表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第1章
1/109

プロローグ

男→女のTSです。タグは念の為。今後の展開が濃くなるようならさらに注意を入れます。

 

 


 迷宮の中は少し埃っぽく、しんと静まり返っていた。

 先ほどまでの熾烈な戦闘の余韻だけが残る広々としたとある通路で、一人の少女が満足気に武器を腰に納め、額の汗を拭っている。

 少女は勝利の満足感を味わいつつ、戦利品のドロップアイテムを拾い始めた。

 大抵は役に立たないクズアイテムだが、自分の戦闘で得たものだと思うと捨てていくのがもったいない。

 そうして残らずアイテムを拾い、意気揚々と奥へと進もうと踏み出した瞬間だった。


「きゃあっ!?」


 不意打ちで後ろから、右肩の辺りを切りつけられ、石の床に膝をつく。


「嘘っ、もう一匹……!?」


 潜んでいたゴブリンが短剣で切りつけて来たのだ。少女に策敵スキルはなく、全部倒したという安心感が油断を招いた。

 痛みを堪えて、身体を捻り立ち上がろうとした途端。

 落ち着いた声で発せられた詠唱によって生み出された火球が、少女に飛びかかろうとしたゴブリンに直撃した。


「ギャ!?」


 悲鳴は上がったが、その攻撃は一撃で命を刈り取るまではいかなかった。

 新手の登場に劣勢を悟ったゴブリンが、よろよろと背中を見せて逃げ出そうとするが、その後頭部を容赦なく止めの一撃が襲った。

 ボグっ。

 鈍い音を立ててゴブリンの頭蓋が陥没する。

 痙攣しながらどさりと倒れた魔物の体が、淡い光の塊となって霧散すると、そこには小さな瓶が転がっていた。

 ゴブリンの落とすアイテムの中では一番使い勝手のいい初級ポーションだ。

 軽く杖を握り直し靴音を立てて近寄ると、ドロップした小瓶を拾い上げる。

 屈んだ拍子に首筋でひとつにまとめた髪が、尻尾のように背中で踊った。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 転んだ体勢のまま固まっていた少女は、慌てて立ち上がるとぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございました! アイテムを拾うのに夢中になってしまって、もう一匹後ろから来てるのに全然気がつかなくって」

「いや、気にするな。傷は大丈夫か」

「はい、回復魔法が使えますから」


 少女の右手が淡く清浄な光に包まれ、患部に当てられると、すぐに傷が癒える。


「助かりました。わたしはマリーウェルです」

「おれはオーリアス」


 笑ったマリーウェルの笑顔がとても可愛かったので、オーリアスは思わずときめいた。

 きれいというよりは愛らしい顔立ちで、大きな緑色の瞳をしている。

 顎くらいの長さで切りそろえられた金色の髪は、毛先が内側にくるんと巻いていて、膝丈の白いローブに、こげ茶色のブーツという格好によく似合っていた。

 オーリアスはまるで正反対で、小柄なマリーウェルよりもかなり長身だ。無駄な肉がひとつもない細身の身体に、ぴったりと沿う黒の上下を身につけ、踝丈のブーツも黒、膝までのマントも黒。

 目だけが甘そうな蜂蜜色をしている。


適正職ジョブは僧侶です。主に回復系の魔法が得意です」

「おれの適正職ジョブは…」

「知ってます。最近、10階層付近に撲殺魔女が出没してるって噂ですから」


 言いよどんでいると、マリーウェルはオーリアスを見上げてにこっとした。


 ぼくさつまじょ。


 その言葉の響きに絶句して項垂れる。そんな二つ名、嫌だ。


「……好きで撲殺してるわけじゃない」

「いいじゃないですか。魔法も使えて撲殺もできる! とっても素敵でした!」


 落ち込むオーリアスに対して、小柄なマリーウェルは本気でそう思っているらしく、ぎゅっと握りこぶしをつくって力説してくれた。


「そ、そうか?」

「そうですっ!背中を向けて逃げようとする瀕死のゴブリンの脳天を一撃!凹む頭蓋、めり込むワンド!」


 立ち上がった小柄な少女は精一杯爪先立ちになって、背の高いオーリアスを見上げて鼻息も荒く言い切った。


「撲殺魔女、憧れちゃいます!」


 もしかしたら、この子はちょっとアレな子なのかもしれない。普通の女の子は撲殺魔女には憧れないはずだ、多分。

 とにかく、ぼくさつまじょ叫ぶのはやめてくれ、とオーリアスはマリーウェルをつついた。今、通路の向こうからやってきた学生が、そっと引き返していくのが見えた。


「ちょっと、声でかいぞ。モンスターが寄ってくるかもしれないから、静かに」

「あ、すみません。なんだか、噂の魔女さんに会えて嬉しくって」

「……それどんな噂」


 聞かないほうがいい、という予感が走ったが聞かずにはいられなかったので、無言で返答を待つ。


「迷宮に現れた全身真っ黒の女の子が魔法を乱射したあと、弱りきったモンスターを容赦なく杖で殴って止めを刺していくっていう噂です。その無慈悲な殺戮方法に、ついたあだ名が10Fの撲殺魔女!噂は本当でした! あの撲殺っぷり!」


 やめてやめてとオーリアスは耳を塞いだ。

 もう十分傷心している。これ以上はオーバーキルだ。やっぱり聞かなきゃよかった。


「本当に素敵でした……!」


 杖で撲殺なんて、本当はしたくない。

 できれば剣で一刀両断がいい。魔法で削って止めが杖でタコ殴りなんて、悲しすぎる。

 剣士のクラスを極めたくて、この学園に入学してから半年、がんばってきた。筋トレだって欠かさなかったし、体力づくりに朝夕走った。体作りのためだと思って、嫌いな野菜だって残さず食べた。

 勉強だってそこそこの成績はとっている。

 それも全ては自分の剣で食べていける冒険者になるため。

 それなのに。


「あの、あの、もし今フリーでしたら、よければ来週の迷宮実習、わたしと組んでいただけないでしょうか? わたし、いつもソロで潜っているのであまり知り合いがいなくて、まだ誰とも組めてないんです。オーリアスさんも、普段、ソロで潜ってるんですよね?」

「……そうだけど、なんで知って」


 マリーウェルは、それはもう可愛い笑顔を見せた。


「有名ですから! 性転換の呪いを受けて魔女にクラス変更した剣士ソードマンって」


 きらきらした目で見つめてくるマリーウェルから目を逸らし、なんでこんなことになったんだろう、とオーリアスは遠い目をして石造りの迷宮の天井を見上げた。

 

 あ、蜘蛛の巣。

 主のいない蜘蛛の巣は、なんだか物悲しい。


 あの日、あの宝箱さえ開けなければ、こんなことにはならなかったのに。


たぶん、物凄く亀更新です。まったりおつきあい下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ