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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第1章
15/109

13・5、その頃彼らは

 




 騒がしい一年生たちが迷宮に転移完了すると、広間は急にがらんとして見えた。

 生徒たちを迷宮に送り出した後は、それぞれの役割を果たすのが仕事なわけだが、その仕事如何によっては、現在手持ち無沙汰な連中もそれなりにいるわけで。

 丸一日の長丁場、話くらいしたって罰は当たらない。


「で、どのパーティが一番先に10階到達すると思う?」


 暇を持て余すと、なんだかんだで生徒の話に花が咲くのは、やっぱり教師だからだろう。


「不謹慎だぞ」

「いいだろ、今んとこ何にも問題は起こってないし」


 仁王立ちしているガランドに睨まれたルーヴは肩を竦めた。生徒ならその眼力に押し黙るところだろうが、気心しれた十年来のつきあいなので、怖くもなんともないのだ。


「やっぱり本命は紅玉のフォルティス、アイトラ、カリン組じゃない?」


 『受信』の役割を果たしているフレイアが会話に入って来た。

 腰まである波打つ銀の髪と淡い灰色の目が印象的な儚げ美女だが、普段は杖術の担当で、中身は大虎だ。毎年フレイアにのぼせた挙句、夢破れて去っていく男子学生も多い。本人は可愛い女の子にしか興味がないと誰憚ることなく豪語しているので、ころりと引っかかった女子学生による、『フレイア先生をお慕いする会』なるものもあるらしい。

 一応、生徒に手は出していない、という自己申告を信じたい。


「あそこはがちがちの本命だな。剣士、僧侶、魔法使いでバランスもいいし」

「なんだって騎士団長の秘蔵っ子が迷宮学園(ウチ)に入学してくるんだか」


 ここ以上のスパルタと有名な侯爵家出身の騎士団長は、彼自身が名物のような男だが、徹底した実力主義で知られている。恐らく、主席で卒業してこいとでも命じられているはずだ。


「他の二人も有名どころの娘だしなぁ」

「運命神教会の教祖の娘に、パラーソの歌姫の娘だろう?」

「まあ、担任のわたしが見た感じでは、フォルティスくん、ちょっと鈍くて……クラス内の鞘当がスゴイですよ」


 十代って怖い、と双剣使いのミネリが首を竦めた。


「無難すぎてつまらん。他には?」

「琥珀のミュウ、リュウの双子パーティもなかなかいいぞ」

「両親が冒険者だったらしいな」

「かなり鍛えられていて、武技だけでなく、思考が既にいっぱしだ」

「ああ、堅い、隙のない戦い方をする。双子だけあって連携もいい」

「コネと金でがちがちに固めてるオルデン、サキア、カティス、コルキスのパーティが行く可能性もあるぞ。あれだけ不相応な武具で固めていれば、力押しだけで10階まで行ける」

「それでは実習にならないんだが」


 ため息をついたガランドの気持ちはよくわかる。

 武具の性能がよければ、それだけでそれなりのところまでは行ける。最も、そのツケはその内、否が応でも支払うことになるから、その時までのお楽しみという奴だが。

 本来なら、自分の実力に不相応な武具の装備は許可されていないのだが、上からのゴリ押しがひどくて持込を許可せざるを得なかったのだ。

 どうやって国王がその辺りを誤魔化すのか知らないが、正直、他国から入学している生徒も多いこの学園で、そんなことをされると示しがつかない。ゴリ押ししたろくでもない人物が、他国にまでそれとしられたどうしようもない人物なので、逆に仕方ないと思ってもらえるかもしれないが。


「くそ、なんで俺のクラスに問題児を入れたんだ、ちくしょう」


 ルーヴが愚痴ると、周囲の連中がそっと肩を叩いた。


「それについては同情する」

「分不相応な物は外せつっても聞きゃあしねえ」


 いずれ壁にぶち当たるあの四人を、何とか育てる仕事が待ち構えているかと思うとうんざりする。今あの武器防具を外せと言ったところで連中は聞く耳持たないし、今のところは壁に当たるまでは好きにやらせるしかないのが現状だ。


「まあ、オルデンも可哀想といえば、そうなんだがな」

「婆様に張り付かれて、ほぼ離宮に監禁、その上がっちがちの差別主義教育か……」

「気持ちはわかるが、あの魔女っ子が、いや、あん時は男だったが、オルデンを殴り飛ばした時には肝が冷えたぜ」


 ルーヴはぐしゃぐしゃと髪をかき回して、あの時の心境を思い出してぞっとする。自分のクラスから、下手をすれば不敬罪で生徒が引っ立てられる所だったのだ。

 尤も、いざとなったらオーリアスの肉親が飛んできて、それはもう暴れまわって何もかもを更地にしてくれたはずなので、オーリアスがどうこうされることはなかったとは思う。

 思うが、それよりもさらに被害は甚大になったはずだ。主に修復費用的な意味で。


 普通なら生徒の身分はないものとして扱われるし、教師も生徒たちを対等に扱う。それは徹底されていて、よほどのことがなければ誰と誰が喧嘩しようと好きにさせておく。そもそも身分は秘されているのが普通だが、時には自分の身分を堂々と口に出してふんぞりかえる勘違いもいて、それがたまたま自分のクラスの生徒だった悲しみよ。

 その上、オルデンの後ろにいる人物がよろしくない。


「孫が下賎の子どもに殴られたと相当、おかんむりだったらしいからな」


 いくらスパルタで自立させる主義のこの学園でだって、当初のオルデンのふるまいは目に余るものがあり、ルーヴがそろそろ釘を刺しておくべきだなと思った矢先の出来事だった。


「陛下も大変よねぇ」

「助かったよ、あの婆様にがつんと言ってくれたみたいだからな。ついでに息子にも」

「大分クラスメイトに圧力をかけてるみたいね、彼ら」

「ところがオーリアスの方はなんとも思ってないんだ、これが」


 正直、オルデンたちの顔は覚えていても、名前は忘れているような気がする。もしくは貴族の坊ちゃんで一括りにしているような。オルデンがこの国の第四王子だとわかっても顔色一つ変えなかった。それよりも魔女になってしまった時の方がよほど取り乱していたくらいだ。


「一人ぼっちにされても、ぜーんぜん堪えてない。逆にクラスの連中の方が罪悪感できりきりしてるくらいで」


 国王からがつんと叱られ、オルデンたちも最近は大人しい。しかし、王太后がアレなので、一応、パーティメンバーにも注意を促せとは伝えてある。グレゴリーがあの二人と一緒に行動することになった時にも関わっていたようだし。


「いっそあの婆様に、あれは城崩しの甥っ子だって教えてやりたかったぜ、俺は」

大鬼(オーガ)潰しのアンドレアの甥っ子、おっと今は姪っ子か」

「あのパーティ面白いわよねー」


 会話を聞いていた教師連中が面白そうに頷く。


「ロウレンの第3王女に、ペトラの英雄グレゴの嫡男と、城崩しのアンドレアの甥っ子、おっと姪っ子……豪華だな、経歴は」

「経歴はな」

「見た見た? あの子達の戦闘!」

「見ましたよー。あれスゴいですよねぇ、全員物理じゃないですか」

「魔女と僧侶と盾士のくせに全員物理攻撃だからな……」

「笑っちゃうわよねぇ。だけど不思議と上手く纏まってて理に適ってるし、仲もいいみたい」


 教師陣にもイロモノパーティ認識されているとは本人たちは知らないだろうが。


「あの、オーガを潰し城をも崩す、と言われたアンドレアの甥っ子にしちゃ、普通の子に見えたな、あの魔女っ子」 


 体術担当のキリコが言えば、魔法術式担当のグレイが頷く。


「ちと気は短そうなところが、似ているといえば似ているような」

「アンドレアなんだけどね、あの子に何も教えてないんですって」

「なんだと?」

「だから、あの子のアンドレアへの認識って『ちょっと力持ちな育ての親のお姉さん』らしいわ」

「ちょっと!?」

「アレのどこが!?」

「あいつのメイスでどれだけのオーガが挽肉になったと……!」

「というか、単独で城を更地にした奴が何を言ってるんだ!?」

 

 詐欺にもほどがある、と一斉に飛び交う罵声に笑い、フレイアは髪をかき上げた。

 ひとつ、ふたつの秘密くらい、女は誰でも持っているのだ。

 かわいい甥っ子に素敵なお姉さんぶりたかったのだろうアンドレアの気持ちはわからなくもない。


「ま、そんなこんなで、俺としちゃ、魔女っ子パーティを推したいね」


 ルーヴがリュシーの水晶玉を覗きながら呟く。ルーヴは『受信』できないので、こうして映されたものを見ることしかできない。


「……クレイドルからの映像が切れた」


 それまで一言も口をきかずに黙っていた、薬草学担当のクロロスが口を開いた。クロロスは受信組だが、その優秀さで8、9の2階層分を受け持っていたはずだ。


「あら、クロロスが冗談言うなんて。槍が降るかも」


 冗談めかして言ったフレイアの目は笑っていない。他の受信組と視線を交わし、そのつややかな唇を開いた。


「7階層までは変わらず受信できてるわ」

「水晶にも映ってる」

「10階が途切れました」


 微笑みながら会話を聞いていた受信組の治癒担当エリスが呟く。


「クレイドルの『限りなき手と目(フクウケンジャク)』が妨害されるなんてな」


 よいせ、と立ち上がる間に、結界術担当のロイドとグレイが生徒たちが普段使っているものとは別の転移陣を起動する。

 広間に立つ四本の支柱に囲まれた中央部分の床に、複雑な紋様が一気に浮かび上がった。


「クレイドルから復旧が完了したと連絡があった。切れたのは一瞬だが、何か異物を迷宮内部に転送された」

「何階だ?」

「8,9,10。他の階層は『切断』したそうだ」

「了解。それなら安心ね。念の為下の階層の生徒たちを回収しましょう」

「上の3階層にいるパーティは?」

「9階にフォルティス組、ミュウ組、8階にオルデン組、オーリアス組、ダニール組、エイレン組」


 ルーヴ、ガランド、ミネリが陣の上に乗ってすぐ、クロロスが声を上げた。


「『受信』した。内部に転送されたのは大鬼オーガが4体。10階に1体、9階に2体、8階に一体」

「俺8階な」

「では9階に行こう」

「わたしも9階へ」


 表情を険しくさせた3人が、転移陣の上から消える。


「えっ!?」


 しかし、転移が完了したはずの3人が、再び転移陣の上に現れたことで広間は騒然となった。


「どうなってる!」

「クレイドルから連絡! 転移陣の魔力に乱れあり、原因を早急に排除中とのこと!」

「おい、急げ! オーガなんてガキどもには早すぎる!」


 不穏な気配が充満し始めた広間に、転移陣だけが静かに光を放っていた。


 



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