ラスト前ですねー。長いようで短いような?
だらだらと続けても仕方がないので、次で終わりになります。
結局、彼の物語の精神性ってすごく難しいんだなぁと。
なぜ、どうして、人物がその発言をしたのかとか、裏がけっこうあるみたいなんだよね。
話し合いで最終話も完成しました。それでは
イーストロジア航空基地 地下射撃場
六月の第三周 月曜日の十三時丁度
大輔は拳銃を握ったまま、真っ黒の壁の射撃場に入ってきょろきょろと周囲を見回した。
訓練生たちが拳銃を握ってブースから発砲、人型の的に穴を開けて行く。
炸薬弾丸を使った拳銃は一番信頼出来る。それは今の時代も変わらなかった。
中央のブースに入って銃をテーブルに置き、ヘッドセットを付けてボタンを押すとがたん、と人型の的が出現する。
大輔が射撃の練習を始めてしばらくすると視線に気づいて振り向く。
セリアが大輔の手元を見て顔を引き攣らせて両手を軽く上に上げた。
「おっと、銃口はこっちに向けないでくれないか?」
「おっとすまない」
大輔はテーブルに銃を置くとセリアに気付いたのか、スターナもひょっこりと顔を覗かせた。こちらを見た瞬間、スターナが目を丸くして大輔を指差した。
「あー、大輔っ!」
「よ、よぅ」
「学校はいいのー?」
「いいのいいの」
大輔はめんどくさい奴が来た、と思いながら苦笑いするとセリアが目を細めて大輔の的を見た。
「…お前」
「は、はい」
大輔は自分の方が階級も成績も上なのになぜかセリアにびくっとすると、セリアがにやりと意味深に微笑んだ。
「狙撃訓練、性に合わないだろ」
「うっせぇ…」
大輔が項垂れるとスターナが首を傾げる。的は二十メートル先で弾痕などを目視で確認することは出来なかった。
「どれどれぇ?」
大輔を押しのけてターゲットを引き寄せると、レールの上をターゲットが移動してブースの目の前で止まった。
「ん?」
スターナは頭部のど真ん中に一発しか弾痕が付いていないのを見て首を傾げる。
「一発しか当ててないよ?」
さすがにかすりもしないのは苦手とか言うレベルではない。
「いや、全段そこを貫通させているんだろう?違うか?」
セリアが指摘すると大輔は頷いた。だが…それでなぜ狙撃が苦手だろう?と尋ねたのか理由が分からない。
「動かない得物だと百パーセント当たる。むしろ、動かないから狙いが定まらない」
大輔の言葉にセリアが頷いた。二人はどこか通じ合っている様な気がした。スナイパー特有の目をしている二人組にスターナはそっとブースから離れた。
「つまんない…」
最近は空ばかり目立っていて、パワードアーマーの訓練も同じことの反復練習になり始めていた。利樹、癒杏、大輔の三人は同じ飛行場で頻繁に見かけるが、スターナにとっては興味が余りなかった。
ファイティングバードのパイロットに興味があるではない。パワードアーマーパイロットに興味があったはずだったのだが、彼らはあまり訓練生の前に姿は現さないらしい。
「大津大輔はいるかー?」
やる気のない声がブースに響くも、射撃音と銃を操作する音が響き、ブースでヘッドセットをしている訓練生に聞こえるはずもなく…。
ばっかじゃ…ん?
誰も聞こえてないよ、と思いながらその人物を見てスターナがびくっと身震いすると、敬介がスターナに気付いた。
「大輔どこにいる?ファイティングバードの正パイロット、知ってる?」
スターナはびしっとブースを指差すと、敬介は満足したようにそちらに向かって歩く。
鳳凰寺敬介…。名実共に十三課隊長主席の男。
スターナが敬介の後ろを歩いて付いて行くと、敬介は大輔に何かを言うと大輔は怪訝な顔をしている。
「何の話をしてるか分かる?」
セリアが仲間外れにされて呆れた様にしているのを見てスターナが尋ねると、セリアは「うーん」と唸った。
「神機が新しく建造段階に入ったそうだ。今、大津大輔が使用している航宙機から乗り換えるらしい」
「え?」
大輔は深刻そうな顔をして敬介の話を聞いているが、どこか楽しそうだった。
「じゃあ…シャリアが空に上がるの?大輔が神機のパイロットになったら、ファイティングバードパイロットが一名欠員になるよ?」
「シャリアが、じゃなくて私たち三人が、だろうな。三人一つのユニットで換算されているから、フロートタイプの大輔が乗せていた神機エスティスは元々ランディングする必要がなさそうだったしな」
「と、思ってるか」
敬介が二人の会話に割り込む様にして言うと、二人は驚いた。
「えっと…スターナとセリアだよね?」
敬介が確認すると二人はゆっくりと頷いた。
「ちょっと待ってろ」
敬介はそう言うと、射撃訓練教官に二三事話をしてすぐに戻って来た。
「付いて来い」
敬介に言われて二人が不安げに顔を見合わせると、大輔がしっしっと追い払うように手を振った。
「お前もだよ、大輔」
「えー」
大輔は文句を言いながらも敬介の後に続いて行く。
◆◆ ◆◆
イーストロジア 地下六階神機建造フロア
六月の第三周 月曜日の十四時十分
どうやってここまで降りて来たのか、考えるだけでも億劫になる様な順路と手順を追って四人がその場所に到着すると逆カナード翼の航宙戦闘機が二機鎮座していた。
「あとはシステムを組み込めば完成する段階に到達した」
オレンジ色の塗装の戦闘機など見たことない、と大輔が苦笑する。目立ち過ぎだ。対してベージュ色の隣の機体も明らかに目立っている。
「こいつらは何なんですか?航宙戦闘機っていう名目だってさっき聞きましたけど」
大輔が自分たちが使用しているファイティングバードの二倍の大きさがあるそれらを見上げていると、萌に連れられてシャリアがやって来た。
「大津大輔、シャリア・ウェイル二名にファイティングファルコンの搭乗を命ずる。以後訓練に励め」
「はひ?」
シャリアは突然言われて目を丸くすると、大津は梯子を上ってオレンジ色の機体のコクピットを覗き込んだ。
基本的な構造はファイティングバードと同じで、一般的なエレクトロシステムも搭載されているようだ。
「説明してやるから会議室へ来い!」
敬介に言われて四人が敬介の後に続く。
「敬介さん、なんであんなものを作り続けるんですか?」
エレベーターに入って大輔が尋ねると、三人の少女たちは緊張気味にその場で足元を見下ろしたまま大輔と敬介の会話を聞いていた。
三人にとって鳳凰寺敬介とは雲上人の様な存在だった。教官や上官たちの更に上、接することなど普段は出来そうにもない人間で、その上、実戦でも十分に強い。そんな人間を目の前に置かれて普通にしていろと言う方が無理だろう。
「大輔はこのまま、DM現象やゴースト、クリーチャーに対して対応して行く事に限界を感じた事はない…よなぁ」
敬介はまだ戦線に参加して日が浅い全人類の中でそう悲観的な思考を持っている『聡明』な人間が少ないことを思い返した。現状、新兵器などを輩出し続けている上に、ファイ大型クリーチャーの本土侵入は許していない。このまま行けば確かに防衛のみはうまく行きそうだった。
限界、なのだろうか?
大輔は今の状況を見て要る限り問題はなさそうにも感じられた。
「とりあえずは平日って言うか、恵美たちが動けない間にお前たちがメインで動いてもらう事になりそうだけどいいか?」
敬介に尋ねられて後ろの三人の少女が息を呑むのを背後に感じながら、大輔は頷いた。
「俺の背中が寂しいけど、それは?」
自分のファイティングバードの背中に乗るパワードアーマーがいない。大輔が気にしている事に敬介が後ろの三人の少女を指差した。
「お前の機体は航宙機だ。シャリアと共に飛んでくれ」
チンっと長いエレベーターがようやく止まって五人が会議室に入ると、新機体の説明が始まる。
◆◆ ◆◆
クァリスとヴァネッサ、そして恵美に扮した儚はパイロットスーツを着たまま、森の中を彷徨っていた。
自分たちの状況が全く理解できずにクァリスは「んー」と目を瞑りながら頭を左手で掻いた。
「どういうことだと思う?」
問われたヴァネッサも心底困ったような顔をしていた。
「何かの迎撃システムに撃ち落とされた、ってことかしらね」
それは概ね、そうだろうと儚も同意したが納得は出来なかった。
「アマテラスはなんで私たちを迎撃したのかっていう話になるわけよ。私たち、RVP間違えた?」
ランデブーポイントは正確に間違えるはずもないし、ウォレス型の機体もロットエクシードもしっかりIFF信号を途中で切り替えたはずだった。それなのにこの山間部で撃墜される理由にはならない。
「敬介隊長と萌ちゃんが撃墜されたのと同じ、ツインバレルレーザーだったわね」
ヴァネッサが自爆する寸前の機体データを抽出した映像に残されていたものをPDAに表示して儚とクァリスに見せると、二人は頷いた。つまり、アマテラス以外の何かに攻撃された可能性もある、と言う事だ。
「軍事境界線でこんなものをぶっ放すって言ったら、アマテラスしかないんだけどね」
クァリスは見当も付かないと首を左右に振る。
「でもまぁ、私たちを追撃するのならばそろそろ人員を投入して来てもいいだろうけど」
ヴァネッサがそう言うと儚がはぁと深くため息を吐く。
「私は軍人じゃないから良く分からないけど、二人がそう言うならそうなのかもしれませんね」
軍隊よりも高級な装備と環境がある奴がなんて言い草だよ。
クァリスは儚にそう思いながらも森を進んで行く。
しばらく進んでクァリスとヴァネッサが同時に片手を上げてその場に止まる様に指示を出し、三人が茂みの中に寝そべると人の歩く音を話声が聞こえた。
軍服に大型のアサルトライフルを持っているが、正規軍のそれではない。それぞれが森林迷彩服を着ているが統率感はなかった。
「クァリス!ヴァネッサ!恵美!どこだっ!」
男たちの声が聞こえたが相手の出方が分からない。クァリスとヴァネッサが息を殺して三人組が目の前を通って行ったのを確認して、背後に回り込んだ。一番後ろの男の背中に銃口を押しつけた。
「はい、動かないで」
ヴァネッサがそう言うと三人がびくっと身体を強張らせてその場で硬直した。クァリスも拳銃を抜いて他の二人の背中に照準を合わせている。
「早い段階で出会えて私たちもラッキーだったわ。あなたたち、私たちがどうして撃墜されたか知ってる?」
ヴァネッサが尋ねると、銃口を背中に押しつけられている三十代の男がうんうん、と二度頷いた。
「俺たちは身内だ。アマテラスだ!」
ヴァネッサが横目でクァリスを見ると、クァリスは緊張した面持ちで小さく頷くと、ヴァネッサはどんっと男を突き飛ばして三人に銃口を向けた。
三人は両手を上げてゆっくりとこちらに振り向く。
「未確認なんだが、遠距離から君たちが撃墜されたという情報が入って、私たちはその回収チームに選出されてここまで来た」
「ほー、で、なんで未確認のその砲撃して来た奴らは?」
「未確認だと言っているだろう?アマテラスでも情報は確認できていないんだ」
付いて来てくれ、と男たち三人に言われてクァリスは二人に目配せする。信用するもしないも、このままではどうしようもない事を察してヴァネッサと儚が後に続く。
どれくらいの距離を行軍するのか分からない。
「どれくらい歩くの?」
儚が尋ねると警戒するように前を歩いていた三人が顔を見合わせる。
「言ってなかったか?俺たちのヘリも砲撃で撃墜されたんだ」
先頭を歩く男に言われてヴァネッサが落胆するとクァリスは状況を把握して額に手を当てて嘆いた。
「そんなこんなで俺たちも困ってるわけだ。協力してくれると助かるんだけど…」
六人が立ち止まって悩み始めるも、良い案など出て来る訳がない。
「わりぃ、ちょっとションベンな」
「あ、俺も」
男二人がそう言って茂みの中に入って行くと、クァリスはポンと両手を叩いた。
「その落ちたヘリってのはどこら辺にあるんだ?」
「落ちたヘリはここから十キロくらい離れた場所にあるぞ?」
「どこだ?」
クァリスが尋ねると男は地図を広げてクァリスに場所を説明し始める。ヴァネッサと儚は左右を見回して首を傾げていた。
「ね、ねぇ…。昼間のDMってやばいんだっけ?これ、恵美の専門分野よね?」
ヴァネッサがおどおどして尋ねるも、儚は最悪な事に同意した。違う、と否定してくれた方が万倍マシだったかもしれない。
「昼間にDMが観測された事はない筈よ。まぁ史上初、観測されたってことかしら」
儚の言葉にクァリスと男がこちらを見て茫然とする。木々の間から音もなく吹き込んで来る濃霧が足元から徐々に上がって来る。元々太陽光を遮断される鬱蒼とした森だったが、今度は薄暗く鳴るどころの騒ぎではなく、紫色に変色したようにも感じられた。
薄紫色の濃霧が辺り一面に立ち込めるまではそう時間はかからなかった。
「DM現象、真昼の発生。この森、おかしいわね」
儚がはっと気付いて先ほどの二人が戻って来ない事に気付いた。
「あの二人はどこに?」
知らない、とヴァネッサとクァリスが首を左右に振ると男が舌打ちした。
「DMだって?こんな場所でか!」
男が周囲を見回して動揺しているのを見てクァリスがその肩に手を置く。
「おっさん、DM現象に立ち会った経験は?」
「二回ほどある。あの時も戦場だったよ。お前たちは?」
「全員経験者だ」
クァリスが十三機関に所属しているのだからそうだろう、と判断して自分も経験があることを知らせると儚は安心した。
「クァリス、ヴァネッサとあなたはゴースト化する可能性は低いと考えていいのね」
儚がそう言うとクァリスは安心した。ここでDMの専門家は儚だろう。儚の言葉をしっかり聞かなければ簡単に死ぬような可能性があるということだ。
「さっきの二人を探すか?」
クァリスが男に尋ねると、男は諮詢した。
「この濃霧で迷った、という可能性とゴースト化の初期症状が出た、という可能性。考えるならどっちの方が高い?」
男に尋ねられてクァリスとヴァネッサが儚を見ると、儚は少し考える様に視線を逸らした。
「五分と五分」
「そんなか」
男はそう言うとため息を付いて胸のポケットから白いパッケージを取り出して親指でピンと針を覆っているコーティングキャップを弾いて首筋にそれを差し込んで、奥歯をぐっと噛んだ。
それが戦闘意欲増進剤だと三人が気付き、クァリスは失笑する。
「シロップ?やめときなよ」
「いや、いいん…だっ!」
ぷちっと音が聞こえて中身液が男性の体内に流れ込んで行くと、男性の瞳が徐々に金色に輝き、黒目の部分がギラギラと輝きを放っていた。
「お前たちは使わないのか?」
「俺たちは乗ってる時だけ」
クァリスが一言で一蹴すると男はそうか、と納得した。
「常用性があるシロップを余り使うもんじゃないからな。行くぞ」
「待て」
男が歩き出してクァリスが男を止める。
「二人はおいて行くのか?」
「作戦はお前たち二人を無事に基地に送り届けることだ。軍備にパワードアーマーを展開し強化している各国軍や治安維持の連中に俺たちアマテラスが行動を起こす時に、どうしてもお前たちみたいなパイロットが必要になるだろう?」
貴重なパイロットはそれ以外の人間に優先される事はない。そう言う事らしい。
クァリスはふーん、と鼻で返事をして男の後頭部を睨みつけた。
「一つ聞くぞ?お前ら何人で来た?」
「八人。うち五人はヘリの墜落で死んだ」
「で、残ったのはお前ら三人。でも、どうしてお前、そんなに綺麗な格好なんだ?」
動いたのは同時だった。ヴァネッサと儚が左右に飛び、クァリスが頭を左に振って上半身を倒す様に前屈みになると、男の向けたアサルトライフルがフルオートで連射される。足元の定まらない軟弱な地盤でクァリスの足元で土が跳ねる。前後左右に細かくステップを刻む様にして弾丸の弾道を避ける。アーティファクターならではの反射神経と運動能力だ。
アーティファクト、レベルⅤ。
クァリス・タリウスの保有するアーティファクトはそれに振れた物を一瞬で無に帰す。
クァリスの右腕が男の顔に振れると同時に、男の首から先が消えた。爆発したのでもなく、切り裂かれたのでもなく、忽然と姿を消してしまった。
ダダダダッと銃口が空に向けられて、引き金を引き続ける身体は頭が無くなった事に気付いていないようで、クァリスはとん、と男の胸を左手で優しく押してやるとどしゃり、と背中から男が倒れ込んで、遅ればせに真っ赤な肉と白い骨が見えている首から鮮血が溢れた。
「大いなる偉大な神よ。今彼方の元に迷える魂が一つ…。どうかその大きな懐と御心で、彼の道を…」
クァリスが目を閉じて右手でクルスを描き、そしてすぐに男の懐を漁ってPDAを取りだす。暗号ロックが掛けられていてヴァネッサにそれを放り投げると、ヴァネッサは自分のPDAとリンクさせて情報をピックアップするとPDAを投げ捨てた。
その仕事の早さにクァリスは呆れながらも心強さを感じた。元同じ軍で今も見肩で良かったとさえ思える手際の良さだ。
「さすが情報部」
「違う違う。諜報部」
ヴァネッサが訂正すると二人のPDAにデータを送信する。そのデータを受信して儚は敬介の推測が現実の物になったことを確信した。
「あの砲撃…サンクチュアリからのものだったのね」
「そのようだな。儚、敬介氏に今後の対応を聞いてもらって構わないか?」
「方針は変わらないと思うわ。この様子だとこの要塞…スカイランは移動式、しかも高高度メテオカーテンの中から遠隔ユニットを空中で投下して、ツインバレルレーザーバレットを発射後、再びスカイランに戻ってエネルギーをチャージすることが出来るみたいだしね」
儚がとんでもない兵器よ、とPDAを見て呟く。
上空四十キロメートル地点に存在する完全光学ステルス及び電子ステルス機構を備えた要塞。巨大地上兵器がニルヴァーナだとすれば、スカイランと陳腐な名前で名付けられているそれはさしずめ…空中移動要塞だ。
大型のステルス爆撃戦闘機にも似たフォルムから発射されるのはミサイルなどの火力兵装を備えながらも、光学兵器を主兵装としているのが解せない。
儚が敬介と連絡を取っている間、ヴァネッサとクァリスは男の死体を見下ろしていた。
「…俺たちを殺そうとした、ようには見えなかった」
「そうね、私も同感。むしろ怪我をさせて動けなくさせるのが目的だったようにも感じられるわ。と、言う事は?」
「ランデブーでもデストロイでもない…キャップチャーか?」
合流でも殲滅でもなく、捕まえる事。
クァリスの推測はヴァネッサのそれと合致して、ヴァネッサは頷いた。
「ヘリなんて撃墜された様子はなかった。攻撃された俺たちの機体のセンサーにそんな反応はなかった。あいつらはウソを吐いた。つまり、彼は誰かと合流するつもりだった。そして二人は…合流する相手を…」
クァリスが言い切る前に、森の暗がりの中から赤いレーザーポインターが三人の身体に当てられ、ぴたりと止められた。
微動だにしない、心臓を狙っている点。
「動かないでね。パイロットのみなさん」
女性の声が聞こえてクァリスは視線だけを動かしてそちらを見たが、相手の姿は見えなかった。
「敵に捕虜になって、簡単に逃げ出せるとは思ってないの。いくら優秀なパイロットでもね」
「だったら部下の教育がなってないと思うぜ?発砲をさせる馬鹿がいるか?俺たちは味方だろう?」
「そうね…だから、プラスティック弾頭弾を使わせてたの。当たったら死ぬほど痛いかもしれないけど、死ぬことも怪我もすることも無かった。それなのに殺してしまった。彼はかわいそうね」
どこが可哀想なんだよ。
クァリスはそう思いながらも殺してしまった男に心の中で陳謝する。申し訳なかったと思わないわけではないが、戦場では疑わしければ撃てだ。
「ごめんなさいね」
三発の銃声が響いてクァリス、ヴァネッサ、儚が倒れる。
「少し眠って頂戴」
女性の声が遠くに聞こえて、クァリスは完全に意識を失った。
◆◆ ◆◆
スカイラン
六月の第三周 月曜日の十六時丁度
クァリスは目を覚ますと、目の前に恵美の顔があって驚いた。驚いて寝返りを打つようにして顔を背けると、今度はヴァネッサの顔があって二度驚くと、ヴァネッサが突然目を開いて同じように目を丸くした。
「ひっ!」
ヴァネッサが驚いて上半身を起こし、クァリスも上半身を起こすとキングサイズダブルベッドに三人は乗せられていた。
かすかに聞こえる何かの駆動音。クァリスとヴァネッサは注意深く周囲を見回していると、回収できなかったアーティファクトを自分の中に感じてクァリスは安心した。
便利な武器だ。
自分で解除しようとしなければ…アーティファクトは外せない。恵美に扮した儚も同じようで、恵美の姿をしたまま眠っているのも幸運だった。もし、儚の元の姿に戻ってしまったら問題になる。
「恵美、起きろ」
クァリスが恵美の身体を揺さぶると、恵美が「うん?」と目を開いて周囲を見回した。
「捕まった?」
恐らく、と断っても無駄だろうが、その通りだった。
アーティファクト以外の武器は一切ないが、机がと椅子が一セット、ベッドが一つ。客間にしても三人で押し込まれる理由はない。この部屋は軟禁部屋のようにも見えなくもなかったが、人道的に考えて寒すぎず、熱すぎず、不自由があるのは移動範囲だけのようだ。
監視していますよ、と公言する様な監視カメラを見つけてヴァネッサはポケットの中にPDAが入っているのに気付き、机の上にあるコンピュータを起動した。
装備を回収しているかと思えばそうでもないようだ。
ヴァネッサはコンピュータをいじろうとしてふと手を止めた。
「ようこそ、ラストガーデンへ」
部屋の中に突然声が響いてヴァネッサ達が驚く。どこかで聞いた事があるような声だった。
「恵美?」
クァリスが恵美と全く同じ声だったことに気付いて儚を横目で見ると、儚が自分は何もしていない、と小首を傾げた。
部屋のどこかにあるスピーカーから銃声と破壊音が響き、クァリスとヴァネッサが驚く。この部屋ではない、向こうの何かが破壊されるような音だった。
「あー、ごめんごめん。今からそっちに行くわね」
まぎれもなく恵美の声が聞こえて、しばらくするとロックがかけられた部屋のドアが開いた。
「こんにちは、私」
蒼い弓を持った恵美がひらひらと儚に手を振り、儚は目を丸くして驚いた。
「あ、あれ?私じゃない」
恵美がそう言うとクァリスとヴァネッサが二人の恵美を交互に見る。
「ちょっと待って下さい。どういうことですか?」
儚が自分の姿に戻って尋ねると、恵美は困った様な顔をした。
「私は恵美…の身代わり人形。ドール。だけど全く一緒だから気にしないでもいいの。前の恵美と初めてアマテラスで会って行動を共にしようって思ったんだけど…」
言っている事が本当かどうかは分からないが、一卵性双生児だった、という話は聞かない。それどころか仕草や話し方まで酷似していて、持っているアーティファクトも同じようなものだった。
アーティファクトは似た様な形をしたものも存在するが、完全一致するようなものはない。全てワンオフのはずだった。クァリスはそう思うとその弓に視線を向けた。
「その弓は?」
「この弓は月光弓鋭覇。月影弓砕覇の対のアーティファクトなんだけど、そっか…私から私が行くから助けてあげてってそう言うことかぁ」
恵美が何か納得したように呟いて三人を見てうんうんと頷く。
ヴァネッサはそんな瓜二つというよりもコピーのような存在を目の当たりにして戸惑った。友人としての恵美が二人いるとすれば動揺もする。
「恵美、じゃないの?」
「私は恵美だけど恵美じゃないの。どこまで話が行っているか分からないけど、サヴァイブプロジェクトの副産物、恵美が眠っている間に恵美の役割を演じていた人形。役目を終えて賢者に捨てられた哀れな哀願人形、ってところかな?」
にこり、と恵美が微笑むとヴァネッサはぞくりとした。
恵美と一緒に見えるのは表面だけで、この少女から感情の色を感じる事が出来ない。まるで上辺だけの表情で深みが全くなかった。萌のように自分の感情を押し殺しているわけでもなく…ただ演じているだけに見える。
クァリスは茫然としている儚とヴァネッサよりも冷静だった。そこまで付き合いが深いわけでもなければ、近親者でもない故に頭の回転は脱出に映った。
「状況は?」
クァリスが尋ねると、恵美はうん、と頷いた。
「皆殺しにしたから平気。さっきのはちょっと急いでたからね。空中移動要塞、人類がDM現象から逃げるために建造したはずのラストガーデンは航行不能状態になってそろそろ海に激突するわ」
恵美がさらりととんでもないことを口にした。
「ここはアマテラスの移動要塞であって本拠地だったの。利用価値はもうなくなったって賢者が行ったから、破壊と皆殺しにしたの」
淡々と結果のみを報告するコンピュータの様に恵美が言い放ち、クァリスは渋い顔をした。
「何人くらいいた?」
「二千人くらいじゃない?DMをばらまいて死んだ方が多いからね」
恵美が物の数でもない、とはっきりと断言してヴァネッサは目を閉じて肩を震わせた。この人物は断じて恵美ではない、恵美であってはならないとさえ思えた。
「恵美、その時何も感じなかったの?」
「ヴァネッサ?私は恵美じゃないの。ドール、識別する時はドールでいいの」
自ら人間ではないと断言されて儚は目を細める。このドールは何を考えているか分からない。
「とりあえず、恵美とドールは再開してなお行動を共にしようとした、ってことでいいのかな?」
クァリスがドールに尋ねると、ドールがゆっくりと頷いた。
「大丈夫、後ろから撃つような真似はしないわ。現状、戦闘能力で恵美よりもドールである私の方が上だから、そこら辺はあまり考えなくてもいいね。気付いていると思うけど、白昼のDMは私の行った行動」
「やはりそうか。DMを自在にばらまく装置、それがこのラストガーデンのシステムなんだな?」
「全部は無理よ。現場を監視してDMを使用する兵器だったことは確認されているからね。レーザー照射ユニットがごっそりなくなっていたから、大規模な殲滅は出来なかったけど、恵美から貰った記憶からホワイトアウトプランで使ったアーティファクトもこれに近い装置よ。あれは殲滅目的で作られているから、DMで純血種以外を薙ぎ払うために作られている。これはDMをばらまくために作られている装置」
ドールの長い説明に儚とヴァネッサはようやくDMの意味を理解することが出来た様な気がした。
「人間管理システム?」
「正確には、遺伝子管理システム。プロジェクト名、ピースメイカーってのはどういうことか分からないけどね」
ドールが呆れた様に失笑して見せる。確かにDMをばらまき、クリーチャー化した人間やゴースト化した混血種を一掃する装置がピースメイカーとは笑わせる。
「パラベラムと同じ理屈よね。まぁ、私には関係ないわ」
ドールはそう言うと、親指でドアの向こうを指差した。
「私と恵美は直結で繋がっているの」
「でしょうね」
自分と同じであるならそうだろう、と儚が納得する。儚と夢は形が違えど同じような形でサヴァイブ処理を受けている。それならば出来る筈だった。
「あー、あなた儚さん?」
ドールが興味深そうに儚を見つめると、儚はその無邪気な視線を受け止められずに視線を外した。十六を過ぎた少女が発する無邪気さは末恐ろしいものがあった。
「そ、そうだけど、何か?」
「ううん。私は知ってるけど、リヴァイブ処理とサヴァイブ処理は違うから、ちょっと勘違いしないでほしいかな―って」
まただ…。
クァリスとヴァネッサはまた知らない言葉が出て来て頭がおかしくなりそうだった。
一体、賢者とドール、そして恵美はどこまで何を知っているのだろうか?
「じゃあ行こうか。そろそろ来るよ。幸せを運ぶ鳥たちが」
ドールがドアの外に出ると、三人はうっすらと床の上を走る霧を見つけてぎょっとした。DMのもやが雲海の様に広がっていた。
「大丈夫、もうそろそろ効果時間は過ぎる。アーティファクターは管理人だからDMに影響される事はないって賢者に聞いているでしょ」
ドールはそう言いながらもすたすたと歩いて行く。その後ろを追いかけるも、どうもここが空中要塞とは思えなかった。
空母の中か、潜水艦の中。
近代的な兵器の中にいるような感覚がどうしてもオーバーテクノロジーを感じさせなかった。
通路を歩いて階段を上り、何枚かの隔壁を抜けたがまだ歩く。結構な距離があるようだった。
「歩くと大変でしょう?無重量システムっていうのをさっき一緒に壊されちゃって大変だったの。重力を一時的にキャンセルして移動するのを楽にする装置らしいわ。だから歩いて頂戴」
ドールにそう言われても三人はそんな状況を味わった事がなかった。
儚は前を歩くドールに尋ねる。
「アマテラスは何故、こんなオーバーテクノロジーを保有しているの?」
「レベルセブンコミュニティーの実験部隊だったアマテラスは唯一にして絶対の兵器、ラストガーデンを手に入れて暴走、ピースメイカープロジェクトを強行しようとした。そこで翡翠・ディナ・アルフォートはレベルセブンコミュニティー最高指導者としてこれの撃破を行おうとした。賢者に尖兵を任せてね。私はアマテラス部隊だったから強引にこの計画の意味も知らずに参加していたわ。恵美に会うまで何も知らなかったから、驚いたけど」
全く驚いた様子もなく、ただ現実を受け入れた。そういう意味にも聞こえる。クァリスはふと疑念が生じた。
「ドール、お前は敬介博士に付いて行くことに疑問は感じなかったのか?一度、手放されたお前は…」
「手放されていないわ。あの人の寵愛を受ける資格があるのは、恵美と私だけだもの。今でもそれは変わっていないわ」
「…寵愛、ね」
クァリスはその言葉が間違っていない様な気がした。
「私は恵美が眠っている間。けーにぃを助け続けた。ここにやってきた恵美と秘密裏に接触して記憶を相互交換したのも必要だと感じたから。けーにぃは私に言ってくれたわ、どちらが欠けても哀しいのだと…。私はその言葉に答えなければならないの」
ドールはそう言うと大きなハンドバルブのついたドアの前で立ち止まった。
「ここから外」
クァリスはハンドバルブを回してロックを解除してドアを開ける。思って居た様な減圧による空気の移動は感じられなかったが、空にきらきらと輝く粒子の様なものが飛んでいるのを見て、そのせいかもしれないと思った。
爆音。
ジェットエンジンの爆音が頭上を通り過ぎて行くのを見上げてクァリスとヴァネッサが驚くと、二機のロットエクシードが甲板のような広い場所に落される。
ファイティングファルコン、航宙機のパイロットは大輔だ。もう一機は知らないが、シャリアが正パイロットに起用されるはずだったことを儚が思い出す。
「これで降りれるのね」
ドールがそう言うと、儚が頷く。
クァリス、ヴァネッサがロットエクシードに素早く乗り込み起動チェックを開始して、ドールと儚もロットエクシードに乗り込む。
「操作出来るの?」
「私は恵美と一緒だから」
「お手数はかけさせないわ。私がメインで」
「りょーかい」
儚がロットエクシードの起動を完了させて立ち上がる。無理に放り出された機体のあちこちがすでに軽い損傷を受けているがこれで十分だったはずだ。
機体の通信網に入電、オープンチャンネルに儚とクァリスが合わせる。
「こちら一番機、大津大輔。これよりデカブツの処理を行う。二番機のシャリアにクァリスさんとヴァネッサさんは飛びついてくれ。ちなみに儚と…お客さん」
「なにかしら」
ドールが返すと大津大輔は軽く戸惑ったのか、声を詰まらせた。
「恵美から話は聞いた…。ドールなんて言うな」
「ありがとう」
ドールがそう返して、儚はため息を吐いた。
作戦行動中でも優しいのは大津大輔の長所でもあり短所でもあった。
「儚さんは悪いんだけど、そのまま走ってラストガーデンだっけ?そこから飛び降りてくれないかな。こっちはプラズマクラスターをぶち込んで、そのデカブツを破壊した後に合流する」
「無茶な作戦よね。落下中に私たちがライディング操作をしろっていうのかな?」
「十秒で追いつく。ライディングに二秒、ちなみにそのデカブツの進路はニルヴァーナだ。激突させたら敬介さんに殺される」
「なるほど…じゃあ任せるわね。エースパイロット君」
儚が言い放つとドールが怪訝な顔をしていた。
「私に貴女と心中しろって言うの?」
「空を飛ぶ方法があるなら、あなただけで降りてくれても構わないわ」
儚機のロットエクシードが全力疾走を始めると、クァリス機が既に両腕を広げて淵から飛び出していた。距離にして三百メートルほどあるだろうそこまで、一瞬で駆け抜けて空に放り出される様に飛び込む。
フルビュースクリーンが真っ青に変わって、背後のロストガーデンがどんどん小さくなるのと同時に、爆発。真っ赤な爆炎と破片の海の中から大輔の航宙機が姿を現して、両手両足を広げてうつぶせになるようにして落っこちているロットエクシードの下にもぐりこみ、姿勢制御を見事に行ってくれる。
さすが…。
ほぼ等速。ブイトール離着陸式のマニュービングを見事に行い、二機が接近してドッキング状態になる。両足を尾翼の左右のハンガーに引っ掛けて両手を翼少し前、コクピットの左右にあるレバーの様な場所に合わせて、完全に馬乗り状態になった。
「重量オーバーだったりしてな」
へへ、と大輔が笑うと儚は冗談じゃないわよ、と呟く。
大輔機がアフターバーナーを点火させて一気に加速、揚力を確保しつつもロールして背面飛行すると、ドールと儚は我が目を疑った。
海面がすぐ頭上にある。それほどぎりぎりの状況だったわけだ。
一気にノーズを空に向けて上昇し、空に出ると隣にも航宙機が飛んでいてこちらに親指を向けていた。
「おーし。シャリア、帰還するぞ」
「らじゃー」
少女の声が聞こえてドールは驚きもせずに納得した。
「お迎え、ありがとうね」
「いいえ、今回はみんなに再潜入捜査って知らされているけど、あなたの回収が目的だったのは、今いるメンバーにしか知らされていないはず。まぁ、恵美が来なかったのは、敬介くんの思惑だったと思うんだけど…どう思う?」
「恵美と私を両方一緒に失う訳には行かないから…賢者はそうしたかったのでしょうね」
「私もそう思うわ。アマテラスは実質、機能出来ない組織になったと思っていいのかな?」
全部コクピットでドールは難しそうな顔をする。
「分からない。ただ、レベルセブンコミュニティー母体を十三機関に吸収され、攻撃手段も潰された今、アマテラスは組織的に大打撃を受けて要ると思う。レベルセブンコミュニティーの翡翠が敬介の元に下ったこと自体、アマテラスはよく思っていないから、水面下では何かが起こると思ってくれて構わないと思うの」
ドールの考えに儚も同意だった。
「元々、アマテラスも十三機関もDM関連を処理するような組織だった。だからこういう戦争みたいな真似は滅多に出来ない、行わない。しばらくは元のDMに対応する機関に戻れると思うわ」
ドールの願い、だろうか?儚はそんな風にも思えた。
「そりゃなによりだ」
大輔の声が通信に入って儚が苦笑する。
「出撃命令と同時に、お姫様をお迎えにあがれって命令が来て驚いたんだが、そう言う事だったんだな。でも三日間も何してたんだ?」
「寝てたの」
ドールがそう言うと儚は驚いた。自分たちは三日間も眠らされていたと言う事だ。
「まぁ、無事で何よりだってことで…」
大輔の呆れた様な声に儚も自分でも呆れた。
「三日間で変わった事って何かある?」
「ニルヴァーナで事故があった。DMを駆逐する作戦が決行される予定だ。ニルヴァーナに収容されていたデミヒューマン系はワクチンを投与したからゴースト化はしていないらしいけど、このままじゃやばいってことになってね」
大輔がそう告げると、儚はどこか安心した気がした。
「DMに初めて対抗する手段を敬介さんが開発した。そのモデルケースが自分の家だって皮肉なもんだけどね…価値はあるだろうな」
大輔の言う事も最もだったが、今はそれに賭けるしかない。それは誰もが理解していた。




