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26・双子

 苦しい。いつまでもこのままで良いわけがない。何も言わないが、兄貴も俺の態度を変に思っているだろう。

 東昇は崖っぷちに立っている心境だった。だからといって引き下がることはできない。突き進むしかないのだ。逃げていてはだめだ。どんな結果であろうと、向き合って決着をつけなければならない。もし、崖から落ちることになっても。

アリアの気持ちは兄貴に傾いている。冬の旭川で、そんなことはわかりきっていたはずだ。そこに割り込んでいこうというのだから、アリアが兄貴の代わりとしてしか自分を見ていないとわかったくらいで、動揺してどうする。

 昇は何度も自分にそう言い聞かせた。そして、ようやく兄の顔をまともに見られるようになったのは、Dの事件から二週間が過ぎ、都内の桜が満開になろうという頃だった。

「兄貴、もし、もしもだけれど、アリアが兄貴のことを好きだといったら、どうする」

「久しぶりに飲もうというから来たのに、ふざけたことを言うな」

 十無は口に持っていったビアジョッキを、危うく落としそうになり、テーブルに置いた。見るからに動揺している兄。それなのに、それを認めようとしない兄の口ぶりに、昇はカチンときた。

俺だって、意を決して訊いたんだぞ。

「兄貴、俺、真面目に訊いているんだけど」

 ここで喧嘩しても始まらない。まずは兄貴の気持ちを確かめなければ。昇は怒鳴りたいのを我慢して、穏やかに言い返した。

仕事帰りの兄をつかまえた昇は、そのまま池袋の居酒屋へ引っ張り込んだのだった。

「何か相談ごとでもあるのかと思って来たのに、そんなくだらない話しだったら、俺は帰る」

「待てよ! くだらないだと?」

 立ち上がった十無の腕を昇はがっちりとつかんだ。とうとう昇は喧嘩腰のように声が荒くなり、そのせいで双子は、カウンター周囲にいた客の注目を浴びてしまった。それに気づいた昇は、腕をつかんでいた手を離した。十無はしかめ面をして、渋々、椅子に座りなおした。

「兄貴はこのままでいいのか」

「何が言いたい?」

「さっきの質問に答えろ」

「馬鹿馬鹿しい」

「そうやって誤魔化すのか。兄貴、あいつが好きなんだろう?」

 十無は昇と視線を合わせようとせず、アルコールに強いほうではないのに、ジョッキを傾けて、ビールをほとんど飲み干してしまった。

「……あいつは被疑者だ。それ以外の感情は、ない」

「俺にはそんな風に見えない。俺にまで取り繕うのか」

 兄のお決まりの台詞に、昇は苛々が募っていった。

仕事第一で、体裁を気にする兄貴に、遠慮することなどないではないか。

「いいんだな。俺が兄貴からあいつを奪っても」

 しどろもどろに、言葉尻を濁す十無の様子を見て、昇は自分の中で結論を出した。

 兄貴はアリアが好きだ。それは間違いない。けれど、内に秘めているだけだ。それをどうこうする意思はないのだ。アリアと兄貴はまったく進展しそうにもないのだから、兄貴の代わりでもなんでも、アリアは俺に傾くかもしれない。いや、俺の方に振り向かせて見せる。アリアが可哀想だ。兄貴に気を使っていた自分が馬鹿みたいだ。双子なのに兄貴はどうしてこうも意固地なのだろう。素直になればいいのに。……でも、好きなタイプは同じか。似なくてもいいところは似ているんだから始末が悪い。

 昇は小さくため息をついた。そして、自分を奮い立たせるように兄と目を合わせた。

「兄貴の気持ち、よーくわかった。後悔しても遅いからな!」

 昇は捨て台詞を吐き、半分ほど残っていたビールを飲み干し、店を飛び出した。その時、背後で十無が何か言っていたようだったが、聞く気になれず、振り返りもしなかった。


 居酒屋に取り残された十無は、水割りを一杯もらってあおるように飲んだ。

「言いたいことだけ言やがって……俺の気も知らないで!」

 昇の言うように、十無はアリアのことが気になって仕方がないのは事実だった。つい先日も、昇のことを自分と間違えたのだとアリアから聞かされたときも、アリアが自分に好意を持ってくれているのではとどきどきしてしまった。アリアの些細な言動に、小学生のように一喜一憂している自分がいる。だが、仕事を捨てきれない。捨てるわけにはいかない。昇のようにそう簡単に自分をさらけ出すわけにはいかないのだ。

そう思って、十無は自制していた。

仕事に厳しく生真面目な十無には、半端なことができなかった。

「昇の真似は、俺にはできない」

 急激に体を駆け巡るアルコールにも、十無は酔いきれないでいた。この出口のない問題を、これ以上考えずにいたい。悩みごとを洗い流すように、あまり飲めない水割りを喉に流し込んで、また同じものを注文した。

 昇に言われるまでもなく、十無はアリアから逃げていることを自覚していた。良い解決策などないのだ。感情の赴くままに行動していれば、それは破滅につながる。十無はジレンマを抱え、昇の行動をただじっと見守ることしかできないのだった。今までずっとそうしてきたように、これからもずっと、多分。

 十無は双子の弟が羨ましかった。自分もあんな風に思うままに行動してみたい。

「双子なのになあ」

 自分が昇だったら、などと十無は酔いが回った頭で無茶なことを思った。

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