コンビニに置いてあるごみ箱に燃えるごみと燃えないゴミがあるのはわかるけど、なぜその隣に燃やせないごみのゴミ箱があるの?燃えないと燃やせないは一緒だよね?
神機と一般の機体、ロットエクシードとかと何が違うの?って話をしてもらったんですよ。
アーティファクトの能力やそのものを装備できるのが神機らしいです。要するに、人間が使ってたサイズのものを大きくできる、加えてその能力を神機に付与することができる、だそうです。そう言えばだいぶ前にそんなことを翡翠と萌がやっていたような気がします。
そして、萌どこいった?って思った。
ではまた。
十三機関本局 屋内演習場
六月の第二週 土曜日の二十時丁度
広い浴槽でお尻をぷかりと水面に浮かばせ、うつ伏せに浮いている三咲を見て恵美は呆れながら湯船に足を突っ込んで大きく伸びをする。
ここに泊まり込みをしているスタッフやらのために設けられた場所で、三咲は親に電話一本で『話題の』十三機関のロットエクシードパイロット候補生育成プログラムに参加することを伝え、ここにいた。
一分近く顔を上げない三咲に恵美は話しかける相手もおらず、目の前を左から右に移動しているお尻を見ながら首を左右に振ってコリを解す様に音を鳴らした。
敬介を相手に二時間近く飛んだり跳ねたりしていたのだから疲労もたまっていたが、それよりも三咲の事の方が心配だった。
夕食を取る十九時の少し前に、今日は泊ると言う事をご両親に報告し、ロットエクシードの件も同時に伝えたと言っていたが、明るい表情で微笑みを絶やさず呑気な口調でも確かにはっきりと最後に言った言葉が恵美には忘れられなかった。
家にはもう帰りたくないんですよねぇ。私の居場所なんてないから。
確かにそう言ったが三咲はすぐに話題を変えてしまい、恵美は追求する事が出来なかった。
ピーッピーッ!と高い電子音が鳴って恵美が驚くと、三咲がざばっと水面から顔を上げて慌てて立ち上がり、浴槽の近くの洗面器から携帯電話を手に取る。
「こんなところにまで…」
恵美が呆れると、三咲の下ろした髪の毛を見るのが久しぶりだなぁと心のどこかで思った。三咲はいつもツインテールで縛っているために、下ろすと肩ほどまで髪の毛が垂れていた。
ほっそりとした体つきで萌といい勝負のその肢体で…何をそんなに焦っているのか恵美にはわからなかったが、三咲は携帯電話のタッチパネルをいじりながら浴槽に戻り、腰を下ろした。
「どしたの?」
恵美が尋ねても三咲は携帯電話に集中して聞こえていないようで、恵美はニヤリと笑うと両手を組んで三咲に水鉄砲を飛ばすと、三咲の顔に見事に命中して三咲が目を丸くする。
「なにするんですかっ!」
三咲が携帯電話を握ったまま、両手で恵美に水をかけると恵美は顔を隠しながらそれをガードする。
「いや…三咲ちゃん、ケータイ持って来てまで何があったのかなぁって」
「あ…これはですね。バードストライクの報告が上がったら私にも見せて下さいって敬介お兄様にお願いしてたんですよ」
三咲がそう言うと、恵美はへーと三咲に近づいて二人で並んだ。
「バードストライクってなに?」
「飛行している航空機に鳥や飛来物がぶつかってしまうことです。今回は大型の海鳥だったそうですけど…これが西暦末に絶滅している種だったそうです」
三咲が画像を恵美に見せると恵美はぎょっとした。何やら奇怪な首が長く頭が小さい代わりに腕が無く、足も小さいのに大きな平べったい何かが付いている生物を見て唖然とする。
「鳥?きしょ…」
恵美が気持ち悪がるのも仕方がないが、鳥などは図鑑でしか見られない生物だ。問題はそれが何処から来ているのか、という話しになる。
「サフィナは広いですからねぇ…。星の約半分の陸地をサフィナが領土としていて、ここの国境線から向こうに小さな国が十数個あるくらいです。それ以外は海。陸地は星の十分の一程しかなくて、他は全部海です。つまり…サフィナとここら辺の国以外は全部海なんですよ」
「知ってるよ。それは」
恵美がそう言うと三咲が頷いた。
「意味もなく船を出す必要がないために、陸送か船舶輸送、しかも近海を移動するだけになっている今、遠海に出る船は存在しなくなっています。そこがキーだと思っているんですよ」
「海に何かあるって?まさかぁ、それだったらもっと早くにバードストライクとか起きてもおかしくないんじゃない?」
三咲に恵美が笑い飛ばす様に言うと、三咲は神妙な顔をしていた。
「大規模地殻変動前までは国と国が…大陸がもっと細かくて分散していた可能性があるんです」
「データロストした今じゃ知る方法はない…だっけ?」
社会の授業で習った事を思い出しながら恵美が呟くと三咲が頷いた。
「ユグドラシルレポートなら、記述されてると思うんです」
「ああ…それに関して面白い話をしていたおじさんがいたなぁ。敬介お兄ちゃんと一緒にその人の話を聞いたんだけどさ」
恵美がぼんやりと思いだした事を口にすると三咲が怪訝な顔をした。
「大規模地殻変動前は海が七つあって、もっと国と国は離れていたんだってさ。海にはもっと多くの生物がいて、空を飛ぶような生物もいたはずで、その時代の人は地面から燃料を掘り起こしたり、風をエネルギーに変えて生活していたんだって。食べるものも自分たちで育てて、お肉とかも動物から削ぎ取っていたとかどうとか」
恵美が難しそうな顔をしてその事を口にする。
「プラントがある時代の私たちには想像もできない世界よねぇ。動物を食べたり、海の中のものをすくい上げて食べるとか、油を燃やしてエネルギーを確保する生活って、ちょっと想像できなかったかなぁ」
恵美の言葉に三咲がうんうんと頷く。
「世界学会はその人の発表がでたらめだって言って学会を追放しちゃったけど、プラントが出来る前の話をなんでそんなに否定するのか理解出来なかったし、敬介お兄ちゃんだけがその人の話を信じてたなぁ」
世界の学者がインチキ学者、妄想被害者などとまくしたてる中、その人物は世界から姿を消したことを思い出した。たしかその学者の描いた鳥の絵は三咲の持っている携帯電話に表示されている画像によく似ていた。
「恵美センパイはどう思いますか?その学者さんの話」
「当時の私は小さかったから、周りの大人がどうして騒ぐのかわからなかったけど、素敵な話だと思うのよね。まぁ動物を食べるとかってのはちょっと嫌だったけど、その大昔の話っていうのが本当かどうかは別にして、面白い話だと思ったわ」
「今では…どう思いますか?」
妙に食ってかかる三咲に恵美がきょとんとして「うーん」と悩む。
「楽しそうで良いと思うよ。データしか信じない今の人たちがあっと驚く様な昔のことを調べて、本当にその証拠みたいのを今も探し続けているなんて、ロマンがあると思うの」
恵美が微笑むと、三咲も笑顔でうんうんと頷いた。
「アルカナ歴に入って人はプラントの恩恵を受けてのびのびと暮らしているわね。まぁその半面、DM現象で地上はどんどん汚染されて、空にはメテオカーテンなんてものが覆ってしまっているけどねぇ」
恵美が残念よね、と苦笑すると三咲は首を傾げた。
「メテオカーテンって私たちは言葉の上では知ってますけど、流れ星がいっぱい降ってるんですよね。よく地上まで降って来ないなぁって思うんですけど」
「それはだな」
敬介の声が聞こえて二人がぎょっとして慌てて胸を隠して湯船に浸かるも敬介は腰にタオルを巻いたまま湯船にどっぷりと浸かった。
「お兄ちゃん!さっきお風呂自室で入ってたじゃない!」
恵美が叫ぶと三咲は顔を真っ赤にして恵美の後ろに回り込んで隠れてしまい、敬介が「気にするな」と片手を上げる。
「セクハラじゃないの?ねぇ!」
「兄妹で何を言う。隠すもんは隠してるだろうが。見たいのか?」
「殺すわよ?」
恵美が右拳を敬介に向けると敬介は片手を上げてそれを拒否する。
「た、タオル持って来ます!」
三咲が湯船から上がってダッシュで脱衣所に入り、大きなバスタオルを巻いて戻って来て、恵美に一枚手渡す。
湯船にタオルを入れる事は禁止されていたが、敬介がいるのだから仕方がない。その上敬介は出て行く気配が全くなかった。
「他の人が来たらどうするのよ…」
まさかの混浴状態に恵美がため息を吐くと敬介がにやりと笑った。
「貸し切りにして来た。隊長主席権限で」
「…女湯を貸し切りにしてどうするのっ!」
恵美がざばっと立ち上がるとタオルがはだけて慌てて湯船に戻ると、敬介はクスクスと笑った。
「どーせ三咲たんはこの後、俺のところに来ると思ったんだ。だから来た」
来てやったくらいの事を言われて恵美が呆れると、三咲が恵美の後ろから出て来て敬介の方を向いた。
「調査…するんですよね?」
「バードストライクが発生した地点はあの海岸沿いの基地から海上に六百キロの地点だ。船で行くにしてはちと面倒だし、かと言って航空機を飛ばす手段がない。あとはメテオカーテンの話だよな?」
敬介が尋ねると恵美と三咲が同時に頷いた。
ここまでされてアレだが…敬介にやましい気持ちがないことのほうが不自然だった。男子は女の子の身体のことで何やら騒いでいるのが普通なのに、敬介は全く興味がない、と言うよりもそれよりも大切な事があるようにも思えた。
「メテオカーテンがいつから降り続いているのかわからないし、宇宙に上がる事が出来なくなって以来、その情報は民間に与えられなくなってしまったから、知らない人の方が多いんだよね」
「宇宙?」
恵美が首を傾げる。知らない単語だった。
「空のもっと上、惑星のことは習ったのに、それに対応する宇宙の事が出ないから不自然に思うことも多いと思うんだけどなぁ」
敬介がそうこぼすも、恵美にとっては授業などはどうでもいい事に値するので、惑星の勉強をした時に何も不自然には思わなかった。勘付く生徒もいるのかもしれないが、結局はその時だけで追求をしない内に違和感を忘れてしまう、それが常なのかもしれない。
「惑星を覆う大気のない場所に宇宙っていうものが存在していて、空の高い場所にどんどん上がって行くと気圧が下がって、宇宙に出てしまう。大気圏と呼ばれる空は地上から百二十キロ程度までのことを言うんだ」
敬介がそう言うと三咲がふんふんと興味深そうに頷き、恵美はお湯を指で掻きまわしながら適当に頷いた。
あまり興味ないんだよなぁ…。難しいし…。
恵美にとってはどうにも興味がない話で、敬介は三咲にだけに言葉を投げかける。
「まぁ、他にも星…惑星は太陽の様に光を放つ恒星があってその周囲を回っているのが俺たちの住む惑星。そして惑星の周りを円を描く様な軌道で回っているのが衛星って言うんだ」
「衛星都市…?」
恵美は前に自分が誘拐された時に衛星という言葉を聞いた事があるような気がして尋ねると敬介が頷いた。
「衛星都市って言うのは首都に近い場所にある街みたいなところを指すんだよね。首都を惑星に見立てて、その近くにある街を衛星って言うの」
「なるほどねぇ…」
恵美が妙に納得すると敬介は続けた。
「まぁ、小惑星群が太陽系っていう俺たちの住む太陽を中心に回る軌道の惑星に近づいて来ていて、今もずんずか降り続いているわけだ。メテオカーテンは空を塞ぐ隕石の群れで、地上四十キロメートルより上は隕石が燃え尽きる前で危ないから飛行が出来なくなったってわけだな」
「小惑星群…隕石…」
「隕石って言うのは巨大な岩みたいなもので、地球の重力で引っ張られて宇宙から激突しようとして降って来る石のこと。小惑星ってのは石の群れだね」
「空気摩擦で燃え尽きるってことか」
恵美がぱちゃん、と拳を作って水面を叩く。
大気圏を水面に見立てて、拳を突っ込ませ、水の中を移動させようとすると水の抵抗を感じる。燃え尽きるほどの空気抵抗があるのだから、衝突エネルギーはとんでもないものになるはずだった。
「この星の自転速度、公転速度を無視して来る天体だからな。そいつらも飛んでもない速度で突っ込んで来るんだ。大気圏に突入したら燃え尽きるのはわかるよな?」
「何となく…」
三咲がそう言うと恵美は首を傾げた。
「でもさ…無茶苦茶大きな隕石がぶつかって来たら…燃え尽きないでその破片が地上に飛んでもない速度でぶつかるわけだよね?車みたいに」
「車なんて比じゃないんだけどな」
敬介は恵美の着眼点に頷き肯定する。
「サイズやその隕石の質量にも影響されるけど、まぁでっかい隕石が地上に届いたら、大きな穴が開いて爆風が広がって、その爆風で砂塵が舞い上がって空を覆って大火災が発生した後、惑星が炎の海になった後に氷河期が来る。むっちゃ寒い日が続くってことだ」
「え、じゃあメテオカーテンの中に大きなものがあったら大変じゃないですかっ!」
三咲が青ざめると敬介は首を左右に振った。
「メテオカーテンのせいで宇宙には上がれないんだけどな…。静止衛星軌道上ってところに大きな目のネットの様なものが張り巡らされていて、惑星を覆っているらしい。そこで大きな隕石は破砕されて…細かくなった隕石が大気圏に突入しているってユグドラシルレポートの断章にあった」
敬介がそう言うと恵美と三咲は顔を見合せた。聞いた事もない様な話だった。
「そう言えば三咲はパワードアーマーの中でも別格の機体、神機って言うのを見た事が無いんだったな」
「え?ロットエクシードが初期ロットなんじゃないんですか?」
敬介に今日聞いた話ではロットエクシードが実験期待で生産され、今は量産されていると言う話だった。
「神機はロットエクシードの元になった機体で、今の科学じゃ作れない機体なんだ。サンクチュアリで発掘されたり、とんでもない場所から出てきたりするんだけど…見て見るか?」
「はいっ!」
サンクチュアリと聞いて三咲がざばっと湯船から上がり、敬介も湯船から上がって外に出て行く。
「…一緒に着替えるつもりかしら」
恵美は三咲がそんなことも忘れているのか、と呆れると、脱衣所から三咲の大きな悲鳴とばしんばしんっと二回大きな何かを叩く様な音が聞こえて、恵美は「ざまぁ」と敬介の身に起こった事を予想して苦笑した。
◆◆ ◆◆
十三機関本局 パワードアーマー格納庫 神機特別ドック
六月の第二週 土曜日 二十一時
敬介に三咲、恵美が連れて来られた場所には、アスタリスク、ジェネシス、そしてサンライズブルーが並んでいた。
敬介に言われるまま、恵美は白色のパイロットスーツに着替え、三咲は守りの鈴のバトルスーツを着用していた。敬介は相変わらず白衣を羽織り、ポロシャツに灰色のズボンを履いていて、研究者スタイルだった。
アスタリスクはドッグハンガーに吊るされる様な形で駐機しているが、脚部が妙に細く接地するはずの場所は既に針の様に細い。
ジェネシスは女性の様に細い機体だったが、甲冑を付けた騎士のような装甲をしており、見た感じ俊敏に動きそうな機体だった。
続いてサンライズブルーは二機に比べては太いようながっしりとした身体付きの機体だったが、ロットエクシードに比べるとやはり駆動系が小型でほっそりとしている印象を受けるが二機に比べると特徴が少ない様な気がしていた。
一番奥のアスタリスクの前に三人が移動して見上げると敬介が口を開いた。
「三機とも…ロットエクシードよりも高出力の機体でアスタリスクは恵美をメインパイロットに選定している」
「ふぇ?」
三咲が首を傾げると、恵美はアスタスクの脚部をバンと叩いた。
「構造解析とか全然出来ない子なんだけど、パイロットコードを入力したら本人以外が動かしても本来の性能を発揮する事が出来ないみたい。私はそれを知らないでアマテラスからこいつを奪う時に使っちゃったんだけど、この子見てのとおり、フロートタイプなのよ」
「フロートタイプ?」
三咲は聞き慣れない単語に更に首を傾げる。
「ふわふわ浮いてるタイプの駆動方式を持つ機体だ。こいつはバーニアなしで動かせるのに、アマテラスは無理やり動かそうとしてバーニアをごっそり付けてやがったから全部引っぺがしたんだ。正直な話、恵美以外には動かせないな」
敬介がどうにかしないとな、と呟く。
「なんで恵美センパイにしか動かせないんですか?」
三咲の質問に敬介はトントンと左手の人差し指と中指の二本で自分の頭を叩いた。
「こっちの問題なんだ。フロートタイプは常に浮いているから、バランス制御がすごく難しい。反重力発生装置と斥力発生装置を常に使っているらしくて、オーバーテクノロジーの機体だ。自分の姿勢を常に把握して、動かしたい時には二つの機関を適切に使ってやらなけりゃならない。その上、火器管制が加わって駆動管制も同時に行おうとすると…普通の人間だったら頭が狂ってしまう前に動かせない。機体が要求して来る処理の波に飲み込まれるからな」
「はぇ?」
三咲がもう首も曲がらないだろうと言うくらい首を傾げると、恵美が苦笑した。
敬介は苦笑してジェネシスの前に立つ。
「これは萌と翡翠にあてがわれている神機ジェネシスだ。背部の特殊ユニットであるウィングフライトシステムを搭載して、背中に翼乗のエネルギーを放出して機体制御と高速移動で小回りが利く。剣を振り回す二人にとって都合のいい機体だが…やっぱりシステムのアンサーバックが大きくて、萌の頭の中を借りて要る上にエネルギー消費が激しいから、萌の肢体駆動ユニットを補助動力として使用している」
「…むー」
三咲はまったくわけがわからない、と首を捻り、敬介は本題はここじゃないしな、とサンライズブルーの前に立った。
「これは…さなえと三咲を選任パイロットにしようと思っている機体だ」
「ふぇ?私ですか?」
三咲の驚いた声が格納庫に響き、恵美が苦笑する。
「全環境対応可能なのが神機のウリでもあるんだが、この機体は特に汎用性が高い分、俊発的な火力に劣る機体だ。機動性は元より左の二機に劣るし、遠距離火力はアスタリスクに劣り、近接の稼働や反応速度はジェネシスに劣る。良いところがない様に見えるが…汎用性が高いってことは特殊な状況でもすぐに武装を換装することで対応が可能になる」
「どんな状況でも…闘えると?」
「そうだ」
三咲に敬介が断言すると、三咲はサンライズブルーを見上げた。
「特殊な機関を積んでいないと思っていて解析したら広範囲のレーダーのようなものを搭載している。その分、装甲強度に問題があることが判明してるために、三咲たんの守りの鈴で防御力を補強、遠距離からの攻撃を目的とし、接近戦ではオールラウンダーのさなえを搭乗させることでバランスを計る」
「私が主戦力に入っていいんですかね?」
三咲が恵美の表情を伺いながら敬介に尋ねる。新参者がこんな神機と呼ばれる特殊なものに乗っていいのかと不安にすらなった。自分はロットエクシードすら満足に動かせないのだ。
「ユグドラシルレポートにあった神機の設計図を元に、材料も集まって再建造しようと思っている。その機体に他の候補生のトップパイロットを起用するつもりだ。適性がある人間を神機に搭乗させる。もし三咲たんよりも適性がある人間が育ったと思ったら…」
敬介は三咲の顔を真っ直ぐに見て…言い放った。
「不要な人間は切り捨てる」
三咲がぞくっとして背筋を震わせ、泣きそうな顔をすると敬介の後ろにいた恵美が敬介の腰を蹴っ飛ばした。
「私の後輩をいじめないでくれないかなー?けーにぃ」
怒りを顕わにしている恵美に敬介が苦笑する。
「まぁ…神機ってのはパイロット登録したらすぐには消せないらしいから、簡単にはそう言う事はないと思うぜ。恵美、アスタリスク発進の許可を出す。三咲たんを空に連れて行ってくれ」
「了解」
恵美がそう言うと、三咲は目を丸くする。
「今からですか?」
「なに、少しばかり遊んで来いって言ってるんだ。帰還した癒杏と大津はもうロットエクシードで訓練してるが…三咲はどうする?」
「え?大津センパイが訓練を?」
三咲は出しぬかれた様な気がして複雑そうな顔をする。
「言っただろ?パイロットは適性が認められたものから優先的に神機パイロットに決定する。これは…セントラルパニッシュメント隊のメンバーの選定でもあるんだ」
「セントラルパニッシュメント、パニッシュメント隊の正規隊ってことで、それ以外の人間は交換人員になるってことだね。アーティファクト戦とパワードアーマー戦、両方をこなしてこそ、そうなれるの」
恵美が三咲の手を取ると、三咲は恵美の顔を見上げた。
「私が…恵美先輩の助けになれますかね?」
「どうかしらねぇ」
恵美は苦笑しながら整備橋の階段を上り、コクピットに入り込む。
「三咲ちゃんは前、アスタリスクの動かし方はぜんっぜん違うから、乗ってて」
「え?あ、はい!」
三咲が元気よく返事する声が足元にいる敬介にも聞こえてくる。敬介は白衣のポケットからインカムを取り出して恵美たちと繋いだ。
「こちら神機アスタリスク、パイロットネーム、恵美。発信許可が出ています、カタパルトレールをホットにしてください」
恵美の声に管制室が一気に慌ただしくなった。
今頃管制所では敬介からの出撃命令が出ている事に慌てふためいているだろう。
ビーっと電子警告音がドックに響いて敬介はアスタリスクを見上げる。
「警告します、神機ドックに存在している全ての整備員、研究員、アスタリスク搭乗予定以外の退去命令が発令されました。警告します…」
女性の声で警告が発令されると、ドックに研究員と整備員たちがドアの出入り口に顔を出してアスタリスクを見つめている。
フロートタイプのパワードアーマーが動く瞬間など、見た事がある人間の方が少なくないために研究と整備のために見学に来ていた。
「恵美、操作手順マニュアルをオープンスピーカーで伝えてやれ」
敬介がインカムにそう言うとブツンと何かが接続された様な音がドックに響いた。
「こちらアスタリスクパイロット、管制室へコール」
「こちら管制室、恵美へ了解」
恵美の声と管制官の声がドックに響き、全員が「おー」と感嘆の声を上げる。通信回線さえまともに使えなかった研究員たちの目の前で恵美はやすやすと通信ユニットの使用を行っていた。
三咲はシートに着座して目の前にある小さなコクピットディスプレイに流れるイングリの羅列に目を回しそうだった。
「こちらアスタリスク、スタートアッププログラムを実行します。ハッチ閉鎖」
ハッチが閉じてコックピットディスプレイの灯りが恵美と三咲の顔を照らす。
「予備電源により、フルビュースクリーン起動を最優先」
三咲が怖がらない様に外の様子がコクピットの周囲三百六十度の球体ディスプレイに表示されて、一気にコクピットが明るくなった。
「機密ロック、ロック確認。エネルギーライン、チェック完了、損傷なし。メインジェネレーター、コンデンサー、スタートアップ」
恵美がパネルをタッチして行くと、ぶんっと何かが動き出して三咲は両目を閉じてずんっと何かに頭を殴られた様な衝撃に耐える。
「ごめん、ちょっとオーバーフローして頭部スキャナからそっちに情報が流れちゃった」
恵美が苦笑する様がコクピットディスプレイのマルチモニタに小さく表示され、三咲は首を横に振った。
「大丈夫です」
「そう…」
気丈に振る舞って見せた三咲に恵美は心配そうな顔をして、すぐに真顔に戻る。正直、三咲にとっては頭痛がずっとまだ続いていた。先ほどまでの激しい痛みではないが、ずんずんと鈍痛が続いている。
「システムチェック…オールグリーン。重力管制システムオン、および斥力管制システムオン」
「ひゃっ!」
三咲はロットエクシードとは違う妙な浮遊感のようなものを感じてきょろきょろと周囲を見回すと、ずんっと何かにぶつかった様な音が聞こえた。
「管制室へ、ドックハンガーを上げてください」
「管制室、ドックハンガーロックを解除します」
両肩を上から抑える様にしてた鋼鉄のアームが上に上がって行くと、完全に機体が空中に浮遊し、床面から二メートルほどの高さで滞空していた。
「システムリチェック、オールグリーン。カタパルトエレベーターへ移動します」
「こちら管制塔…カタパルトエレベータへの侵入を許可します」
その応答に恵美が機体を動かすと、上下振動も接地感もなく自機がつい、と前に移動して三咲は驚いた。
動いている感じがしない。
駆動音まで何も聞こえない、静寂の中の機動に三咲は何が起こっているのか全く理解出来なかった。
ロットエクシードを動かしたい時は、頭の中で自分が歩くイメージを行いながら、それを補佐するために機体を操縦するのだが、そのイメージが全く通用しないようだ。
三咲は真後ろの斜め上に座っている恵美を見上げると、恵美はペダルとマニューバーに四肢を伸ばしているが全く動かしていなかった。
頭の中のイメージがそのまま…機体駆動に繋がる機体?
三咲は直感的にそれを感じると恵美が今考えているであろうことを思うと気が狂いそうだった。
前後左右のバランスだけではなく、上下まで組み込んでの起動。速度や力のかかり方まで瞬時に計算して、何をしなければならないのかを永続的に考え続けなければならない。
高度計は壊れてしまったかのようにずっと同じ値を示し続け、全てのジャイロセンサーも水平を保っていた。前加速ベクトルだけがプラスを表示し、後加速ベクトルだけがマイナスを指示している。恐ろしい感覚だった。
カタパルトへ続くエレベーターに乗った後、エレベーターが移動する時ですら恵美は自分で操作しなければならなかった。
三咲ちゃんにこの感覚はわからないだろうな、と恵美は思う。
どこにも触れていない、と言う事は箱の中に入っていてもその箱と同じように移動しなければ空間を移動する事は出来ないのだ。
カタパルトレールのバースに入って、本来ならば脚部を固定しなければならないのだが、その脚部がない。ビンディングロック出来ない構造のアスタリスクはカタパルト発進が行えないので、恵美は長いトンネルの中で左右に一本伸びる光のラインの点灯を待った。
何枚もの隔壁層が存在し、地上へ出るまでは二キロを超えるカタパルトラインを空に向かって突き進まなければならない。真っ直ぐに空力抵抗や風の抵抗を抑えるために作られている純粋加速用のトンネルが自分たちにとっては邪魔でしかなかった。
「カタパルトゲート、完全開放を確認しました。ランチアウト不可能機体のため、自力で発進してください」
管制官に言われて恵美は「らじゃー」と答える。
「三咲ちゃんはカタパルト発進経験ある?」
恵美が尋ねると、三咲は首を左右に振ってからハッと気付いた。口で答えなければ伝わらないのだ。
「あ、ありませんっ!」
緊張した上ずった声を聞いて恵美は苦笑する。
「えっとね…巨大なハンマーで機体を殴り上げる感覚かな…」
「わ、かりませんよぅ…」
三咲が泣きそうな声で答えると、恵美は小さくため息を吐いた。
「実践は座学の何倍もの効果があるってことだ。やってやんな」
敬介の声がコクピットに響き、恵美は「りょーかい」と答えた。
「えっと…じゃあロットエクシードのカタパルト発進で飛行ユニット背部接続時の脱出速度と同じ加速度を持って発進するね」
「え?あ、はい」
三咲は恵美に言われてロットエクシードが遠い戦場に向かう時に使用する背部飛行ユニット…戦闘機の翼のようなものとジェットエンジンを搭載したランドセルのようなものを思い出して返事をした。
「恵美、三咲機…神機アスタリスク…発進します」
恵美が管制官に最終通達を行い、三咲は全身に力を込めて来るべく衝撃に備える。
「set on your ready?」
恵美が三咲に尋ねる。
「I’m on ready set」
三咲が震える声で答え、恵美は頷いた。
『go fight go win!』
恵美と三咲が同時に叫ぶと、機体が一気に急加速してベクトルとジャイロセンサーが狂った様に数字を変動させた。
分厚い装甲の中にいるはずなのに、ゴーッと言う空気の音が耳に入って来て三咲は体感速度に恐怖する。ジェットコースターとは比べ物にならない速度で思わず目を閉じると、耳に入っていた音が聞こえなくなって目を開くと、シートに押しつけられていた身体がだいぶ楽になった。
「こちら管制室、高度制限区域から離脱しました。高度制限を解除します」
「ラジャーコントロール」
恵美がそれだけ言うと、コンクピットディスプレイに映っている三咲の顔がきょろきょろと周囲を見回している事に気付いた。
「現在、高度五百メートルを飛行中。綺麗でしょ?」
暗かったが補正処理されたフルビュースクリーンには月夜に照らされた森がしっかりと映り、遠くには街の明かりが見えていた。
「もっと上がるわよ」
「はい」
三咲が先ほどまで緊張していて震えていた声がしっかりとしたものに変わって、恵美は機体をまっすぐ上に上げた。
「マッハ三コンマ四。簡単に言えば音速の三倍」
「さっきより怖くないです…ね」
三咲が過重に耐えながらもそう答えると、恵美は苦笑した。
「高度三十五キロメートル。三咲ちゃん、上を見てごらん?」
恵美に言われて三咲が顔を見上げると、真っ赤に燃えている隕石群が燃え尽きていた。
何十本もの光の線がこちらに向かって降ってくるが、燃え尽きて消えて行く。
滞空してゆっくりと水平飛行コントロールを行いながら、三咲が周囲をきょろきょろと見回している。
「少し背伸びをして、駄目だと言われていてもそれをやってみたら…こんな世界が広がっていたのね。私も最初は驚いたわ」
恵美がぽつりと呟くと、三咲はドキっとした。
「私がなぜ闘うのかって前に聞いたと思うけど、私は挑戦したいの。お兄ちゃんが知ろうとしていることは、人類が一度放棄した記録。そこにはこの事も明記されていて、知っていても私たちには知らせてくれなかった。私も知りたいの…世界のこと」
恵美の独り言のような言葉に、三咲はなぜだか泣きたくなった。
憧れていた先輩が一人でどこかに行ってしまうような感覚と、もう一つ…。
「私も…私も知りたいんです」
父親が世界から嘲笑されても追い続けたことを、自分が変わって追い続けたい。そう思っていた。いつからかははっきりと分からなかったが、確かにそう思っていて、今もその事実に一番近い存在である敬介に話を聞きたくてしかたがなかったのだ。
「きっと…DM現象とメテオカーテン。私たちを閉じ込めているこの二つがカギだと思う。私もそう思う」
「私も一緒に…付いて行っていいですか?」
恵美は三咲に尋ねられて「そうね」と頷いた。
「でもその前に…お勉強の時間っ!」
恵美が機体を一気に加速させると、上昇ベクトルを感じて三咲は驚いた。
ピッチ角度四十五度で更に上空に上がると、隕石群の中に突入して行く。
「警告!飛来物多数接近!警告!上昇限界、高度オーバー、下降してください!」
「あー、言語パッチは当てたんだ。さすがお兄ちゃん」
恵美が音声警告装置をカットオフすると、すぐに管制官が騒ぎ出した。言っている内容は同じなので恵美が無視する。
前後左右上下に機体をダンスさせるように動かしながら、三咲はがくがくと頭を振られて目を回しそうになる。
「センパイ!センパイ!ぶつかります!」
いくつもの小さな破片が高い密度で密集してアスタリスクに迫り、恵美は楽しそうにその破片を回避して行く。拳大のものは回避、それよりも小さなものは装甲面で弾けるので無視する。
カメラが捕えて高速で反応して機体を動かす。
二三分の隕石群突入だったが、三咲にとっては二十分にも三十分にも感じられた。
恵美が隕石群から降下して、ふぅと息を吐く。
「まーたやりやがったな」
敬介の声がコクピットに響いて恵美が舌を出して照れ笑いをすると敬介はガシガシと頭を掻いた。困らせたりするとよくやる昔からの敬介の癖だ。
「回避運動の演習」
恵美がそう言うと、敬介は「さいですかー」と抑揚のない声で答える。
「三咲たーん、生きてるかー?」
「死んでまふー」
三咲は目を回しながらそう答えると、恵美はやり過ぎたかな?と小首を傾げる。
「…恵美、三咲たんにコントロールを」
「…そっか」
敬介に言われて恵美は何となく感じていたことが事実だった事に気付いた。敬介もこちらのことをモニタリングしているはずだったが、同じ事を思ったらしい。
「三咲ちゃん…動かして」
「はひ?」
三咲がシートに背を付けて身体を強張らせると同時に、恵美はコントロールを解放する。
「you have control」
「あっ、I have control!」
三咲が両手を伸ばしてマニューバーを握ってペダルをぐっと踏みしめる。
「うご…かせる」
三咲は自分でも信じられない程スムーズに上昇、下降、右旋回、左旋回を行い、地表に向かって腹這いになって水平飛行して見せたり、空に仰向けになってすいすいと夜空を泳いで見せる。
「恵美…隕石群に突入させろ」
敬介の声が恵美のヘッドセットのみに送信されて、恵美は少しばかり緊張した。小さなものならば影響はないが、大きなものに直撃してしまえばただでは済まないはずだ。
「え?あれ?お?」
三咲がぐいぐいと上昇している機体に気付いて恵美を見上げて不安そうな顔をすると、恵美は悪戯っぽく微笑んだ。
「よけてー?」
「えーっ!」
恵美が機体を動かした事に気付いて、三咲が青ざめると警告アラームがけたたましく鳴った。上からいくつも降って来る物体は隕石同士がぶつかったりして軌道を変えて来るものもある。
三咲は瞬間的にフルビュースクリーンに表示されているものの相対距離を見て、すいすいと回避して行く。
目がいいんだ…三咲ちゃん。
恵美は三咲の視力の良さを思い出してそう呟いた。
部活動中に矢の片づけをしていたところ、ミスをした男子生徒が二つ隣のレーンから放った矢を三咲は上体を逸らして回避して見せたことがある。通常、アーチェリーの矢はそんな程度で避けられるようなものではない。
動体視力、反射神経のどちらも超人的なものを持っている。
人間でありながら、その反射速度はアーティファクターたちを凌駕するという統計が出たのも敬介は知っていた。デミヒューマンの種別の遺伝子を保有しているかと思って調査してみたが、三咲は純血種の人間だった。
身体能力で全てをカバーしていることに敬介は気付いて、こんな強硬な手段に出たのだ。
回避ルートなし…。
恵美が接近して来る大きめの隕石三つを捕捉してコントロールを自分に戻そうとしたが、三咲がじっとそれを見つめている事に気付いた。
えーいっ!ヤケだヤケ!死んだらお兄ちゃんの枕元に出てやる!
恵美は覚悟を決めると、敬介は地上でぶるっと身震いしていた。
アスタリスクは地上を背にして上体を斜め四十五度の角度で隕石を左脚部と右腕を通して見せる。ぎりぎりの回避だったがどうにかなった。
そして三つの同時に等速で接近して来る隕石を三咲が捕捉して、アスタリスクは守りの鈴の能力を発動させた。
ショックフィールドを両拳に展開して、隕石の一つを右拳で破砕、続いて右拳を腰に引き付けるのと同時に左拳で破砕し、その場で上体を逸らしつつ三百六十度回転してバック宙返りをして三発目を完全に回避する。胸部コクピットすれすれを通過した隕石はそのまま燃え尽きて、三咲は大きな隕石が接近して来ない事を確認して一気にアスタリスクを下降させて安全圏に脱出させた。
殴って壊したって…。
恵美はタッチパネルを叩いて損傷をチェックするが、五指マニュピレーターに損傷はなく、ほっと安心した。
「守りの鈴が…使えるんですね」
三咲がほう、と安堵のため息を吐くと、恵美も安心した。
「うん、まぁ、地上に戻ろうか」
恵美がコントロールを回収して地表に降りて、フロートしたままコクピットハッチを開くと三咲が外に降りてその場にへたり込んだ。
極度の緊張と疲労で立ち上がれない程だったが、不思議と気分が良かった。
三咲の隣に恵美が座って、二人が空を見上げる。
「恵美センパイ、空には星が輝いているんですね。お父さんが言ってた通りだった」
「あ、そっか。メテオカーテンのストームのせいでここからだと星が見えないんだね」
三咲が言った事に恵美が納得すると、三咲が頷いた。
「なんで星が見えないんだろう、あるなら見えるはずなのにって思ってたんですけど…。隕石の破片が小さい星の光を消しちゃってたんですね。ここからだと隕石が燃えるのも見えないから気付かなかったんですね。あんなに綺麗なのに…残念」
三咲が本当に残念そうにそう言うと、恵美は三咲の頭をそっと撫でた。
「三咲ちゃん、すごい子だよ」
「なんでですかぁ?」
謙遜などではなく、本当に分からない様に三咲が首を傾げ、恵美は後に敬介から正式発表されるであろうことを想像した。
「三咲ちゃん、知ってる?この機体、さなえさんも千石さんも使えなかったんだよ?おめでとう…私のパートナー」
恵美がそう言うと、三咲は目を丸くして驚く。
「アスタリスク…星って意味があるんだって。この子には本当は名前が無くてね…。起動すると最初にアスタリスクシステムがどうのこーのって言われるんだ。だからそこからアスタリスク」
「そういう由来だったんですか」
恵美がそう言うと、さく、さくと森の中から足音が聞こえて二人がそっと立ち上がると、翡翠が姿を現した。
黒翼の少女の突然の来訪に恵美と三咲は顔を見合わせる。
「アスタリスクは完成したこの子の名前よ。この子はエスティス。登録コード治しておいてくださる?」
それだけ言うと、翡翠は二人の前を通過して行く。
「あのっ!翡翠さん…ですよね。えっと、神機は本当に実在していた!ユグドラシルレポートってなんなんですか?」
三咲が必死に食らいつく様に尋ねると、翡翠は背を向けたまま翼を広げてふわりと足を地面から離した。
「人類の英知の結晶」
「それは知っています!けど何なんですか!全てが記録されているって何が記録されているんですか?」
「全てよ」
翡翠がそう答えると、空に翡翠の姿が吸い込まれて行く。
二人がその場に座り込んだままじっとしていると、三咲がはぁとため息を吐いた。
「疲れたでしょ」
恵美が三咲を労い、三咲は頷いた。
「とても…」
サブで乗っているだけでもだいぶ疲労するはずのアスタリスク、改めエスティスを動かしていたのだから仕方がない事だった。
ずん、ずんと足音が聞こえて恵美と三咲が暗闇に目を凝らすと青色のロットエクシードがこちらに向かって歩いて来ていた。
「おー、なんだその機体!三咲!お前ばっかりずるいぞ!」
オープンスピーカーから大津の声が聞こえて恵美が「大津君かぁ」と呆れる。
「なんだその言い方!三咲!俺の練習に付き合え!」
大声でキンキンと響く声で言われて恵美が三咲を見ると、三咲は「えー」と泣きそうな顔をしている。疲れている上にロットエクシードとどうこうしたいとはさすがに思えない。
「大津くん…機体性能差を考えて判断してよね。考えればわかるじゃない」
恵美が頭を振って馬鹿馬鹿しそうに両手を上げてエスティスに乗り込み、三咲も慌てて機体に乗り込む。
「三咲ちゃん、振り切るわよ」
ハッチ閉鎖を完了させて恵美がそう言うと、癒杏が申し訳なさそうな顔をして恵美にシングル回線を開いていた。
「すみません…ちょっとうまく出来るようになっていて…その…」
「調子に乗ってるわけか」
コクピットディスプレイに向かって必死に頭を下げて要る癒杏に恵美はつい失笑してしまう。コクピットディスプレイに三咲、癒杏、大津の表情が映し出されているが、恵美は大津の顔つきを見て首を傾げた。
「なんか…大津くん気合入ってるね」
やる気が感じられるような眼をしていることに気付いて、恵美はデュアルチャンネルに通信を切り替える。これで癒杏と大津との会話が出来る様になるはずだ。三咲は先ほどからずっと黙っているが、どうにも疲れているらしく制御データを必死に処理していた。
「大津くん、楽しい?」
恵美が尋ねると大津がきょとんとする。
「メグ…ようやく俺も協力できそうだぜっ!」
ガッツポーズをして見せる大津に恵美は何処となく大津の気持ちを汲む事が出来た。アーティファクトを持たない大津は今まで情報収集や千石とさなえの送り迎えなどを行い、裏方を行って来たはずだ。話には上がって来ない様な場所で努力して来たが、結局はゴーストやクリーチャーには手出しが出来ない上に、更にはDM現象が発生してしまえば一般人と同じように避難しなければならなかったのだが…。
パワードアーマーに乗ることで一緒の戦線に立てる事が嬉しいのか…。
恵美はそれを喜んでいいのかと悩むも、大津のやる気は本物だった。
「俺は神機のパイロットになって、お前を助けてやる!」
「…うーん、期待しないで待ってるねぇ」
恵美がそう言うと、機体をフロートさせてロットエクシードに背を向けると一気に加速して突き離した。ロットエクシードがこちらに気付いて走って来るが、明らかに竣パツ加速の差が目に見える様に二機の間が開いた。
大津はフロントシートに座ってため息を吐いた。
「えっと…機体性能の差は神機とロットエクシードでこれだけあります。相手がどれほどなのか知るのもパイロットの能力には不可欠なので、気を付けてくださいね」
癒杏が恐る恐る大津に言うと、大津は「りょーかい」とやる気の無い様な返事をして癒杏が涙目になる。
文化系で物静かな癒杏に対して、体育会でしかもヤンキー系の大津ではパイロット同士の相性は最悪だった。航空戦闘機やプロペラローターのヘリなどの操縦に熟練している癒杏はすぐにロットエクシードの動かし方に慣れて、教官教程を利樹に言われて取らされて今に至るが…自分に教官が務まるのかも怪しい。
「きょーかん、帰還します」
「はい…そ、それでは帰還シークエンス演習を実行してください」
明らかに自分に恐れを感じている癒杏にそう言われて、大津はにやりと笑った。
見せ場がいない人間なんていないんだよ!
大津大輔君って使えるの?っていう質問にそう帰ってきました。じゃあ初回に出てきた先生たちってどういうポジション?って聞いたら、先生だよ!って言われました。そりゃそうだ。
で、ですね。今後どうなるかわかりませんよ?本当に。
原案担当者が手術を受けることに決まりまして、けっこう回復まで時間がかかるそうです。よって今後、構成、執筆、文章校正までたどり着くまで時間がかかりそうなのですが…長い目で見てやってくださいな。打ち切り?はたぶんないかな。
この物語は長くなりそうです。
では次回




