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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
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88、もこもこくんは知っている



 確かにこれはもこもこだ、とソレを目にした救護室一行は妙な感心をした。


「もこもこですねぇ」

「モコモコ」

「もこもこだな」


 こくりと『コタロー』が頷き、それぞれ、救護室の中から恐々と廊下の奥を覗く。スライムも『グレゴリー』の大きな手のひらに乗せられてその光景を見ている。

 聞こえていてた悲鳴は既に途絶え、巻き込まれたのか、はたまた逃げおおせたのか。


 救護室前の廊下は白い物体によって天井まで占拠され、左手のつきあたりは完全に塞がれてしまっていた。その上、白いもこもこはじりじりと進んできているので、その内救護室の前も塞がれてしまいそうだ。

 もこもこに向かって、さっとスキルを発動させた救護教諭は、もこもこの持つ性質に顔を顰めて救護室内に取って返した。巻き込まれても命に別状はないだろうが、あまりよろしくない効果だ。とはいえ、まだ猶予はある。


 進むべきか引くべきか。ひとまず救護室の内側に避難して、扉を閉める。

 幸い、ここは一階だ。いざとなったら、窓から脱出すればいい。校内に人が少ないのは、こうなると不幸中の幸いかもしれない。それはつまり、この状況を何とかするための人手が足りないということでもあるのだが。

 とりあえずは緊急性が薄いようなので、現状把握を先にした方がいいだろう。校内に情報の伝達をしようにも、発信装置がある部屋一体はすでにもこもこに侵食されているらしい。


「いやぁ、まさかこんなことになるとは思わなくて」


 へらへら笑って頭を掻いている『エルマー』に、オルテンシアは額を押さえた。


「何をどうしたらああなるのかしら……」

「オレにも何がなにやら。でも悪いのはオレとエルマーだけじゃないっすよ」


 『入れ替わり現象対策本部長』だけでなく『もこもこ罠対策本部長』も兼任するはめになったオルテンシアは、もういいやとため息を解禁する。


「経緯を説明しなさい。あなたたちもそこに座って」


 元通り一年生四人を座らせ、所在なげに立っている『オリガン』と、やけにふてぶてしい『エルマー』を促した。


「経緯っつーか、まあ、オレら朝起きたら入れ替わってたんで、一応救護室に来て」

「そうね」

「で、どうにもならないってんで、寮に帰ろうかってなったんすけど」

「エ、エルマーが」

「あいつ、新しい罠をどうしても試したいからってゴねて。で、広場が使えなかったんで、武道場に行ったんすけど」

「それで?」


 それでどうして校内で罠がもこもこするはめになったのか。

 興味深々で話を聞いている後輩たちに、オリガンはにやりと笑った。


「お前ら、仲悪ィヤツらいるかぁ?」


 突然そんなことを言われたオーリアスたちは、きょとんと顔を見合わせた。


「仲が悪い、ですか?」

「そうそう。ムカつくなら無視すりゃいいのによぉ、毎回絡んでくるヤツがいんだよ。今回の原因はそれ」

「はぁ……」


 オルデンパーティのようなものだろうか、とオーリアスは首を傾げたが、現状、オルデンたちとは接触がなく、今はどちらかというと向こうに避けられている節があるので、少し違うような気がする。


「……『正義の剣』ね」

「それそれ。もう、ウザいのなんの! オレたちから声かけたことなんて一回もねぇのに」


 『エルマー』が苛立たしげに床を蹴りつけ、『オリガン』は黙ったまま床を見つめている。


「邪道だの卑怯者だの、アホか! ま、あいつらにどうこう言われる筋合いねぇし? 勝手に吠えとけって普段なら無視してるんすけど」


 狼族と忍者が座る長椅子の肘掛部分に腰を下ろした『エルマー』は、手近にいた『グレゴリー』の頭をぐりぐりと撫で回し、やわらかい毛並みに表情を和ませた後、ため息をついた。


「今回はァ、ちょっとなー、流せなくてさぁ……先生、エルマーのヤツばっか責めないでやってくれよ。今、罠士になってるのはオレで、オレがおかしなことしなけりゃ、こんなことにならなかったんだ」

「どちらか一方の話だけを聞いて、判断するようなことはしないわ。あなたたちが揉めている時、傍に誰かいた? 状況を詳しく説明して」

「武道場だったんで、見た顔が何人かと、一、二年もちょっと。後、グレイ先生もいたな、そういえば……やべー、もこもこに巻き込まれてるわ」


 それを聞いて、ぷるんぷるん、とスライムが揺れた。もしかしたら、笑っているのかもしれない。オルテンシアは、解禁したため息を盛大に吐き出した。休養日だからって気を抜きすぎですグレイ先生、と心の中で呟く。


「アレについて詳しく説明してもらえるかしら。なるべく急いで」

「説明って言われても……もこもこくんについてよく知ってるエルマーが巻き込まれちまったもんで、オレがしくじったところに、何か変なポーションがかかって、そしたらもこもこし始めたとしか」

「あの」

「あん?」

「罠スキルって、失敗することがあるんですか?」


 『マリエル』の素朴な疑問に、他の三人も頷き、不思議そうな顔をして先輩を見上げた。使ったスキルが効かなかったことはあっても、スキルを発動すること自体を失敗したことは経験がなかったからだ。

 不思議顔の後輩達に、『エルマー』はちっちっと人差し指を振る。


「甘いぜ一年坊。いいかァ? 罠士と一緒に三年やってきて、オレなりにわかったジョブとスキルについて、特別に教えてやるから、よく聞いとけ」


 そうして、外の状況を確認しながらの、盗賊によるジョブとスキルについての簡易講座が始まり、一年生たちは至極興味深くそれを聞いたのだが。


 それは奇しくも『真実』の一端に確かに触れていて、教師二人を愕然とさせる。


 素直な感心と困惑と戦慄が走りぬける室内をよそに、扉を隔てた外側では、偶然によって生み出された『もこもこ』が、少しずつ、救護室一行に迫っていた。








 時は少し遡る。


 エルマー・ロイ・ジャブルは、至極機嫌が悪かった。

 入れ替わり? 全く、わけがわからない! そんなわけのわからないことで、楽しい予定を台無しにされるだなんて。


 しかし、憤ったところで自分が地図職人になっていることは紛れもない事実であり、救護教諭にさえ今のところどうにもできないと言われてしまえば、諦めもつく。おまけに、救護室まで来る時にわかったのだが、いつも試金石の場として使っている旧校舎側の広場は、何かの講義で使うらしき木材が積み上げられていて、下手に周囲を弄れなくなっていた。

 立てていた予定が上手くいかないと、実に気分が悪い。


 なるほど。確かに自分は現在地図職人である。罠は仕掛けられない。できるのはその場を見極め、最適な罠の仕掛け位置を把握することくらいだ。


「……『観測者の箱庭(リトルガーデン)』」

「うわっ!?」

「え、え、エルマー?!」

「……ふーん、なんだ。スキルはちゃんと使えるんだ」


 救護室から出て、黙々と歩いていた廊下の真ん中で急に立ち止まったかと思えば、突然スキルを使い出した『トランクル』に、後ろの二人が慌てた声を上げた。

 『トランクル』の視界には、普段は見ることのできない光る文字で、見えている範囲全ての素材と凹凸、傾斜、角度、高さ、衝撃耐久度、属性、その他諸々のあらゆる情報が浮かび上がっている。この情報量をすぐさま取捨選択して、普段のトランクルは瞬時に欲しい情報を与えてくれているのかと感嘆した。

 情報が溢れていて、目が回りそうだ。


「なんだなんだ!? とうとう禁断症状が出たのか?! 罠が仕掛けられないからって早まるなよ!」

「え、エルマー……」

「何バカなこと言ってるんだ。ボクがこうしてトランクルのスキルを使えるってことは、君たちだって現在の身体が使用できるスキルは発動できるってことだろう」

「はァ……」


 聖誕祭の飾りつけも華やかな廊下の真ん中で、『トランクル』は滔々と自分の見解を述べた。


「ボクのスキルはこの身体では使えなかったから、使えるのはこの身体が所持しているスキルだけらしい。これはちょっと面白いな。スキルというのは、肉体に刻まれたものなんだろうか。現状ではそう判断できるね」

「おまえ何がしてェの? 地図職人ごっこ? なら迷宮行こうぜ、浅い階。オレ罠士ごっこするからトランは盗賊ごっこな。『汝のものは我のもの(マイン)』使い放題、盗賊は楽しいぞー」

「……う、うん、ま、マイン、つ、つ、使ってみたかったんだ……あ、アイテム、盗めるかな……」


 基礎的な能力が下がったわけではないから、浅い序盤の階層であれば本職ではない偽者の『ごっこ』でも問題ないだろう。それはそれで楽しそうではあるが、しかし、エルマーとしてはやはり罠を仕掛けたい。それも新しいものを試したいのだ。ならば、いくら浅い階層とはいえ迷宮には潜るべきではないだろう。どんなに弱い魔物相手でも、万が一ということはあるのだから。


「オレも一回くらい、罠仕掛けてみたかったんだよなぁ」

「そうだな、存分にやってもらおうか」

「……なんか気持ち悪ィな……変だぞ、おまえ」


 自分の顔が嫌そうに歪んでいる。中身がオリガンだと、やけにふてぶてしい『エルマー』になるなとおかしな感心をしながら、『トランクル』はにやりと笑った。それこそ、本物のトランクルなら絶対にしないような、胡散臭い笑顔で。


「ただし、武道場で」

「はあ!?」


 その発言に、気弱そうな『オリガン』は、きょときょとと視線をさ迷わせている。

 食堂の裏手にある広場は空いているだろうが、そちらは一年生が使っていることが多い。いくら自分だって、後輩を苛めて遊ぶつもりはないのだ。必然的に、残るは武道場となる。


「ま、本当なら、獲物が罠にかかるところを影からこっそり眺めたいけど、この状況じゃそうもいかないしね。ひとまず新しい罠が試せればいいや」

「トランの顔でその表情やめろよ、本気でこえーよ……」

「あ、あの、い、い、いい、よ……罠、た、試しに行こう……」


 こんな時でもなければ不可能な『ごっこ』には心ひかれるものがあったが、なに、それは罠を試した後で迷宮に行けばいい。


 罠士一行は、いつもとは違う雰囲気ながら、いつもと同じことをしに武道場に向かった。

 そこで何が起こるかなど、知る由もなく。


 

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