災難は突然に
私がこの理不尽な扱いに声を荒げなかったのは、相手が魔術師だったからです。・・・だって、怖いじゃないですか。こちらは平凡な一般市民Aですよ?チートスキルもない、野良犬にでも負けちゃう、ごくごく普通の人間に、魔術師とか得体の知れ無い相手に勝て無い喧嘩を挑めと?
在り得ない!!在り得ないです・・・。無謀と勇気は違うんですよ。
それに、これは喧嘩じゃなくて・・・話し合い希望です。装備と攻撃力は、あくまでも・・・自衛手段とでも言っておきましょう。
ジジイの作業部屋の前で、勇者の剣と鎧を装備した私は意を決して扉に手をかけた。・・・はずだったが、私より僅かな差で内側から扉が開かれ、思わず前にすっ転んでしまう所でした。
そこから現れたのは、相変わらずヨレヨレのジジイ。目の隈が酷すぎてパンダにしか見えなけど、全く可愛く無いです。パンダなんて表現、パンダに申し訳ないぐらいですね。ゴメンナサイ。
「やっぱ無理だったわ・・・。ワシ、頑張ったし。もういいよね?」
目の前のジジイ魔術師は、私が口を開くより先に面倒そうに言い放ちましたよ。すんげぇ、面倒そうに。しかも、全く悪びれた様子など微塵も感じさせ無い横柄な態度ですよ。思わずヒクリ、と私の口元が引き攣ります。
「・・・・おまッ!!!!」
私は怒りで腸が煮えくり返るという経験を、今した。そう、たった今。穏やかな16年間の人生で、コレほどまでの怒りを感じた事があっただろうか。いや、無い。
頭に血が上りすぎて、うっかり憤死☆してしまいそうですよ。あまりの怒りで、目の前がチカチカする。
「ゴラァァァァァァァァァァァ!!!ふざけんn・・・。」
ジジイの首を絞め上げようとした手が、行き場を無くして虚しく空振りする。ハッとして辺りを見回せば、先ほどの魔術書で埋もれた小汚い部屋ではなく、鬱蒼と覆い茂る森の中だった。クェッ!クェッ!と上空を飛ぶ鳥の声をボンヤリと聞きながら、あまりにも急な展開にポカーンと口を開けたまま、私はしばらく突っ立った。
異世界に召喚されて一日半。・・・私、見知らぬ土地に捨てらちゃったみたいです。
信じられない・・・人として、間違ってる。どんだけ鬼畜なんですか。あぁ、でもあのジジイは元からヒトデナシだったわ・・・。あははっ、何この展開。もしかして、あのジジイが魔王だったってオチですか?
「・・・ひ、酷すぎる・・。」
目の奥が熱くなって、涙腺崩壊寸前です。ううっ、こうなったら出すだけ出して泣き喚いちゃいますよ!!どうせこんな森に人なんか来ないよね。泣いてやる、思いっきり泣いてやるッ!!
「うわわぁぁぁッ!!古龍だッ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁッ!!!」
「逃げろッ!!!・・・・うぎゃッ!!」
私が大泣きしようと息を大きく吸い込んだ所で、木々の間から数人の男達が血相を変えて飛び出してきましたよ。やけに良いタイミングですね。・・・嫌な予感はビシビシ感じますけどね。まぁ、お陰で涙はすっかり引っ込んじゃいましたよ。
「・・・・・・はははっ。」
バキバキッと大木をなぎ倒し、男たちの後ろから現れた存在に、私は乾いた笑いを上げましたよ。
二階建ての家ぐらいの大きさの、見た事の無いほどの巨大なトカゲが出てきましたよ。ティラノサウルスの腕をムキムキにして、そこに羽根を付けた感じです。マッスルティラノとか・・・何ソレ。
このバケモノを目の前にして、もう笑うしかないじゃないですか。逃げる?ニゲルって何ソレ?できるならとっくに走ってますよ。動けないんですよ!!産まれたての子羊より激しく、私の膝はガクガクしてんですよォォォ!!!
何ですか!?一体、何ですか!!ドッキリですか!?罰ゲームですか!?私が何か、悪い事でもしたんですか!?何罪ですか!?勝手に召喚されちゃった罪ですか!?うわぁぁぁぁぁッ!!・・・死んだら、ジジイ呪い殺してやるッ!!クソッ、呪われろォォォォ!!
『この世界にも、竜いたんだwww』
この状態でも呑気に喋る同志に腹が立ったが、それどころじゃない。巨大トカゲ(羽根付き)に、バッチリ血走った目でロックオンされてますよ!
あちらさん、私を食べる気満々ですよ!!
『ってか、逃げなきゃヤバくね?』
「・・・・・・。」
『あり?・・・お~い、加奈ちゃん?』
加奈ちゃん、カナちゃんと同志が繰り返し私の名前を呼ぶが、返事は無理であります。あまりの緊張に意識を手放して、現実逃避するしか私に残された手立てはありませんでしたから・・・。
主人公は、加奈ちゃんです。