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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第1章
12/109

11、2階の罠に気をつけろ




 転送された迷宮の中は、普段と変わりないように見えた。

 とりあえず、何が出るかわからないので壁役のグレゴリーを先頭にし、マリエルを挟み、オーリアスが殿を務めることにして歩き出す。


 ひんやりとした迷宮特有の空気の中を警戒しながら進みだしてすぐ、どこからともなく悲鳴が聞こえてきたことに三人とも顔を引き攣らせた。

 まだ一階、それなのにもう悲鳴を上げるような事態に陥っているのだとしたら、かなりえげつない敵だの罠だのがあると思って間違いない。


「ちょっと不安になってきました」


 マリエルの呟きに頷いて、ぎゅっと杖を握る。不安もあるが、少しわくわくもしている。

 グレゴリーが盾を持ち上げて二人を振り返った。


「イツモノ、ドウスル?」

「そうですね、もしかしたら出番があるかもしれませんし、今の内に練習しておきますか?」

「……わかった、やる」


 渋々苦虫を噛み潰したような顔で頷いたオーリアスに、くすくすマリエルが笑う。


「そんなに嫌がらなくてもいいのに」

「縄、スゴイ」

「……そういう問題じゃないんだよ」


 練習につきあってくれる二人には感謝しているが、それとこれとは別なのだ。

 手ごろな魔物が出たら練習しようと話が纏まり、角を折れたところで、すぐにゴブリン3匹に出くわした。まさしく練習台にちょうどいい生贄だ。

 一匹をグレゴリーの方へ誘導した後、他の2匹をさくさく殴って斬って片付ける。最近では『火よ凝れ(ファイア)』を使わなくても問題なく撲殺できるようになっているので、相手が3匹位なら魔力温存の為にも魔法は使わない。

 どうも強制ジョブチェンジした際、身体能力にレベル制限がかかっていたらしい。ゴブリン如きが殴り殺せないなんて、とかつては悔しい思いをしていたが、最近ではほぼ剣士だったころと変わらない身体能力に戻っている。


「オーリ、今です!」

「わかってる!」


 とはいえ、今やらなければならないのは撲殺ではない。

 可哀想な一匹をグレゴリーが盾でいなしている間に、『巧みな縄(バインド)』を発動。

 今の内にしておいた方がいい練習とは、このスキルのことだ。

 いわゆる一般的な『拘束(バインド)』と魔女の覚える『巧みな縄(バインド)』には、大きな違いがある。

 どちらも対象を捕らえ、動きを抑えることに変わりはないが、『拘束』が一定の範囲を対象にしているのに対して、『巧みな縄』は個に対して発動する。

 前者は拘束時間が短く、咄嗟の時間稼ぎや、戦闘をコントロールすることに使われるが、後者の拘束時間は長い。やろうと思えば魔力が切れるまで延々と発動し続けることができる。

 対象が抵抗すればするほどこちらの魔力の減りは早くなるので一概にいいとは言えないが、相手が一体だった場合には絶大な効果を発揮する。

 ただし。


「あー、惜しい! もうちょっとだったのに」

「ぅおっと、この、逃げんなゴブリン!」


 自力で対象を確保する必要があった。

 魔力で編まれた光る縄がひゅんと宙を移動して、ふよふよとゴブリンの周囲を漂い、絡みつく。 

 理想は首だが、身体のどこでも一旦絡み付けば後は勝手に最終形態までイってくれるので、それについては問題ない。だが、そこにたどり着くまでが大変なのだ。


「思念操作とか難易度高すぎるだろ!」

「あはは、がんばれー」

「ガンバレー」


 他人事だと思って楽しげな二人に怨嗟の念を送りながらも、グレゴリーの盾に小突かれているゴブリンに、何とかバインドが成功する。操作難易度のせいで使い勝手がとても悪い。その上、普段迷宮に潜っている分には練習くらいでしか使う場面がないという、現時点ではほぼ死にスキルに近いものがある。


「ではグレゴリーくん、お願いします」

「ワウ」


 全身を拘束され、ぴくぴくしているゴブリンの姿に、毎回のことだが切ない気分になった。使いどころを間違えなければ確かに有効だ。ただし、これを使っているところを誰かに見られてしまったら。


「……おれは、退学する」


 哀れなゴブリンは、どーん、と派手な音を立てて、グレゴリーの盾と壁の間に挟まれて圧死した。


「うーん、いつ見てもわくわくします」

「アレの何にわくわくするんだ……」


 オーリアスはむしろ悲しみに包まれるのだが。


「面白いじゃないですか。何なんでしょうね? あの縛り方」

「フクザツ」

「こう、亀の甲羅みたいな」

「……早く進もう」

 

 こっそりゴブリンに黙祷を捧げたオーリアスを殿に、迷宮を進んでいく。

 そのまま一階を探索して数回戦闘は行ったものの、すんなりと二階層へと到達。

 二階では新たに炎を吐く巨大蛙に遭遇したが、グレゴリーを盾に至近距離まで進み、一気に左右から蛙の後ろに回りこんだ撲殺魔女と惨殺僧侶で光に還した。

 ドロップした中級魔力回復薬に喜び、ひとまず貴重な回復職であるマリエルに預けておく。


 二階に上がってからも何度か悲鳴と怒号が聞こえてきたが、今のところ特に困った事態も起こっていない。

 もしかしたら、このまま案外すんなり行けるのかもしれない、と三人がほんのちょっとだけ思った時に、その小部屋は現れた。

 中には普段と変わりない宝箱が置いてあり、三人はまじまじと宝箱を見下ろす。


「開けてみるか」


 怪しいことは怪しいが、貴重なアイテムが入っているかもしれない。顔を見合わせ、おそるおそる宝箱を開けてみる。一応身構えてはいたが、開ける事で発動する罠ではなかったらしく、無事に宝箱は開いた。


「これって」

「なんだろうな、これ」

「何カワカラナイ」


 中に入っていたのはよくわからないモノだった。

 手のひらに乗るくらいの白い小さな箱で、真ん中に赤いでっぱりがある。

 何かわからないが、罠っぽい。罠の雰囲気しかしない。だが、つやつやとした赤いでっぱりが物凄い主張をしてくる。漂うオーラが、ひたすら訴えてくる。


「お、押してみますか?」

「押して……いいのかこれは」

「押シタイ」

「わたしも押したいです」

「実は俺も押したい。すごく押したい」


 グレゴリーの大きな手のひらの上にちょこんと乗った小さな箱を見つめ、三人ともごくりと息を呑んだ。このでっぱりには魔法がかかっているのかもしれない。三人とも押したくてしょうがないのだ。


「まだ二階ですし、何かあっても、多分取り返しはつきますよ。それに、もしかしたら何かいいものがもらえたりするかも」

「オレ、押シタイ!」

「ここまで順調だったしな」


 よし、押してみよう、とうずうずしながら互いに譲り合った末に、目をきらきらさせているグレゴリーに落ち着いた。


「押スゾ」

「よし押せ」

「押してください」


 固唾を呑んで見守る中、ぽちりとその赤いでっぱりが押し込まれ。


 高らかなファンファーレと同時に三人の足元に転移陣が浮き上がる。

 逃げ出すまもなく、瞬時に発光した転移陣がその役割を果たした。






「……えっ!?」


 思わずそう洩らしたのはオーリアスで、ぽかんとしているマリエルとグレゴリーが、きょろきょろと辺りを見回す。

 どう見ても迷宮前受付広間だった。ついでに立っているのは普段帰還に使われている転移陣の上ではなくて、開始前に説明役のガランドが立っていた台の上だ。周囲に何人もの生徒が立ち尽くしていることからして、どうやら早速クリスタルを使うはめになったらしいパーティもそれなりにいるようだ。

 呆然とする三人をよそに、待機していた教師たちの吹き出す音が聞こえてくる。


「あっはっはっは! 押したな!? 押したんだな!?」


 笑い転げているのはルーヴで、こちらを指差しての大笑い。他の連中も大概で、顔を背けつつも笑っているもの、必死に堪えていたが吹き出すもの、苦笑いしているもの、ガランドと陰気な雰囲気のクロロスだけはにこりともしていなかったが、口の端が引き攣っているのが見えた。

 完全に見世物になっている恥ずかしさに、慌てて台から降りると憤然と転移陣へ向かう。


 なんという罠を仕掛けるのだ。強制帰還罠なんて、もし8階とか9階とかで出会っていたら絶望するしかない。しかもこう、ものすごく悔しい気持ちにさせる罠だ。押したのは自分たちだから、他の誰でもなく自分たちが悪い。悪いのだが、だからこそやり場のない悔しさがふつふつとこみ上げる。

 教師陣の性格の悪さを露呈する罠だった。


「に、2階でよかったぁ……!」

「ヨカッタ!」


 まだ迷宮に入ってさほど立っていない。やってしまった恥ずかしさはあったが、戦闘回数も少なく、すぐに二階に到達したので挽回は可能だ。

 オーリアスはと言えば、よほど悔しかったらしい。ルーヴを睨みつけながら拳を握り締めている。


「オーリ、気にしちゃダメです、ほら、歩いて歩いて!」

「大丈夫ダ、マダ取リ返セル」

「……は、腹立つ……!」


 必死に慰めながら転移陣へ移動し、陣が起動した瞬間、さっきまで乗っていた台の上に新たな被害者が現れた。

 豪華な武具、えらそうな雰囲気。見覚えのあるパーティだった。


「あ、あの人たち……」


 グレゴリーを迷宮内でポイしたパーティだ。

 だがそれとは関係なく、ぽかーんとしている四人組を見ながら再度迷宮に突入したオーリアスは、被害者が自分たちだけではないことに、心慰められていた。




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