吊り橋効果ってドキドキを勘違いするらしいけど、一緒に落とし穴に落ちた場合ってドキドキするよりもちょっとショックで気まずいだけかもしれない
女の子は魔法が使えるんですって。
突然何?と思うかもしれませんけど、従妹に言われて妙に納得しましたよ。
女子高生のスカート、短いじゃないですか。今はそんなでもない?しらねーっすよ…。
ハイソックスもよく落ちないなぁとか、スカートの中身がよく見えないなぁとか思っていました。あれは魔法でハイソックスが落ちないようになっていたそうです。そしてスカートも絶対にめくれない魔法を習得した子だけが短いスカートを着用できるのだとか。
とりあえず従妹のスカートを念力で浮かしてみようとしましたが、結局のところMPが足りなくて無理でした。
この話を書いているとたまに萌と三咲が姉妹のようにも見えてくるときがありますが、別人です。
千石という名前は最近話題になった人とは別人です。あしからず。
ゴーストの集合体、クリーチャーとのファーストコンタクトをした恵美たちは今度は学校の地下へと歩を進めていきます。
恵美が声を張り上げた瞬間、その場にいた全員は面白い顔をしていただろう、と言うくらい、恵美の声は教室に響き渡っていた。
「あなたたちっ、私にあなたたちまで撃てと言うの?」
DMの中に入り込み、二人がゴーストになってしまえば恵美にとっては脅威でしかない。そうなってしまえば恵美は二人を撃つしかなくなる。いい人だと認識を改めて、それなりに仲良くなれる、と思った矢先にそれではあまりにも不憫で仕方がなかった。
「そうなったら…頼むわ」
茶髪の男が声を震わせながら、無理やり笑って見せる。
「だな」
金髪の男も同じように無理に笑顔を作っていた。
「千石さんってのはそれだけ大事な人なんだよ。俺たち、あの人がいなかったら死んでるか、ロクでもねぇ人生になってた。だから、いいんだ。あの人が無事なら、それで」
金髪の男に言われて恵美がたじろぐと、さなえが「そう…」と頷く。
「あんたたち…やると決めたら最後までやんな?いいね、泣き言言うんじゃないよ」
突然豹変したさなえに恵美が驚くと「はい、姐さんっ」と二人が頭を下げる。
「え?え?さなえさ…ちょっ」
恵美があたふたとするとさなえが両手を合わせて小首をかしげる。
「行ってらっしゃい。申し訳ないのだけれど、その二人を頼むわね。三咲ちゃんと萌ちゃんは私が面倒見るから」
さなえに言われて恵美は「怖い人なのかも…」と渋々廊下に出ると、三人で北階段に向かう。喉がからからに渇いていて、途中、二人は野球部から鉄バットを借りて、再び階段に向かう。白露がこちらに気づいていた。防火扉の前で座り込んでいるが、紙粘土でしっかりと目張りされている。
「こんなのあったんですか」
「都合よくね…。美術部員が使ってくれって持って来てくれた」
白露が指を指すと墨にバケツいっぱいの紙粘土が置かれていた。
事情を説明すると白露はじっと目を閉じていたが、金髪の男が「時間がねぇんだ!どけよっ」と叫ぶ。白露も若いと言えど毅然とした態度でそれを却下する。
どうしようもない。
強引な手段に出るわけもなく、二人の不良が白露に迫っているのを見て、恵美はこんなんで大丈夫かなぁと不安になる。
ジリリリリッ!と突然火災報知機が鳴って四人が驚く。
「火事だっ!」
「うわああああ、燃える燃えるっ!」
どこかの教室から叫び声が聞こえて何人かが走ってこちらにやってくる。
「先生!大変ですっ!火事です!」
と男子生徒の報告を受けて白露が何だと?と慌てて男子生徒に連れられて走り去っていく。
「なにしてんの、行けよ」
その場に残った男子生徒に言われて恵美たちがきょとんとする。
「わ、悪い…」
金髪の男がそう言うと、男子生徒が苦笑する。
「俺はお前と全国行きたかったんだぜ…」と男子生徒が走り去っていくのを見て、金髪の男が苦笑する。
防火扉を強引に開けて閉じる。少しの間ならば問題ないだろう。
「全国って?」
金髪の男に恵美が尋ねると、金髪の男が苦笑する。
「俺は元々バスケ部だったんだけどな、足をやっちまってね。普通の生活は出来るんだが…飛べなくなったから退部。今はこんな生活だ。トッププレイヤーなんて言われてたんだけどな」
「…」
恵美はなんと声をかけていいかわからず黙り込むと金髪の男が苦笑する。
「帰って来ないうちに行こうぜ…」
「あ、うん」
茶髪の男がぼふっとミストを蹴り上げる。足首ほどまでミストが上がって来てはいるものの、それ以上はあがっていないようだ。二階踊り場に到着して二人が恵美の前に立って、廊下を覗き込む。
「問題ないようだ…」
「そう…」
恵美は安心すると、三人は取り合えず千石が向かったという一階に歩を進める。
◆◆ ◆◆
新校舎一階
水曜日 一時三十分
階段の途中から、視界は真っ白になっており、蛍光灯もないのにぼんやりと状況がわかる不思議な感覚に戸惑いながらも、三人は順調に教室を一つ一つ見回っていた。
中にいる限り普通の霧…普通の霧は中に入っては来ないだろうが、別に体がどうこうなるようには思えなかった。
「中から外を見てると別に、普通の霧なんだよなぁ」
金髪がそう言うと、茶髪の男が「そっすねぇ」と返した。恵美も大筋では同意見ではあるものの、やはり深夜時間帯なのに外が明るく、校内も同じように明るいのは不気味だった。
白昼夢のような状況で、もし本当に白昼夢だったらどれだけ良かったか、とさえ思える。
自宅待機している一般の人たちが今は安心して眠っているのかと思うと、何で自分たちだけこうなってしまったのか、とやるせない気持ちにもなった。
今は千石さんって人を探さないと。
恵美は右手で左手の珠を撫でると、二人が足を止めた。
「どうしたの?」
この教室の窓も確認して、鍵もかけなおした。特にもう用事はないのだから、外に出て隣の教室に行かなければならないはずなのだが…男子二人はドアの窓を下から覗き込んで頭を下げた。
「メグ、座れ」
手招きされて恵美が二人の間に座る。廊下で足音がしている。一人ではなく数人だったが、妙だった。何かを引きずるようなずるり、ずるりという音が聞こえる。
「ん?」
恵美は窓を覗き込むと口を開いて、のたり、のたりと歩いている生徒を見つけて、悲鳴を上げそうになる。顔面蒼白で口から涎を垂らし、首をだらりと曲げながら歩く度にかくん、かくんと不恰好に頭が左右に触れる。完全に目が白目になっていて、正常な人間には到底見えない。
「とりあえず、隣の教室に移動しようぜ」
金髪が言って、茶髪と恵美が頷く。ゴーストになった生徒三人が教室の目の前を通り過ぎて行ったのを見て、三人が素早くドアからすり抜けるようにして、隣の教室に入り込んでドアを閉める。
「ふぅ」
「ありゃ、ゲームに出てくるゾンビみたいだぜ」
茶髪が言うと、確かにそんなゲームあったな、と金髪も頷く。恵美はゲームはやらないが、それをモチーフにした映画があったことを思い出した。ウィルスによって人間が感染してゾンビのようになってしまう奴だ。
「うわっ」
「なんだっ」
茶髪が声を上げて金髪が驚く。三人の視界に入ったのは教室の奥にある窓側にべっとりとくっ付いた赤い手形だった。
「びっくりさせるなよ…」
と金髪が言うが、三人の鼓動はまだ早いままだった。外側からこちらを叩くように貼り付けられた手形は何度も窓ガラスを叩いて、ずーっと引きずったように赤い太い線がこれから向かう側の教室の方に延びている。
「なんだこれ…」
金髪は外に誰もいないのを確認してから窓を開けるとミストが大量に入り込んでくる。
「ちょっと、やばいんじゃ…」
茶髪が閉めてくれよ、と言い掛けると金髪が「うっ」と言って腰を抜かした。
恵美と茶髪は顔を見合わせて外を見ると、隣の教室の前でスーツを着た中年男性が倒れていた。ただ倒れていたならまだ良かった。強引に変な力を加えられたかのように、腕の関節や足が変な曲がり方をしていて、上半身はうつ伏せなのに下半身は仰向けになっていた。
「まじかよ…」
「閉めましょ」
恵美が茶髪に言うと、茶髪が窓を閉めようとすると、茶髪が「え?」と遺体をまじまじと見ている。
「今度は何だよ…」
金髪も立ち上がって三人が中年男性の遺体を見ると、中年男性の体が地面に吸い込まれて消えて、洋服だけが残った。
恵美が窓から這い出してぼろぼろの洋服をどける。
「おい、あぶねぇぞ」
「戻って来い」
「…うん」
恵美は洋服を捨てて戻り、窓を閉めると二人が不安そうな顔をしていた。
どうなってたんだ?と聞きたそうな顔に恵美は推測を口にする。
「あの人、サークル化してた」
恵美がどけた洋服の下に、半径五十センチくらいの影のような円が残されていた。
「ゴーストにやられたのか?」
「たぶん」
金髪に恵美が肯定すると、金髪は「うーん」とうなる。
「なんなんだ、DM現象ってのは」
「私が聞きたいけど、これに長く触れるとゴーストになって、他の人を襲う。で、朝になるとサークルを残してゴーストは消えてしまう。どれくらいの時間DMに触れていると駄目なのかわからないけど、それは個人差があるってことじゃないかな…」
「じゃあ、俺たちも出来るだけ早く上がらないと危ないのか」
「だな」
茶髪に金髪が頷くと、恵美はふと気になったことがあった。
「私もゴーストだったって…あんなだったのかなぁ…」
「それはそれで…想像したくないな」
落ち込む恵美に金髪が至極いやそうな顔をすると恵美が「だよねぇ」と泣きそうになる。
「いや心配すんなって、メグはきっとあれだ、あんなグロじゃなくて萌え系ゴーストだったに違いないさっ」
茶髪に言われて金髪が「は?」と唖然として、恵美は想像できずに首をかしげる。
「…俺ってなんかすごく…とりあえず反省する…」
茶髪が今度は肩を落とすと、金髪が「ばーか」と苦笑する。
「旧校舎側に入るのは認めてないんだよな…」
「避難するときは新校舎だけって言われてた気がするよ」
金髪に恵美が答えると茶髪は人の話を聞いていなかったのか「そうだったのか?」と仕切りに記憶を探っているようだが…覚えていないのだから仕方がない。
「ま、メグちゃんは気にしないでいいと思うよ」
金髪に言われて恵美が微苦笑して「ありがと」と返す。
「あら…」
「どした?」
今更名前なんて聞けないなぁ、と思いながら恵美がなんでもないです、と手を振ると二人が顔を見合わせる。
「次行くぞ」
金髪がドアを細く開けて周囲を確認すると、茶髪が「あっ」と声を上げる。
恵美は素早く月影弓を展開して右手でグリップを握り、左手で二本の矢を番える。
その瞬間、ドアが大きく開かれて金髪が熊のような大男に襟首を捕まれてねじ伏せられる。
「うおっ」
茶髪のほうも顔を蹴っ飛ばされて転がると、馬乗りにされてビシっと鼻先に何枚もの鉄の板が重ねられた棒を寸止めされて涙目になる。
「あら?」
「おろ」
タイトスーツを着ている女性とジャージ姿の巨漢の男が投げた、蹴っ飛ばした生徒を見てきょとんとしているのを見て、恵美は狙いをずらしてから矢を外し、二本の矢を筒に戻す。
「響先生と…茜先生?」
恵美が素っ頓狂な声を上げて驚きながら二人の教師の名前を呼ぶと、響は片手で金髪を起こし、茜は鉄線を左脇に挟んで右手を差し出して、茶髪を起こす。
「すまんな」
「ごめんなさいね」
二人を殴る、蹴るしてしまった教師が謝罪すると、二人はほっとしたようにまたその場にへたりこんだ。
「はは…強いな、響のおっさん」
「茜ちゃんも…」
金髪の男におっさん呼ばわりされて響が憤慨して鼻息を荒くし、茜が意味深に「ふっ」と笑う。熊と秘書、といった感じの二人だ。
恵美からして見れば響は柔道黒帯でかなりの段位を持っているのは聞いていたが、茜が持っているものが気になった。
「扇子ですか?」
「ええ、鉄扇って言うの。知ってる?」
じゃあんっと鉄扇が広げられると、茜の上半身がその鉄扇で隠される。手の平を返すとそれがまた一本の棒切れのようにまとまって、しかもそれが二本一対のワイヤーで結ばれている。
「舞踊で使うアレの鉄バージョンってところかしら」
ツンデレのツンの部分のような無表情なイメージがあったが「ふふ」と驚いている恵美を大層楽しそうに見ている茜に恵美は「はぁ」としか返せない。
「えっと、残った先生方はみんなそういう武術みたいのに心得があるんですか?」
恵美が大人と合流できて安心して、無駄な質問をすると響と茜が顔を見合わせる。
「私は日本舞踊の前衛的な日本武踏をやっていたの。化学部の牧先生だってどこかの学者さんみたいに体を動かすのが苦手そうだけど、あれで空手の達人よ」
「野球部の白露先生は…あ?」
響が首をかしげると、茜がやれやれと首を左右に振る。
「あの人はチェスが得意、関係ないわね」
「ほんと関係ねぇわ…」
金髪が苦笑すると、茶髪が「まだ痛いよ、茜ちゃんキョーレツ」とおどけてみせる。
「で、あなたたちはなぜここに?」
茜に言われて金髪が三年生として答えると、二人の教師は呆れて黙り込んでしまう。
「いいでしょ、ここまで来てしまったんだから、今更戻れって言うのも危険ね」
「お前らの友情に免じて、許してやるよ」
しょうがない、と茜がため息を吐き、響が獰猛にニカっと笑う。叱られるかと思っていた恵美が安心すると、金髪と茶髪が「申し訳ねぇっす」と頭を下げる。
意外と礼儀正しい二人に教師二人はそれを知っているかのように驚いたりせずに「気にしないで」と茜が言い「任せろ」と響が応じる。
「ここ十分くらいかしら、急に生徒たちが動き回ってね…」
茜が教室から外を見ると、そこには誰もいなかった。まだ生徒、と呼ぶのはゴースト、などと呼びたくない、という茜の心情だったのかもしれない。
「千石さんは見ませんでしたか?」
「千石くん?見てないけど、彼を探してるんだよな?」
金髪に響が頭を揺らして視線をそらすようにして考える。
「徘徊している生徒の中に千石の姿はなかったがな。あいつは頭がいいから、むやみに突っ込むような真似はしないだろう」
響はまだゴーストになっていない、と不安そうな二人を安心させるように言うと、二人は顔を見合わせて胸を撫で下ろしている。
「私たちが前に出るから、二人は後ろを見ていてくれる?」
茜に言われて男子二人が緊張した面持ちで頷く。
「私は?」
恵美が右手で弓を見せて戦えるよ、と意思表示すると響が首を左右に振る。
「確かに遠距離武器は持っているようだけど、私たちまで撃たれたら困るでしょ」
「やばくなった時だけにしてくれ。矢だって本数があるわけじゃないだろ?」
茜と響に言われて恵美は「あ、そっか」と頷く。
「スポーツの的を狙うのとは違うってことか?」
金髪が気づいたことを口にすると響と茜が無言で同意する。確かに強力な武器であるかもしれないが、恵美は的の周りをうろうろとするものを避けて狙った標的だけを射抜くような練習はしていない。
恵美は弓を円刃に変形させて「うーん」と悩む。
「なんだ?その…武器は」
響も驚いたのか、恵美をまじまじと見つめ、恵美は教壇に乗せられていた花瓶を見つけると左手を一閃、花瓶が真っ二つに上下に割れる。
「…今度それ、学校で装備していたら没収するわよ」
「いつもはケースに入れてるんですけどね」
茜に言われて恵美が苦笑する。
五人になって大人も加わったことでだいぶ心強くなった。隣の教室に移動する。
前に教師二人、後ろにバットで武装したヤンキー二人に中央に恵美。いくつかの教室を巡っても誰もどこにもいない。
「二階にいた生徒たちは十四名、全員が眠っていたとは考えられない」
「なのにどうして…か」
平然と前を歩く二人に恵美は不自然さを隠しきれなかった。なぜこんなに余裕なのだろうか。
「あとは特殊教室ね…。調理実習室、技術室、保健室。屋外の武術室と体育館は別として…」
「他は職員室だが、あそこは鍵をかけたしな…。校長室と応接室はどうだ?」
「そこも気になるわね」
二人の会話に入り込む余地がなく、恵美は周囲を警戒しているがそれも無駄なように思えて来る。
「なんか俺たちがびくびくしてたのがおかし…ん?」
時折背後を振り向きながら進んでいた金髪が動くものを見つけて目を細める。
「なんだよ、どうかしたのか?」
「いや…あれ?」
腰くらいの大きさの何かが教室に入っていったような気がするのだが、気のせいだろうか。
調理実習室のドアを恵美が開け、教師二人が身構えると教師二人が体を強張らせた。
「うわ」
「おいおい…」
不良二人も思わず目を背けるようにして視線を逸らす。
「ん?」
恵美が中を覗いた瞬間、思わず吐き気を催して口を押さえる。
何人もの生徒が床に並べられていてまるで安置所のような光景だった。
「誰かがやったみたいね…」
五人が中に入って後ろ手に金髪がドアをガラガラと閉めようとすると、ドアが閉まらなかった。
金髪がゆっくりと恐る恐る振り向く。
「何してんだ、お前ら」
「え?」
恵美たちが振り向くと左手に小太刀の鞘を握っている生徒が怪訝な顔をしている。
「千石さんっ!」
「千石…」
茶髪と金髪が生徒の名前を呼び、無事だったことに安心すると、千石が「よぉ」と手を上げる。
「どうしてお前らここに…それに先生方まで」
千石が分けが分からないとその場にいる全員の顔を見回すと、千石が不意に天井を見上げる。
「良かったわね。とりあえず残りの部屋を見て上がりましょう…。どこに行ったのかわからないけど、他の生徒たちは恐らくもう…」
「だな…さすがにもう無理だと俺も思う」
茜と響が残念そうに言うと、金髪と茶髪も千石の見ている視線の先を見上げる。
「なに?なんなのよ」
恵美も千石の視線を追いかけると「うっ」と小さく悲鳴を上げる。
「先生!上!」
恵美が叫ぶと同時に教師たちは何かを察知して横っ飛びをすると、ばちんっ!と触手のようなものが地面を叩いた。
サークルが天井に張り付いていて、そこから奇怪な赤黒い触手が何本も伸びてくる。数にして七、八と言った所か。
六人が飛んだり転がったりしてその執拗な攻撃を回避し続けると、床に転がっている生徒たちにその触手が当たり、うねうねと動いて生徒たちが吸収されていく。
「こんなの聞いてないぞ」
響が回避しながら呟く。
床に皹が入るほどのバチン!バチン!という音が響き、生徒たちの体がねじ切られては飛散し、それを触手が追いかけて吸収していく。
「なんだよっ」
キン、と小太刀から刃を抜いて千石が自分に迫る触手を切り落とし、響は拳で殴り返す。茜はその場で踊るようにして鉄扇を広げて切り落としたり、触手を逸らしたりしている。
「わ、わ…」
恵美はステップを踏んで何とか回避しているが、円刃でそれを切るような器用な真似は出来なかった。金髪と茶髪もバッドで応戦しているが所詮はバット、どうこうなるものでもない。
調理実習室の生徒すべてが吸収されたと思った瞬間、触手が天井のサークルの中に戻り、数十と言うサークルが壁、天井に散らばった。
ぎち…り。
肉の塊が強引に裂かれるような音がした。
ぎちり、ぎち…ぐちゃとそこら中のサークルからその音が響く。
「なんだこりゃ」
響が口にするのも無理はない。所々のサークルの中に真っ赤な瞳が現れてこちらを一斉に見ているのだ。
「う、うわあああっ」
「ひいいいいいっ」
金髪と茶髪が悲鳴を上げると、黒いサークルから触手が伸びて金髪と茶髪に襲い掛かる。
「せいっ」
「危ないっ」
千石と恵美が触手を切り落とすと、切り落とされた触手がその場で暴れてまたサークルに戻っていく。
「動ずるなっ」
千石の一括で二人が悲鳴を上げたい気持ちをぐっと堪える。
いつの間にか部屋の中央まで押し込まれていて出口まで走るにしても、この人数ではつっかえてスムーズには行かないだろう。茜は「困ったわ…」と息を呑む。
「先生、なんかヤバいよ」
恵美が言うや否や、床の皹が広がって崩れ落ちた。
「なんでこーなるの!」
「きゃああああっ」
響と恵美が声を上げながら六人が階下に落ちる。
◆◆ ◆◆
校舎地下…?
水曜日 二時三十分
「むぅ」
恵美が目を覚ますと自分が何か温かい物を下敷きにしている事に気付いて上半身を起こす。
「平気か?」
千石の声が下から聞こえて恵美は自分が身体を重ねている事に気付いて飛び退る。
「もう少し優しく…してくれよ、いてぇ」
真っ暗闇で声だけ聞こえる状況ではどうしようもない。確か上から落ちて来たはずだったが、既に天井は塞がれていた。
ビリビリとワイシャツを肩口から歯で引きちぎって右手に巻き、千石はポケットをまさぐった。
カチン…ぼっという音と同時に千石が持っているジッポの火が灯り、オイルの一種独特な香りが漂う。土砂の崩れた先に運よく自分たちは流されたらしい。洗面台などが土砂の中から見えているところから見て、ここは調理実習室の真下、と言う事になるのだろう。
「天井が崩れた、ってこと?」
「恐らく、な」
他の連中は見当たらないが、土砂の中に居ない事だけを祈る。この状況で掘り起こす事も難しい。
恵美は無事を祈りつつも、二人が助けようとした千石の顔を見つめる。
さっきまではしっかり見れなかったが、細い顔立ちをしていて目つきが鋭い以外は普通の男子高校生だった。すらりとしてはいるものの、身のこなしからして何か武術をやっていた様な動きをしている。左手にしている白墨のような真っ白な鞘は実剣であることがわかる。
「これか?若頭に預かってるモンで、特殊な鋼で出来てるらしい。なんでも斬れる妖刀みたいなもんだ」
怖いか?と千石が腰のベルトに小太刀を収めると、恵美は首を左右に振る。
「俺は怖いね…なんでこんなことになっちまったんだろうな…」
「あ」
千石が、ではなく状況の事を言っているのか、と恵美が納得する。
「どれくらい寝てたのかな…」
「けっこうな時間っぽいな」
恵美が携帯電話を取り出して時間を確認する。十五分は寝ていなかったようだが、身体が冷える。
「ここはどこなんだ」
千石が壁を照らすと固い土が剥き出しになっていて、あたかも坑道の様な場所だった。
「学校の下にこんなものがあるなんて、知らなかったよ」
恵美が壁に触れるとひんやりと冷たかった。
「普通、こういう場所の上には建物は作らない。校舎自体は綺麗でも改装を重ねている年代物の校舎だ。ろくに調査もしてないだろうよ」
千石が先に進もうと歩きだして、恵美が慌ててその後を追いかける。
ぶうん、と何かが振動する様な音が聞こえて天井にある古めかしい電灯が灯り、ジッポの蓋を閉じる。
ジッポをポケットに戻して布切れを棄てて、千石が天井を見上げる。
「…誰か生きてるな」
「なんで」
恵美が言い切った千石に問うと、千石が電球を指差した。
「コードが伸びてる、明りを付ける様な連中はうちらしかいない。俺たちじゃなければ誰かが主電源を入れたんだろ」
「あ、なるほど…。千石さんって頭いいね」
「お前も頭を使ってくれ。下手をすると朝まで脱出できないかもしれないんだぜ?」
お前、と呼ばれて恵美が腰に手を当ててフンと鼻を鳴らす。お前、と呼ばれるのはあまり良い気がしない。
「私は恵美、鳳凰寺恵美!」
「は?」
千石が恵美の顔をまじまじと見つめると、恵美は真っ直ぐな視線にたじろぐ。
「な、なによ」
「お前、鳳凰寺敬介さんの?」
「え?お兄ちゃん?」
恵美が突然兄の名前を出されてきょとんとすると、千石が「まいったな」と頭を振る。
「なに?お兄ちゃんの知り合い?」
「さなえさんに何も聞いてないのか?」
「え、うん」
恵美は力関係に違和感を感じて首を捻る。金髪と茶髪は千石にさんを付け、三人ともさなえにさんを付ける。金髪も千石もさなえも三年生で同い年なのだが、金髪、千石、さなえ、ということになるのだろうか。
「まあいい…。敬介さんに話は聞いているよ。俺は君が守る」
守る、と言われてドキっとして赤面する恵美に千石が怪訝な顔をする。男性にはっきりとそんなことを言われる状況は…まぁ生きていてないと思ったが、まるで映画か何かのセリフのようなものを言われてどぎまぎする恵美。
あれ…。
兄が自分の話をすると、と思うとどうしても素直に喜べない。
「あの…お兄ちゃんはなんて?」
「気にするな。かわいいとか好きなモノは何とか、そんな話だ。少しニュアンスは違うが、生まれたての孫を自慢するおじいちゃん、って感じだったかな」
「…やっぱり」
がっくりと肩を落とす恵美に千石が失笑する。
「進むぞ」
「はぁい」
やる気のない返事をする恵美を意に介さず、新校舎地下通路を進んで行く。途中、錆ついて開かなくなってしまったドアを何枚も見つけたが、二人は真っ直ぐに進んだ。
「まるで防空壕みたいだな」
作り自体はしっかりとしているようで崩落する危険性はなさそうだが、時折「うおおおおっ」と低いうなり声の様な音を立てて風が吹き抜けて行く。
「外はDM、校舎内には怪物、そんで知らない地下通路かぁ…もうやだぁ」
恵美が弱音を吐くと千石は無言だったが、おおよそ同意しているらしく嫌そうな顔はしない。先ほどの化け物が現れるかもしれない、と周囲を警戒しているものの、逃げるしか手段はない。ほぼ一本道で時折十字路やY字路があるくらいで、隠れられるような場所がないので打つ手もないのが現状だった。
「千石さんって若頭さんなんです?」
「若頭って俺は堅気だって。若頭はさなえさんの兄だよ」
「よくわかりませんけど…なんかすごいんですね」
「不良の親玉さ、世間様から後ろ指を指されてる、ただのヤンキーだよ」
恵美にはそういう千石がどことなく哀しそうに見えた。
「ここが開くな、って言っても用事はないんだが」
ドアを開けると倉庫らしく、中には古い木箱がいくつか残されている。何の気なしに恵美は木箱を開けようとするが釘で打ち付けられていて開かない。
大小様々の木箱があり千石がそれを物色している。ただ待っているだけで暇なので恵美は手ごろな大きなの木箱の上に座る。
「何してるんです?」
「ん?ああ…使える物がないかなってね」
「ありますかねぇ…」
恵美が期待は薄いですよ?と言った様子で呟く。
「みんな無事かもわからないじゃないですか…」
「急ぎたい気持ちもわかるが、結局俺たちも遭難していることには変わりはない。合流できるかどうかは運次第ってところだな」
千石は小太刀の刃を隙間に差し込んで器用に蓋を開けて中身を見る。
「うーん」
二個、三個と大小の箱を開けて、千石が手に取ったものは本だった。
「なんですかね」
「様々な言語の本が入ってるんだけどな…っと、お宝発見」
小さい箱を開けてそれを取り出して恵美に投げる千石。からんからん、と鋼鉄製で鍵のかかった箱を見て、恵美が首を傾げる。
「空っぽみたいな音でしたけど…」
「まぁな、大事なモンだったら放っておかないだろうな」
千石も期待はしていなかったの様子で肩を竦めて見せてから鞘に小太刀を戻す。
「…なに」
千石がスカートの裾からすらりと伸びた脚に注目しているのに気付いて恵美が足をぎゅと閉じる。
「ちょっとそのお尻の下にある箱に興味があってね。お尻には興味ないんだが…」
「失礼な人ですね!どきますよ!」
恵美がぐっと反動を付けて立ち上がろうとすると、バキン!と音がして恵美が箱の中にすっぽりとお尻を突っ込んで手足をじたばたとさせる。
「これが本当の箱入り娘か…」
千石が適当なことを口にしながら、埃がもうもうと立ち込めているので、それが張れるのを待つ。
「助け…なくていいっ」
恵美に言われて千石がちらりと恵美のほうを見ると、見事にすっぽりはまってしまっている。
「…ほら」
手を貸すと恵美が渋々手を取って中から出ると、恵美が顔を真っ赤にしている。
「お尻にも興味がわいた…」
「…っ」
恵美が顔を真っ赤にするのも無理はない。千石にはしっかりと恵美の下着が焼き付いてしまっている。
「変態!馬鹿!死ねっ!」
恵美が拳を振り回すようにして千石に襲いかかるが、千石はひょい、ひょいと上半身を揺らしてそれを回避、がっと恵美の右拳を左手で掴んで、くるりと回して自分の腹に恵美の背中を押し当てる様にして引っ張る。自然と関節が決まって恵美が動けなくなると、千石は恵美の後ろから耳元に口を近づけた。
「大丈夫だって、水色の縞模様だったなんて言わない」
「あああああっ」
恵美が暴れるので千石が恵美を放した。
アーティファクトって最初、どんなのかなぁと思ってたんですけど、オーパーツというのがそういうものらしいですね。
まぁ昔の技術のほうが優れていて、という話はよく耳にするのですが…。今回の場合はちょっと違うかもしれない。
なんかいい武器の構想とかないかなぁと思いつつ、じっくりまったり続けていきます。
絵が書けたら!絵が書けたら挿絵も書けて伝えやすいのに!と自分の文章能力に自信がどんどんなくなってきてしまっていますね。
あー、ないものねだりはしかたがないので、あきらめて…いやいや、努力していきたいと思いますよ?
話が大きくなる前に終わらせる技術を誰かくれえええええ。




