふっと笑った。


「成績優秀者ほど迷宮攻略に夢中になって、それ以外をあまり見ていない」


 三人がはっと顔を見合わせた。次第に顔を赤くし始めた生徒達に、クロロスは昔の自分達を思い出す。

 他の生徒にも公表すべきだと勢い込んで乗り込んでいったガランドとルーヴが顔を赤くしてすごすごと戻ってきたことを。気づいてたんなら教えろ、と叫ばれて喧嘩になったのだった、そういえば。


 このまだるっこしいやり方の一番の目的は、『成績優秀なものにだけ伝えられる特別な情報』を聞いてやってきた生徒達の様子を見て、その精神状態を把握することだ。ついでに序盤に開きがちな稼ぎのいい成績優秀者と一般の生徒たちの懐事情をなるべく等しいものにしようという意図もある。もうこの時期までくれば、皆それなりのやり方を身につけているので、こうして解禁になったが。


 この時期の優秀な生徒には慢心が芽生えやすい。順調に進む迷宮攻略、他の生徒たちとの格差を肌で感じ、意識せずともちょっとした驕りが出てくる。頃合を見て、釘をさしてやるのも教師の務めなのだ。他の生徒たちも、折りを見て面談している。


「こうしてやってきた生徒に言うことはただひとつ」


 何も気づかないパーティにも、与えられた情報を不審に思うパーティにも、素直に喜べないパーティにも、等しく忠告はなされる。

 そして、こうして一歩踏み込んできた生徒には少々苦いお灸になる。

 だが、きついお灸ほどよく効く。元々素直な性質の3人だから、これ以降面談を必要とすることは少ないだろう。


「確かに迷宮を攻略することは大事だが、たまには周囲を見るように。迷宮だけが全てではない」


 三人はしゅんとして項垂れた。


「特別扱いは特別扱いでも、おまえたちが思ったような特別扱いではないということがわかっただろう。買取情報は教員室の奥、布のかかった黒板に書かれているから確認してみるといい。中には教員ではなく職員の希望もある。次に回す必要はない。おまえたちで最後だからな」

「……はい」


 萎れた花のようになって退室していった3人に、クロロスはため息をついた。ああいう素直なパーティばかりなら、教師の苦労は7割がた減るだろうに。

 しかし、考えてみれば自分も到底素直な生徒ではなかったので、今の苦労もやむなしといったところか。

 その立場になってみて、初めて実感できるものなのだとほろ苦い思いを抱えて、クロロスは書類に向き直った。





 無言で研究棟の廊下を歩いていたオーリアスたちは、次第に早足になり、入り口まできた頃には全力疾走になっていた。受付の男性が走り去る3人をにやにやしながら見送ったが、気づくことなく3人はひたすら走り、人気のない校舎裏まで来てやっと足を止める。


「……は、恥ずかしい……!」

「い、言わないで下さい! わ、わたしも恥ずかしくて……!」

「ワウゥ……」


 顔を赤くして呻いたオーリアスに、マリエルも真っ赤な顔を覆う。

 何が成績優秀者だ。その気になって、他の生徒はどうするんだなどと、完全に思いあがりだ。傲慢だった。自分達は特別でもなんでもないのだ。それなのに、いつのまにやら、どうも調子にのってしまっていたらしい。


「……おれ」


 思いつめた顔で地面を睨んでいるオーリアスを、顔を赤くしたままのマリエルと尻尾を力なく垂らしているグレゴリーが見つめる。


「……明日から、あのスキルも練習する。今まで嫌で使わなかったけど、そういうのは、許されないよな。できることは全部やらないと」


 ここまで順調だったから、いつのまにか慢心していた。使わなくてもなんとかなるのだから、このままでいいと思っていたが、それは思いあがりだ。一から挑む、その気持ちを持ってできることはなんでも試して頑張らないと。


「わたしも頑張ります。ちゃんと周りを見ないと、取り残されるってことがわかりましたから」

「オレモ気ヲツケル」

「……あー、久しぶりに、効いた。ちょっと、忘れられそうにないな、これは」

「苦いお説教でしたね……」

「ワウ……」


 しょぼくれる三人の頭上を、時鴉(クロッククロウ)が鳴きながら飛んでいった。


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