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最期の望み


  7


「悪い、待たせたな」

「何してたの?」

「ん、まあいろいろ」

 博明はきっと気付いていない。

 自分がしようとしていることが、結果として俺を消すことになるのだということに。

 でも、それでも構わない。

 俺は、自分の最期の望みを叶える。





 僕らは、だんだん暗くなっていく町を二人で走った。

 僕は佐倉さんの家を知らないけど、前を走る陸人についていっている。

 僕の仕事は、インターフォンを押すことだけ。

 でも、そうしなきゃ陸人は佐倉さんに会えない。

 陸人曰く、自分が電話で呼んでも外には出てこないんだそうだ。

「頑固だよなあ」

と、笑いながら言っていた。


「次の角曲がったら、右側の二番目の家だ」

「わかった」

 僕たちは住宅街にいた。

 佐倉さんを呼び出す口実は、もう二人で考えてある。さくらみお、とマジックで書いてあるハンカチを学校の前で拾ったから、届けにきた、というものだ。もちろんこれは嘘でハンカチは僕のに名前を書いただけだ。でも、出てきてくれればそれでいい。

「いい?」

「…ああ」

 僕はインターフォンを鳴らした。


「はい」


 あれ、男の子の声だ。たぶん、弟だろう。

「あの、僕佐倉さんの中学のクラスメイトの高塚なんですが…佐倉美桜さん、いらっしゃいますか」

 

「いませんよ」



「…え…?」

「今日ピアノがあるから今はいません」


 …そんなことって。


「わかりました…」

 僕は陸人を見た。

 陸人も、表情が暗い。

「陸人…」

 

 その時。


「あれ? 高塚?」


 パッと振り返ると―女の子が一人、こっちを見て道路に立っていた。



 佐倉さん!



「ピアノに行ってたんじゃないの?」

「そうだけど、先生が風邪引いててさ、今日はなくなっちゃったんだよね。…でも、なんでそのこと知ってるの?」

「あ、うんえっと…これ届けようと思ったら弟さん出てきて…」

 僕はポケットの中のハンカチを差し出した。

 佐倉さんは怪訝そうに見てから首をふって、

「これ、私のじゃないよ」

と言った。

「あ、そうなんだ…名前おんなじだからそうかなと思ったんだけど」

「そう、ありがとうね。じゃ」

「あ、待って!」


 

 僕がそういうのと同時に、佐倉さんのポケットの携帯が鳴った。



「…なんだろ」

 彼女はそう言って携帯を取り出した。そして発信者の名前を見て―、


 悲しそうな顔をした。


「…誰から?」

「友達。でも、あとでまたかけ直―」

「出てあげて!」

「え?」

 僕は思わず大きな声を上げていた。

 佐倉さんがびっくりしてるけど、構わない。

「お願い、電話に出てあげて」


 それは陸人からの電話だから。


 今僕の隣にいる陸人の、君への最後の言葉だから。


 君だって、本当は陸人と仲直りしたいんだよね。


 だからさっき、悲しそうな顔をしてたんだよね。



「…わかったよ」

 まだ怪訝そうな顔をしてたけど、佐倉さんはそう言って電話を耳にあてた。

「…もしもし」


「…よう」


 

 隣で陸人がしゃべった。


 でも、佐倉さんには、電話を通した声しか聞こえない。



 機嫌の悪そうな声で、でも悲しそうな顔で、佐倉さんは言った。

「今さら何なの。今忙がしいんだけど」

「いや、俺お前に会えなくなる前に言いたいことあったなーと思ってさ」

「別に会えなくなるわけじゃないでしょうが。高校違ったって、家そんなに遠くないんだから。…それとも何? もう二度と会うつもりはないって意味?」

「だーったく、お前はなんでそう短気なんだよ」

「あんたに言われたくないわよ。受験勉強長続きしなかったくせに」

「ちげーよ別に俺のレベルじゃたいしたとこ入れないんだから勉強したって意味なかったろ!」

「そんなの言い訳でしょ? たいした努力もしないでさあ、さっさと諦めて遊んで…!」

 …あっという間に口論になってしまった。

 間に入って止めたいが、佐倉さんの声しか聞こえていないはずの僕が何か言うわけにはいかない。

 とりあえず、はらはらしながら見守ることしか―。

「受験なめてるからそういうことになるんだよ!」

「世の中学歴が全てじゃないだろうが!」

「学歴とかじゃなくて、すぐ諦めんなって言ってんの!」

「……」

「あんなに早く諦めなきゃ行きたい高校だって行けたかもしれないのに! 勉強するのにもう手遅れだってことはないんだよ!」

「……」

「…もう! なんで黙ってんのよ! 馬鹿陸人!」




「…ありがとな」




「…は?」

「言いたいことあるっつったろ。だから、ありがとって」

「…何言ってんの?」

「言い合ってたらきりねえしな」

「……」

「いや、ほんとはさ…心配して言ってくれてるのはわかってたんだけど。勉強しろって。でもなんか…反抗期だったのかな、俺。言われてからやるのってかっこわりーじゃん」

「…それ、あまりにも子供っぽ過ぎない? 理由が」

「そうそう。だから謝るにも謝りづらくてさー。だから、謝るんじゃなくて、感謝してみた」

「…そういうことは本人の前で言うべきなんじゃないの?」

「…はは、そうだよな」

 陸人は笑っていた。

 いつの間にか僕の隣から移動して、佐倉さんと向き合うように立っている。

「ほんとはそうしたかったんだけど」

「じゃあそうすればいいじゃない」

「そうもできないんだ」

 

 陸人は何かを確かめるように、佐倉さんに向かって手を伸ばした。


 手は―何にも触れない。


 佐倉さんも、何も感じていない。



「俺もそうしたいんだけどさ、できないんだ。もうお前には会えないから」

「え? ちょっと、今あんたどこにいるのよ」

「んーどこだろ…。少なくとも、声が聞こえないくらい遠く」

「なにその適当な答え」

「だって俺もここがどこだかわかんねーもん」


 陸人は笑っていた。


 佐倉さんは、泣きそうな顔になっていた。


「だからこれでさよならだ」

「何言ってんのよ…そんなことあるわけないじゃない。この時代なかなかないわよ、絶対行けない場所なんて」

「なかなかないけど、あるんだろ? おれはこれからそこに行く」

「だめだよ。どこ行ったって追いかけてやるんだから」

「それは絶対ダメ」

「どうしてよ…」

「追いかけたってダメだよ。もう絶対会えないから」



 もう、佐倉さんは泣いていた。

 陸人の言葉の意味が理解できたのかどうかはわからない。


 でも、陸人の言葉を信じていた。



「大好きな美桜。今までありがとう。





―――さよなら」



 陸人は電話を切った。


「私だって好きだったよ……陸人の馬鹿」



 陸人はそれを聞いて、初めて僕の前で涙を流した。



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