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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第2章
29/109

26、恐怖体験パートⅡ



 本日の天気は晴天。吹き渡る風の心地いい、クノの月に突入し、迷宮学園一年生たちは、今日もせっせと迷宮探索に励んでいる。

 撲殺、惨殺、圧殺パーティも子鬼蜂(ゴブリンビー)大声蛙(ラッパトード)醜犬鬼(コボルト)などを蹴散らしながら、現在15階を進んでいた。


 今しがた倒した、子鬼蜂(ゴブリンビー)の群れがドロップしたアイテムを拾いながら、マリエルはそっと撲殺魔女を横目に窺う。長い黒髪を一つに結った黒ずくめの勝気そうな少女が杖を片手にアイテムを拾っている、いつもの光景に見える。横目に見た限りは。

 しかし、様子を見ていると明らかにおかしいのだ。マリエルとグレゴリーは、挙動不審なオーリアスの様子に顔を見合わせた。

 やけに落ち着きがなく、盛んに周囲をきょろきょろしては、時々びくりと肩を震わせ、かと思えば、ふいに天井を見上げたり、後ろを振り返ったり。

 黒髪の少女は、今日は朝からずっとこんな調子だった。あまりにも様子がおかしいので、昨日の調べものの首尾はどうでしたかと聞くことも憚られる。

 いつだって堂々と迷いなく進み、オーガにさえ立ち向かうオーリアスが、今日はまるで警戒心の強い草食動物のようだ。こんなオーリアスを見るのは、パーティを組んで以来初めてである。


「あの、オーリ?」

「なっ、なんだよ」

「どうかしました?」

「……別に」


 軽く問いかけてみれば、あからさまに怪しい。ここまでそわそわと視線を逸らされると問い詰めたくてむずむずしてくるではないか。


「……なんだか今日は変ですよ?」


 この間付与魔法をかけてもらってからというもの、撲殺魔女の名に磨きがかかっているオーリアスである。それが今日はおかしい。朝集合した時点で既におかしかった。いつも羨ましいほどつるすべだというのに、目の下に隈はできているし、こころなしか肌もくすんでいる。戦闘中はいつもどおり、撲殺魔女の名に恥じない撲殺っぷりを見せていたのだが。


「何カ、悩ミ、アルノカ?」

「話したくないならいいんですけど……」


 二人揃ってじっと見つめると、オーリアスはなにやらもじもじと杖を手でこねくりはじめた。

 これまた珍しい。つい二ヶ月前まで男だっただけあって、見た目は少女でも、普段のオーリアスはいたってさばさばしている。物言いもはっきりしているし、大抵の女性が嫌がる虫だって平気で触る。動作もきびきびしていて、女々しいところがない。そのオーリアスがもじもじしているのだ。

 これはいよいよおかしい、とマリエルとグレゴリーは真剣に目と目で会話した。


「オーリ、話してみませんか? 気持ちが楽になりますよ」

「オレ、秘密、守ル」


 そこまで言ってようやく顔を上げたオーリアスは、思いつめた顔で二人を見た。


「……昨日、図書室に行ったんだ」

「はい、魔女について調べに行ったんですよね? わたしもエイレンたちに誘われなければ行ったんですけど」

「オレ、先生ニ呼バレテ、行ケナカッタ……」


 最初は一緒に調べにいこうと言っていたのだが、マリエルは体調不良で休んだコーネリアの代わりを急遽頼まれ、グレゴリーはクロロスから、作ったポーションがひどすぎると呼び出しをくらい、結局オーリアスを一人で行かせることになってしまったのだ。


「いや、それは別にいいんだ。それぞれ都合もあるし、調べ物くらい一人で十分だ……普段ならな……」


 オーリアスの口ぶりでは、昨日はそうではなかったようだ。一体何が、とごくりと喉を鳴らした二人にじっと見つめられ、撲殺魔女はとうとう告白した。


「……幽霊が出たんだ」

「えっ?」

「ワウ?」

「う、嘘じゃない! ……幽霊が、幽霊が出て……!」


 急に取り乱したオーリアスが杖を体の前で握り締める。無意識の防御反応だろうか。


「冊子が、読んでた冊子が消えて、笑い声が、耳元に!」

「お、オーリ、落ち着いて」


 おろおろしているグレゴリーは役に立たないので、慌ててオーリアスの背中に手をあてる。オーガを前にしても怯まないオーリアスがここまで怯えるのだ。本当に出たかどうかは断言できないが、相当怖い思いをしたのは間違いない。


「大丈夫、大丈夫ですよ。図書室の幽霊の噂なら、わたしも聞いたことがありますけど、図書室の幽霊は、図書室から出れないんですって」


 すがるような目で見てくるオーリアスが非常に珍しく、ついでに可愛かったので、マリエルはちょっと得した気分で、安心させるようににっこりした。


「ええ。司書室の扉の上に、絵がかかっていたでしょう?」

「……覚えてない」

「かかってるんです。その絵に封印されているので、出るとしても図書室だけ。もう行かなければいいし、行くなら皆で行けば大丈夫です。何でも、30年くらい前の卒業生が封印したらしいですよ」

「30、年?」


 オーリアスの顔が凍りついた。何か思い当たる節があるらしい。その様子に、なんだか自分まで背中が寒くなってきたマリエルはグレゴリーに必死に目で合図を送った。援護射撃をよろしく。


「オレ、幽霊出タラワカル。狼族、幽霊ヲ怖ガラナイ。見ツケタラ、輪ノ中ニ還ス歌、ウタウ」


 狼族は幽霊を恐れない。大いなる輪の中に戻れずにいる哀れなものだからだ。だから彷徨うものを見つけたら、その心を慰め、安らぎへと導く歌を歌い送り出すのだとグレゴリーが説明すると、ようやくオーリアスの表情が和らいだ。

 やっと頬を緩めたオーリアスを見て二人もほっとする。それで朝から様子がおかしかったのだ。マリエルも正直怖い話はあまり得意ではないし、大丈夫大丈夫、と自分とオーリアスに言い聞かせる。


「大丈夫ですよ、呪われたって話は聞きませんし」

「オレ、守ル」

「……何かおれ、かっこわる……でも、話したら気が楽になった」

「よかった!」


 情けないな、おれ、とぶつぶつ言っているオーリアスに、そんなことないと二人で口を揃えて言い聞かせていると、ふいにばたばたと何人かが走り抜ける足音と絶叫が遠くから響いてきた。


「いやーっ!」

「一旦帰って立て直そう!」

「なんなのあれぇ!?」


 空気が和んだところに響き渡った絶叫に、三人とも飛び上がる。

 幽霊!? まさか、そんな。


「や……やだ、もう……人騒がせなパーティですね?」

「オレ、歌ウ」

「……だ、だ、大丈夫だ、よし進もう」


 それでもここが図書室ではなく迷宮の中だということ、一人ではなく、マリエルとグレゴリーもいるということがオーリアスを強気にさせたらしい。

 ぎくしゃくしながらではあるが、杖を構えて歩き出した。


 そのまま何度か戦闘しながら15階を制覇し、無事に未踏の16階に到達する。一年生でこの時期16階まで来ているのはかなり早いほうだろう。

 付与魔法をかけてもらって以来、順調に探索が進むので、今では探索最前線組に合流してしまった。

 変な叫び声はアレ以来聞えないし、あのパーティはきっと何か新しい魔物に出くわしてびっくりしたんだろうと笑いあっていた三人は、グレゴリーがふっと顔を上げ、敵を察知したことで戦闘態勢を取る。


 通路の奥から現れたのは、小さな女の子だった。少なくともそう見えた。


「グレゴリーくん?」

「おい、魔物じゃないぞ?」


 静かに近づいてくる少女に二人が怪訝な顔をする。金色の髪、青いフリルのついたドレス。俯いているので顔は見えないが、紛れもなく幼い少女だ。

 どうしてこんなところに、と呟いたマリエルが一歩近づいたところで、少女が何か呟いた。

 グレゴリーが低く唸り声を上げ、盾を構える。


「ソレ以上、行クナ!」

「……オイシイ?」

「え?」


 やけに甲高い、不快な声だった。

 オーリアスがマリエルの白いローブを強く引っ張って後ろに下がらせる。


「オイシイ? オイシイ? アナタタチ」


 ぐじゃり。

 俯いていた少女の顔が顔を上げる。

 目も鼻も無いその顔の中心から、うぞうぞとうねりながら手首ほどの太さの触手が突き出てくる。その先端には、尖った牙の生えた口があった。


「オ、イ゛、ジ、イ゛ィィッ!」


 絶叫と同時に少女の体が崩れ、その身体を構成していた無数の肌色の触手が3人めがけて伸びてくる。金色の髪も、青いドレスも、いまや蠢く極細の触手へと雪崩れるように変化していた。


「いやあああっ!?」

「うわあああっ!?」

「ワウっ」


 連携も何もない。

 転がるように逃げ出した二人を追ってグレゴリーが慌てて走りだす。物凄い速さで通路を駆け抜け、どんどん角を曲がり、無我夢中で走り抜けていく様は、まるで命をかけた大勝負のようだった。

 さすがに足の速さで人間には負けないので、狼族の少年は余裕で二人に追いつくと、恐慌状態の二人を後ろから捕まえ、一人ずつ腰を抱えて持ち上げる。

 そのまま走らせておくとどこまでも逃げていきそうだったのだ。逃げるのはいいが、逃げた先で先ほどのアレにまた出くわしたら、今度は二人とも泣いてしまうかもしれない。そう思ったグレゴリーの親切心である。

 後ろを振り返り、追ってきていないのを確認して二人を覗き込むと、ぶらんと小脇に抱えられた二人は顔を真っ青にして硬直していた。


「な、な、な、なんですかっ、アレ?!」


 杖を握り締めたままぶるぶる震えているオーリアスは無言である。昨日恐怖体験をしたところに、今日のアレ。これはもう怖がっても仕方ない。男とか女とかいう問題ではない。たとえ世界中の迷宮を踏破した勇者だろうと、オーガを挽肉にする女傑であろうと、怖いものは怖いのである。


「はっ、夢?! 夢ですよね!? わたし、今夢を見ていたんです、悪夢を!」


 マリエルはうわ言のように一人で喋り続けているし、目が空ろだ。うっかり至近距離で見てしまったので、衝撃が大きいのだろう。


「アレ、魔物」

「ぉ、女の子が、ク、ク、崩れっ」

「アレ、触手」

「……おれはもう、ダメだ……もう、迷宮に潜れない……」


 回りまわって恐怖が突き抜けたらしいオーリアスは、いっそほほえみと呼べそうな表情を浮かべているが、マリエルと同じく目が空ろだ。

 こりゃだめだ、とグレゴリーは二人を小脇に抱えたまま、歩き出した。


 とにかく、一旦帰って落ち着かせない事にはどうにもならない。グレゴリーからするとあんな人形崩れの触手よりも、オーガの方がよっぽど恐ろしいのだが、二人にはあの触手人形の方が、ずっとアレだったらしい。グレゴリーだっていつもなら怖いと思うはずなのだが、二人が自分よりよっぽど怖がるので、何だかいつもの怖がり癖が出てこない。不思議と冷静なままだった。

 二人はいつもこんな気分で怖がっている自分を見ているのだろうかと思うと、少し情けない気もする。

 でも、いつも勇敢な二人が怖がっているところを見るのは、悪くない。


 グレゴリーは、つかの間、自分がとても強くなったような気分を味わいながら、ちょうど腰の道具袋の一番取り出しやすいところに入れていたクリスタルを、二人を抱えたまま何とか取り出して、足元に弾いた。

 このクリスタル代は珍しい二人を見た代金だと思っておこう。


 転移の光に包まれながら、グレゴリーは両脇の二人を見下ろして少し笑った。







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