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空腹に勝るスパイスは無いが・・・



 さて、困った。マジでどうしよう、この状況。


『大丈夫、死んでない。死んでは、いないwww』


「いいから、同志は黙っててもらえますか?」


 不可抗力とはいえ殴り飛ばしてしまった。足元を見ると、トカゲ人間は白目を剥いてピクピクと痙攣して気絶している。殺していない事は幸いだが、一度手を出してしまった以上、今後ろくな事にならないだろう。


 ならば、答えは一つ。逃げるのみ。


 面倒なことなど真っ平御免。私はご飯が食べたいだけの平和主義者なのだ。さらば、トカゲ人間よ!君の尊い犠牲を私は忘れない!!

 私が迷わず逃げようと身体を動かすと同時に、横から声が掛かった。


「待て!!・・・動かないでもらおうか。」


 低く威嚇を含んだ声に、思わずチキンハートの私の動きが強制的に止まる。しがない小市民の性が発揮された瞬間ですよ。


「・・・・あ。」


 思わず声が漏れた。野次馬たちの間から出て来たのは、ガッチリとした体格の男だった。しかも、人間。

 同種に会えた喜びで、私は意味もなく感動した。獣耳ナシ、尻尾ナシ!!人ですよ、人ッ!!!


 この町に着いて少ししか経っていないが、住人は半人半獣の者ばかりだった。この喜びを表すのならば、日本人がアマゾン秘境の奥地で『魚沼産コシヒカリ』と炊飯器を手に入れた感動に近いと思う。

 私はアマゾンおろか海外にすら一度も行った事が無いのだが、多分そんな感じだろう。


 しかも、私のストライクゾーンど真ん中。ワイルドな肉食系、年齢は30代ぐらいで男盛り!!それに何より、素晴らしい筋肉☆うひょっ、堪らないよぉぉぉ!!


グルルルルルルルルッ、ギュ――――――――――ッ。


 『コシヒカリ』という単語に、私のお腹が過敏に反応した。日本人なら仕方が無い行為である。

 それにしても、今の私には花より団子。福眼で癒されても、腹は膨れないよね。


グルルゥゥゥゥゥ、ギュグルルルルルル―――――ッ。


 思いのほか腹の虫の催促音が大きく、張り詰めた雰囲気が微妙になったのは・・・・・やっぱり、私の責任なのだろうか。


「所持している武器を、こちらに渡してもらおう。我々も、自警団だ。」


ググググググルル、グキュ―――――――――――ッ。


「分かりました。元々、抵抗する気もなかったですし。」


「では、武器を。」


 今度はゆっくりとした動作で、私は男に剣を差し出した。

キュルルルルルッ、グググゥゥ―――――――――ッ。


「威嚇音は止めてもらおう。」


グルルゥゥゥゥゥ、ギュグルルルルルル―――――ッ。


「威嚇といいますか、身体が空腹を訴えている、血反吐を吐くような魂の叫びの音ですね。」


「・・・・・・。」


 止められない、止まらない。人間の生理現象ですからな、これは。

うら若き女性が腹を鳴らす、という恥ずかしい行為に対して、デリカシーなさすぎですよ。威嚇音って何ですか?もうちょっとオブラートに包んでもらわないと。


 男は眉を顰めて私を見ていたが、少しして後ろの人物と何やらコソコソと話しを始めた。

 後ろの人物、とか表現しちゃってますけど、カバ人間ですよ。横も縦もデカイね。顔は厳ついオッサンなのに、服装は女性っぽい。しかも、薄っすらと化粧までしちゃってますよ。

 酷くキモいんですけど。


 二人が話し合いをしている間にも、グウグウとお腹の音が鳴り響き、野次馬たちの視線が・・・・その、なんだ。何か可哀相な生き物でも見ているような、生暖かい視線になってきていた。


「お腹が減って死にそうです。何か食べ物をいただけませんか?」


 意図してやった訳ではないのだが、私の口から哀れみを受けるようなか細い声が出た。なんだか、涙も出そうですよ。本気で今の自分の状態が切ない。


「ねぇ、食事ぐらいさせてあげたら?」


 おおっ、正に天の助け!!キモカバ人間・・・げふん、訂正、訂正。カバ子さんが、そう男に声を掛けた。見た目に反して、優しいですね。

 さぁ、男にもっと言ってやりなさい!「飯を食わしてやれ」と!!


 それにしてもカバ子さん、声もオッサンなんですね。















 私は今、念願の食堂に来ている。


 スパイシーで食欲を刺激する香りが漂い、店内は食事を楽しむ人達で溢れていた。間に私を挟み込むような形で椅子に座る。気分は、補導された少女A的な気分だが、この際我慢しよう。


「私は、プテラにしようかしら。」


 カウンターの上にメニューが書いてあるらしく、私もカバ子の視線を追った。


「・・・・・・え?」


 木の板に書かれているモノが果たして、文字と呼んでいいモノなのか。まさか異世界でも英語が共通語などとは思っていないが、言葉が通じるのだから、読めるものだと思っていた。


 気が狂ったミミズがブレイクダンスをして、所々に濁点が付いているモノを、文字として認識できず放心している私を誰が責めれるのだろうか。


「ご注文はお決まりですか?」


 可愛らしい声に呆けたままの顔を向けると、ウエイトレスの服に身を包んだ店員がニッコリ笑いかけてきた。

 鷹娘だがな。


 まさかの猛禽類。翼は背に生えていて、腕もシッカリある。敢えて例えるなら、天使に鷹の覆面を被せた感じですかね。・・・色々、残念です。


「さっさと注文しちゃいましょう。あなた、決めた?」


「・・・えっと、プテラとやらでお願いします。」


 カバ子に促され、私は慌てて返事を返した。プテラとやらが一体どんな料理なのか不明だが、食べ物である事は間違い無い。味は何であれ、食べれればいい。

 空腹に勝るスパイスは無い、と先人が言っていたではないか。


 ワクワクしながら待っていると、思ったより早く店員が料理を運んでくる。

 えっ、何か早くね?注文取って、2分も待ってないよ?私は皿の中身を見て、絶句した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、コレ何ですか?」


 頼む、頼むよッ!何かの間違えであって欲しい!!!


「何って、プテラよ。ほら、早く食べましょ?」


 カバ子は目で「何を当たり前の事を聞くの?」と言うと、フォークでプテラを優雅に巻き取って食べていく。私はそれを眺めて、ここは手掴みじゃなくてフォークなんだな、と妙な関心をしてしまった。


 お皿の上で、こんもり盛られている物体は水草だった。

 海草じゃないよ、み ず く さ。よく金魚と一緒に、水槽に入っているアレ。それが、ドデンと盛られて、飾り付けに淡いピンクの花弁が散らしてあった。


 食べ物か、食べ物で無いかを問われれば、間違いなく後者である。


「お待たせしました、アロイです。」


 私が水草を前に真剣に悩んでいると、店員が男の前にも皿を置く。

 今度はどんなゲテモノかと思いきや、予想を反して皿の上に乗っていたのは、ホカホカと湯気を上げた焼き魚だった。バターの香ばしい匂いが鼻腔を擽る。


 ぐあぁぁぁぁぁっ!!二者択一で失敗したァ――――――ッ!!!


 頭を抱えて叫び、ゴロゴロと床を転げ回りたい衝動に駆られ、私は両手に力を込めた。





誤字脱字ありましたら、申し訳ないです。

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