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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第2章
31/109

27、恐怖体験克服戦線 前哨戦



 ドォン!

 ゴスンっ!

 ズドン!


 魔女って、腕力補正がつくジョブだったかな、とフォルティスが呟いた。アイトラとカリンは目と口をまん丸にして、目の前の光景を眺めている。


 ドゴン!


 また一つ、迷宮に凹みが出来た。

 誰か信じてくれるだろうか、この音が魔女の振り回す杖から生み出されていると。

 目の前で見ているのだから信じないわけにはいかないが、あまりにも非現実的な光景だ。

 グレゴリーがそっと後ろを振り返ると、通路の床や壁に、一抱えもありそうな凹みが点々と出来ているのが確認できる。めり込み、破片を散らす壁、そして床。


「オーリ、落ち着いてください、まだ15階ですよ。アレがでるのは次の階です」


 マリエルが声を上げるのと同時に、最後のゴブリンビーが空中から針を突き出して滑空してくる。 

 それを杖で横殴りに杖で壁に叩きつければ、また鈍い音が響き渡り、壁に凹みができる。哀れなゴブリンビーは、ぶちゅん、と潰れて光になって消えた。

 ふー、ふー、と荒い息を吐きながらゆらりと身体を起こした撲殺魔女が、くるりと二人を振り返り、重々しく頷く。


「ああ、ヤツはこの先にいる……大丈夫、大丈夫だ、おれは冷静だ。絶対にヤツをヤってみせる!」

「全然大丈夫に見えないから言ってるんです! 怖いならグレゴリーくんにまかせて、後ろにいればいいんですよ。後ろからファイアを撃ってればいいんです。絶対撲殺しなきゃいけないわけじゃないんですからね! フォルティスくんたちも、何か言ってやってください、もう!」

「あ、ああ……」


 16階の『アレ』に出会い、その前日に経験した恐怖体験も重なって、あまりの恐怖に逃げ出したオーリアスと、元々グロテスクなものが苦手なマリエル。

 見かねたグレゴリーが使った脱出クリスタルによって、無事に広間に帰還した三人をまっていたのは、同じ恐怖体験をしたばかりのフォルティス組だった。16階に下りた途端、アレに出くわし、大慌ててで15階へとって返した三人の叫びが、15階で聞いた絶叫の正体だったのだ。


 少し落ち着くためと、情報があまりにも不足しているので互いの情報を交換しようと連れ立って食堂へ向かった二組は、お茶を飲みながらアレの恐怖体験について語り合った。

 といってもすぐに逃げ帰ってきたので、大した情報は無い。しかし、確かなのは、アレが幽霊の類ではなく魔物だということ。つまり、アレは今後もずっと16階層には出没する。そして恐らく、17階にも出没するだろう。ならば倒すしかない。しかし、怖いものは怖い。


 そこで、どうせなら一緒に行ってみようか、ということになったのは、自然な流れだった。

 時間をおくとかえって次回挑むのが辛くなる。いきなり16階は心臓に悪いので、15階から挑んで心の準備を整えてから16階へ行こうと話が纏まり、大人数で行けば怖くない、怖くない、そう呟きながら再度迷宮に突入し、二組は交互に戦いながらここまで来たのだが。


 フォルティスたちの連携はさすがだった。

 素早く発動されたカリンの『豪火球(ワイルドファイア)』で、まず空中のゴブリンビーを蹴散らし、突っ込んでくるコボルトの集団をフォルティスのスキル『円斬』により、一掃。コボルトの体液したたる両手剣にさっと掛けられる浄化(ピュリ)。かすり傷も負わない、完全な勝利だった。

 自分達が一年生のトップだという意識のあるアイトラとカリンは、好きな男子が実力を十分に見せ付けたということもあって、どこか誇らしげな顔をしていたのだが、それも次の戦闘が始まるまでの話だった。


 大声蛙(ラッパトード)とゴブリンビーの群れとどう戦うのかと見守っているフォルティス組の前で、一抱え以上ある、ぬめりを帯びた緑の地に毒々しい黄色の斑点をもつ大蛙が、まともに耳にすればとても立っていられない大音量の鳴き声を放つべく、ぶっくりと喉元を膨らませる。普通ならここで魔女であるオーリアスのファイアで先制、鳴き声を潰してから蜂との空中戦だなと三人とも念のために耳を塞ぎながら思っていたのだが。


 素早く前に飛び出た小柄なマリエルが、片手剣を左から右へ一線する。ラッパトードには到底届かない位置からの斬撃に、一体何をと思っていると、ぱん、と派手な音を立てて蛙の膨れていた喉が弾けた。その音と同時に、空中のゴブリンビーの塊にファイアがぶつかり、ダメージを与えてバラけさせる。マリエルはそのまま背後に下がり、飛び出してきたオーリアスが、向かってくる先頭のゴブリンビーに杖を叩きつけた。

 なるほどこれが噂の撲殺か、と思う間もない。


 ドォン!


 そのまま、上から下に叩きつけられたゴブリンビーが四散。ぱらぱらと羽のかけらが散る中、背後のマリエルが剣を縦に横に振るうと、オーリアス目掛けて飛んでくる空中のゴブリンビーが切り裂かれて墜落する。


「『風斬(ウィンド)』?!」


 あの剣は魔法が付与されているらしい。振るう度に淡い白色の魔力を纏った斬撃が飛び、ダメージを与えて牽制する。一撃で仕留めるような強力な魔法ではないが、その分、小回りが効いて使いやすい。そしてダメージで動きの鈍くなった蜂に止めを刺すのが。


 ドゴン!

 ゴガッ!


 撲殺魔女の振るう、杖だった。見た目は何の変哲もない、赤い石がついている杖だ。それを握る魔女自身も、多少背は高いものの、すらっとしていて特に力持ちには見えない。

 それなのになぜか、壁や床に敵が叩きつけられるたびに、石が砕け、凹みができる。

 杖で殴るだけでドッカンドッカン、通路だの壁だのに凹みを量産している魔女が目の前にいる。

 信じられないものを見る目で撲殺魔女を見ているフォルティス組に、ぽつねんと防御の構えを取っているグレゴリーが共感の目を向けた。


 あの『重すぎる手(グラビ)』のかかった杖は、グレゴリーでもやや重く感じる。人間並みの大きさの金属盾を気軽に使えるグレゴリーでそう思うのだから、相当である。

 それをぶんぶん重さなどないようにぶん回し、勢いと体重を乗せて叩きつけるのだから、その威力たるや、完全に敵を凌駕している。あきらかにやりすぎだ。

 いつもならここまで暴れないのだが、よほどアレとの遭遇に神経を尖らせているらしいオーリアスは、通路も床もおかまいなしに凹みを量産している。

 見慣れているパーティメンバーでさえそう思うのだから、初めてみたフォルティスたちが度肝を抜かれるのは仕方のないことだった。


「あっ、ああ、わかりましたわ! あの杖にも魔法が施されているのですね」

「なるほど! あー、納得。それならわかる」

「いや、それにしても驚いたな。面白い使い方だ。殴るときだけ、重力系の魔法を発生させるなんて」

「それに、風魔法を付与しているのも面白いですわ」

「僧侶にしておくのはもったいないわね」


 魔物の群れを一掃したオーリアスたちに話しかけた三人に、マリエルが苦笑を浮かべた。


「ありがとうございます。オーガの時のご褒美に、風魔法を付与してもらったんです」

「君達はそうしたのか」

「わたくしたちは防具を充実させましたの」

「堅いにこしたことはないからね」


 それも尤もだ。特に魔法使いは金属防具は装備できないので、防具を充実させることは大事だ。それはわかっていたのだが、マリエルもオーリアスも防具のことはまるで考えなかった。二人とも嬉々として武器を強化することを選んだので、パーティの性質がはっきりわかる選択だったといえる。


「あの杖、大丈夫なのかい? 重力魔法をかけてああいう使い方をすると痛むのでは」

「大丈夫です。『そういう』使い方をするつもりだと言ったら、付与術士の方が固定の魔法をかけて下さったので。あ、それと」


 グレゴリーがぽんぽんとオーリアスの背中を叩いて落ち着かせているのを横目に見ながら、マリエルは三人の思い違いを正してやるために、言葉を続けた。


「あの杖は、殴る時だけ魔法が発生しているわけではありません。なんでも杖が軽すぎたそうで……あの杖には常時、『重すぎる手(グラビ)』が発動しています」


 冗談だと思ったのか、フォルティスが微笑んだ。


「まさか。『重すぎる手(グラビ)』のかかった道具なんて、もちあげることもできないよ」

「あっちの盾使いの子ならまだわかるけど」


 ぽつぽつ落ちているポーションの小瓶などを回収し、こっちに向かってきた撲殺魔女に、マリエルは微笑む。


「オーリ、その杖、ちょっとフォルティスくんに貸してあげてくれませんか」

「いいけど。危ないから床に置くぞ」


 どうぞと薦められたフォルティスが床に転がる杖を持ち上げようとして、ぎょっとした。

 持ち上がらない。今度は両手でしっかり掴んで、腰を落として踏ん張ってみる。


「……うぐ、ぐっ!?」


 さすがに、杖がうっすらと持ち上がったが、それ以上はどんなことをしても上がらない。

 首を傾げているオーリアスを愕然と見つめ、ついでにその胸元にも視線をやって、後ろからドつかれたフォルティスが細身の魔女と杖を交互に見やる。


「強化魔法でもかけてるのかい?」

「いいや? 特に何もしてないけど」

「そ、それで、この杖を……」

「やだ、ほんとに全然持ち上がらない!」

「う、動きもしませんわ」


 試しに挑んでみたアイトラとカリンも驚きの声をあげる。


「叔母さんなんかおれよりもっと凄いぞ」


 これくらい、まだまだ、と真面目な顔をされ、フォルティスは衝撃を隠しきれない顔で俯いた。


「……ぼ、僕もいずれ、その杖を振り回せるようになってみせるよ!」

「おう。がんばれ」

「はいはい、離れて離れて」

「さあ進みますわよ……進みたくないですけど」


 がしりと両腕を掴まれたフォルティスが、ずるずると引きずられていくのを追い、オーリアスたちも渋々歩き出した。

 この先にアレがまっていると思うと、足取りが重くなるのは仕方ない。


「あーやだやだ……もうすぐ16階かぁ……」

「オーリ、わたしとグレゴリーくんでがんばりますから、後ろにいてください」

「だ、大丈夫だ! おれは怖がってなんかいない!」

「嘘ツク、ヨクナイ」

「う、嘘じゃ、嘘じゃ……」

「はい、嘘です」


 断言されたオーリアスが、がっくりと肩を落とす。本当は物凄く行きたくないし、怖い。グレゴリーが、ぽふ、とその肩を叩いた。


「行きたくありませんわ……」

「行きたくないよー」

「……おれだって! 本当は行きたくなんか……!」

「あの、ぼ、僕が守ってあげ」

「嬉しー! フォルティスが守ってくれるんだぁ!」

「さすがですわ! 本当にやさしい方」

「う、うん……皆、僕が守るよ……」


 呪文のように、行きたくない、行きたくない、と呟きながら、一行は重い足取りで16階を目指して進んでいった。



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