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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第2章
32/109

28、恐怖体験克服戦線 本番




 16階層に上がった6人は、おそるおそる探索を進めていた。2度ほど戦闘したが、『アレ』はまだ出てきていない。今か今かと待ち構えながらの探索は神経をすり減らし、無言で歩き続ける一行の表情は冴えない。各々武器を握り締め、落ち着きなく辺りを窺いながら通路を進んでいく。


「なかなか出てこないですね……」


 ぽつりとマリエルが呟いた。

 迷宮に潜るのも、もう習慣になるくらい通いつめている生徒たちではあるが、薄暗い迷宮の中をこの先に恐怖体験が待っていると知って進んでいくのは、なかなか辛い。

 さっさと出てきてくれたなら腹も括れたのだが、もう16階に来てかなり立つのに出てこないのだ。長い一本道が続けば、その先に『アレ』がいるのではないかと目を凝らし、角がくれば、曲がった先に『アレ』が待ち構えているのではないかと息をつめ、もういい加減、磨り減る神経も残り少なくなってきていた。


「もしかして、大人数だと出てこないのかしら」

「何か、出現条件があるんだろうか」


 アイトラが首をかしげ、フォルティスも考え込む。カリンはつまらなさそうに唇を尖らせていた。


「なんか、こうなってくると待ち遠しいわね。早く出ないかなー」

「……おれは、出てこなくていい……」

「無理せず、後ろにいて下さいね」


 それはいやだ、と眉を寄せるオーリアスにグレゴリーとマリエルが肩を竦めて少し笑う。負けず嫌いというかなんというか、意地でも撲殺するつもりらしい。

 杖を握り締め、嫌なくせにアレとの邂逅を待ち望んでいるらしい撲殺魔女の矛盾には目を瞑り、マリエルもため息をついた。がんばるつもりだが、正直ああいうのは苦手なのだ。

 そんな二人を見たグレゴリーが気合を入れて盾を持ち直す。いざとなったらこれで全力の体当たりをぶちかまそう。二人を守らなければ。


 そうこうする内、また左手に曲がり角が見えた。

 いよいよ、出てくるかもしれない。身構えつつ、角を曲がった先。

 しかし、そこに禍々しい気配を放っていたのは『アレ』ではなかった。

 暗紫色の、小山のような粘魔(スライム)だった。


「初顔だな」

「どちらがいきます?」

「じゃあ、とりあえず魔法を一発」


 一番距離を稼げるカリンが素早く詠唱し、『豪火球(ワイルドファイア)』をスライムめがけて放つ。ごうっと音を立てて飛んでいった大きな火球はスライムにあたった瞬間、ぽよんと跳ね飛ばされ、通路の奥に着弾した。


「うそぉ!?」

「じゃあ、わたしが」


 じりじり近づいてきているスライムに、マリエルが斬撃を放つ。風の刃は、さっきと同じく、つるんとスライムの表面を滑って飛んでいった。


「魔法攻撃無効化!?」

「わからないけど、少なくとも火と風は効かないみたいだな」


 ならば、直接攻撃しかない。スライムは物理に強いと聞いたことがあるが、本当のところを確かめよう。

 スライム相手に恐怖心は湧かないので、杖を握ったオーリアスと両手剣を構えたフォルティスが、ぐいと前に出る。スライムは攻撃する様子も見せず、ただうねうねと近づいてくるだけだ。


「先制はもらうぞ!」


 グラビの効果を十分に発揮するべく、大きく杖を振りかぶったオーリアスが大きく一歩踏み出す。今まさに振り下ろさんとした瞬間、何かが撲殺魔女に直撃した。


「……え?」


 一瞬何かわからなかったが、首から胸元にかけてびっしょりと濡れている。スライムが体の一部を管のようにして突き出し、何かを噴射したのだ。麻痺、眠り、毒、沈黙などの状態異常を引き起こす攻撃かと臍を噛んだオーリアスは、動けるうちにとフォルティスの横に飛び下がった。


「気をつけろ! 何か飛ばして」


 スライムから目を逸らさず注意を促したオーリアスは、動こうとしないフォルティスに苛立って、つい横を向いた。


「おい、何してる!」


 迫り来るスライムに目もくれずこちらを凝視している剣士に、まさか何の攻撃も受けたようにみえないのに状態異常になっているのかと困惑したオーリアスは、僧侶の二人に助けを求めて素早く後ろを振り返った。


「おい、なんかこいつ状態異常になってるぞ!」

「きゃああ!? オーリ!? だめぇ! はやく、マント巻いてくださいー!」

「はあ!?」

「胸! 胸見えてますわよ!?」

「隠しなさい! 早く!」


 何をバカな、と下を見下ろしたオーリアスは、全力でマントを毟り取った。そのまま前を隠す。

 上着が、溶けている。中の下着はちょうど真ん中に大穴があいただけだったので、ギリギリセーフだが、とにかく溶けている。あの噴射液のあたったところだけ、きれいに。

 どうりでこっちを凝視しているわけだと横を見ると、フォルティスハ未だに固まっていた。


「おい、いい加減……」


 うぞうぞとうねっていたスライムが、ふいに動きを止める。その到底すばやく動くことはできなさそうな見た目と裏腹に、スライムは突然物凄い速さで前進し、後ろで固まっていた四人に液を噴射した。


「いやあっ!?」


 アイトラの悲鳴を皮きりに、噴射された粘液を浴びた全員が慌てだす。


「な、なんですか、これ!?」

「やだ、嘘でしょ!?」

「溶解液!?」


 構えていた盾を越えて飛んできた液を耳と頭のてっぺんに受けたグレゴリーが悲鳴をあげる。


「オレ、溶ケタ! 溶ケター!?」


 自慢の体毛の毛先が溶けたことに悲鳴を上げたグレゴリーが、突っ込んでくるスライムから逃げだす。どうやら布製の装備品を溶かす効果のある液のようで、グレゴリーはその自慢の体毛が素材的に溶けてしまうらしい。 頭部に浴びたらどうなることかと恐れを抱いた魔法使い、僧侶、魔女、盾士が追ってくるスライムから逃げ惑う中、唯一金属装備だったフォルティスはぼうっとそれを眺めていた。頭の中では、先ほどの光景を反芻している。


 長い黒髪の魔女。その黒い上着が半分ほど溶け、中の下着が見えた。灰色だった。青少年が憧れるようなやたら布地の小さな下着ではなく、そっけない、露出の少ない水着に近いものだったが、液のせいでちょうど真ん中に穴があいて谷間が見えた。

 彼女が元男だと聞いてはいる。でも、そんなことあの谷間の前ではささいなことではないか?

 強くてきれいで、その上あんな谷間の持ち主の前では、元がどうだろうとそんなものちっぽけな問題だ。

 あの瞬間、フォルティスの頭からはここが迷宮で戦闘中だという現実が消えた。

 釘付けになりながら思ったことは、その穴、もうちょっとでいいから大きくならないかな、ということだった。


「いい加減元に戻れー!」

「フォルティスうう! 後で覚えてなさいよおぉ!?」

「……呪い方が不十分だったのね、ええ、よぉくわかりましたわ……!!」

「フォルティスくん! 戻ってきてくださーい!」

「オレ、溶ケル! 溶ケルー!」


 スライムに追い掛け回される五人の絶叫に、我にかえったフォルティスは、慌てて剣を構え、斬りかかった。見た目から想像されるよりも、遙かに早い速度で動く暗紫色のスライムは、ある意味、今のフォルティスにとっては神にも等しい存在に思えたが、しかし、やらないわけにはいかない。


「ざけんなフォルティスー! 早くなんとかしろー!」


 黒髪の魔女の叫びを聞きながら、フォルティスは両手剣をしっかりと構えた。今、最高に冴えた気分だ。新しいスキルも覚えられそうな、そんな気がする。


「うおおお! せいっ!」


 この間覚えたばかりのスキル『瞬』を使い、高速で動き回るスライムの前に躍り出ると、両手剣を真っ向から振り下ろす。と、なんと物理に強いはずのスライムが真っ二つに斬り裂かれた。ぷつりと二つに分かれたスライムの中心には黒い玉があり、それも真っ二つに割れている。斬られたスライムは見る間にどろりと溶けて床に広がった。

 そのままきらきらと光になって消えていくスライムを見送り、フォルティスはそっと目を閉じる。


 目蓋の裏にしっかりと焼きついた光景を反芻し、かっと目を見開く。

 灰色の下着、丸みをおびた豊かな曲線。そして、谷間!

 食いつくような目をして振り返ったフォルティスに、オーリアスが半笑いを浮かべた。


「……おまえさぁ……」


 そんな目で見られても、もうマントを巻きつけたので谷間は見えない。

 わかる。確かに谷間がどんと目の前にあったら、それは確かに見てしまう。しかし、自分が男だった時のことを考えても、こんなにあからさまには見なかった、と思う。

 アイトラとカリンというタイプの違う美少女に張り付かれているのに、やけに食いついてくるのは、たぶん、こいつが胸好きだからだな、とオーリアスは胸中で呟いた。巨乳好きなのは別に構わないが、その視線の対象が自分だと思うと、複雑な気分だ。


「いや、わかる。わかるけどな……」


 気持ちはわかるが、怨念じみたオーラを漂わせているアイトラとカリンが怖い。それともまさか、この剣士は二人の気持ちにこれっぽっちも気づいていないのだろうか。ここまで明らかに態度に出されて、まさかとは思うが。


「ええと、どうしましょう? オーリもこんな格好ですし……」


 マントを上半身にぐるりと巻きつけて、右肩の上で縛っているオーリアスは、このまま進もうと顔を上げた。


「元々防御なんて捨ててるからな。このまま行こう」

「大丈夫ですか?」


 心配そうなマリエルもローブにあちこち穴が開いているし、カリンとアイトラも布装備の部分に穴が開いていて、それぞれ際どい部分がちらちら見えている状態だ。


「……うふふ、わたくし、今なら恐怖を感じずにアレを倒せそうな気がしますの。どうしてかしら……」

「あー、うん、なんかあたしもそんな気がしてきた。『豪火球(ワイルドファイア)』連発したくなってきた」


 グレゴリーがもそもそと近寄ってきたが、見事に落ち込んでいる。ふさふさの尻尾がたらん、と力なく垂れていた。


「おい、どうした?」

「……オレ……溶ケタ……」

「だ、大丈夫ですよ! 全然目立ちません!」

「そうだよ、おまえでかいから、おまえの耳を上から覗けるようなヤツ、滅多にいないだろ」


 おれなんかこうだぞ、見られるし、とおどけてみせると、やっと尻尾がふさりと揺れた。


「それじゃ、このまま進もう」


 きりっとした顔でそう言ったフォルティスの左右には魔法使いと僧侶が控え、その耳を両側からぎりぎりと引っ張っている。


「い、痛い……だがこれは邪な僕の心に対する罰……!」

「胸? 胸なの? 胸がでかけりゃいいっていうの?」

「……どこかに伝説の豊胸薬があると聞きましたわ……」


 怨念を撒き散らすフォルティスたちを先頭に一行は16階を進み、いざ『アレ』が出現した際は、カリンの火魔法連発とアイトラの撲殺魔女もかくやという錫杖でのぶん殴りとで、拍子抜けするほどあっけなく方がついた。


「へえ、いい殴り方してるな」

「感心するところはそこですか」

「ワウ」


 ぐりぐりぐりぐりと、執拗にこと切れた『アレ』を抉っているアイトラを前に、オーリアスたちはこそこそと会話を交わす。スライムのせいで恐怖心がどこかに飛んでいってしまい、そこにカリンとアイトラの攻撃が加わり、なんであんなに怖がっていたのかよくわからないくらいだった。僧侶の女の子ってみんなこんな感じなんだろうか、とこっそりアイトラとマリエルを見比べながら、オーリアスは出番のなかった杖を撫で、ため息をつく。

 あんなに怖いと思っていたのに、このあっさり感。


「まあ、終わりよければ全てよしっていいますし。アレは魔物で、魔法でも杖でも倒せるってことがわかったから、よかったですね」

「気持ち悪いことは気持ち悪いけどな」


 そうして、無事恐怖を克服して戻ってきたオーリアスたちだったが、グレゴリーの耳と頭のてっぺんには明るいところでちゃんと確認すると、小さなハゲができていた。


 かわいそうなほど落ち込んでいるもふもふ。

 それを必死に慰める撲殺魔女と惨殺僧侶。


 迷宮受付前広間は、その光景に癒される一般生徒で溢れたという。






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