23、薬草採取とガールズ?トーク
もう何枚目かわからない薬草をぷちっと摘んで籠に入れたオーリアスは、一旦立ち上がると、ぐいと背伸びをした。ずっと屈んで作業しているので、腰が痛くなるのだ。
薬草を摘むこと自体は難しくない。特徴的なとんがった葉が三枚のものを見つければいいし、この野原にはちょっと探せばたくさん生えている。
だいぶ溜まったはいいものの、段々手近に薬草が見当たらなくなってきたので、辺りを見渡す。
叔母と一緒に山に住んでいた時に、よく使っていた薬草がポーションの原料とは知らなかった。いつも、使う時は擂ったり刻んだり、揉んだりして患部に貼るか、あらかじめ叔母が作っておいてくれた軟膏状の物を塗って使っていたので、液状のポーションとは結びつかなかったのだ。
それに興味本位で齧ったことがあるが、青臭くてすっとしただけで、あんなに不味くはなかった。
「ふう、結構溜まりましたね」
「ココラ辺、モウ無イ」
「ちょっと移動するか。それにしても、アレ、凄いよな……」
「扉、立ッテル」
「どうなってるんでしょう?」
三人揃って後ろを振り返ると、そこには世にも不思議な光景がある。
野原の中に、ぽつんと扉が立っているのだ。
ポーション談義の後、迷宮受付前広間に集まった生徒達はそれぞれ、小さな籠を渡された。
全員に行き渡ると普段は職員しか出入りできない特別な扉の方へ連れて行かれ、中へ進むと、奥にまた扉がある。 クロロスが扉に填め込まれた赤い石の上に手を中てると、石は青く変化した。それが鍵になっているらしい。
さらにその扉の先は長い通路になっており、通路の両脇には、咄嗟に数え切れないほどの扉があった。真っ直ぐ正面の行き止まりにも扉がある。
そして、その扉全てに、同じような石が填めてあった。
一度振り返り、ついてくるようにと促したクロロスが、たくさんある扉の内、右の手前から三番目の扉に先ほどと同じように手を翳し、扉を開ける。ずんずん進んでいくクロロスの背中を慌てて追いかけた生徒たちは、扉をくぐって目を丸くした。
野原だ。扉の先には野原が広がっていて、小鳥の鳴き声も聞こえてくる。学園は確かに山中にあるが、今通ってきた通路は迷宮前受付広間に繋がっているのだ。どうしてそこからこんな場所に突然出てくるのだろう。その上、振り返ると扉だけがぽつんと立っている。前も後ろもない。
本当に、扉だけが野原に立っている。
扉が立っているのは、直径150セムくらいの丸い野原で、そこを取り囲むように、木々が生えている。まるで森と野原の間に境界線でもあるようだった。
突然野原の真ん中に連れてこられた生徒達のまん丸な目を気にした様子もなく、クロロスは足元から無造作にぷちっと葉っぱを一枚摘むと、これが薬草であり、三枚葉の真ん中だけを摘むこと、紫色の葉は見つけても決して触ってはいけないことを説明して、あっさり校外実習は始まった。
そうして生徒達は野原に放たれたわけだが、面白いもので、やはり自然とパーティ行動になる。しかし、ソロの二人は気にせずぷちぷち摘んでいるようだ。
「じゃあ、あっちの、境界あたりに行くか」
「そうですね」
周囲を取り囲む木々の奥がどうなっているか、興味がないわけではない。クロロスは奥に行ってはいけないとは言わなかった。ただ、野原にも薬草は沢山生えているのだから、わざわざ危険を冒す必要はない。
山中に住んでいたオーリアスはそれがよくわかっていた。木々に囲まれると、人はその気配に負けてしまうのだ。派手な目立つ色を着ていても、どうかすれば見失ってしまうので、気をつけなければいけない。
それに、クロロスは森の中に魔物が出ないとは一言も言わなかった。出るとも言わなかったが、気をつけるにこしたことはない。
山や森の中は別世界だ。一瞬気を抜くと、人影なんてすぐに見失う。
「ワフッ、ワフンッ!」
「大丈夫ですか?」
「……匂イ、スゴイ……ワフッ」
グレゴリーは、あっちもこっちもぷちぷちやっていて、周囲に薬草の匂いが充満しているせいで、鼻がむずむずするらしく、さっきからくしゃみばかりしている。獣人には匂いが強いのだろう。
青い匂いが漂う中、さくさくと草を踏んで新しい場所に移動した三人が、いざ摘もうと屈んだ途端。
「マリエルー! オーリちゃーん!」
さあやるぞと思ったところで、大声で呼ばれた二人は出鼻を挫かれて苦笑いする。
「トモエ、走らなくてもいいですよ。薬草を踏むかもしれないし」
「……ちゃんはやめろと何回言ったら」
「多分、諦めた方がいいですよ、オーリ」
言い出したらきかない子なので、と笑うマリエルに、オーリアスは肩を落とした。
「あっ、グレゴリーくんもね!」
駆け寄ってきたトモエが、グレゴリーを見上げて笑う。
「ワウ……ワフッ」
トモエの後ろから、ぞろぞろと残りのエイレン、ララ、コーネリア、それに双子のレラ、リラが連れ立ってやってくる。
何事かと顔を見合わせたオーリアスとマリエルに、すすすっとトモエが擦り寄った。
「ねぇ、ねぇ、オーリちゃん」
「……だから、ちゃんはつけるなって言っただろ」
周囲をぐるりと女子に取り囲まれたオーリアスは、湧き上がる嫌な気配に思わずマリエルの傍に寄った。せめてもの心の拠り所だ。グレゴリーは全く頼れない。近くにいる男子生徒たちは、女子が集団で固まっているのをちらちらと窺っている。
「あたしたち、ずっとオーリちゃんに聞きたいことがあったのね」
「さっき、レラとリラと話してたら、二人もそうなんだって。ちょうど実習だし、聞くなら今だなと思って」
「教えてほしいなぁ」
麦穂色のふわふわした髪をした女の子がにっこりした。双子の姉、レラだ。リラの方は髪を二つに分けて結っている。
「教えて欲しいって、何を?」
既に籠を一杯にしたらしいレラは、しゃがんでぷちぷち摘んでいるオーリアスのところにとことこやってくると、同じようにしゃがみこんだ。
「あのね、胸の」
「絶対イヤだ」
「えーっ、なんでよぅ。まだ全部言ってないのに」
「絶対イヤだ!」
嫌な予感がすると思ったらやっぱりだ。誰が教えるものか。拒否、断固拒否だ。とはいえ、マリエルには知られている。必死に目で黙っていてくれと懇願すると、わかってますよ、という風に頷いてくれたので安心した。やっぱりパーティメンバーは違う。
「ふふん。いいもんね」
何気ない仕草で籠を草の上に置いたエイレン、レラの二人が素早くオーリアスの両脇に回る。
間髪いれずにしがみつかれて、まさかこんな力技に出られると思っていなかったオーリアスは慌てた。 すぐに振りほどこうとするが、さすがに鍛えられていて上手く抜け出せない。力一杯やればどうにでもなるが、相手が女子だということが、全力になることを躊躇わせる。
「なっ、ちょ、は、離せ!」
それに、あたっている。ナニがとはいわないが、両腕を片側ずつ、しっかり胸に抱きしめられているのだ。エイレンは皮製の胸当てをしているので大丈夫だが、レラは布製装備だ。しっかりあたっている。
「うっ、腕、うでにっ」
「リラ、やっちゃってー!」
硬直していると、正面にリラが音もなく近寄ってきた。申し訳なさそうな顔で、オーリアスを覗き込む。
「ごめんね、ボク、これが特技なの」
「と、特技って、特技ってなんだよ!? マリエルっ、マリエルっ!?」
助けを求めて悲鳴を上げるオーリアスに、いつのまにか離れていたマリエルが女神に捧げる印を切った。
「……ごめんなさい、オーリ。力不足で……」
「ま、まてまて、待ってくれ! 教える! 教えるからっ」
「ダイジョブだよ、ボク、ちゃんと優しくするから」
女の子らしい、きちんと爪の形を整えた両手が構えられる。
トモエとララはきゃあきゃあ言いながら、コーネリアは若干頬を赤くしながらそれを見守り、ついでにナニが行われているかを理解した近くにいた男子生徒たちが、ごくりと喉を鳴らした。
「それじゃあ、いきまーす」
「……っ!?」
グレゴリーのくしゃみを聞きながら、オーリアスが野原の端で声にならない声を上げていた頃。
野原の真ん中に立ち、瞑想するように目を閉じたまま微動だにせず立っていたクロロスが、ふと目を開けた。
周囲は変わらず薬草を摘む生徒達のはしゃぐ声が聞こえている。
平和な野原そのもの。
だがその時、のんびりとした空気を切り裂くような悲鳴があがった。