89、もこもこくんは知っている2
「つまりだな、おまえらには魔力があるよな?」
「はい」
「あります」
うんうんと頷いた盗賊入りの罠士は、何を当たり前のことを、と不思議そうな後輩たちを見て、ついで救護教諭と、スライムと精神が入れ替わっているというクロロスを見た。
「先生たちの前でこんなん言うのもなんだけどよ、あくまで、オレがそう思ってるってことだからな。間違ってたら、言ってくださいよ」
「ええ」
ぷるんと薄紫のスライムが揺れる。救護室の中には平和な気配が漂っていた。少なくとも、今はまだ。
「時間ねーから短く言うけど、授業では魔力についてどう教わった?」
「えっと、どんなものにも備わっている『力』で……」
「スキルを発動する時に必須なものなので、回復はこまめに行うこと。体力とは別に魔力が底をつくことでも身体的、精神的なダメージを受ける」
うんうん、と四人が頷きあって『エルマー』を見る。
「オレもそう教わった。スキルを使うと、そのスキルに応じて魔力が減るよな?」
「はい」
「で、スキルってのは、発動すると技が使えるようになるよな、大抵は」
「……大抵?」
「そう。でも、実際はそうじゃない。というか、スキルには二種類、もしくは三種類あるんじゃないかってのが、オレの結論だ」
「三種類、ですか?」
一番多いのが、一般的な『発動すると技が使えるようになるスキル』。恐らくこれが殆どを占めているはずだ。
「二番目、まァ、これに罠士のスキルが該当するんじゃねェかと思う。『発動しても技が使えるようになるわけじゃないスキル』。あと『発動しても必ず成功するわけじゃないスキル』それが三種類目な。これは今関係ないから置いとくぜ。例としては、盗賊の『汝のものは我のもの』」
「……?」
ぽかんとしている四人に思わず噴出す。その間に『オリガン』がそっと外を確認しにいった。ここまで、二人の教師は無言のままなので、間違ったことは言っていないのだろう。
「意味わかんねーって顔してんなァ」
小柄な金髪少女はぽかんと口を開けていて、黒髪の魔女の方は小首を傾げ、狼族だけは納得したように小さく頷いているが、忍者の少年は微動だにしていない。
一方、教師陣はひどく真面目な顔でオリガンを見つめている。
「おまえら……このもふもふ以外はよくわかってねーだろ?」
「えっ?!」
「い、いえ……」
「トラン、まだ大丈夫か?」
「う、うん。もう少しなら……」
扉前をもこもこで塞がれたら窓から逃げればいいだけなので、オリガンは気楽に続けた。
「エルマーは三年罠士やってて、覚えたスキルは三つだけだ」
「三つだけ!?」
「それって、エルマー先輩は、三つの罠しか仕掛けられないということですか?」
首を傾げている魔女っ子に首を振る。
「違う」
三年かけて覚えるスキルが三つ。これは通常のジョブと比べて、異様に少ないと言っていい。
『混沌なる再結合』1、2、3。
それが現在のエルマーのスキルである。
オリガンが面白いと思ったのは、そのスキルが、普通のジョブのような『技』ではないことだった。
「おまえら、スキルを使うとどうなる? そこんとこ詳しく言ってみろ」
盗賊入りの罠士の言葉に、一年生達は口々に声を上げた。
「スキルが発動します」
「技ガ使エルヨウニナリマス」
「そうだが、そこじゃねー。スキルが使えるようになるってのは、つまりどういうことだ? って聞いてんだよ」
「……?」
オリガンはぽかんとしている一年生達に、ひらひらと手を振る。
「言い方変えるわ。例えば、そこの僧侶は回復出来るよなぁ?」
「はい」
「あ、今こっちと入れ替わってんのか。まあいいや、一番最初に覚えたスキルは?」
「『癒しの御手』です」
キュアを発動すると、自分の魔力は減る。その代わりに、対象を軽度治癒することができる。
「皆それはわかるだろ? 普通はそうなんだよ。『癒しの御手』ってスキルを発動するってことは、回復技を使えるようになるってことだ。そして、発動自体に失敗することもない。でも罠士は違う。『混沌なる再結合』ってのは、要は『魔力を変質させる方法が増える』でしかねーの」
『混沌なる再結合』を覚えると、何種類か、魔力を変質させることができるようになる。2を覚えればまた変質させられる種類が増え、3も同じことだ。1ならここまで。2ならここまでというように。
粘着性、弾性、拡散性、水溶性、凝固性、吸収性、揮発性、透明化、その他幾つもの性質を持たせた魔力と、それを最大限に引き出す各種アイテム。
それは自作の物だったり、罠士協会で販売されているものだったりするが、それらを使い、エルマーは戦況に応じて罠を仕掛けている。
「ジャバラっつーのは普通のスキルと違って、技を発動するってことじゃないんだ。つまり、『発動しても技が使えるようになるわけじゃないスキル』」
四人の後輩たちは少し考え込んだ後、なんとか飲み込んだようで、しきりに頷きながら感心した眼差しを向けてくる。
「いいかァ? 大前提として、スキル発動は失敗しない。ただし、だ。ここで問題になるのが、その『魔力の変質』なんだよ」
「魔力の変質、という意味がよく……」
「スキルハ、変質ノ方法、知識ヲ与エテクレルダケダトイウコトデスカ」
「ちょっと違うな。あのな、そもそも、おまえら魔力をどの程度操れる? スキル関係なしに、素の状態でだぞ。いいとこ、ポーション作る時に、薬草と混ぜるくらい、ちょっとだけ物質化する、その程度じゃねェか?」
オーリアスは、クロロスの講義を思い出した。すり鉢に手を翳し、集中すると、ぽたり、ぽたり、と目に見える形で魔力がしたたったのを。
「魔力を物質化する、スキルを使わない状態で操るってのは、実は相当難しい。だから、これが苦手なヤツはポーションなんかも作るの苦手なんだよな。魔力量も個人で量が違うだろ? ジョブでも多少は左右されるけどよ、魔法耐性なんかと同じで、多分、それぞれの魔力の総量ってのは、多分決まってるんじゃねェかな。ただ、それは鍛えないと全部を使うことはできない。本当は100あるけど、100使うためには条件があって、それをクリアするごとに、少しずつ使える分量が解放されてくってことじゃねーかと思う。レベルが上がるってそういうことだと思うんだけどよ……なんか話ズレたな。話戻すぞー。魔力をスキル以外で扱うのが難しいってのは納得できたか?」
忍者の少年が、こっくりと大きく頷いた。それを見て、周りの三人も心から納得する。なるほど、
グレゴリーがポーション作成を苦手にしているのは、そのせいもあったのか。
「今日、エルマーともちっと話したんだけどな。『トランクル』の身体に入ったエルマーは、トランのスキルは使えたけど、『混沌なる再結合』は使えなかった。エルマーの身体に入ってるオレは使えた。おかげで今日こんなことになってんだけどよ」
「……? スキルで、魔力の変質方法はわかってるんですよね? 方法がわかってるなら、スキルを使わなくても、できるんじゃ?」
わけがわからなくなってきたぞという顔つきで首を捻っている一年生たちは、まだしっくりきていないらしい。
「じゃあ、スキルを使わずにキュアってみ?」
「そ、それは無理です。キュアはスキルですから、スキルを使わないでキュアすることはできません」
「それと同じ。いいか? トランの身体に入ってるエルマーはトランのスキルを使える。でも自分のスキルは使えない。これ、おかしいと思うか?」
「おかしく……ない?」
「おかし……い?」
混乱している女子二人と、差し出された帳面に、大きく書かれた『わからない』の文字に破顔して、オリガンが頭をかき回した。
「今日入れ替わってはっきりしたことは、スキルってのは、肉体に刻まれてるんじゃないかって可能性だ。そのおかげで、ジョブってのが何なのか、オレなりに掴んだような気はするんだよ、だけどなー……スキル自体が成功してて、やり方はわかってた。わかってたんだけど、ダメだったんだよなー」
オリガンは、魔力操作が壊滅的に苦手だ。それはもう、ポーション作成は悪夢の時間で、多分飲んだら死ぬだろう劇物を毎回作り出していて、クロロスや他の教師からも悪い方向にお墨付きをもらっている。
罠を仕掛けるために必要な『魔力変質』についてもそうだった。エルマーは普段、練った魔力に瞬時に性質を付与し、それを仕込み、起動させている。今なら同じことができるに違いないと勇んでやった結果が、あのもこもこくんだ。
「やり方はわかってんだ……でも、上手くいかねーの。いつものオレと同じ感覚な。まあ、考えてみりゃ当たり前だよな。やり方自体はスキルで把握してても、肝心の魔力操作自体はスキルでもなんでもねー、ある意味特技みてーなもんだもんな。その感覚は、エルマー本人じゃなきゃわかんねーわけで」
理論と実践は違う、ということなのだろう。
「つまり、罠士ってのはアホみたいに難しいジョブだってこった。スキルを使ったって罠がぽいぽいできるわけじゃねーから、瞬間的な対応力と戦闘センスがなければ、戦闘じゃ使い物にならないのが普通だし。後はアイテムと努力と根性とセンスと意欲。罠が好きで罠を仕掛けるのが好きで、罠に嵌まった獲物のが慌てふためく様子を見るのが三度のメシより好き、その為にならどんな努力も出来るってヤツじゃねぇとさ。最初のジョブ選択に、罠士の項目があるヤツって殆どいないらしいけど、それは魔力操作の素質の関係だと思うぜ」
四人組はただひたすら、ははあと感心したように頷いていたが、教師達の反応は違っていた。
オルテンシアの表情が強張っている。ちらりとスライムを見下ろした視線に混乱したものを感じ取ったオリガンが、今の説明であっているかどうかを確認しようとした時。
「わ、わっ!?」
どどど、と激しい音が響いた。
「な、なんだ!?」
急いで扉を開けたトランクルが叫ぶ。
「氷の山が!」
「氷!?」
「ひ、左からもこもこくん。み、右から氷が、な、雪崩みたいに……!」
転がるように扉に駆け寄った四人が見たのは、白い壁となってみっちりと空間を埋め尽くしているもこもこと、流氷のように右手から流れ込んできている氷の川だった。




