表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/28

16・動揺

 Dの予告状が指定していたその当日がきたというのに、今、何がどうなっているのか、アリアには全く情報がなかった。

前日の土曜日も、ヒロやDからの連絡はなく、宇野愛香からも何の音沙汰もなかった。だからといって下手に動けない。これ以上ヒロに怒られたくなくて、柚子と二人でマンションにじっとしていたのだった。

昼下がり、うららかな春の日差しが窓から差し込み、ソファにいるアリアを照らしている。そんな天気とは裏腹に、すっかり蚊帳の外にされたアリアは、どんよりと曇がかかってもやもやとした気分だった。

アリアは朝から何度となく外を覗き、東十無が現れるのを待っていた。昨日もずっとそうしていたのだった。だが、午後になっても十無の姿はなかった。サングラスをかけたまま、ソファにもたれているうちに、ついまどろんでしまった。

「ウノ・ジュエリーで何かあったのかしら」

 アリアの考えを代弁するように柚子が言った。

「どうだろうね」

「そんな気のない返事して。昨日からずっと、窓の外ばっかり気にしていたじゃない。誰かさんが来るのを待っているんでしょ」

 アリアは無関心を装って答えたのだが、柚子はお見通しのようだ。

「ねえ、ウノ・ジュエリーに行ってみない?」

「だめ。危険だ」

「いいじゃない。双子とも連絡がとれないし、Dもどうしているのかわからないんだもの。アリア、心配でしょ。私だけだったら大丈夫じゃない? ちょっと様子を見てくる」

「柚子!」

「行って来ま〜す」

 柚子も、気になって仕方がなかったのだろう。アリアが止める間もなく、柚子は部屋を飛び出した。

「大丈夫かなあ……」

 アリアは走って行く柚子を窓から見送りながら、心配顔で呟いた。

 今頃、愛香さんはDを追い詰めてしまった自分を責めているのかもしれない。それにしても、Dは何を盗む気なのだろうか。ヒロからも連絡が来ないということは、昨夜からDと一緒にいるにちがいない。ヒロはDのことを放っておけないのだろう。ウノ・ジュエリーに忍び込む計画を、二人で練っていたのかもしれない。でも、連絡くらいくれてもいいのに。

 ここでいくら考えていても、どうにもならないことなのだが、考えずにはいられなかった。

 Dのことが心配だというのは本当だ。だが、それ以上に、二人が一緒にいるということが不安だった。アリアは寂しかった。ヒロにおいていかれる寂しさ。一人にされる寂しさ。

ヒロが離れていくのは嫌。エゴだと思うが、これが間違いなく自分の正直な気持ちなのだ。

 柚子も出かけていき、一人、取り残されたアリアは、孤独を増長させていた。

 何もかも忘れて眠ってしまおう。そう思って、キッチンにブランデーを取りに立った時だった。優しいけれどちょっとぶっきらぼうな聞き慣れた声が、背後から聞こえた。

「アリア」

「十無?」

 振り返ると、東十無が勝手に居間へ上がりこんでいた。

十無の顔を見るなり、アリアは思わず顔がほころんでしまった。

仕事で来たのだとしても、十無に会えるのは嬉しい。

だが、そう思ったのは束の間だった。東十無が険しい顔をしていたのだ。

「Dの予告状は悪戯っていうことで片付いたんだよね」

何かあったのか。Dからの予告状が来て、ぴりぴりしているだけなのか。アリアは恐る恐る探るように訊いた。

「お前に確かめたいことがある」

「なに、怖い顔をして」

 アリアは微笑みながら、いつもの調子で返したのだが、十無は難しい顔を崩さずにこちらを凝視している。

「ねえ、十無も飲む? ブランデーを紅茶に入れて飲んだら美味しいんだけれど。あ、仕事中だから無理か。残念だね」

 アリアはその視線が居心地悪く、ティーポットに湯を注ぎながら話し続けた。十無は相変わらず固い表情でアリアを見つめている。

「十無、何かあったの? なんだか変だ」

 十無はいつもに増してスーツをかっちりと着込み、思いつめた表情をしている。

「十無の方にはブランデーを入れていないから、ご安心を」

 アリアは並々と紅茶が入ったマグカップの片方を応接テーブルに置いて勧めたのだが、十無はソファに座ろうとはしなかった。

アリアは仕方なく窓辺のソファに腰掛けた。

これ以上何と声をかけて良いのかわからない。場が持たず、アリアはブランデー入りの紅茶を口に運んだ。

「宇野水香はDなんだろう?」

「なんのこと」

「宇野愛香の姉だ。昇と捜していたんだろう?」

「そのお姉さんがDだと? まさか」

 十無の問いかけにどきりとしたが、アリアは手元のマグカップに視線を落として動揺を隠した。

十無はどうやってDと宇野水香を繋げたのか。情報をつかんでいるとすれば下手なことは言えない。アリアに緊張が走った。

 十無の視線を感じる。まだこちらを凝視しているようだ。

「とぼけるのか。まあいい、いずれはっきりすることだ。ウノ・ジュエリーにDが現れるのは間違いないだろうから」

 十無は紅茶に手をつけず、アリアが座るソファの横に立って背もたれに手をかけた。

「なに?」

 アリアは傍に立つ十無の顔を見上げた。真面目な表情を崩さない十無。今日の十無は何処か雰囲気が違うように感じる。

アリアは十無の髪がいくらか短くなっていることに気がついた。

「十無、床屋に行ったの?」

 十無は黙ってアリアの肩に手を乗せた。

「十無?」

 肩から手の温もりが伝わってきた。アリアは十無の態度に混乱した。

 なに? どうしたらいいのだろう。

 肩にあった手はアリアの髪を優しく撫ぜて、もう片方の手でアリアの頬を包み込んだ。何が起こったのかわからないまま、十無の顔が近づいてアリアは口を塞がれた。

 十無の唇がアリアの唇に重なった。その現実を、アリアは信じられずに抵抗することさえ忘れていた。

十無の躊躇いがちなキスは、次第に激しく奪うようなキスに変わった。

「いやだ」

 我に帰ったアリアは、十無の手を払いのけてソファを立ち上がった。

 十無がキスなんて……。

 立ち尽くす十無を、アリアは複雑な心境で見つめた。思いつめた表情の十無は、ただこちらを見つめるばかりだ。その表情は辛そうにも見える。普段から無口だが、今日は輪をかけて口数が少ない。手を伸ばせば届く距離にいる十無は、いつもと別人のようにも感じた。

 アリアははっとした。

「まさか、十無じゃない? もしかして、昇?」

目の前にいる十無は、アリアから目をそむけたのだが、アリアはその顔を覗き込んだ。

「昇でしょう。どうしてこんな真似を」

「おまえ……俺だってわからなかった」

「だって、スーツを着ているし、髪も短いから……」

やはり昇だったのだ。

「はっきりとわかった。おまえは俺を通して兄貴を見ている」

「昇、言っている意味がよくわからない」

「俺に見せる顔は総て兄貴に向けていた顔だろう? おまえは兄貴と俺を混同している」

「それは、昇が十無の格好をしてきたから間違えただけで……」

「違う。お前はいつも、俺を見ながら兄貴の面影を俺に見ていた。性格が違うから、兄貴と同じ顔をしていることを、俺はすっかり忘れていたが、俺達は同じ服装になれば見分けがつかないほど似ている」

 確かに、昇に初めて会った時も初対面の気はしなかった。それに、昇といると、落ち着くのだ。自分でも薄々そんな気もしていた。でも、面と向かって断言されると自信がなかった。

本当にそうなのか。アリアは自問した。

「俺は兄貴とは違う。東昇を見てくれ」

 真剣な顔で、十無の姿をした昇がアリアを見つめた。

「兄貴のことが好きなんだろ?」

「……」

 アリアは自信がなくなっていた。十無が来てくれたというだけで嬉しくなる。好きなのだとも思う。でもそれは本当に十無への思いなのか。十無よりも頻繁に会う機会が多い昇を、勝手に十無にすり替えて見ていただけなのではないか。昇の優しさも、十無のものと思い込んでいたのかもしれない。

「アリア、俺を見てくれ」

 アリアは昇に頬を撫ぜられて抱き寄せられた。

 抗おうとしたが、抗えなかった。恐る恐る、壊れ物を扱うような昇の抱き方が、あまりにも優しすぎて、アリアは腕の中から抜け出す機会を逸してしまったのだ。

抱きしめている昇の腕が、優しくアリアを包み込み、昇の温もりが伝わってくる。

アリアは自分の鼓動が早くなるのを自覚した。そんな自分の反応に動揺していた。

昇の言うように、これは十無に対する反応なのか、自分でも説明がつかなかった。

ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。

ヒロがDに付っきりで、孤独に寂しさを募らせていたアリアは、優しく寄り添ってくれる相手がほしかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ