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14・二通目の予告状

 一方、東十無に銀座の自宅マンションへ送り届けられた宇野愛香は、Dからの予告状は自分がやった悪戯なのだと告白したのだった。愛香の告白は父親を青ざめさせ、警察からは厳重に注意されることとなった。

同時に、店先の物々しい制服警官の警備も解除され、店先や店の側にある自宅マンションに陣取っていた取材カメラも引き上げて、外の騒ぎはひと段落し、マンションに残っている捜査員は、東十無とその同僚である年配の刑事だけになっていた。

「何故こんな騒ぎを起こした」

「むしゃくしゃしていたの。ただそれだけ」

「本当か」

「さっきから同じ質問ばかり。刑事さんも相当しつこいわね」

「本当に申し訳ありません。私からもきつく言い聞かせますから。まったく、どうしてこんな騒ぎを……。愛香、きちんと謝りなさい」

「やめてよ。何度も謝っているじゃない」

 応接室のソファにふんぞり返って座っている愛香の頭を、父親は手で押さえつけて頭を下げさせようとしたが、愛香はそれを払いのけた。

「まあまあ、お父さん。そうがみがみしなさんな。娘さんも謝っているじゃないですか」

 年配の刑事が父親をいさめた。

 二人の刑事を前にして、父親の方が恐縮しきっており、娘が座っているソファの周りを一本杖で落ち着きなくうろうろしている。一介の会社社長が、娘のこととなるとそこらへんにいる父親となんら変わりはない。

 宇野愛香はといえば、騒ぎを起こしたことなど微塵も反省していないようだった。

近頃の高校生の考えることは理解できない。

自分はまだ二十代。東十無はまだまだ若いつもりでいたが、そう感じるということは、自分もそれなりに年をとったのだろうかとため息をついた。

宇野愛香が先ほどから、応接室の入り口の方へ、ちらちらと視線を走らせている。十無はそれに気がつき、その視線を追っていくと背広姿の若い男がいた。彼は応接室に入らず、廊下にじっと佇んでいるのだ。存在感のない男。

いつからいたのだろうか。

「ねえ、刑事さん」

 十無は声をかけられて視線を愛香へ戻した。

愛香が身を乗り出し、まじまじと十無の顔を覗き込んでいる。

「私とどこかで会ったことある?」

「いいや」

「おかしいなー。初めて会った気がしないの」

 愛香は首をかしげている。

「そりゃあ、東の弟に会ったことがあるのかもしれんな」

 年配の刑事が口を挟んだ。

「刑事さん、東っていうの? 東って……あっ、もしかして」

 愛香が言いかけたとき、家政婦が来客を知らせに来た。

「だめですよ。勝手に上がらないで下さい」

 その訪問者は家政婦を振り切って、応接室に入ろうとしているようだった。

「君、失礼だぞ」

家政婦に代わり、廊下にいた若い男がその男の腕を掴んで止めようとしてもみ合いになった。

その男は東昇だった。

「おい、通してくれ。大事な用があるんだ」

「肇さん! やめて。その人は探偵さんなの」

「いてて……」

 愛香が制するまでもなく、昇は呼吸を乱さずに若い男の腕を軽く捻り、簡単に応接室へ入り込んだ。

「刑事って、兄貴か」

「……同じ顔。ひょっとして双子?」

 宇野愛香は目を丸くして二人を見比べた。

「兄貴と会って直ぐにわからなかったのか」

「だって、雰囲気がまったく違うから」

「愛香、何故探偵なんぞを雇った。どういうことだ」

 やっと興奮が鎮まったところだったのだが、愛香の父親は再び頭に血を上らせて、愛香に言葉をぶつけた。

「そんなの勝手でしょ。いちいちお父さんに断らなくてもいいじゃない!」

「昇、どうしてここに。この娘を知っているのか?」

十無は嫌な予感がして顔をしかめた。

「事務所のお客さんだ」

「何の依頼だ」

「守秘義務」

「犯罪がらみじゃないだろうな」

「違うわ。人探しを頼んだの」

 宇野愛香が答えた。

「人探しだと?」

「ええ、ちょっと……」

 父親が声を荒げて聞き返し、愛香は言葉を濁した。

「兄貴、Dの予告状が届いたと聞いたが、何て書いてあったんだ?」

 昇は話題を変えて、愛香に助け舟を出した。

「それ、悪戯なの」

「なに?」

 ばつが悪そうに言った愛香に、昇が聞き返した。

「私がやったの」

「はあ?」

 昇は驚いた表情をして、説明を求めるように十無へ眼を向けた。

「俺にもさっぱりわけが分からん。それにこの娘、アリアのところにいたんだが。昇、お前何か知っているんじゃないのか?」

「いや、俺は知らない」

 昇は全く動揺を見せないが、この件に噛んでいるのは間違いないと、十無は思った。

「あのお、旦那様。速達が届きましたが……」

 家政婦が再びおずおずと顔を出した。

「今、立て込んでいる。私の書斎へ置いておきなさい」

「でも……差出人も書いていなくて、なんだか変な封筒で……」

 そう言って家政婦が封筒を差し出した。

「ちょっと拝見してもいいですか」

 十無が白い手袋をはめて、その封筒を受け取り、鋏みを入れて開封した。

 大き目の茶封筒には、名刺大の白いカードが一枚入っているだけだった。

『島崎肇の一番大切なものを頂きます・D』

ワープロ打ちされた文字を、十無は声に出して読み上げた。

「予告状か」

東十無は唸った。ウノ・ジュエリーにまたもや予告状が届いたのだ。

 一堂黙りこみ、一瞬空気が凍りついたのだが、その沈黙を愛香が破った。

「あ、それね。それも私なの」

「本当に?」

「嘘を言ってどうするのよ。本当だって」

疑いの眼を向けた十無に、愛香は即答した。

果たしてそれは本当だろうか。初めの予告状は宇野愛香の悪戯だと言っている。そして、二通目も自分が出したのだというが、一通目とは明らかに違う代物だ。以前一度だけ十無が見た予告状にはDという記載はなかったが、今回ははっきりDと名乗っている。その違いはあるが、カードの形などはかなり酷似していて、Dからの予告状と断定してよいだろう。

十無は同僚の刑事に目配せをすると、彼もまた同じことを考えていたのだろう、軽く頷いた。

黙って聞いていた昇が口を挟んだ。

「島崎肇というのは、確か、社長さんの片腕でしたね」

「うちの社員です。いずれ、彼には私の跡を継いでもらおうと思っております。彼は愛香の婚約者でして」

「そんなの、勝手に決めないで! 私は婚約なんて認めない」

 愛香の父親は、愛香の言葉を無視して廊下にいる若い男を手招きで呼んだ。

 若い男――島崎肇は、二人の刑事に向かって愛想笑いを浮かべ、昇に捻られた腕をさすりながら、ぺこりと軽く会釈をした。

島崎肇は三十代という若さでウノ・ジュエリー次期社長といわれている人物らしい。

十無と同じくらいの背丈だが、ひょろりとしていて童顔で、色白の顔に眼鏡をかけている。とても十無より年上には見えなかった。

「島崎さん、何か盗まれそうなものの心当たりはありますか?」

「いいえ」

島崎肇には貯蓄がそこそこあるだけで、自宅には高価な品物はなく、皆目見当がつかないという。

「私の悪戯だからそんなこと聞く必要ないじゃない」

「お嬢ちゃん、念のため訊いているんだよ」

「ばっかみたい!」

 愛香は応接室を飛び出した。

「愛香! 失礼だぞ! ……申し訳ない、躾がなっていなくて」

 父親は恐縮している。

「いやいや、あの年頃は難しいですな。お嬢さんはああ言っておいでだが……」

 と言いかけて、年配の刑事は昇のほうを見た。

「いいだろ、俺も関係者だぜ」

「まあ、東の弟だからいてもかまわんか。……我々は二通目の予告状は本物の可能性が高いと考えています。多分、悪戯の予告状が、Dを刺激したのでしょう」

「本物、なのか。昔の悪夢を思い出す」

 父親は力が抜けたようにソファに座り込んだ。その顔は見る見るうちに経営者の顔に変わり、真一文字に口を硬く閉じ、緊張の走ったこわばった顔つきになった。

 島崎肇は社長の傍に座り、「大丈夫ですか」と声をかけ、気遣った。

「以前にも泥棒被害にあわれたのですか?」

「はい。もう、八年ほど前になります。賊に高価な宝石ばかりをやられました。まだ捕まっていないはずです」

 島崎が社長に代わって答えた。

「そうでしたか。力不足で申し訳ありませんでした。しかし、八年前ということは、多分、関連性は薄いと思います。今回、島崎さんを名指ししていますが具体的な金品の明示はありません。恐らく、狙いはウノ・ジュエリーと考えたほうがいいでしょう。偽の予告状が刺激になったとすると、その中で指定していた二日後の日曜日が最も危険です。当面、警備をさせていただきます」

 十無は八年前の事件のことはDとは関係ないと判断し、聞き流してしまった。

「守っていただくのになんですが、騒ぎが大きくなると店にも影響が出てしまいます。二通目の予告状のことは、このまま伏せておいていただけませんか」

 島崎は動揺を見せず、柔らかな物言いで的確な判断を刑事に告げた。見かけの頼りなさそうな印象で誤解されそうだが、次期社長と見込まれているだけのことはあると、十無は思った。

「わかりました」

「どうか宜しくお願いします」

 宇野社長も深々と頭を下げた。


「島崎さん、ちょっといいですか」

 帰り際の玄関先で、東十無は島崎肇に声をかけた。ちゃっかり、昇もじっと聞き耳を立てている。

「愛香さんは、お父さんとうまくいっていないんですか」

「ええ。それが、私のことで色々と……」

「失礼ですが、愛香さんは婚約に反対しているようですね」

「私はもう三十二歳になるし、こんなおじさんとでは、愛香さんも嫌なんだと思います」

 先ほどまで冷静だった島崎は、宇野愛香の話になると、途端にもごもごと歯切れ悪く話して気弱な少年のようになった。

「あなたはどうなんですか」

「私は……」

 聞くまでもなかった。島崎は耳まで赤くしたのだ。

「へええ。島崎さん、純情なんだねえ。兄貴よりも奥手かもしれないな」

 横から昇がしゃしゃり出てきた。

「うるさい。昇は黙ってろ」

 同僚刑事が眉を寄せて笑いを堪えている。

 やり辛くて仕方がない。

十無が睨みつけると、昇は肩をすくめた。

「では、彼女はそれでこんな悪戯を」

「しかし意外な気がします。愛香さんはそんな子供じみたことはしないと思うのですが。そんなことをしても何の解決にもなりませんから。それに……」

 島崎は言いづらそうに言葉を切った。

「今日、愛香さんから婚約を解消してほしいと、はっきりと断られましたから」

 弱々しく微笑んだ島崎はなんとも哀れみを誘った。

「承諾したんですか」

「はい。私には彼女の自由を奪う権利はありませんから」

「押しが甘いな。あんた、あの娘を好きなんだろう? そう簡単に引き下がるものじゃない」

「昇、余計なことを言うな。それは個人の問題だ。島崎さん、すいません」

 十無は昇をたしなめて島崎に謝った。

「いえ、いいんです。その通りですから」

 島崎は頭に手をやり、諦めたようにはははと乾いた笑いをした。

「宇野社長は、先ほど島崎さんことを婚約者だと紹介していましたね」

「はあ。社長は娘の我が侭は許さないといって、婚約解消は聞き入れてくれませんでした」

「なるほど。もう一度確認しますが、Dに目をつけられるような物の心当たりはないのですね?」

「はい、全くありません」

「島崎さん、宇野水香のことを知っているよな」

 昇が唐突に質問した。

 昇は宇野家のことも、ある程度調べ上げているようだが、何を探っているのか、十無は知らなかった。

 十無は口出しせず、昇と島崎のやり取りを黙って聞いた。

「勿論、知っています。愛香さんのお姉さんですから」

「今どこにいるのか知っているのか?」

「知りません。水香さんが家を出てから一度も会っていません。……いなくなったのは、丁度、店に泥棒が入り、店がてんやわんやになり、やっと落ち着いた頃だったと思います」

「八年前、か」

 意味ありげに昇が呟いた。

「あの、もういいでしょうか。社長のことが心配なのですが。最近、社長は胃も悪くしていて」

「ああ、すいません。ご協力有難うございました」

 十無がそう言うと、島崎はお辞儀してそそくさと応接室へ戻った。

「愛香の姉の元婚約者だったんだぜ、島崎は。あいつ、そのことに触れてほしくなさそうだった」

 宇野愛香宅を出てエレベーターに乗り込んだ昇は、腕組をしてポツリと言った。

「姉から妹へ乗り換えたのか。純情そうに見えるが、人は見かけによらんものだな」

 年配の刑事が唸った。

「昇、色々掴んでいるようだな。人探しって、宇野社長の娘なのか?」

「守秘義務」

昇は横目で十無を見て、冷たく言った。

 恐らく宇野社長の長女、宇野水香を探しているのだろう。そして、島崎の話から、昇は何かを掴んだに違いない。八年前の事件。宇野水香が家を出たことと関係があるのだろうか。

「兄貴、訊きたいんだろう?」

「別に」

 十無は気持ちを悟られないように、わざとそっけない返事をした。昇は話したくてうずうずしているようだ。

「何故、宇野愛香はDをかばうような発言をしたのか」

「思わせぶりな言い方をするな」

「俺は分かったぜ。ま、Dに出し抜かれないよう、頑張れよ」

十無は昇の態度が癪に障ったが、何も情報がない状態では言い返すこともできず、黙っているしかなかった。

昇は片手を上げて敬礼の真似をして二人に背を向けたのだが、何かを思い出したように、立ち止まって振り返った。

「なぁ、兄貴。俺達ってやっぱり外見は似ているのかな」

「そりゃあ、双子だから。それがどうかしたのか」

「いや、別に。じゃ、俺は行く所があるから」

そう言い残して、昇はマンションのエントランスを勢いよく出て行った。

「相変わらず、東の弟は威勢がいいねえ」

 年配の刑事がにやにやしている。

 昇の言動は理解できない。双子でも考え方はまったく違う。確かに外見は似ているのだが。

 十無は髪をくしゃりとかき上げた。

宇野愛香とD。昇は何を言おうとしていたのか。実際、十無には分からないことだらけだった。

不可解な予告状の文面。二通目の予告状の方が、ふざけていてよっぽど偽物のような文面だ。これはただの物取りではないのか。ウノ・ジュエリーとDには何かあるのか。もっと宇野家の身辺を洗った方が良いのかもしれない。

次々と疑問が浮かび、十無は気が重くなった。

十無は重い肩をひと回しし、星のない東京の空を見上げた。

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