13、落とし穴と縄
その小部屋の前を進まないと先へ行けないので、若干の気まずさを覚えながら通り過ぎる。
その時、ちらりと中をのぞいたオーリアスと中の三人の目があった。
実習前にマリエルに絡んでいた四人組のメンバーだ。
「あっ」
さすがに気まずそうに目を逸らされたが、何を思ったか、次の瞬間いっせいに三人が飛び出してきた。
「待ってくれ!」
「頼む! せめて話を」
「謝罪する! もう絡んだりしない! だから助けてくれ!」
マリエルが半眼になって三人を見つめているものの、必死の形相に押し負けて仕方なく話を聞いてみると、まんざら同情できない話でもなかった。
マリエルに絡んでいた四人組み、今目の前にいる三人はレニー、アロルド、イライジャというらしい。それにパーティリーダーのダニールを加えて四人。
ここまでなんとかたどり着いたものの、入った小部屋の中には落とし穴があり、リーダーのダニールが落ちてしまったという。
まさか、中央に立った途端落下という罠なのか。だとしたらおちおち小部屋に入ることもできない。いくらなんでもえげつなさすぎる、と引き攣った顔をしたオーリアスたちに、三人が俯いて首を振った。
「違う」
「……ったんだ」
「アレが……」
「なんだって?」
茶色の髪で剣を装備したレニーが涙ぐみながら告白した。
「紐を……紐を引っ張っちまったんだよ……!」
「紐が悪いんだ紐が!」
「つい、つい魔がさして」
でっぱりの誘惑に負けた身としては、あまり笑えない話だ。
でっぱりを押したら強制帰還と、紐を引っ張ったら落とし穴に落下、どちらがマシだろうとオーリアスはそっと落とし穴の中を覗いた。
かなり深く、落ちた生徒の頭が豆粒のようだった。目立つ金髪なので、そこだけぼんやり白っぽい。
普通はこの高さから落ちたら高確率で死亡するだろうが、まさか実習でそこまではしないはずだ。
「おーい! 大丈夫かー!?」
叫ぶと、かぼそい返事が帰って来た。なんとか無事のようだが、声に力がない。
オーリアスだって、ここまできて落とし穴に落ちたら、そりゃあ凹むだろう。
「不思議ですねぇ。迷宮の床って、どれだけ厚いんでしょうか」
マリエルの呟きはもっともで、下に下に潜っているのに、落とし穴があるとはこれいかに。迷宮の不思議を感じる。
「惨殺僧侶に絡んでたのは悪かったと思ってる! あんな誘い方はなかったよな、でもあいつ、あれで本気だったんだ! なあ、実習が終わったらなんでもするから!」
「助けてやってくれ! もうムダに絡まないように、ダニールには言い聞かせるから」
「頼むよ! あいつ素直じゃないだけで悪い奴じゃないんだ。それに、あいつ狭いところが苦手で」
どうも言葉の端々から、ダニールのマリエルへの好意らしきものを感じるが、好意の発現があの勧誘なのだとしたらひどすぎる。絶対に好きな子に意地悪して嫌われるタイプに間違いない。
マリエルに絡んでいた様子からは想像できないが、あのダニールとやらが仲間からは随分好かれているらしい事は少し見直した。
しかし、だからといってわざわざ助けてやる義理はない。
「クリスタル使って戻ればいいだろ」
帰還の手段があるのだから、使えばいいのだ。
「俺たちもう、クリスタル三つ使っちまってるんだよ」
「コボルトの集団に押しつぶされそうになったのと、二つ目玉の催眠にうっかりおれがかかったせいで……」
「麻痺する胞子を撒き散らす茸がいただろ? 三人同時に動けなくなって、一人じゃ相手できなくなってつい、使って」
一人二人は麻痺してもしょうがないが、3人がやられるとはどういうことだ。まさか一気に三人で飛びかかったのだろうか。だとしたらなんという脳筋。
四人パーティで近接前衛3、後衛1だとしたらバランスが悪い、と思いかけたオーリアスは、ふと自分たちの現状に思い至った。魔女、僧侶、盾士の3人パーティのバランスがいいとは口が裂けても言えない。まして内実が全員物理攻撃とは到底他人には言えない。
「それにしても、よくここまで戻ってこれましたね?」
ちょっと引き気味に、グレゴリーの影から尋ねたマリエルにくせ毛のアロルドが頷いた。
「五階層以上に到達してるパーティは、しくじったその階に転送してくれるんだ」
なるほど、教師陣も一応そこまで鬼ではなかったのかと頷いて、再度穴の中を覗き込むと、助けてくれー、と弱弱しい声が聞こえてきた。声に力がないのは、落ちた衝撃だけではなくて、狭い場所が苦手なせいもあるのかもしれない。
「ここまで来て脱落だけはしたくないんだ」
「よりによって落とし穴で脱落なんて」
「頼む!」
必死に頭を下げている気持ちはわからなくもないが、それは勝手なそちらの都合だ。
「もちろん、ただとは言わない」
「回復系は無理だけど、それ以外のドロップ渡すから」
なんとかそれで、と縋られて、三人は顔を見合わせた。
回復薬以外のアイテムを丸ごと。
何をもっているのか確認すると、三人が持っていないアイテムも多いし、レアらしき装備品も一つある。
持てる数には限りがあるが、悪くない報酬だ。
「どうします?」
マリエルに見上げられて、首を振った。確かに見返りは悪くないが、救出に必要なロープなど持っていない。
助けたくても無理だ、と告げると、三人の顔が一斉に暗くなった。
「……だよな」
「わざわざロープとか持ち込まないよな」
「わかってたさ……」
やはりリタイアするしかないかと穴の底のダニールに声をかけている三人を尻目に、小部屋を出ようとしたオーリアスの肩を、とんとん、とグレゴリーがつついた。
「どうした?」
「アイツラ、助ケラレル」
「無茶言うなよ。ロープなんかないんだぞ」
グレゴリーは真面目な顔で首を振った。
「バインド、使ウ」
「えっ」
「それは……斬新ですね」
グレゴリーの提案に、二人は目を見開いた。救出にバインド。考えたこともなかった。
だが、やろうと思えばやれる、ということに気づいたオーリアスは、ぎこちなく首を振った。
「い……いやいや、ムリだって……」
普通の『拘束』なら無理だろう。しかし魔女の『巧みな縄』なら話は別だ。
普段は対象に絡みつく分を発現させているが、対象と自分を繋ぐ分の縄も出そうと思えば出せる。その分縄は長くなるから少し魔力消費は増えるかもしれないが、出来ないわけではない。
そのことに思い至ってしまったオーリアスは、縋るような目を向けてくる三人から、そわそわと視線をそらした。
別に助けてやる義理はない。まだ脱出クリスタルはあるのだから、それを使えばいい。
それで脱落しようと知ったことか。なぜ自分がわざわざ助けてやらねばならないのだ。
「……だからっておれたちが助けてやる義理はない」
「オーリ、魔女の装備品制限がきつくて、防御が補強できないのが痛いって言ってましたよね? さっき見せてもらった、あのブレスレットなら装備できるんじゃないですか?」
効果が何かは鑑定しないとわからないが、装飾品が魔女と言うジョブにとって貴重な装備品であることは間違いない。
「マリエルは、どうなんだよ」
あれだけ怒っていたのに優しくしてやるのか、と聞けば笑顔が返って来た。
「恩は売るものだって姉さまが言ってましたから」
まだ見ぬマリエルの『姉さま』に恐怖心を感じながら、自分以外の五人から向けられる視線に、じりじりとオーリアスの足が下がる。
確かに助けられるかもしれないが、だからといってあのスキルを戦闘以外で発動するなんて。
見られたら退学してやるとかなり本気で思っていたのに。
「……さ、先に……先にアイテムよこせよ!」
オーリアスは、負けた。
渡されたアイテムを選別し、それぞれの道具袋にしまうと、のろのろと落とし穴を覗き込む。
屠殺場に引かれていく動物のような気分で、中のダニールに向けてスキルを発動した。
「ダニール! 今助けるから!」
「撲殺魔女が助けてくれる!」
「惨殺僧侶もいるぞ! がんばれー!」
今このバインドを解除したらどうなるんだろう、という暗い誘惑に駆られながら、バインドが成功した手ごたえを感じて縄を引き上げる。一人ではとても無理なので、全員で少しずつ引っ張り上げていくのだが、ダニールが姿を現した時のことを考えると、オーリアスは気が遠くなりそうだった。
そして縄はじりじりと引き上げられ、やっとダニールがその姿を現した途端。
「ダニィィィィル!?」
落ちた時とはまた別の絶叫が小部屋に響いた。
「こ、こんな、こんな」
「だ、ダニール……」
「こんな姿になって……」
あらぬ格好で引き上げられてきたパーティリーダーの様子に愕然とする三人の視線が、おそるおそるオーリアスに向けられる。
「だから嫌だったんだよ!」
無言でもう一度、落とし穴から引き上げられたパーティリーダーを見つめる三人。
マリエルは必死に笑うのを堪え、グレゴリーは真面目な顔で首を傾げている。
「言っとくけど、仕様だからな!? おれが自分で『こう』したんじゃないんだからな!?」
必死に言い募るオーリアスに、生暖かい視線が注がれる。
「本当だぞ! 勝手にそうなるんだよ! スキルのせいなんだ! おれがやってるんじゃない!」
オーリアスが必死に弁明すればするほど、三人から向けられる視線がやるせないものになっていく。
「ありがとよ、撲殺魔女」
「ありがとう、縄師の魔女」
「ありがとう、縛りもできる撲殺魔女」
無言で飛びかかろうとしたオーリアスを、慌ててグレゴリーが羽交い絞めした。
「落チツケ!」
「放せグレゴリー! こいつら全員穴に落としてやる!」
「オーリ、悪気はないんですよ、たぶん」
どうせなら戻ってからこてんぱんに叩きのめせばいいじゃないですか、なんでもしてくれるって言ってたし、と微笑むマリエルに、三人が青褪める。
あらぬ格好で引き上げられたダニールだけが、床の上でしくしくと泣いていた。
その後、グレゴリーとマリエルでなんとかオーリアスを宥め、どうにか小部屋から出た二つのパーティは、行きがかり上、次の分かれ道が来るまで一緒に進もうということになった。
殺気だっている撲殺魔女の視線を受けながら進む三人は気が気でないようだが、救出されたダニールはちらちらと振り返っては、マリエルを見ている。
考えてみれば、好きな女子の前であの格好を晒すはめになったダニールの方が、オーリアスよりも可哀想かもしれなかったが、すっかり立ち直ったようで特に気にした様子はない。
どんなにチラ見しても、肝心のマリエルは完全に無視しているので傍からみていると哀れなのだが、本人は一緒に迷宮内を歩けて感動しているようだから、これはこれで彼にとってささやかな幸運ではあったのだろう。
「その、ざ、惨殺僧侶に、ちょっと聞きたいことが……」
その時、突然空気が変わった。
「なんだ?」
「今、何か変な感じが」
グレゴリーが、見たことのない様子で低く唸った。尻尾が緊張し、強張っている。
「何カ、イル」
それぞれが獲物を構え直し、警戒しながら進んでいくが、妙な気配は変わらない。
自分たちの足音だけがやけに大きく響いている。
妙な緊張感が漂うまま、分かれ道が前方に見えたので、どちらに進むか決めようと足を止めた時、ばたばたと忙しない複数の足音が聞こえてきた。悲鳴や泣き声らしきものも聞こえる。
「なんだ!?」
身構えた先で、通路から姿を現したのは四人の少女たちだった。
それぞれ悲鳴を上げながら転がるように走ってきた集団に、マリエルが声を上げる。
「コーネリア!?」
目前にいる7人の集団も目に入らない様子で。めちゃくちゃに走りこんでくる少女たちに、慌てて通路の端に飛びのく。
「あっ!?」
走ってきた一人が足をもつれさせて転ぶと、マリエルが駆け寄った。
パーティの一人が転んだことに気づいた残りの三人がなんとか足を止めるが、息を荒げ、今にも逃げ出しそうに、自分たちが走ってきた方を何度も振り返る。
「エイレン、トモエにララも、どうしたの?!」
半狂乱で走ってきた四人組を落ち着かせようとマリエルが話かけるが、四人は恐慌状態で殆ど会話になっていない。
「出たのよ!」
「早く、早く逃げないと!」
「あんたたちも早く逃げなさいよ! 追いつかれたらどうするの!?」
どうやら足をくじいたらしい僧侶のコーネリアが、助け起こしたマリエルに縋りついた。
「大鬼が、大鬼が……!」