ここにいる
4
井本満流の家は、僕の家から二十分くらいのところにあった。一軒家だった。
陸人には無理なので、僕がインターフォンを鳴らす。
「はい」
出てきたのは、眼鏡をかけたやけに色の白い少年―僕も何度か見たことのある同級生、井本満流だった。
「えっと…こんにちは」
少し怪訝そうな目で僕を見ていたが、やがて陸人の話を思い出したらしい。
「ああ…高塚博明くん…だっけ?」
「うん」
「陸人は? 君と一緒に来るって聞いてたんだけど」
それを聞いてショックを受けた。
陸人は今、僕の隣にいる。
この人にも、陸人は見えていないんだ―。
見ると、陸人も暗い顔をしている。声が聞こえるなら、少しは希望があったのに。
でも、なんで声は聞こえたんだろう?
「あの…見えない? 陸人」
「は?」
あう、睨まれた。
なんだか満流は冷たい印象の子だった。
「…まあいいや。まだ来てないんだな。俺の部屋で待っていよう」
「…うん」
仕方なく、僕はついていった。
井本満流の部屋は、二階にあった。一人部屋らしく、家具はどれも一人分しかなかった。マンション住まいで部屋も弟と二人で使っている僕からすれば、かなり羨ましい。
その部屋で、井本満流は机の椅子に、僕と陸人はその向かいのベッドにすわっていた。
「あの…井本くん?」
「できれば苗字で呼ばないでほしい。あんま好きじゃないんだ」
「あ、じゃあ満流でいい?」
「ああ」
僕は一度陸人のほうを見た。お互い何も言わなかったが、陸人は頷いた。
「満流」
「ん?」
「今ここに陸人がいるのが見える?」
「いないだろ誰も」
「いるんだよ。今陸人はここにいる」
「…おいおい」
満流は僕のことを睨んだ。
「エイプリルフールだからってそういうのはやめてくれ。陸人が計画したのか? 俺はただでさえ宿題で忙しいんだ。からかうなら他のやつのほうが楽しいと思うけど」
「違うんだよ! ほんとに陸人はいるんだ!」
「じゃあなんで見えないんだよ」
「死んだから」
「は?」
「陸人はさっき交通事故で死んだんだ」
「…もう少しひねりのきいた嘘は思いつかなかったのか?」
「だから、嘘じゃないんだって! 本当だよ!」
「帰れ」
びっくりするくらい冷たい声だった。
僕は何も言えない。
「人が死んだなんて、そんな嘘つくな。陸人にも言っておけ、冗談にも…、程がある」
あれ?
言葉の最後のほうだけ、泣きそうに震えていた―。僕の勘違いだろうか。
「帰ってくれ」
本当に何も言えなくなってしまった。僕は困って陸人を見た。
陸人は「しょうがないな」と肩をすくめ、携帯を出した。
机の上の満流の携帯が鳴る。かけてきた人の名前を見て、陸人はさらに睨んできた。やっぱり嘘だったじゃないかと言わんばかりに。それから電話に出た。
「もしもし」
「おう。人が死んだなんて嘘つくな、かあー…確かにお前にはついちゃいけない種類の嘘だよな、それは」
「な…っ!」
んでそれを、と続けたいのだろうが、驚いて声も出せないようだ。
「でもな、嘘じゃないんだよ今回は」
「そんなわけないだろ! お前一体どこにいるんだよ!」
「だから、この部屋の中。博明の隣」
「本当だよ」
突然僕が会話に入ってきたのに驚いて、満流は僕のほうを見た。そりゃそうだろう。自分達の電話の内容が他人に聞こえることなんて、普通はない。でも、僕からすれば、満流と陸人が携帯を片手に部屋の中で話しているのを、横で聞いているだけのことなのだ。
「陸人は今ここにいるよ」
「嘘…つくな」
「本当なんだ」
「まあ、どーおしても信じられないって言うなら、そいつが俺の死体のある病院まで連れてってくれると思うぜ」
「そんなこと…っ!」
え?
今度は僕がびっくりする番だった。
満流が泣いてる。
さっきまでずっと冷たい態度だったのに。
「おっ、おま…し、死んだって…だって、どうして…っ」
「交通事故、ってさっき博明が言ったと思うけど」
「や、やだ、よう…、高校生、に…なってもまた、あ…遊ぼうぜって…っ」
めちゃくちゃ泣いている。こっちが引くくらい。
僕は完全にあっけにとられていた。
「あーはいはい泣かない泣かない。確かに死んじゃったけどさ、こうしてまた話せたし」
「話せても…俺にはお前が見えないんだよ…」
「あ、そうか。まあでも気にすんな」
「うぇっ…」
陸人が、僕がきょとんとしているのに気付いて説明してくれた。
「あーこいつ俺と幼馴染なんだけど、昔から泣き虫なんだ。特に姉ちゃん死んでから」
「亡くなった…の?」
「ずっと前だけどな。それで涙腺いかれちまったらしくて。人見知り激しいしマイペースだし、しかも嫌味なくらい顔はいいから、勝手に周りにクールキャラだと思われてんだよなあ」
「へえ…」
あらためて見てみると…確かに。色は白いし目は大きいし鼻は高いし髪はさらさらだし、おまけにやせてて背も高い。気付かなかったけど、下手したらその辺のアイドルより美形だ。
「でもほんとはこいつ、さびしがりやなの。かわいいよなー。今時貴重な天然のツンデレだよ」
「ツンデレって言うな…」
とは言いつつも、とてもフォローし難い。
「…は…っ」
「ん?」
「博明?」
「はははっ!」
笑いが止まらなかった。
笑ってる場合じゃないのに、おかしくて仕方なかった。
「ちょ…っ! 笑うなよそこぉ!」
「いやー無理だろそれは」
「はははははは…っ!」
しばらく、僕の笑い声は部屋に響き続けていた。




