3、トンデモ僧侶と迷宮に
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オーリアスが魔女になって一番実感したのは、攻撃力の低下だった。
もちろん、女になってしまったというのはもうどうにもダントツで違和感なので、それは横において、ジョブとしての違いの話だ。
剣士と魔女ではもちろん、戦闘方法も変わってくる。
近接攻撃が主体の剣士は、基本的に相手と打ち合うことを前提に戦う。一撃して離脱でもいいが、直接相手に斬りつけることが必要なのは間違いない。
対して魔女は魔法職なので、遠距離からの魔法による攻撃が主な攻撃手段になる。
ところが、戦ってみて痛感した。火力として中途半端なのだ。
魔女になってから初めて迷宮に潜り、剣士の時一撃で斬り倒していた矮子鬼が、一撃で倒せなくなったのを見た時には、一瞬パニックになってしまい、魔法を連撃したのは苦い思い出だ。
火力が弱いというのは他の魔法職と比べても明らかだった。たまたま同学年と思しき魔法使いが、オーリアスも使っている『火よ凝れ』を撃つところを見たのだが、一撃でゴブリンを倒していた。
レベルはジョブチェンジしたからといって下がったりはせず、そのまま維持される。個人の基礎能力の差はあれ、そこまで差がつくのはおかしい。
実際、声をかけて確認したところ、その魔法使いはオーリアスの二つ下のレベルだった。にもかかわらず、魔法使いが『火よ凝れ』を撃つと矮子鬼は一撃で死ぬ。ところがオーリアススが『火よ凝れ』を使うと、瀕死にはなるが、死なない。
つまり、この違いはジョブとしての仕様なのだろう。
それがはっきりしてからは戦闘方法が固まった。遠距離から魔法を撃ち、体力を削ったところで止めを刺す。初めのうちは、魔法を二発撃って仕留めていたのだが、それではあまりにも効率が悪かった。魔力にも限りはあるし、魔力回復薬はポーションより値段が高い。それにドロップも少ないのだ。
そこでたまたま装備していた杖が大型だったのもあって、ふと思いついてぶん殴ってみたら、それで止めを刺せたのである。
魔法職は魔法で攻撃するものと思い込んでいたが、そんなことはなかった。
「うわぁ、それで撲殺魔女誕生! したんですね!」
斜め後ろを歩くマリエルが、はしゃいだ声を上げた。
その響きが、かすかに反響して通路の奥へと流れていく。
午前の講義が終わって昼を食べ、約束どおりさっそく迷宮に潜ることにしてやってきたはいいものの、なぜかモンスターと出会わない。これじゃ単なる迷宮散歩だなと会話しているうちに、魔女とはどんなジョブかという流れになったので話していたのだが。
「格好いいですよね、撲殺魔女! はやくモンスターが出ないかなぁ」
なぜかマリエルは目をきらきらさせていた。
前も思ったが、この子はなぜこんなに撲殺が好きなんだろう。嫌われるよりはいいかもしれないが、だからといって嬉しくもないので反応に困る。
「やっぱり一撃でやれないのがなぁ……遠距離から攻撃できるのは悪くないけど、結局殴らなきゃならないから、遠距離のメリットも消えるし」
「魔女ってかなり縛りがきついジョブなんですねぇ。わたしは僧侶ですけど、とくに武器装備に制限はないです」
「ああ。普通の武器防具丸ごと装備できなくなるとは思わなかった」
それに火力が半端なので、一人で敵を殲滅するには時間がかかり、数が多ければ後衛の方に抜けられてしまう。だからパーティを組むなら盾役が必須で、補助役の後衛職に敵が向かわないようにする必要があるのだ。
「相手の数が多いと、正直全部を逃さず叩くのは無理だ。何匹かそっちにいくかもしれないから、そのつもりでいてくれ。防御はできるよな?」
杖を握り、視線を通路の奥に据える。
「……はい。大丈夫ですよ」
マリエルが、腰から細身の片手剣を引き抜いた。
醜悪なしわくちゃの顔。剥き出した牙。マリエルの腰くらいまでしかない、人型魔物。
「ゲ、グゲッ」
耳障りな不快な声を発するゴブリンが五匹、こちらに向かってくる。
「『火よ凝れ』」
駆け寄ってこようとした先頭のゴブリンに火球がぶつかり、子鬼を吹き飛ばす。
「『火よ凝れ』! 『火よ凝れ』!」
錆びたナイフを構え、腰に襤褸切れを巻いた右の一匹と、棍棒をもったその奥の子鬼に連発した火球が上手くあたった。
だがその隙に奥から無事な二匹が駆け寄ってくる。単発の魔法ということと射程距離のせいで、どうしても全部はしとめ切れない。魔法で焦げたゴブリンもよろよろと立ち上がり、鳴き喚きながら突進してくる。
「ちっ、いきなり集団にあたるとはついてない!」
接近してきたゴブリンに杖を振り下ろす。鈍い感触と共にそのまま床に叩きつけ、返す杖尻を後ろに抜けようとした一匹に突き出す。
「ギャッ!?」
悲鳴を上げて転がる子鬼を蹴り飛ばした隙に、無傷のゴブリンが一匹、脇を抜けた。
「マリエル! そっちにっ……」
残っているゴブリンから目を離すわけにはいかない。姿勢は変えず叫んだ時、通路の奥からさらに子鬼が沸いてくるのが見えた。まだ遠いが、確実にこっちに来るだろう。
「このっ!」
瀕死のゴブリンの脳天を殴りつけ、とりあえず目の前のゴブリンを片付けて振り返ったオーリアスの目の前を。
子鬼の首が飛んでいった。
景気よく青緑の体液を撒き散らしながら飛んだ首がころころと床に転がって、光になって消える。
片手剣を手に、ふらふらと前に出てきたマリエルが恍惚とした顔で微笑んだ。
「うふ、うふふ、さあ、どんどん来なさい。切り刻んであげますから!」
そこからはマリエルの独壇場だった。防御ができるとかそういう問題ではない。
唖然としつつも、湧いてくるゴブリンにオーリアスが魔法を撃って体力を削り、撲殺する。そしてあぶれた敵をマリエルが斬り倒す。自分とオーリアスを回復するのも忘れない。
イッちゃった目をしている割に戦況をよく読んでいて、回復のタイミングが絶妙でとても戦いやすいのだが、時々聞こえる高笑いが、怖かった。
迷宮入りしてしばらく出現しなかった分がまとめて出たのかと思うくらい湧いたゴブリンだったが、驚くほどさくさくと戦闘が終わり、無言でドロップアイテムを拾い集める。アイテムは後で均等に分けることになっているので、今はひたすら道具袋に詰め込む。
それが終わると、オーリアスは重々しく声をかけた。
「……マリエル」
「……えへ」
回復のできる後衛職で可愛くて性格も悪くないマリエルが、どうしてソロなのかわかった。
ものすごくよくわかった。
もじもじしているマリエルは可愛いが、もう可愛いと思えなくなりそうだ。
「あのぉ……わかっちゃいましたよね……どうしてソロなのか」
「わからないほうがどうかしてると思うぞ」
やれやれと杖を肩に担いで、どうやら素面に戻ったらしい僧侶を見つめる。白いローブはいかにも清らかそうで可愛くて、回復役の僧侶らしい。
その生地に、点々と飛び散ったゴブリンの体液さえついていなければ。
百歩譲って、片手に青緑色の体液に塗れた剣を握ってさえいなければ、だが。
「ダメなんです。どうしても、戦闘になると自分が抑えられなくなっちゃって……ものすごく楽しくなるんですよねぇ、剣をもつと」
「へ、へぇ……」
うっとりした眼差しで自分の片手剣を見下ろしているマリエルに、どうして剣士にならなかったのかと聞くと、自分にこんな性癖があると自覚したのが、初めて迷宮に潜った時なんです、と返ってきた。
それまで教師に付き添われながら魔物を倒したりはしていたが、その時にはちょっと気分が高揚するくらいだったのだという。
「回復役を極めようって思って僧侶になったんです。最初は、今日受付で一緒にいた子たちと一緒に潜ってたんですけど」
「ああ、あの四人?」
「はい。コーネリアも僧侶なので、回復役が二人……でも安全度は上がるし、いいよねって話してたんです」
ところが、いざ迷宮に潜り、初めて教師の付き添いなしにモンスターと出会って怯える四人を尻目に、スイッチの入ってしまったマリエルがほぼ一人で魔物を殲滅。
「四人ともこのままいっしょにやろうっていってくれたんですけど」
何度か潜りはしたのだが、やはり回復役が二人は多いということと、後衛職でありながら、ソロでもイけると実感したマリエルがパーティ解消を申し出て、今に至るということだった。
「それからは一人で潜るようになって……そうしたら、いつのまにかわたしもあだ名をつけられちゃったんですよね……」
「……ちなみに」
「……惨殺僧侶って」
言いえて妙、である。