2、そうして彼は魔女になった
騒がしい食堂の片隅にひっそりと座っている二人の少女の内、小柄な可愛らしい方が深々と息を吐き出しながら呟いた。
「それで魔女になってしまったんですね……」
「これっぽっちもなりたくなかったけどな」
冷たいお茶を飲み、ヤーンの月特有の暑さを少しでも逃がそうとしながら、揃ってため息をついたマリーウェルとオーリアス。
迷宮で会った二人は、パーティを組むにしても何にしても、迷宮の外で話をしようと学校に戻って来ていた。
そこで、よければ剣士から魔女にジョブチェンジするはめになった経緯を教えてほしいと言われたオーリアスは、二週間前の出来事を語っていたのである。
食堂はそれなりに混雑しているのだが、なぜか二人の周囲には人が近寄らないせいで、近くの席はぽっかり空いている。
「でも……ちょっとだけ羨ましいかも……ごめんなさい、不謹慎ですよね」
へにゃ、と眉を下げたマリーウェルに、オーリアスは首を傾げた。この状況の何が羨ましいのか、さっぱりわからない。それとも、男になりたい願望でもあるのだろうか。こんなに可愛い子なのに。
「あ、あの、胸おっきくていいなとか、あの、その、なんでもないです! ごめんなさい!」
「い、いや、別に……」
顔を赤くしてばたばたと手を振るマリーウェルに、オーリアスも顔を赤くして、もごもごと口ごもった。好きで女になったわけでも、このサイズになったわけではないのだが。
「それにしても、なんでマリーウェルは後衛職なのにソロでやってるんだ?」
「あ、マリエルって呼んでください。……オーリって呼んでもいいですか?」
質問に質問で返されて、どぎまぎと頷いた。なんというか、いかにも女の子らしい言い方というか、非常に落ち着かない。
「ええと、今聞かれたことなんですけど、明日一緒に迷宮に潜りませんか? そうしたら、たぶん、わかってもらえると……」
上目遣いに小首を傾げられ、思わずときめく。ときめいたところでどうにもならないのが悲しいが。傍から見たら、大小の違いはあれど、女の子が二人向かい合っているように見えるのだろう。
というか、そうなのだが未だに自分が女だということが納得できない。
うんざりしつつ、上着のポケットから小瓶を取り出した。
「そういえば、これ」
ゴブリンからドロップした初級ポーションを渡そうとすると、大慌てて固辞される。
「とんでもない! それはオーリのものです」
「他人が戦ってるところに横入りするのは、あまり褒められた行為じゃないからな」
「それはあからさまな寄生とか、そういうことでしょう? 今日のオーリは純然たる人助けですよ」
だから遠慮なくどうぞ、と笑顔を向けられ、ありがたく腰の道具袋に入れた。
人懐こくにこにこしているマリエルは、150シムないくらいの小柄さもあって小動物を思わせる。
入学直後にやらかしたオーリアスとは違って、特に短気そうな感じもしないし、同性から嫌われるタイプという感じもしないので、どうしてマリエルが未だにソロなのかわからない。
不思議ではあったが、明日潜ってわかるならそれでいい。
「今日は一日自由時間になってますが、オーリはまだ潜るんですか?」
「いや、もうすぐ夕方になるしな。今日は部屋に帰る」
「そうですね、半端な時間ですし……わたしもそうします」
「ああ」
「それじゃあ、明日の放課後、迷宮の入り口前で会いましょう」
「ああ、また明日」
マリエルが去った後、少し人の引いた食堂のざわめきの中、ぼんやりと思い返す。
あの後オルテンシア教諭に引きずられて学園長に会いに行ったが、全く、何にも解決しなかった。
結局、元に戻る方法がわからないこと、この状態が呪いではなく、むしろ祝福の可能性があるといわれたくらいだ。
男から女になることのどこが祝福なんだと喚いたら、知りたくなかった事実を知らされてしまったが。
各国から様々な人種が集まる、ここ迷宮学園を要するラビュリントス王国。
建国1200年を迎えるこの国の祖ともいえる聖女エメラディア。
かの人も神々からの『祝福』を受け、迷宮のあるこの地に聖女として降臨したのだという。エメラディアが元々、エランドと名乗っていたという資料があり、どうやらそれは本当のことらしい。
尤も、あまり一般には知られないように国の上層部が手を回しているのだそうだ。
それはそうだろう。元男の聖女ってなんか嫌だ。
それに、そんなご大層なものと一緒にされても困る。
オーリアスにとってはこんなもの、呪いでしかない。
目立たないようにとサラシでぐるぐるに締め付けてはいるが、痛いしきついし、汗はかくし。
何が最悪って、谷間の間を汗が流れる感覚が本気で気持ち悪い。拭いたくても人前でそんなことできるわけがないし、大体、自分に谷間ができて嬉しいわけがない。ああいうモノは女子についているのを見るからいいのだ。今は女子じゃないかといわれればそれまでだが、とにかく谷間とか、いらない。
用を足すのだって最初は泣きたくなった。恥ずかしくて死にたくなったのなんて初めてだった。
それにクラスメイトの視線が物凄く鬱陶しい。元々会話は殆どなく、ただ一緒に講義を受けているだけの関係だったのに。
確かに、昨日まで男だったのに今日になったら女になってた、なんて思わず見てしまうのも仕方ないと思う。
だがもう二週間も経つのだから、いい加減慣れるはずだ。それなのに相変わらず視線を感じるし、時々話しかけられたりするし、気持ち悪い。
いっそなんでそうなったんだとマリエルのようにはっきり聞いてくれたほうがずっといいのに。
マリエルはクラスが違うから、オーリアスが入学当初何をしたのか知らないのだろう。だから気軽に声をかけてくる。
まさか実習で組むことで因縁をつけられたりはしないと思うのだが、貴族のお坊ちゃんというのは限度というものをしらないようだから少し心配だった。
こればかりは組んでみないとわからないし、もしマリエルに何かするようだったらもう一度存分に『わからせて』やるつもりだが。
ため息をつき残りのお茶を口に含むと、アウラ麦を焙煎した特有の香りが鼻を抜けていく。
香ばしいアウラ麦のお茶を飲むと、暑いヤーンの月だということを実感する。
周りの生徒たちも大抵は冷たいアウラ麦のお茶、もしくは果汁を水で割ったものを飲んでいる。
迷宮の中はどんな季節でも同じ温度に保たれていて、ナナンの月やヤーンの月のような暑い時期には涼しいくらいだから、苦にはならないけれど。
飲み干した空の器を置いて立ち上がる。
例え、マリエルに羨ましがられるような立派な胸ができようと、股間がすうすうしようと、オーリアスは断固として剣士にもどって見せる。大体、女だからといって剣士になれないなんてそんなわけはないのに、職業変更もできないなんてまさに呪いとしかいいようがない。
このはた迷惑な呪いを解いて、絶対に男に戻るのだ。
その為には、とりあえず地道に魔女としてがんばるしかない。剣士になりたいのに魔女をやるしかないというこの矛盾。
「くっそ……絶対元に戻ってやる」
それでも、手のひらの肉刺は変わらずそこにある。何度も潰して、また新しい肉刺ができて固くなった手のひら。
剣を振り続けた努力の証はちゃんと消えずに残っていて、自分自身が変わったわけではないということが、ほんのわずかな慰めだった。
とりあえず、部屋に戻ったら日課の杖素振り1000回をこなそう。
撲殺するのだって、体力勝負だ。