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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第2章
33/109

29、買い物日和からの

「いい天気でよかったですねぇ」


 マリエルが気持ちさそうに空を見上げる。

 ぽやんと浮かんだ白い雲、夏を過ぎ、少し褪せたような青色の空。昨夜の雨はすっかり消え失せ、通りに残る水溜りだけがその名残を残している。


「雨止んでよかったな」

「はい。グレゴリーくんもいれば一番よかったんですけどね」

「あいつ、どんだけポーション作るの下手なんだろうな……手伝うわけにもいかないし」

「飲んだらお腹壊しそうな色してましたからね……」


 オーリアスとマリエルは、新しい装備品を探しに麓へ下りてきていた。

 グレゴリーは額に青筋を浮かべたクロロスに呼び出され、同じくど下手な数名と一緒に、休日だというのにポーションづくりに励んでいるはずだ。及第点はとてもやれない、と重々しい声で宣言したクロロスに、目一杯ショックを受けていたグレゴリーから、しょぼくれた様子で、何かいいのがあったら買ってきてくれと頼まれている。


 これまでずっと黒衣と白いローブ、それに自前の毛皮で通してきたが、16階で出会った淫粘魔(ダーティスライム)に布製装備が通用しないことを悟って、もう少しいい装備を揃えようということになったのだ。 最も、スライム自体は既に攻略済みだ。何枚か黒衣とローブをダメにはしたが、その甲斐あって倒し方のコツを掴み、今では無傷で倒せるようになっている。あのスライムは粘液を噴射する際、中にある核がわずかに光る。よく見ていないとわかりにくいのだが、その違いがわかってからは装備を溶かされることはなくなり、噴射直後に攻撃を加えるとかなり効くということもわかったので、楽に倒せるようになった。

 曰くつきの『アレ』、血吸い人形(チュパドール)も攻略し、今は20階に到達している。

 だが、さすがに今のままの装備では段々受けるダメージが大きくなってきたし、布装備の天敵スライムも出てこなくなったので、それを機に、装備品をいいものに変えようというわけである。


「掘り出し物があるといいですね」


 マリエルは女の子らしく、買い物が楽しみらしい。以前に下着を買いに来た時もそうだったが、見るからにうきうきしている。


「オーリ、ちょっといつもと違う道を行きませんか。新しいお店が見つかるかも」

「いいけど、どっちに行く?」


 このまま一本裏に入れば、あの下着屋の通りに出るし、右に行けば武器通り、左は色々な店がごちゃまぜに並んでいる雑貨通りだ。


「うーん……こっちにします。装飾品もありそうだし」


 左の雑貨通りを選んだマリエルが、くるりと左を向いて歩いてく。ついていきながらオーリアスも空を見上げた。 昨夜は荒れた空模様だったので、出かけるのは無しかと思っていたが、明けてみるときれいに晴れていた。空気も澄んで、買い物よりもどこかにでかけたくなるようないい陽気だ。


 通りに踏むこむと、がやがやと騒がしい人のざわめきと、威勢のいい呼び込みの声があちこちから聞えてくる。休日ということでかなり人出が多い。

 食器を売っている店、女性が群がっている洋服店、怪しげな古書店、他大陸からの流れ物を扱う古道具屋、武器屋通りとは違った雰囲気の武器屋に駄菓子屋。

 五枚一組で半銀貨1枚の皿、銅貨二枚で買える小袋に詰められた駄菓子、銀貨2枚で投げ売りされている刀剣、値段のついていない用途のわからない色々なもの、美しい細工のされた金貨二枚の古書。

 並んでいる店も様々なら、売られているものも様々だ。

 人混みに流されながら、二人は顔を見合わせて駄菓子屋に入り、色あざやかな駄菓子で一杯の棚をわくわくしながら眺めた。ちょっと寄り道くらいいいだろう。

 五人も入れば一杯な小さな店内には小さな女の子が一人いるだけで、店の人は誰もいない。


「おばちゃん、お客さん来たよー」


 小さなみつあみをぴょこんとはねさせた女の子が奥に呼びかけると、棚と棚の隙間から、よいしょ、とぽっちゃりした中年の女性が出てきた。


「はいはい、エメラ、ありがとね。はいお客さん。これに買うものをいれて、決まったら持ってきてちょうだい」


 手渡された小さな籠を手に、二人はあれこれ棚に並んだ駄菓子を見比べる。

 店の外の大籠に並んでいるのと同じ、銅貨二枚の小袋、色んな種類の砂糖菓子に干菓子、蒸し菓子、酸っぱい粉を塗した棒飴、口の中でぱちぱち弾ける飴、揚げた後に溶かした砂糖を絡めた揚げ菓子、甘じょっぱい板菓子に、さくさくした塩味の焼き菓子。


「これ好きなんです」


 マリエルが籠に入れたのは、フラムという果実を干して砂糖漬けにしたものを詰めた瓶だ。甘酸っぱい、独特の香りと歯ざわりを持つ。オーリアスは薄い紙に包まれた琥珀色の飴の詰まった瓶を籠に入れた。素朴な香ばしい甘みの飴で、昔から好きなのだ。他にも、堅く焼いて砂糖をかけた焼き菓子、口にいれるとしゅわっとなくなってしまう綿菓子。


「それも美味しいですよね。グレゴリーくんには……」


 大きな瓶に刺さっていた飴細工の棒を取り出して、これどうだ、と見せるとマリエルが吹き出した。


「可愛い!」


 丸くなって寝ている犬を象った飴細工を籠に入れ、にこにこしている女性に見せる。


「あんたたち、山の学校の子かい? 珍しいねぇ、こっちに買い物にくるなんて」

「そうなんですか?」


 山の学校の子は武器屋通りの方で買い物をして、こちらの通りには滅多にこないんだと言われた二人は顔を見合わせた。言われてみれば、そうかもしれない。学園生がする買い物といえば装備品くらいのものだ。後は校内の売店ですませてしまう。


「白い方の子が銅貨四枚と半銅貨5枚、黒い方の子が銅貨五枚と半銅貨1枚ね。はい、これはおまけだよ」


 駄菓子を詰めた袋に、紙に包んだ飴をひとつずつ、足して渡してくれた女性にお礼を言うと、きゃっきゃと笑って手を振った。


「やだよ、もう。あの学校の子は随分気位が高いのが多いと思ってたけど、そうでもないんだねぇ。あんた達、今日は何を買いに来たんだい? わざわざ山の上からお菓子を買いに来たわけじゃないんだろ?」

「装備を買いかえようと思ってきたんですけど……」

「それなら姉さんとこに行くといいよ。客なんか滅多にこない、なんだかよくわからないものをあれこれ置いてあるとこだけど、装備品も少しはあるはずだから」

「どのへんにあるんですか」


 オーリアスの質問に、女性はにっこりした。


「隣だよ。外の扉は閉まってるけど、こっちから入りな。エメラ、ちょっと店番しとくれ」

「いいよ。でも食べていい?」

「二つまでならね!」


 買った駄菓子を手に、あれよあれよと言う間に二人はふくよかな手に引っ張られて、棚と棚の隙間に引きずり込まれた。中年女性の勢いって凄い。そして、あの体型でよくもこの隙間を通れるな、と変な感心をしながらずりずりと隙間を通り抜ける。

 何だか思ってもみない展開だが、これはこれで面白い。いつもの武器屋ではどうせ型どおりの装備品しか置いていないのだ。運よく掘り出し物に出会えたなら、雑貨通りに来た甲斐がある。

 この棚の隙間の向こうは一体どうなっているのだろう、とマリエルとオーリアスは同じ疑問を抱きながらその先へ進んだ。


 棚と棚の向こうには小さな空間があった。机と椅子もあり、上にびっしりと数字の書かれた帳面がおいてある。さっきまで、ここで作業していたのだろう。薄暗いが、作業できないほどでもない。  

 上に明り取りがあるらしく、光が差している。一つの部屋を、棚で二つに区切っているらしい。

 その奥には二階に続く階段があり、女性はその階段ではなく、隙間を抜けてすぐ横にある扉を開けた。


「姉さん! お客だよ! 姉さんの好きな可愛い女の子が二人!」



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