渋滞の車列の上を黒猫がものすごい勢いで走っていた猫が横断歩道を点滅で横切った。けっこう急いでいたらしい
構成担当者さんが手術から目が覚めたら一気に書き上げてくれたシナリオです。まにあったー?間に合ってない?
とはいえ、なんだか自分が想像していたアーティファクトというものからロボットの物語になり始めて戸惑いがちに。大丈夫なのかな。
ファンタジーっていう枠組みがよくわからなので、とりあえずどこまでこういう流れになっていくのか、わからなくなってきましたね。
それではどうぞ。
クァリスとヴァネッサが新機体受領のために兵器工廠地下六階にエレベーターで移動、パワードアーマーのハンガーに入るとガラ空きのハンガーの最奥部に二機のパワードアーマーが立っていた。整備用の移動橋脚からヴァネッサは自分の機体を眺める。
基本的な構造はウォレス二型に近い形だったが、遠距離狙撃が可能なように左側にモノクルのように高感度センサーが取り付けられている。両肩の上には八連式ミサイルランチャーが取り付けられており、無線誘導ミサイルが装填されていた。
背部のバックパックが供えられていた場所には補助ブースターがノズル可変式にて取り付けられており、重量をカバーするように設計されているらしい。ヴァネッサはPDAに送信されている設計図を見て「うーん」と唸る。
これは本国で研究されていたものよりも遙かに高度で進んだ技術だった。
ヴァネッサがコックピットに入り込んでハッチを閉じる。メインコクピットに座って誰もいない複座を見下ろしてヴァネッサはため息を吐いた。
「二人乗りのパワードアーマーを一人で動かすっていうのが無理があると思うんだよねぇ」
「人手が足りないのさ」
通信回線がオンになっていたことに気付いてヴァネッサが顔を赤くすると、三百六十度ディスプレイの一角にクァリスの顔が表示され、苦笑していた。
「す、すみません、独り言です」
「かまわないよ。プログラムの調整しようか」
クァリスに言われてヴァネッサは格納されているキーボードを叩いてプログラムを修正する。自分の身体に合わせてコントロールのベース部分を変更してやらなければ細かい動作に支障が出る。機体を自分の身体に合わせるために微調整してやる必要があるのだが、それも限界がある。機体を身体に合わせることも重要だったが、逆に身体を機体に合わせてやらなければならない。
「スペック高いですね」
「そのようだな。モビリティ、アクティビリティが異様に高いな。アクチェーター出力も高いから大型のビーム兵器も使用可能だ。地上戦型と言う事で重量に制限が余り影響しなかったようだね」
クァリスに言われてヴァネッサはなるほど、と頷く。確かに過剰とも言える兵装も重量という問題はぬぐい去れない。この重たさで空を飛んだりすればたちまち脚部やブースターが耐えられなくなるはずだ。
「ジャンプとかはしても平気そうだけど…五十メートル以上の高さから飛び降りたりしたら脚部が耐えられないか」
ヴァネッサのシミュレーションに制御AIがネガティブの反応を返す。どうやら本当にそういう構造にはなっていないようだ。
「ヴァネッサ、先に出るぞ。ウォレス一型、出撃する」
「了解、追従します」
ヴァネッサはキーボードを格納してメインパワーをオンにするためにロックを次々に解除して行く。
「フルビューカメラ起動、コクピットフルロック、コンデンサー及びバッテリー、コンタクト。確認。メンテナンス橋脚と機体ハンガーロックを解除してください」
ヴァネッサの要求にドックが答えて橋脚が上に移動してロックが解除される。
「オートバランサーシステム、正常起動を確認。アクチェーター出力、通常稼働中。出力、通常移動用四十パーセントを維持。各種センサー類、武装制御システム、グリーン」
コクピットにあるヴァネッサの目の前にあるディスプレイがシステムの状況を知らせて来るが全く問題なかった。
「兵装受領します」
四メートルほどの全長がある百五ミリビームライフルをハンガーから受け取り、左手に四並列ミサイルポッドを装備して、兵装ラックが移動して遠ざかって行く。
「装備完了、ヴァネッサ、ウォレス鎮圧兵装型、訓練フィールド、行きます!」
脚部ブースターが起動して背部ブースターに背中を押される。バランス感覚がなければすぐに転倒してしまいそうになる機体をヴァネッサは震える手でなんとか動かしながら地下フィールドに出る。
「鎮圧兵装型はクセが強いわ」
「地表すれすれをふわりふわりと浮いている様なものだな」
クァリスに言われて、クァリス機から見える自機を見せられてヴァネッサは「あー」と納得した。常時バーニアをオンにして地表三メートルほどの高さを脚部が滑る様に移動しているのであって、この機体は歩く、ということをしていない。
「これは失敗作だとおもうわ」
ヴァネッサがうんざりするとクァリスがクスクスと笑った。
「それでも三十六時間後には出撃しなければならないんだ。クセを覚えてしっかりと身体に機体性能を叩き込め」
「了解…」
ヴァネッサは舌なめずりして、ドローンターゲットにライフルの照準を合わせた。
◆◆ ◆◆
フォクシー族の村
六月の第二週 水曜日 十四時二十分
「これも…アーティファクトなの?」
物静かな少女、萌に尋ねられて敬介は破損したウォレス二型に背を預ける様にして寄りかかり、教官と萌、そして儚を出迎えた。
「パワードアーマーっていう代物だ。教科書に載ってる」
「え?」
萌が困ったような顔をして教官に助けを求める様にして視線を向けると、教官はため息を吐いた。
「確かに教範に出てるが…十三機関には関係がない代物ってことでこっちまでテスト機は回って来ていないだろ。なぜお前が操縦できる」
もっともな質問をされて敬介が誤魔化す様に笑うと、三咲が野戦指揮所の救護テントからひょっこりと顔だけ覗かせて周囲をきょろきょろと見ている。敬介がそれに気付いて三咲に指を指すと、萌が三咲を見つけて小走りに三咲の元へ走って行った。
「儚、こりゃあひょっとしたら、パワードアーマー戦に発展するぞ?」
敬介がそう言うと儚もそれを危惧していたように頷く。落ち着き払った年上のまったりとしたお姉さん、というイメージの強い儚は、胸に栄養が行き過ぎて頭に回っていないと陰口を叩かれるほどのんびりとしたマイペースな女性だったが、敬介が認める中でも優秀なアーティファクター兼戦闘員だった。
「それだと問題よね、私たちにはそれがない」
儚がそう言うと敬介は「うーん」と悩んだ。敬介サイド十三機関はDM現象やその関係の事象に対して対応する機関でアーティファクト戦は行うが軍事行動に当たるパワードアーマー戦は想定されていない。
「ベル、キャロルは?」
「調整車両の筺体で眠ってるわ。あの子たちの損傷も酷い。アリスも一緒にバッテリーパックと調整をしてるわ」
「そっか」
敬介は萌と話をしている三咲の元へと移動すると、三咲が敬介を見てぺこりと頭を下げた。
「助けてくれてありがとうです」
「あ?いや、三咲たんを乗せたまま戦闘機動して申し訳なかったと思う。大丈夫か?」
頭に包帯を巻いている三咲に敬介が申し訳なさそうに言うと、三咲はぶんぶんと頭を左右に振った。力いっぱい頭を振る三咲に敬介は傷に響きそうだな、と三咲を眺める。
「敬介お兄ちゃん、ユグドラシルレポート断章見つかったって聞いた?」
「いんや、あったのか?」
萌に敬介が尋ねると、萌は無表情のまま小さく頷いた。
「そう言えば三咲たんが知ってるユグドラシル断章ってなんだったんだ?」
「アーティファクト設計図がいくつかと…サンクチュアリに関してのレポートだったと思います」
「なるほどね。恵美に帰ったら折檻して聞きだすかね。で、萌のほうが知ってるのは?」
「恵美にひどいことしないって約束しないと教えない」
不機嫌そうに言う萌がそう言うと三咲がにこりと微笑む。
「萌ちゃんいい子だねー」
ぎゅーっと抱き締められて萌が顔を赤くし、敬介は苦笑する。いつの間にか萌が恵美に懐いているのはいい事なのだが、どうにも扱い難いような気がしてならなかった。
「わかった、わかった。恵美に無理に聞いたりはしないよ」
「わかった」
萌が頷くと、萌がPDAをポケットから取り出して敬介に向ける。敬介は自分のPDAを取り出して画面を睨むようにして見ると、イングリと呼ばれる古代文字の羅列が表記されていた。
「あっちゃー、こりゃ解読に手間がかかるぞ」
敬介がそう言うと、三咲も敬介のPDAを覗き込む。
「敬介お兄様って何でもできるのに古代文字だけは解読できないんですね」
「あ?ああ、そりゃ幼馴染が得意だったから俺が覚えなかっただけ…」
敬介が言いかけると三咲が目を輝かせている。
「幼馴染って女の子ですか?」
なぜか興味心身に尋ねられて敬介が「あ、ああ」と答えると三咲は「きゃー」と両手で顔を抑えて悶える。
「深夜まで研究する敬介お兄様、それを手伝う美女研究員って感じだったんですね!そして二人は…ひょんなことから互いを意識し始めるのです」
「あ、えーっと三咲たん?」
勝手な妄想をして三咲がきゃーきゃー騒いでいるのを萌が冷めた視線で見て「ふん」と鼻で笑った。
敬介がそれだけ周囲に目を配って居られるのならば、今頃彼女の一人や二人いてもおかしくないのだが、そうならないのは敬介が全く他の女性に興味がないからだ。
教官と儚にアレイが近づいて何か話を始めて、一緒にいたミーアが三咲に気付いて小走りに近づいて来る。
萌はミーアの狐耳に興味があるのか、風に吹かれて時折ぴくりと動く耳をじっと見つめていた。
「萌…こうするの」
敬介が萌に耳打ちしてからミーアの背後に回って、ふぅっと耳に息を吹きかけるとミーアが「うにゃっ!」と反応してから敬介の腹を蹴っ飛ばして倒れた敬介をがしがしとスタンピングし、三咲が慌ててミーアを止める。
「なにしてんだ、あいつら」
そんな敬介とミーア、三咲に萌を見て教官が怪訝な顔をすると儚がため息を吐きながら額に手を当てた。
「敬介くんの悪戯ですよ。それよりもデミヒューマン、フォクシー族のアレイ族長」
「なんですか?」
儚に呼ばれてアレイが静かに視線を儚に向けると、儚は言うべきか一瞬迷った上で口を開いた。
「小型とは言え生産プラントを保有しているこの村はこれからも狙われる可能性があります。アマテラスに限らず…ですが」
「わかっているよ。だからと言って十三機関の駐屯を許可しようとは思わない。君たちはプラント以上に厄介事を引き込む種をここに出してしまった」
アレイがパワードアーマーをちらり、と見ると儚はごもっともで、と心の中で呟いた。確かにこれはプラント以上に相手にとって価値があるものかもしれない。
立地条件的にアマテラスの兵器工廠が近くにあり、そこから出現したと思われるクリーチャーがプラントを狙って来た。そしてごたごたが始まったのだから、フォクシー族からして見れば人間がまた余計なことを始めている程度にしか思えないはずだった。
敬介の政治手腕が問われる事になる。
フォクシー族の族長アレイと十三機関特捜十三課隊長主席の敬介。少なくともひと悶着はあるだろうと教官は空を見上げた。
◆◆ ◆◆
フォクシー族の村の近く アマテラス兵器工廠
六月の第二週 金曜日 十七時三十分
突発的な銃声、砲撃音。
ヴァネッサは十三機関のどこかの部隊に襲撃されているという話を聞いてパワードアーマードックのウォレス鎮圧兵装型に搭乗待機命令が下されていた。
ラージェス中将へのデータ転送は昨日にまで完了させており、内偵調査も滞りなく進んでいたが、この基地からの脱出が容易ではなかった。
新型強奪は任務に含まれていない…。
ヴァネッサは起動シークエンスを完了させ、バッテリーを外部電源にしたままアイドリングを続ける。時折入って来る通信チャンネルに怒号にも似た悲鳴が混線して来るが、ヴァネッサは生憎戦場には慣れていてそれはあまり気にはならなかった。
フォクシー族のアレイを筆頭にしたグループがここを領土にしている国家の十三機関のクルセイダーズ隊と共に基地侵攻を開始してから早二時間が経過している。
兵器工廠というだけあってそれなりの軍備は整えてあったはずだが…三層に渡る守備隊が既に壊滅、投降している。噂では既に何チームかが内部に入り込み工作活動を始めているという噂もあった。
強行襲撃とは…オペレーションホワイトアウトを実行した敬介の顔を思い出してヴァネッサは懐かしさよりも恐ろしさが全身を襲い、ぶるりと身震いした。
彼は…やる。
彼の恐ろしいところはそういうところだった。
人の数はあまり考慮に入れない。必要な条件を満たして必要な状況を作り出し、そして狙い通りに作業を完遂する。犠牲者の中に最悪自分が含まれていようとも、作戦を遂行する上では支障なしと判断するのだ。
オペレーションホワイトアウト実行後、守秘回線で敬介の無事の確認と作戦の成功を伝えるために回線を開いた時の敬介の言葉が脳裏に過ぎった。
「ぎりぎりの作戦にも関わらず、ご無事で何よりです」
「結果は生存しただけだ。死ぬ時は死ぬ」
「あなたが死ねば恵美さんも悲しまれますよ。作戦自体は成功しました」
「そうか。作戦の成功は必須だ。俺の生死はその条件に含まれない」
「それでは残された者は哀しみます」
「…俺はその場にいないのだから、誰が悲しもうと誰が喜ぼうとその場にはもういないんだ。だから関係ないんだよなぁ」
淡々と言っていた敬介の声が妙に耳に残った。敵国である以上長話も出来なければ、相手の顔も見る事が出来ない音声オンリー回線故に、余計に敬介がどういう心境でそう口にしたのかが気がかりだった。
「上空にパワードアーマーを確認っ!」
その通信の声にヴァネッサは「え?」と思わず首を傾げる。
「ウォレス二型か?」
クァリスが回線をオープンにしてヴァネッサのコクピットにクァリスの顔が表示され、本部発令所のオペレーターの顔もコックピットの一角に表示される。二十代後半の女性が視線を動かしているのは何か操作しているのかもしれない。
「所属不明、ウォレス二型ではありません。機動力が…早いっ!衝撃、来ます!」
ずずんっと工廠が揺れてぱらぱら、と小さな建材が破片となって振って来る。
「一番、二番、電磁カタパルト蓄電完了しました。レールに移動してください」
スクランブル。
ヴァネッサはコードレッドのコクピットディスプレイをタッチして出撃コードを入力、電磁カタパルトまでのレール移動許可を承認して、ルートを指でなぞる。
「一番カタパルト、出る」
「二番、着座完了、直接電源ケーブルリジェクト、バッテリーモードに切り替えます。ウォレス鎮圧兵装型、ヴァネッサ、行きます!」
ぐんっと全身に力を入れてブースター展開と電磁カタパルトのけん引力に耐える様にして射出の衝撃に耐える。
一気に加速して地上に向けて射出され、ウォレス一型とウォレス鎮圧兵装型が着地すると同時に警告音。
「こちらはアマテラス所有パワードアーマー隊だ。貴殿の所属とコードを明らかにせよ」
クァリスが頭上に滞空している全長六メートル弱の赤と青の細いシルエットを持ったパワードアーマーにオープンチャンネルで問う。
「アラスベート王国、アルフォート公爵家が娘…翡翠・ディナ・アルフォート」
翡翠の機体はこちらが筋肉の付いた骨格のような肩幅の広いタイプだとしたら、女性の肩幅の様にしゃなりとした流線型で、背中に展開している細いブースターフレームは放射状に六本出ていて、三対六本の高出力イオンブースターで滞空していた。
両足を揃えて腕を組み、こちらを見下ろす様なその振る舞いは既に機体を自分のものとして扱っている様にも見える。
「翡翠・ディナ・アルフォートを撃墜せよ。奴はウォレスを再奪還するためにやって来たようだ」
あのデブリーフィングで会った太った男の声が聞こえて来て、ヴァネッサは顔を顰める。
なるほど、設計図だか何かを強奪して建造された盗品、と言うことだろう。しかし本国の公爵家の娘が単身でここに来るほど重要な物体だとは思えない。
「投降なさい。そんなおもちゃでは私たちには勝てないわ」
「今なら…痛くしない」
複座のコックピットのもう一人の少女と思わしき声にヴァネッサは聞き覚えがあった。
「敬介氏の作戦です、警戒してください」
ヴァネッサがクァリスに警告する。
「向こうの機体に搭乗しているのはアーティファクター、翡翠と十三機関所属の単独特捜官の萌です」
「了解した。ヴァネッサ、挨拶を丁重に」
「了解」
両肩の上に付いている八連ミサイルの全てを同時に発射すると翡翠機が弾膜のわずかな間を練る様にして機体を振り、ミサイルを全て回避する。こちらは飛翔能力はない、まずは地面に引きずり落してやらなければならなかったが…。
翡翠機が両手を空に掲げると、クァリスとヴァネッサは目を細めた。太陽を直視している様な強力な光でカメラが一時的にフリーズする。ヴァネッサは急ぎキーボードで効力調整とメインカメラを棄ててサブカメラをメインに切り替える。
「なんだってのよっ!」
こんな形で戦闘したくはないが、今こちらの正体が露呈することはどうしても避けたい。
ヴァネッサが翡翠機を捕えると、翡翠機は両手に巨大な剣を握っていた。
断罪剣黒牙、免罪剣白鴎。
その二本の剣を装備した翡翠機は残像を残しながら爆音を響かせてクァリス機を回転して薙いだ。腰部が両断されて地面を転がる上半身に、下半身はその場で爆発する。
「くっそ」
ヴァネッサ機は右手のビームライフルを構えて腰だめに発射するも、相手の運動回避能力が高いのか、左右にステップを踏みながら避け、そのまま接近して来る。
「警告、距離ゼロ」
「ああもうっ」
ヴァネッサは真上に跳躍すると自分のいた場所を断罪剣黒牙が通り過ぎる。つま先が少し削れたがぎりぎりだった。三百六十度ディスプレイで真下にいる翡翠機を捕えると、真下に向けてバーニアを全力で展開する。翡翠機が回転するようにして地面を転がって距離を置き、ヴァネッサ機のレーザーライフル連射を浴びるも、全ての弾がクロスしている腕で霧散して行く。
「空間遮蔽歪曲フィールドシステムの装甲か…当たり前よね」
クァリスの一型が撃破されたのは仕方がない。こちらよりも鈍重な機体で実剣による攻撃だ。直撃を受ければフレームをねじ切られてしまう。クァリスは直撃のぎりぎりで脱出しているのだから心配はしていないが…問題はこちらだった。
大き過ぎてそれを俊敏に動かして行けば、当たり前のようにバッテリーの消耗は激しい。そこまで長時間戦闘するために構想が練られているわけではない。ヒットアンドアウェイかゴーアンドバック…要するに作戦中に補給をして再出撃するように設計されているのだから長時間の戦闘は不向きなはずだった。
レーザーライフルの弾膜の間を翡翠機が接近、ぎりぎりまで引き付けてヴァネッサ機がすれ違いざまに腰のバックパックから爆発物を翡翠機の背中にセットして、そのまま爆発物を起動する。翡翠機の背部ブースターは装甲に守られているとしても、多少のダメージは行ったはずだった。案の定、翡翠機の背部ブースターが切り離される。が、地面に足は付けていない。
まさか…反重力装置?
ヴァネッサはふわりふわりと飛んでいる翡翠機に目を細める。
アーティファクトもパワードアーマーサイズに変換出来ると言う事は…あれは少しばかり厄介かもしれないわね。
互いに向き合い、対峙した。
翡翠はウォレス鎮圧兵装型に乗っているパイロットの認識を改める。
「萌、どう思う?」
「強いよ。一般的な兵士じゃないと思う。センスがある」
萌が淡々と敵を称賛すると翡翠は「そうね」と同意した。
八、九の少女たちの会話とは思えないほど、二人は戦場のコクピットの中で相手を観察していた。萌が両腕を乗せたレストから見える、白い少女の肌から伸びる青と赤のケーブルは萌の動力エネルギーを直接、パワードアーマーに転送しているからだ。
翡翠はそれを見てあまり良い顔はしなかった。
敬介を酷い人、だとは思わなかったが、年端も行かぬ少女に生を与えるためにその四肢を機械に取り換えたあの男は、悪魔かもしれない。
かわいそうな子。
戦う人形であるアリス、ベル、キャロルよりも感情を持つ人間を改造するほうがよほどあくどい。それでも萌という存在を世界に繋ぎ止めてくれいるのだから、翡翠からして見れば複雑な心境だった。
闘いを望まない私と、闘いを望む貴女。
性格も思想も違うのに同じ場所にいて、互いを理解しあえる存在だった。
心地良い一体感がコクピットの中でなら感じられる。そんな気がしていた。
「翡翠、攻撃しよう」
「了解」
翡翠機がヴァネッサ機に急接近、爆音と同時に音速まで加速して衝撃波と同時に左手の免罪剣白鴎を突き刺すように伸ばすとヴァネッサ機がそれを紙一重で身体を逸らして回避する。反身になったヴァネッサ機が免罪剣白鴎を脇で挟むようにして、右拳をコクピットに叩き込む。
「きゃっ」
翡翠の小さな叫び声に萌も驚く。そういう声を上げる人だとは思っていなかったが、妙な浮遊感と同時に背中に衝撃を受けた。
こちらが地面に寝かされている事に気付いて、萌は脚部スラスターと肩部ブースターを強制的に動かす。ごろり、と木々をなぎ倒して寝返りを打つように翡翠機が動くと、先ほどまでいた場所にミサイルが集中的に降り注ぎ、爆風でさらにごろごろと三回転させられる。
「翡翠っ!」
「わかってる!」
萌の一喝に翡翠が爆風で煽られた勢いをそのまま利用して、立ち上がり二本の剣を構えると萌は首を折る様にして頭部を狙ったレーザーライフルを回避する。
なんて言う事…。
ヴァネッサは直撃を確信した一撃をすれすれで回避されて奥歯を噛み締める。
翡翠、萌と言えば自分の半分ほどしか生きていない少女たちのはずだった。自分もそこまで長く生きてはいないが、まさか八、九の少女がここまでやるとは思わず、苦戦している自分に腹立たしかった。
戦闘する理由はないにしても…任務遂行上邪魔な存在ではある。
どうにかこの場を切り抜けて、と思っていたが予想に反してやる。
「邪魔な子たち」
ヴァネッサはそう言うと、ピピ、とコクピット内に警告音が響いた。
「今度は何っ!」
ヴァネッサと翡翠が同時に叫び、空を見上げると真っ白な機体が空に浮いていた。
所属不明、機体詳細不明…。
翡翠はそれを見て異様な雰囲気を感じ取っていた。萌もついこの間まで知った感じのする違和感に気付いて目を細める。
ヴァネッサのコクピット内に表示されている所属アマテラス、機体詳細は新型と表示されているそれに驚いた。
「下がります」
翡翠がそう言うと萌が「え?」と首を傾げるや否や、翡翠機が撤退を開始する。
「待ちなさいっ!」
ヴァネッサが後を追おうとすると、システムがダウンして全く動かなくなる。
バッテリーが切れた。
リミットバッテリーの表示を受けてヴァネッサはシートに深く腰掛けると一息ついた。
死ぬかもしれない状況には何度相対しても慣れないものだった。戦闘中はそんなことも忘れて居られるが、終わった瞬間の震えが止まらない。
「ヴァネッサ少佐、大丈夫ですか?」
嫌味を含んだ様な声を聞いてヴァネッサは通信回線を開く。
「ありがと…恵美軍曹」
「いいえ」
恵美機が隣に降りてヴァネッサがハッチを解放すると、見たこともない白い機体が隣に立っていた。
コクピットハッチが開いて恵美がハッチの上に立ち、ヘルメットを取った恵美がヴァネッサに微笑みかけると、ヴァネッサもヘルメットを取って苦笑した。
二人が装甲を伝ってするすると地面に降りてハイタッチをする。久しぶりの再会だった。
「危ないところをどうも。十三機関もパワードアーマーを配備しているなんて聞いてなかったから驚いたわ」
「十三機関は保有してないよ。あれは翡翠の国のもの。んで、この子はピクシーレディエルでアマテラスが強奪した機体…。あなたが出撃していると聞いていてもたってもいられなくて…兵器工廠で整備は終わっていたけど誰も動かせない機体を借りて来たの」
「動かしたかの教程は習得済み、というわけではないのね」
「気合いよ」
恵美がガッツポーズをして見せるとヴァネッサは苦笑した。
「でもこの子、ブラックボックスが多すぎるわ」
恵美が機体を見上げるとヴァネッサも同じように機体を見上げた。
全体的に細いアクチェーターに対してスラスターやブースターが少ない。装甲板も見た事がない様なもので、白い機体は何も塗装が施されていなかった。
簡易甲冑を付けた女性騎士、そんな感じがする機体だ。頭部も頭部でヘルムを装備しているように見えなくもない。後付けの腰部のバックパックがむしろバランスを悪くしている様にも見えた。
「パワードアーマーにアーティファクトを装備できるみたい」
「本当に?」
ヴァネッサが驚くと恵美は頷いた。
「さっきの敵機、翡翠と萌ちゃんでしょ?あの子たち、自分たちのアーティファクトを顕現化させてたから…ひょっとしたら特殊な装備でそれが可能なのかも」
「でもそんな話聞いたことないわ。パワードアーマーだってまだ実験段階だったはずなのに…」
「稼働はしている」
恵美が断言するとヴァネッサはため息を吐いた。
「戦場での有用性を示すためにアマテラスは戦闘実験段階にこれを漕ぎつけたから、私たちみたいのが要るんでしょ」
「私はそうだけど」
ヴァネッサが戸惑う様にして言うと、恵美は苦笑した。
「恵美はアマテラスにどうやって入ったの?」
「翡翠の国の騎士勲章をもらったの。あの子の直轄部隊ね。そこで色々と工作して、ラージェス中将にも協力してもらった。そしたらあなたがいるって言うじゃない。ラージェス中将はあなたの援護も兼ねて私をアマテラスに送ってくれたわ」
恵美の説明にヴァネッサはなるほど、と納得した。
「敬介さんだったら絶対に許可してくれないから、翡翠とラージェス中将の力を借りたっていうことか」
ヴァネッサは行動力あるなぁと苦笑すると恵美がにこりと微笑んだ。
「おー、痛てて」
茂みの中からクァリスが出て来て、恵美とヴァネッサが茂みの方を見るとヘルメット片手に持ったクァリスはその場で地面に腰を下ろした。
「もうウォレス一型なんかにゃ乗りたくないね」
失笑しているクァリスに恵美が目を細めると、クァリスは恵美機を見上げて「ほぅ」と呟いた。
「アスタリスクだな」
クァリスがそう言うと恵美は起動画面の詳細を思い出して「あ」と声を上げる。
「イングリ式のOSを積んでて動かせないって話だったけど、動かせる様になったんだな」
「いいえ、OS書き換えは出来なかったわ。そのまま動かしてる」
「なんだと?」
クァリスが立ち上がると恵美の両肩をぐっと強く握った。
「お前…古代文字が読めるのか?」
「一応ね。アマテラスにはその件で入隊が許可されたんだもの」
「なんてこったい」
クァリスが額に手を当てるとヴァネッサが小首を傾げる。クァリスという人物はこういう人間だっただろうか?と思えた。精悍な顔つきと紳士の様な態度をしていたクァリスは今では何と言うか、今時の若者のようにふざけ半分だった。
「ヴァネッサ少佐、と君は?」
「恵美…。軍曹です」
「恵美軍曹か。二人とも俺の指揮下に入ることになるようだね」
クァリスがPDAの内示を二人に見えるようにすると、ヴァネッサは「了解です」と頷く。
「私は学校があるんで、それ以外の時に協力する形になりますけど?」
恵美がそう言うとクァリスは眉を潜める。
「君は…」
「私は高校生ですから。アマテラスに協力要請を貰ったけど学業優先でいいらしいですよ?」
ふふん、と恵美が笑い、ヴァネッサが呆れる。
「イングリの解読が出来る能力を買われてアマテラスに入り…今回はパイロットとしての能力も見せつけた。だから君はアマテラスには無くてはならない戦力になりつつある。上がそれを許すのもそういう意味合いがあるのかもしれないね」
クァリスも不承不承と言った形で恵美のそれに納得すると、恵美はふと三咲たちがこの先にあるサンクチュアリに入っている事を思い出した。
◆◆ ◆◆
フォクシー族の村 プラント近くのサンクチュアリへ向かう車内
六月の第二週 金曜日 十八時三十分
部活動を終えて学校まで敬介が迎えに来た車に三咲とさなえが乗り込んだ。
「恵美センパイ、今日は部活動お休みしてましたね」
三咲が後部座席で心配そうに口を開くと、隣に乗っていたさなえは「そうですわね」と頷いた。
先のオペレーションホワイトアウトから恵美は単身で動く事が多くなった様な気がした。いつもと変わらず登校して、部活動に参加して帰るのだが、いつも一緒にいた恵美との距離は少し離れた様な気がして、三咲にとっては寂しかった。
千石も最近では学校が終わるとすぐに下校して十三機関に配備されたパワードアーマーの訓練に赴いていて、あまり会話も少ないとさなえがこぼしていたのを思い出すと、三咲はさなえセンパイも寂しいんだろうな、と思えた。
しばらく車が動いて運転している敬介が「そうだ」と思い出したかのように言うと、二人の目の前の座席からディスプレイの電源が入れられた。
「今日、俺たちがこれから向かう場所の近くでパワードアーマーによる戦闘が行われた。ウォレス一型、鎮圧兵装型と呼ばれる二機だ。アマテラスの実験機だったが、翡翠と萌ペアのパワードアーマーによりウォレス一型を撃破。その直後、正体不明のアマテラス所有の新機体の出現により、翡翠、萌ペアは撤退させられた。その後、戦闘は行われていないようだが、現場はけっこうきな臭い」
気を付ける様に、と敬介は言うが三咲からしてみれば、どう気を付ければいいのか、という話だった。
「最近、発掘現場で襲撃される事件が多くてね。特に今回みたいにアマテラスの兵器工廠が近くにある場所だと危険が付きものだ」
「遺跡の近くにアマテラスがいる。遺跡は動かせませんからね」
さなえが冗談交じりでそう言うと三咲が苦笑する。確かにその通りではあるが、遺跡を動かそうなどと考える人間はいないだずだ。
「アマテラスを動かす、という意見が出ているのは確かだが、はいそうですか、と退いてくれる連中じゃないんだよなぁ」
今日の昼間に行われた攻撃はそういう目的があったのだが、まさかのパワードアーマー実戦投入があった。パワードアーマー特有ジェネレーター駆動を察知して敬介は翡翠に協力を求めたが、翡翠機の到着が遅れていたら壊滅的な被害をこちらが被っていただろう。
「パワードアーマーもユグドラシルレポートにあるそうですね」
三咲が連日の発掘現場で耳にした事を敬介に尋ねると、敬介は頷いた。
「ユグドラシルレポートが何なのか、全く見当が付かなくなってきたよ」
「敬介お兄様が書いたっていう話がだんだんおかしくなってきてますよね」
三咲が感じていた敬介執筆のユグドラシルレポートが古代言語で書かれていて、敬介の生まれる前から存在することがわかっている。
「どっかで辻褄が合うんだろうな。ひょんなことで」
敬介はあまり深く考えていないようで、逆に三咲はそれに安心した。確かに考えても始まらない事でもあり、現状はユグドラシルレポートを探すこととDM現象に対応することが目下の目的でもある。
「最近、十三機関が外部干渉し過ぎているという声が上がってるんだ。特に六課と十三課の行動が目に余るとまで役人に言われちまった。ここいらでしっかりとDM現象に対して行動しているってことを示した上で、パワードアーマーを受領したいんだけどな」
敬介がルームミラーで三咲の顔をちらりと一瞥すると、三咲はその視線に気付いて気まずそうに外を見た。
敬介お兄様は知っている…。
知った上でまだ私たちを試しているのかもしれない。
三咲はそう思うと敬介という人間の底知れぬ奥深さが感じられた。どうにも学校で見せる敬介の姿とは別の様な気がしてならなかった。
敬介の運転する車がフォクシー族の村に入り、さなえと三咲が降りると教官が出迎えてくれた。
「敬介、本局に出頭命令が出てるぞ」
「あ、知ってるよ。行って来る」
敬介は車を運転してフォクシー族の村から出るとPDAとナビモジュールをリンクさせる。
「お兄ちゃん?繋がった」
恵美の安心した様な声に敬介も安堵する。調べで分かっている事は恵美とヴァネッサがアマテラスのパワードアーマー隊に招集がかかったことだ。
「大丈夫なのか?」
「うん。心配しないでいいよ。この三日間、お兄ちゃんが家に帰って来ない間、私も少し考えての行動だから、心配かけちゃうかもしれないけど」
「あ…まぁそれなりに恵美に考える事があったってことだろ」
「うん、おに…けーにぃ」
恵美が言いなおした呼び方に敬介は察した。
「ユグドラシルレポート断章の収集と神機のデータ、送っておいたから…」
「ああ、わかった」
恵美から転送されて来るデータがPDAに蓄積されて行くのを見て敬介は車を路側帯に止める。
「けーにぃ…私たち大丈夫かな」
「…心配するな」
「三咲ちゃんに気を付けて」
「どういう…」
敬介が尋ね返そうとして回線がダウンして敬介は通信回復を待ったが再接続は無かった。
諦めて敬介が本局に通じる山間部への道へ入り、地下駐車場へ車を止めた。
「久しぶり…と言うべきかしら?」
敬介が地下駐車場からエレベーターに乗ると待ち伏せをしていたのか、副参謀の瑪瑙が腕を組んで立っていた。
「瑪瑙…副参謀。まさかこんな場所で俺を出迎えてくれるとは思ってなかったな」
「本局内部じゃ少し面倒なの」
銀色のアッシュブロンドの髪の毛をなびかせ、彼女はにこりと微笑んだ。金色の瞳は奥に蒼い光を秘め、十五の少女はふふん、と意味深に微笑んだ。
「私たちの主力をアーティファクトからパワードアーマーに移行する必要が出て来たのは知ってるでしょ?」
「まぁ、な。副参謀であるお前が計画していた十三機関内の軍事化計画は却下していたんだが…いよいよもって本格的に承認するしかなくなって来ちまったかもなぁ」
敬介が一階のエントランスのボタンを押してエレベーターが動きだし、瑪瑙が嬉しそうに微笑んだ。
「元々クリーチャーに対してもパワードアーマーは有効だって話だったよな」
「クリーチャーはゴーストの集合体だもの、基本的に大きな形態のものが多いから、パワードアーマーじゃないと対応するのが困難でしょ?火曜日にあったクリーチャー討伐、ついこの間にフォクシー族の村であったクリーチャーとパワードアーマー戦では隊長主席殿が心血を注いで作ったアンドロイド三体も先の戦闘で行動不能になったようですね」
「喋り過ぎだ」
二人がメインエントランスから十三課フロア専用エレベーターに乗り替える。
「あら、隊長主席閣下ともあろう方が計算を間違えたのかしら」
「…計算通りだよ。恵美がアマテラスに潜入して神機を手に入れるのも、お前がこういう行動に出るのも、な」
止まったエレベーターの中でドアが開いても敬介と瑪瑙は降りようとせず、エレベーターのドアが再び閉じた。
「あら、怖いわね。じゃあ私が神機の設計図を欲しがってユグドラシルレポートを求めていた事も知っているわけね?」
「知っているも何もコミュニティー、エフェクター隊をその為に動かしている事も耳に届いているぜ?」
「…私が欲しいものは知っていた、ならもう準備されていると期待しちゃっていいのかしら?」
「お前、姉さんの晴香に似て来たな」
そう言われて瑪瑙が不満そうな表情をして敬介は苦笑する。相変わらず自分の姉と比べられると不機嫌になるのは変わっていなかった。
「まぁいいか、ついて来てくれ」
敬介がエレベーターから降りて先に進み、瑪瑙が後に続く。各隊のオフィスや詰め寄り所を超えて一番最奥部の隊長主席執務室に通じる部屋に入って萌が瑪瑙を一目見て立ち上がった。
廊下から入って隊長主席の執務室の前に隊長次席の執務室がある。十三機関の六課と十三課のオフィス最深部はこういう構造になっている。瑪瑙も構造そのものは知っていたが、次席執務室に赴いた事は今まで無かった。
「瑪瑙隊長…御苦労さまです」
中央通路向かって左側にある机に萌が座り、瑪瑙に声をかけた。
萌に頭を下げられて瑪瑙も軽く頭を下げると、萌は興味なさそうに回転椅子でくるくると回っている。萌の目の前をそのまま通って奥の両扉があるが萌が入室を許可しない限り執務室には入れない。
「萌、開けてくれよ」
敬介がそう言うと萌がくるくると回転しているのをぴたりと止めてテーブルの上にあるボタンを押すとドアが自動で開いた。
敬介と瑪瑙が中に入り、出入り口に向かっている机に敬介が座った。
瑪瑙は敬介の前に立つと、敬介は「ふぅ」と息を吐いた。
「隊長次席は空位だったはずよね。あの子は?」
瑪瑙が閉じられた扉の向こうにいるはずの萌を見ると敬介は引き出しのロックを解除してディスクを三枚取りだした。
「次席は空位のままだけど空っぽにしておくわけにはいかないだろ?ここに突っ込んで来る馬鹿がいるかもしれないのに、一番偉い人間を守ってくれる門番がいないなんて。格好悪いしな」
「自分が一番偉いという自覚はおありなのかしらね」
瑪瑙がくすくすと笑うと敬介は「ふん」と鼻で笑った。
「六課最高戦力、通称教官。特捜十三課最高戦力、鳳凰寺敬介。この二枚看板で十三機関は世界最高のアーティファクター機関として名が知られている」
「一部にね」
敬介が訂正すると瑪瑙は頷いた。
「私を次席にしてくだされば、もっと効率よく世界を管理出来ると思わない?」
「無理だな、人の世界は数人で管理出来るものじゃない。だからこそ俺たちがいる」
「…」
瑪瑙は話し合っても無駄か、と視線を敬介の手元に向けるとディスクが握られていることに気付いた。
「それは?」
「お前が集めた材料を使って作ろうとした物の設計図だよ。翡翠と萌が駆る神機、ジェネシス。恵美が乗っていたアスタリスク。そこにあるのは三機の設計図だ。建造できるか?」
「三機と言わずもっと出来るわ」
「この下層にパワードアーマー工廠がある。好きに使ってくれ」
「お礼と言っては何だけど、私の集めたオリハルコンを生成して欲しいんだけどいいかしら?」
敬介はそう言われて小さく頷いた。
「オリハルコンブレードである懐刀真言絶句はオリハルコンを精錬できる唯一の剣。ダマスカス鋼もまだ再現できない現代でその剣はコレクターからして見れば夢幻、実物があったら一度でいいから手にして見たい名剣よ」
「まぁアーティファクトの剣は大抵ダマスカス鋼ではあるんだが…純度の問題があるからな。百パーセントのオリハルコンブレード、こいつしかないか」
敬介が懐刀真言絶句を腰のベルトから外して机の上に置くと瑪瑙は眉を顰めた。
相変わらずの杜撰な管理に言葉も出ない。
アーティファクターたちは特にそうだが、その武装に対しての貴重度を自覚していない傾向が多い。確かにマスター登録されていない限りは特殊な方法を用いない限り使用できないが、大切に扱ってもらいたいものだった。
「少し、忙しくなるな」
敬介は神機の建造に向けて瑪瑙に指揮を執らせるために事務手続きを始めると、瑪瑙が所在なさげに立っていた。
「座っていいぜ、ほれ」
ばんばんと敬介が机を手の平で叩くと瑪瑙は困った様に微笑んでから敬介に背を向ける様にして机に腰掛けた。
「敬介くんは…私を見てくれないのね」
ころん、と机の上に横になった瑪瑙が上目遣いで敬介を見上げると、敬介は書類整理が出来ずにむすっとした。
「年下には興味がない…」
「あら、こんなに成長したわよ」
翡翠が胸を両腕で抱える様にして見せる。確かに十五歳にしてはだいぶ大きい方で、顔つきも女性らしくなって来ていた。
敬介はつん、と瑪瑙の額を指で突くと瑪瑙が小首を傾げる。可愛らしい仕草に敬介が苦笑すると瑪瑙もにこりと微笑んだ。
「瑪瑙も甘え方が下手糞なんだからなぁ」
敬介が優しく頭を撫でてやると瑪瑙が嬉しそうに瞳を閉じた。
「私、敬介くんのことが好きだよ」
「知ってるよ」
敬介が答えると瑪瑙は満足そうに頷いた。
「敬介君の一番が…あの子でも私はいいよ?」
「止めとけよ、俺なんか追いかけても何にもならないぜ?コミュニティレベルセブン、エフェクターのリーダーが惚れた男のために私情でコミュニティを動かすなんて知れたら大変なんじゃないのか?」
「みんな知ってるもん。私が敬介大好きだってことは…。それでも協力してくれるの。私のために、みんなの夢のために」
「エフェクターの夢?」
エフェクターのみんなの夢、と聞いて敬介は興味を持った。あの職人気質の集団は政府や国などに所属せず、世界中に点在する拠点で様々なものを作る物作り集団だったはずだ。多才な人間を集め、DM現象やその他の天災などに対応するためにその技術を結集して人々の役に立つものを作っていると聞いている。
「みんなの夢はこの世界を元に戻すことだよ。敬介くんなら知ってるでしょ?」
敬介はそう言われて口篭もる。誰にも知らせていない事、誰にも気付かれない様に研究していた事を瑪瑙は知っている。
「瑪瑙…お前はひょっとして知っているのか?」
敬介に瑪瑙は小さく頷いた。
「知ってるよ。敬介くんのやろうとしていることも、敬介くんの考えている事もね」
「誰にもまだ、言ってないな?」
敬介の真摯な瞳をまっすぐに受けて、瑪瑙が上半身を起こして敬介に向き直る。瑪瑙の脚が目の前に置かれて敬介は困った様に視線を逸らした。
「大丈夫、誰にもって言うかきっと…私以外には敬介くんとあの子くらいにしか、アレは創れないから」
瑪瑙の言葉にウソはない。敬介はそう思うと安堵した。
「エフェクターを信じていいのか?」
「信じてくれているからこの設計図をくれたんでしょ」
胸のポケットに入れたディスクを見せる瑪瑙に敬介は頷く。
「私を信じて」
瑪瑙に頭を抱き締められて敬介はその温もりに目を閉じる。
頭に過ぎる…昔も同じような事をされたことがあった、と敬介は久しぶりの温もりに目を閉じた。
「敬介くんがあの子を選んだとしても私は、敬介くんを追い掛け続けるから」
瑪瑙が涙を目にためていることに敬介は気付かなかった。
いちおー、二十五部分までの設定をいただいたので、急いで書いていこうかと思いますががが。これって何話まで続くんでしょうかねぇ。
肉まんってなんで年中やってないんだろうね?っていう話になったわけです。そりゃ暑いときに熱いものは食べたくないからでしょうっていうのが普通だと思います。でも違いました、「熱いと放っておいても蒸されちゃうから腐っちゃうんだよ」って断言されました。
え?常温保存なの?
それではまた今度。




