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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第3章
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35、ひみつじょうほう




 その日、迷宮学園の食堂はとても混雑していた。

 迷宮の中に潜っていても、もちろん食事は取れる。その為の携帯食料は売店に売っているし、何が起こるかわからない迷宮に潜るのだからどんな学生だって食料は持参する。

 しかし、温かい食事にはやっぱり適わない。調子よくがんがん潜れている時なら、気にせず携帯食料を頬張って探索を続けるが、きりよく到達階を攻略できたり、探索に行き詰ったりしているパーティは大抵が戻ってきて学食で食事を摂り、それからまた迷宮に挑むのが常だった。


 24階に到達したところで戻ってきた残酷物語3人衆も、現在食堂でお昼ご飯に舌鼓を打っていた。

 今日の昼ごはんはオーリアスがボノ豚肉の炒め物と秋野菜のスープ、マリエルがコクリ小麦を水でこねて千切ったものを茹でて、そこへトマティの実のタレをたっぷり絡めて、上にデリショ牛の乳から作ったチーズをかけて焼き上げたもの、グレゴリーはオーリアスと同じものを食べている。喧騒の中、オーリアスはうっとりと目の前の昼食を口に入れた。


 野菜がたっぷりの温かなスープは出汁のいい匂いを漂わせ、木皿に盛られたボノ豚肉とボル葱の炒め物は香辛料の香ばしい匂いと、ぴりっとした辛味が食欲をそそり、思わずがつがつ食べたくなってしまう。皿に盛られ、ふんわり湯気を立てている炊き立てのルチェ麦を頬張って、それから豚肉と葱。口に広がる至福の味に、自然と力が抜ける。肉の旨味と葱の風味の後に、ほんのり辛味が来るのがいい。そこに熱いルチェ麦だけを頬張っても、十分美味しい。いくらでもお代わりできてしまう。合間に野菜がたっぷり刻まれて入っているスープを口に含めば、野菜の香りと風味のきいた液体が、少しこってりした味付けをさっぱりと流してくれ、後にさわやかな辛味の刺激だけが残る。出汁のしみた野菜も歯ざわりよく、噛めば思いもかけないほのかな甘みと、やさしい旨味が口いっぱいに広がる。単なる野菜スープなのに、本当に美味しい。そしてまた肉と葱と麦を頬張る。

 これのくり返しがたまらない。

 ほっと息を吐き出し、陶酔したような顔で自分の昼食を見つめているオーリアスに、マリエルが首を傾げた。


「なぁ」

「何ですか?」

「おれ、この頃ずっと思ってたことがあるんだ」

「ワウ?」


 二人に見つめられ、オーリアスは今しがた口に含んだ秋野菜のスープを見つめる。


「最近、やたらと学食が美味しくないか?」


 気温も下がってきたし食欲が増す季節ではあるが、それにしても美味しい。それとも、そう感じているのは自分だけなのかと疑問に思っていたのだが、マリエルもグレゴリーも勢いよく頷いたので勘違いではなかったらしい。


「わ、わたしもそう思います!」

「オレモ!」


 ここ最近、食堂の料理がレベルアップしている。以前だって別にまずくはなかったが、こんなに美味しくはなかった。いくら昼時とはいえ、大混雑の食堂を見る限り、やはり皆がそう思っているのだろう。


「もしかして、料理人の方が変わったのかもしれませんね」

「だよなぁ。こんなに美味しいもんな」

「オレ、嬉シイ」


 グレゴリーの言うとおりだと頷く。やはりごはんが美味しいと気持ちが違う。がんばって潜って、帰ってきたら美味しいごはんが待っていると思えば気合もはいるというものだ。


「マリエルー! オーリちゃーん!」


 小声で話していると周囲の声に紛れて聞えなくなってしまうような騒がしさの中、一際大きな声に名前を呼ばれた二人は驚いて声の方を振り向いた。


「あいつ、なんでマリエルはマリエルって呼ぶのに、おれには『ちゃん』をつけるんだ?」


 何度言ってもきかないのでもう諦めたが、その違いはなんなんだと不思議がるオーリアスにマリエルが笑う。


「トモエなりの敬称だと思いますよ」

「普通に呼び捨ててほしいんだが」

「うふふ、無理でしょうね」

「あっ、グレゴリーくんもねー! って前にもこんなことあったかも?」


 抱えていたトレイをグレゴリーの向かいに置いたトモエが後ろを振り返って叫んだ。


「ここ空いてるよー! ……空いてるよね?」


 座ってからそう聞かれたオーリアスは苦笑して頷いた。なんというか憎めない子である。

 トモエから一足遅れてやってきた三人がそれぞれトレイを抱えて、席に着く。今迷宮から帰ってきたところらしい。


「あー、お腹空いたぁ!」

「いただきます」

「うう、ごはん食べたかったよー」


 体を動かすとやっぱりお腹が空く。勢いよく食事をかき込んでいる四人に笑って、オーリアスたちも残り少ない食事の続きに取りかかった。しばらく黙々と食べ進め、三人がまったりと食後のお茶を楽しんでいると、ふと顔を上げたエイレンが声を上げた。


「そうだ、忘れるところだった! ねぇ、迷宮でさぁ、よくわけのわからないもの拾うじゃない?」

「拾うな」

「ワウ」

「そうですねぇ。最近だと『殺し屋蝋燭の右腕』とか『血吸い人形の口』とか『大声蛙の声帯』とか、他にもいっぱい」


 エイレンたち四人がうんうんと頷く。迷宮で戦闘して手に入れるアイテムの大半は、何に使うのか、そもそも使えるのかわからないものが殆どだ。手に入れてもどうしていいかわからないので、大抵売店にまとめて引き取ってもらう。最近はオーリアスが『無限倉庫(カラクリカラクラ)』を覚えたので、スキルで発動する不思議空間に全部つっこんであるが。


「……実はね」


 声を潜めたエイレンが手招きして、もっと近寄れ、と合図した。

 食堂は混んでいるのだが、なぜかオーリアスたちの席の周囲は空いているので、集団で固まっていても迷惑にはならないだろう。全体を見渡すと、同じように周囲を空席に囲まれているパーティがぽつぽついるのがわかったはずだが、そんなことにはちっとも気づかず、3人は手招かれるままに近寄った。トモエとララ、コーネリアも寄って、団子のようになったところで、こっそりと囁かれる。


「あのわけのわからないアイテム、先生たちに引き取ってもらえるって知ってた?」

「えっ」


 突然の情報に驚いて聞き返すと、ララが頷いた。直接クロロスに聞いたのだという。勇気あるなと感心した三人に、ララが口を尖らせた。


「クロロス先生、格好いいのに」

「……そう、か?」


 皆そう言う、と拗ねているララをコーネリアが慰めているのを横目に見つつ、エイレンはさらに情報を追加する。


「その時先生たちが必要としてるものなら、売店に売るよりも高めに引き取ってくれるって」

「だけど、売店に売った分を先生たちが買えば済むことだろ? なんでわざわざ直接買い取り?」


 首を傾げたオーリアスに、コーネリアが気恥ずかしげに答えた。


「あの……売店はアルフォンス商会の出張所でしょう? 売店で引き取ったものはアルフォンス商会のものになるんです。その分、学園に還元もしているみたいですけど」


 売店と学園の経営母体が別物なので、売店で引き取ったものはアルフォンス商会のものになる。 

 学園に所属している教師達も、普段出歩けない分そこから買うことになるのだが、状態のいいものや人気のアイテムは早い者勝ちでなくなっていく。いくら割り引かれていても状態が悪いと使えないものもあるし、それくらいなら持て余している生徒達から直接状態のいいものを買おうということらしい。それならなぜ大々的にそれを公表しないかというと、ある時期、小遣い稼ぎに夢中になるあまり本来の迷宮攻略をおろそかにする生徒が続出したせいで、いつからかそれなりの探索速度と成績を保っている生徒達だけにひっそり情報が回されるようになったのだという。


「わたしたちも別のパーティから聞いたんです。それで、クロロス先生に確認したらその通りで、次はオーリちゃんたちに回せって」

「回す相手も指定されるのか」

「うん、次はオーリちゃんたちが回す番だから、一回先生のとこに行くといいよ」


 そう言われて行かないわけにはいかない。面白そうな情報に礼を言うと、お茶を飲み干した3人はいそいそとクロロスを探しに食堂を出て行った。


「ねー、コーネ。良かったね、話せて」

「ち、ちがっ、わたし……!」

「かっこいーもんねー」

「クロロス先生の方が格好いいもん」

「……まあ、好みは人それぞれだよね……」

「ちょっと、それどういう意味ー!?」



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