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朝飯という任務を放棄しようとしたらおにぎりを投げつけられそうになった。おにぎり爆弾って何かで聞いたけど実在するとは思わなかった

人には理性があります。でも煩悩は百八つあるそうです。

え?理性劣勢じゃね?


どうでもいいですね。で、こういう時にあいさつするときは相手の時系列がわからないからどうしよう、という話になって「おはこんばんちわー」が正解らしいです。金田一先生に辞書に載せてもらいましょう。


おはこんこんばわーじゃねーのって朝昼夜の順で考えたらって思ったんですが、こんこんじゃ可愛過ぎてキモいだろって突っ込まれました。可愛いは正義だ!


息抜き終了。


三咲の身辺出てくる?かも?この先だっけ?たぶんそろそろかなぁ。

レベルセブンコミュニティとか少しずつ話がややこしーくなってきます。


 透き通る様なピンク色の瞳の変わった少年は「ん?」と武装している敬介たちを見てびくっと肩を震わせる。


「あ、危害は加えない。変な奴らが前にここを通っていたと言う話を聞いて見回りに来た治安維持部隊だ」


 敬介がそう言うと、少女はがんっと教官側の車のドアを蹴っ飛ばした。


「何をする…」


 教官がまた始末書か、とため息を吐くと少年が帽子を取った。


「お前たちが村の人をさらったんじゃないのかっ」


 帽子を取って憤る…少年に見えたが少女が「ふーっ」と息を荒くして唸る。


「あ…」


 三咲が少女の頭にぴょんと出ている狐のような大きな耳に気付いて声を上げると、教官と敬介もそれに気付いた。


 金色の髪の毛からちょこんと出ている狐の耳…。


「村の子だ」


 三咲がそう言うと少女は三咲に気付いて「ん?」と首を傾げる。三咲が窓を開けてゆっくりと手を差し出すと、少女が「うぁ」と何か躊躇うように教官と敬介を見てから、ひょい、と三咲の手の下に頭を滑り込ませ、三咲が笑顔で「よしよし」と頭を撫でてやると、少女は「んー」と気持ちよさそうに笑顔を見せる。


「あれ…この匂い…。先生のとこの?」


 少女が気付いて三咲を見ると、三咲は「へ?」と首を傾げる。


「私だよ私、三咲ちゃんって覚えてない?」


「あー…」


 三咲が首を傾げると、少女は「そうだよねぇ」と頷く。


「三咲ちゃんがこっちに来たのはこーんな小さい時だったもんね」


 指で三センチくらいの幅を作って見せる少女に敬介は「それはねーよ」と新生児以下の大きさを示す少女に突っ込みを入れる。


「この…変わったお嬢さんは?」


 教官が三咲に尋ねると三咲は「この先にある村の子ですよ」と答えた。


「この先に村があるなんて聞いたこともないんだけどなぁ」


 敬介もここら周辺の調査は何度か行っており、足を踏み入れた事があったが村の様な集落があったような記憶がない。


「お父さんと一緒に何度かこの先に進んだことあるんです。森の中に小さな村があって…その」


 三咲はやって来た少年の様な少女の顔色を伺いながら言い難そうにしている。


「みんな耳がこうなのか?」


 敬介が尋ねると三咲はおずおずと頷いた。敬介はそれを受けて「なるほどね」と納得した。


「種族が違う人間が存在すると言う話しを聞いた事はありますか?」


 三咲の少しずれた質問に教官が敬介の顔を見る。教官はそんな話は聞いた事が無かった。


「品種改良した生体を人間に組み合わせるというスレイブプロジェクトが発足した。人間の労働をそう言ったデミヒューマンに行わせることで自分たちは支配者階級に完全に移行しようとしたんだ。アルカナ歴最悪の生体実験だな」


 敬介の言葉を受けて教官は心当たりがあった。人間の奴隷のように代わりになって危険な仕事や新薬実験の実験素体にしようとしていたというものだった。当時の技術では人間の完全クローンは実際に成功しておらず、人間と同じ体組織を持つ全く別の種を誕生させてそれを使用しようと言う話になっていたはずだ。


 もちろん、結局の所は人間を作る事は禁忌としていても人間と同じような存在ならば赦されると言う倫理道徳を無視した人間が生命体を作り上げるということは同じ事でもあった。


「デミヒューマンプロジェクトは危険視されて実験素体の廃棄が決定して中止されたはずだったが…」


「中止って言っても完全に停止したのは国家に連携するための企業連中だけだったはずだ。アーティファクトの事例もあるからね。結局のところやーめたって言っても、私利私欲のために研究を続ける人間は多いのさ」


 敬介が「やれやれだね」と頭を振ると教官もそれには同意している様で何も言わない。


「お兄さんの言うとおり、この子たちはそういう廃棄処分から逃れた子たちで、ひっそりと山の奥や人のあまりいない地方で生活しています。地方の方じゃ過疎化が進んでいるので、寛容な地方が多いとか…」


 三咲が少女を見ると、少女は怪訝な顔をしてこちらを見ている。


「この人たちは悪者じゃないの?」


「人間全部を敵視しないところが生き永らえる秘訣なのかもしれないね」


 敬介が苦笑すると三咲が「そうですね」と苦笑する。


「ミーアはフォクシー族になりまして、狐さんと混合した種族だそうです。知性が高く、運動能力も人以上だとか言われていまして、集団で生活する事よりも個体で生活する事を好みます。犬族ですが性格は猫に近いんですよ」


「なるほど…」


 風を受けて時折耳がぴくり、ぴくりと動くのを敬介は興味深そうに見ていると「変わった人間に需要はありそうだな」と少女の全身を見下ろす。


 透き通る様な白い肌にきめの細かさ、顔の造形はそこら辺にいるアイドルなどよりも可愛らしい。現在の医療でデオキシリボ核酸をいじる作業は病気の治療以外では認められていないが、クラッシュバックと呼ばれる遺伝子異常が発見されるようになってからは、人類の存続をかけてその解明に心血を注いでいるのが現状だった。


 優秀な人類を作るという作業に没頭し、夢を追いかけた科学者たちの結果は無残なもので、結局のところ人間は自然の進化ではなく自分たちの手による変異で苦しめられる事になってしまっていた。


 染色体異常は日に日に深刻化しており、敬介のような純血種…ピュアリーネと呼ばれる種族は珍しくなってしまっていた。


「人工交配によるデミヒューマン計画は明らかに失敗したし、遺伝子をいじる方は寿命の問題があるからな」


 敬介がそう言うとミーアはしきりに首を傾げている。


「ねぇねぇ、村の悪い人を追い払ってくれない?」


 難しい話よりも頼みがあると言うようにミーアがそう言うと、敬介と教官が顔を見合わせた。


「話を聞こうか」


 敬介が車から出ると三咲も車から降りてミーアの頭を撫でる。動物の本能なのか、気持ちよさそうにしているミーアを見ると三咲とミーアはいい関係の様で敬介は安心した。


「私たちはお父さんの研究所に行こうとしてるんだけど、何か村であったの?」


 三咲の質問にミーアは小さく頷いた。


「村の問題だから部外者の人に頼むのはあれだと思うんだけど…三咲ならたぶんいいかなぁって」


 三咲ならば、というところが気にはなったがこの先の村という場所に用事があるのだから状況を把握しておく必要がありそうだった。


「とりあえず全員乗れ、車の中で話を聞こうか」


 教官に言われて三人が車に乗り込むと、敬介は助手席で懐刀真言絶句を抜いた。


「どうした」


 教官が敬介が異様にミーアを警戒しているのに気付いて尋ねると、敬介は「うん…」と頷いた。


「えっと、教官。デミヒューマンのデオキシリボ核酸の塩基構造って何を元にしているか知っているかい?」


「専門分野は学者肌のお前や三咲だろう」


 千石から三咲の知識についての報告は上がっていて、教官はルームミラー越しにミーアと三咲が遊んでいるのを見た。中のいい姉妹と言うよりは主人とペットの様な関係に見えなくもない上に、デミヒューマンは人に懐くのが早いとも言われていることは知っている。


「クリーチャーの遺伝子構造を媒体にして使っている」


「なんだと?」


 教官も流石に驚いたのか、面食らったような顔をしている。


「アーティファクトが反応しちまってる。仕方がない事なんだけどな。ただクリーチャーと同じ遺伝子構造だとしたら、その大本のクリーチャーはなんだ?って話になる」


「元…の遺伝子を持っていたクリーチャーのタイプによっては問題が生じる可能性があるのか?」


「大問題だろうね。フォクシー族は人間と同等の知性と人間よりも強靭な身体能力を保有しているから…恐らく限定されてくるんだけどな…」


「難しい話をする前に村の話を聞かないんですか?」


 三咲が敬介の話の腰を折る様にして尋ねると、敬介は「そうだな」とミーアを見た。


「えっと…三日前くらいに大きな車四台で村に急に来た人たちは私たちには目もくれずに森のほうに入っていったよ。でも何か森の方で大きな音がしてみんな慌てて入って行ったきり戻って来ないの」


「戻って来ない?」


 教官が首を傾げると、三咲が口に手を当てて驚いている。


「森の中に入ったの?なんで?」


 取り乱す三咲にミーアが困ったような顔をして泣きそうになる。


「し、知らないよっ!森に入りたいから二人着いて来いって言われて、村の人が無理やり連れて行かれそうになったけど…。二人は途中で帰って来てその後大きな音がしたんだ。それ以来は誰も来てないよ?」


「誰も来てないって言ったって、こんな場所政府だって確認してないはずだぜ」


 敬介がナビを指差すと、ナビのポイントが完全に狂っていて今の自分たちは表示通りになると海底を走っていることになってしまう。


「人間が住める場所じゃないだろ、ここは。強力な電波妨害が出てる。電子機器が軒並み使えないエリアだ」


 教官はちっと舌打ちすると三咲は頷いた。


「確かにここら辺は電子機器は使えませんよ?お父さんもそう言ってましたし、ここから先は人が住みにくい場所だからデミヒューマンの子たちはのびのびと生活できるんだって」


「へぇ」


 敬介は興味なさそうに返事をすると、三咲はミーアの頭を撫でて哀しそうな顔をしていた。


「この子たちもどこでも自由に住める権利があるはずなのに、人は勝手にこの子たちを作って危険視していて、そして殺そうとしてしまったのです。私にはそれがとても人間のすることには思えませんでした」


「それが現実だよ。三咲たんみたいにみんな優しくはないんだ」


 敬介がそう言うと、三咲は「みんな優しくなれれば争いも無くなるんでしょうね」と小さな声で呟いた。



 ◆◆   ◆◆

 フォクシー族の村

 六月の第二週 水曜日 十一時二十分


 敬介、三咲、教官とミーアが集落に到着すると本当に村があったことに敬介は驚いた。このご時世でプラントの助力なくして生活できるような集落は存在しないはずだ。


「そちらの方々は?」


 銀色の狐耳をした青年が車から降りた敬介たちに尋ねて来て、敬介と教官が思わず身構えると青年は精悍な顔つきで目を細めて敬介たちを観察した。


「ミーア、外の者を連れて来たのか?」


「あ、長。三咲が来たよ」


「三咲?」


 蒼い髪の毛に銀色の耳、見目二十五前後で敬介よりも少し年上に見える青年は三咲を見ると、にこりと微笑んだ。


「教授の…。これはこれは、遠いところをよくぞ」


「あ、こんにちは」


 三咲が頭を下げると青年は深く頭を下げる。どうやら二人は知り合いの様だったが、敬介にはそれが納得出来なかった。


「第三セクター所属、十三機関六課、広域対応課隊長主席のきょーかんと俺は同十三機関特捜十三課の隊長主席、鳳凰寺敬介だ」


 敬介がそう言うと青年は一瞬だけ驚いた様な顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。


「つい先日にも十三機関を名乗る人々が野蛮にもこの村に押し入って森に入って行ったよ。君たちは彼らの仲間なのかな?」


 青年は静かに敬介に尋ねると、敬介は教官の顔を伺った。教官は敬介に首を左右に振ってそんな話は知らない、と無言で答える。


「君たちは無関係、ということでいいらしいね。とは言え友好的、とは言えないな」


 敬介と教官が身構えているのを見て青年はそう言うと、青年も身構える。静かな緊張感が漂う中、ミーアと三咲がわたわたと慌てる。


「待って長!この人たちは悪い人じゃないと思う!」


 ミーアが青年を止めると、青年は怪訝な顔をしてミーアを見る。


「なぜそう言い切れる?」


 信頼されていないんだな、と敬介は青年を見ると、ミーアが三咲の背後から三咲の肩に手を置いて三咲をずいと前に押し出した。


「三咲が一緒にいる人が悪い人だと思えないよっ!無理やり連れて来られている様にも見えないし!」


 ミーアが必死に青年を説得すると、青年は三咲を見た。


「どう言う事なのか教えてくれないか?」


 どう言う事って…言われてもぉ…。


 三咲は敬介と教官、そして青年を見ると困った。


「父の研究所を見せてあげようと思って。敬介お兄さんは私の先輩のお兄さんで…えっと…アーティファクトの研究をしているんだ」


 三咲に言われて青年は敬介を見ると、なるほど、と頷いた。


「俺たちは別にお前たちに何かをしに来たわけじゃない。デミヒューマンにだって興味はないよ」


 敬介が自然体でそう言うと青年は眉をぴくりと動かした。


「我々は確かにデミヒューマンかもしれないが、フォクシー族だ。デミヒューマンと呼ばれるのはいい気がしない。謝罪してもらおう」


「断る」


 敬介がそう言うと青年は「なに?」と敬介を睨んだ。教官も敬介がいきなり拒絶したことに驚いた。これではとても友好的に話が出来るとは言い難い。三咲もミーアも絶句してしまい敬介を見ると、敬介は不敵な笑みを浮かべていた。


「お前らがどう思おうとデミヒューマンはデミヒューマン。俺はそう思っているよ。そして、お前たちは人間だと思っている」


 敬介がそう言うと青年は難しそうな顔をしていた。


「我々を人間だと言うのか?」


「一括りにすれば、ね。俺だって教官や三咲とは違うって言えば違うんだぜ?俺は教官や三咲よりも優秀な種族ってことになっちまうからね」


 敬介がそう言うと三咲が首を傾げる。敬介も自分も完全な人間なはずで、デミヒューマンではない。と、言う事は…。


 三咲がその事実に気付くと唖然とした。


 敬介は人口一パーセントにも満たない、完全な人間。自然種…原種…ピュアリーネと言う事になる。


「お前は…純血種か」


「だろ?そう言われると、お前らは俺を特別視する」


 敬介が苦笑すると青年は「なるほど」と頷いた。


「確かに人間の中でも純血種…遺伝子改良を受けていない完全な遺伝子を持つお前は貴重なのだろうな。そしてデミヒューマンの原種でもあるお前…いや、あなたは偉大なる父系の血族になる。敬って憂いがないのだね」


 青年はそう言うともう一度頭を下げた。


「で、そう言うのが嫌いなわけ。だから俺はデミヒューマンだろうと遺伝子改造されていようと、人間は人間だと思っているよ」


 敬介がそう言うと三咲はどことなく安心した。


「十三機関には色々な人間がいるから、あまり枠組みを気にしたりはしないんだけどね」


「二番隊と六番隊以外はな…」


 教官が自分のところの問題を口にするも敬介はそれを聞き流した。今はそんな話をしたいわけではない。


「…敬介…神童敬介。申し遅れたが私はフォクシー族の族長を務めさせてもらっているアレイ・デュックと言う者だ」


「アレイ?」


 敬介が今度は怪訝な顔をすると、アレイは失笑した。


「アレイ・デュックだって?」


 敬介の知る限り、ユグドラシルレポート断章に出て来る名前の一つだった。


「君のプラントプログラミングのユグドラシルレポートを参考にさせてもらっている。文字だけの通信しかしたことがなかったが、まさか君が敬介さんだったなんてな」


「さん付けはいいや。アレイ、そうするとここにはやっぱりプラントがあるんだな?」


 敬介がアレイに尋ねると、アレイはにこりと微笑んで頷いた。


「政府や国家が占有しているプラントよりもかなり小型だが、森の中にそれはある。今や全ての生命はプラントの活動なくして生きてはいけないからな」


「だな。こんな街外れに村があって、どうやって生活してるのかって考えたらそれ以外なくてな。いやでも…アレイがあんたかぁ」


 敬介が面白おかしいと笑うと、三咲とミーアが顔を見合わせる。


「待て、プラントは小型だろうとなんだろうと国に報告する義務がある。わかっているのか?」


 教官が敬介にそう言うと、敬介は冷めた視線で教官を見上げた。


「フォクシー族は温厚な種族だが、怒らせると怖いぞ?元々デミヒューマンはDM現象の前線に配置するための戦力だった。つまり俺たちと同じ。戦力はある」


「使う事はないよ。私たちは平和主義者だ」


「おっかねぇ平和主義だよ」


 アレイに敬介がそう言うとアレイは意味深に微笑み、教官を見上げた。


「わかっていると思いますが、不干渉だった私たちに干渉するような真似は避けて頂きたい。独立国家とまでは行きませんが、私たちは人間から離れて生活している。不用意に立ち入っていただきたくはない」


 アレイがはっきりと拒絶の意思を見せると、敬介は頷いた。


「政府は知ってるよ。ここにフォクシー族がいるってことはね。うちのプレジデントはここに不干渉を決めているはずだよな?」


 敬介がアレイに尋ねると、アレイはゆっくりと頷いた。


「彼は偉大な人間だな。私たちを卑下することなく共存を願ってくれた。この関係が続く事を祈るよ」


 本当にそう思っているらしく、敬介は頷いた。


 見目二十五前後でも彼は違う。生後百年は余裕で超える初期のデミヒューマンだ。初期のデミヒューマンは人間に追い立てられて戦闘思考が高いと言われているが、彼は初期から争いを好まないデミヒューマンたちと連絡を取り合って、人間との和解を成立させた有志でもあった。


「力は争いを生んでしまう。だから力がある者同士は離れて生活する方が良いんだ。人間と我々の様にね」


「ごもっともで」


 敬介がそう言うとアレイは「案内しよう」と先を歩く。


「アレイさんと敬介って知り合いだったの?」


 ミーアが三咲に尋ねるも、三咲もそんなことは知らなかった。敬介の顔の広さが今一わからない範囲までシェアしているので何とも言えないが、やはり敬介はすごい人なのかもしれない。


「プラントの調子はどうだ?五年前だとかなりやばかったらしいじゃないか」


「貴殿の残したユグドラシルレポートの断章がまだ残っていてね。そこにいる三咲さんの父君がデータを復元して協力してくれていた。今のところは問題がないが、森の爆発が気になる」


「ああ、森で爆発音がしたって言う話は聞いているよ。一体なんだったんだ?」


 敬介がアレイに尋ねると、アレイは難しそうな顔をした。


「この前に来た人間が何かをしたとは思えない。我々のプラントには手を出さない事は暗黙の了解だったはずだ」


「暗黙の了解ってのは双方が互いの存在を確認している時に使うもんだ。相手がフォクシー族を知らずにプラントだけの存在を知って来ていたらどうするつもりだ?」


「それは大丈夫だ。人間を監視するためにうちの者を何名か張りつかせていたからな」


 信用はしていても信頼はしていない、と言うことか、と敬介はアレイの言葉に納得した。教官も気付いているようだが、今も森の中から視線をいくつも感じる。敬介や教官が何かをした場合、素早く彼らは動き出すはずだ。


 森の中の支配者はフォクシー族なのだ。


 敬介はその認識を改める。


 彼らは音もなく忍びより、目標を達成して素早くまたどこかへ帰って行く能力がある。狐の狩りの修正をそのまま生かした人間だと思えばいい、とは誰かが言った言葉だった。


 フォクシー族を目の当たりにしたのは初めてだったが、アレイの村を救ったのは紛れもなく敬介だった。五年ほど前に敬介が指揮する特捜十三課にプラント発見の報告を入れ、自分たちが追われている種族である事を明かし、敬介は独断でアレイたちを援助した。


 その結果、敬介たちはフォクシー族に間接的に救われる事になったのだが…。


 その自分たちの部隊を過去に救ってくれた人物の長とこうして会えるとは思ってはいなかった。


「アレイ、少し聞きたい事があるんだが…。俺がプラント技術を送ったときのユグドラシルレポートの断章はここに保存されているのか?」


「いや…あなたが送ってくれたのはプラント技術そのものを抜粋したもので、レポート断章は保存されていないはずだ」


 アレイがそう言うと敬介は「そうか」と誰が見ても落ち込んだ。


「ユグドラシルレポートはあなたが書き止めた世界の根幹部分だと言う。それを紛失した話も耳にしたが、何があったんだ?」


 敬介はその当時のことをぼんやりとしか覚えていないが、今でもはっきりと分かるくらいに自分が慌てていた事は思いだせる。


 なぜ、どうして自らユグドラシルレポートを分けて世界中に分散させたのかはわからない。今は必要で集めようとしているのだが…。


 しばらく森の中を進むとログハウスが見つかった。三咲がカギを開けようとして玄関にキーを差し込むも回らない。


「開かないのか?」


 教官が尋ねると三咲は頷いて教官に鍵を渡すと、教官もキーを回して開けて見ようと試みたがやはり開錠には至らなかった。


 ぶち破るか…?


 教官が目で敬介に尋ねると、敬介は首を左右に振った。


 ここは三咲の家族との思い出の場所で不用意に壊したりするのは忍びなかった。それでもこの中を見て見たいという気持ちは抑えられない。


 三咲の父親が考古学者で教授の地位に昇り、今もこうして研究施設が残っているならばアーティファクトに関する記述があってもおかしくないはずだった。


「ん?」


 敬介が鍵穴を見ると、明らかにこじ開けようと何か道具を使った様な痕跡があった。ピックングをする時に残る独特なあの傷跡は知る者が見ればある程度はわかる。こじ開けられた鍵は大抵、通常通りの手法を持っても開けられない場合もある。


 正しい鍵が使えない。


 敬介がドアノブを回しても、鍵はかかったままだった。


 敬介が無言で拳銃を手にして窓から中を覗き込むと教官も事態を把握してアレイ、ミーア、そして三咲を下がらせる。


「教官っ!」


 敬介が叫ぶと同時に発砲、窓ガラスをぶち破って中に突入して行く様を見て三咲が目を丸くして驚いた。まるで映画か何かの様に敬介が屋内に飛び込んで行くと、教官も巨漢に似合わない素早さで素早くショットガンを構えて窓から中に突入して行く。


「どうしたんですかっ」


 三咲もその窓から入るとアレイとミーアも慌てて室内に入って三咲を庇うように背中に三咲を立たせる。


 いくつもあるコンピュータの電源は入っているのだが、どれも全てデリートされた後の様で画面は真っ青になっていた。


 敬介がキーボードを叩いてシステムを復元する作業を始める。


「アライグマの巣のような有様だな」


 そこら中の本棚がひっくり返され、机は割られ、椅子はひっくり返り、書類が床に散らばっていた。物取りでももう少し丁寧に物を扱うだろう、というその有様は見るに堪えない。


 三咲の思い出の場所だったろうに…。


 敬介はそう思うと記憶媒体のデリートを逆操作して全てのシステムを復元する。


「発掘現場がこの近くに?」


 敬介がアレイに尋ねるとアレイは首を傾げる。


「穴掘りを手伝ってくれとは言われたが、それが何か?」


「いや、それ発掘だろ」


 敬介がアレイの適当さ加減に失笑するとアレイは「そうだったのか」と頷いた。


「アーティファクトが地面の中に埋まっているから、それを掘りたいと言っていたのは覚えている。大分前の話なので忘れてしまったよ」


「アーティファクトの発掘は十三機関が行っているはずだ。個人が発掘する事は禁止されて…」


「だったらここは何の襲撃を受けたんだ?」


 敬介は教官の意見を尋ねると教官は言葉を遮られたことよりも自分の推測が敬介に試されている様な気がした。


 敬介が自分を試している。そう、それは当り前のことだ。


「恐らく…十三機関をよく思わない連中の仕業だろうな」


「アマテラス」


 アレイがその対抗組織の名を口にすると三咲が首を傾げた。聞いた事の無い組織の名前を出されて三咲は「アマテラス…アマテラス…」と首を傾げる。その名前は聞いた事はないが記憶の中に残っている。


 どこだろう…なんで見たんだろう…。


 父親の書斎でもなく…実家でもない。


「アマテラスっていう組織はどう言う組織なんですか?」


 三咲の質問に敬介と教官は顔を見合わせると、話していいべきなのか、と教官が悩んだが敬介は今更機密もないだろうと意を決する。


「アーティファクトを使った犯罪組織、アマテラスは独自の思想の上で動いている。アーティファクトの強奪、盗掘、そして研究データの強奪など何でもやってのける。最近では頻繁にDM被害者を勧誘して組織を拡大させているらしい」


「へぇ…」


 三咲はやっぱり聞いた事ないなぁ、と呟くとミーアがきょろきょろと周囲を見回す。


「鉄と血の匂い」


 くんくんと鼻を鳴らしてミーアが窓から外を見るとデニムにスニーカー、ポケットのたくさんついたジャケットを着ている男性が血まみれになって砂利道の上に転がった。


「大変っ!」


 三咲が外に出て男性の傍に屈む。


「痛っ!」


 がっと肩を掴まれて三咲が苦悶の表情を浮かべると、男性は荒く息を吐きながら三咲の目を必死に見上げている。


「森の奥に…化け物…」


「化け物?」


 三咲が首を傾げると男性は大量の血液を口から吐き出した。


「あなたはどうしてこの村に来たの?」


「プラントの…調査…で…。仲間は、死んだっ!」


 頼む、助けてくれっ!と言われて三咲がログハウスから飛び出して来た敬介とアレイの顔を見ると、教官も出て来て銃口を男性に向けた。


「もう助からない」


「そんなっ!」


 三咲が悲痛な叫び声にも似た悲鳴を上げると、敬介も首を左右に振った。


「腎臓がやられてるんだ」


 そっと敬介が耳打ちすると、三咲は男性の手の上に自分の手を乗せた。


「お前は死ぬ。全て答えろ。目的と所属は何処だ」


「目的は…そこのログハウスの住人の研究データと…村の奥にいるフェアリーの討伐…」


「フェアリー?」


 アレイが首を傾げると、男性はアレイの顔を見て驚愕した。


「お前は確かに…殺したはず…」


「私はやられんよ。君たちが村に押し入って来た時に君たちに幻を見せた。深窓夢幻童夢でな」


 銀装飾のコンパクトミラーを見せてアレイがそう言うと、敬介はそのアーティファクトを見て頷いた。


 人に幻を見せて眠らせたり、目標を逸らしたりする道具だ。深々度催眠をかけるのと同じ要領で相手を騙す事が出来る。彼らの目標はフォクシー族の殲滅もあったのかもしれない。


 こんな時にさなえの心を見る事が出来るアーティファクトがあれば、と思えるもいない人間の事を考えても仕方がない。敬介は死に行く男を見下ろして懐刀真言絶句の刃を晒した。


「力を借りるぜ…」


 キン、と甲高い音が聞こえて刀身が輝くと敬介は目を閉じた。


「なるほどね」


 敬介が刀身を鞘に納めると敬介は教官に視線を送ると、敬介は三咲の後ろに立って右手で目を覆い、抱きよせる様にして自分の胸に頭を押しつけさせる。


「っ!」


 うわきゃああああっ!


 急に抱き締められて三咲が目を丸くして敬介の中でわたわたとする。異性に抱き締められたことなど生まれて一度もない三咲は顔を真っ赤にしていると敬介がくるりと回転した。


「三咲たん、こっちでお話ししようか」


「え?」


 敬介にエスコートされるようにログハウスに入ると、ドンっと鈍い音が響いた。


 教官とミーアがログハウスに戻って来ると、外で何人かの声がしてすぐにアレイがログハウスに入って来ると敬介を横目で見た。


「あいつらの目的はこの先にあるプラントじゃなくてサンクチュアリにあるクリーチャーだったよ。しかも…そこのサンクチュアリは稼働していてアーティファクトがある可能性があるらしい。んで、侵入したのは…」


「思い出したっ!」


 三咲が突然大きな声を出してミーアがびくっと肩を震わせた。



  ◆◆   ◆◆

 学校 アーチェリー部練習場

 六月の第二週 月曜日 十二時三十分


 千石は恵美に呼び出されて練習場に来てコンビニで買ったおにぎりを頬張り、さなえは弁当に箸を運んでいた。


 談話室のテーブルを囲んでこのメンバーが全員顔を揃えるのも最近では珍しくなく、千石の存在も部員に認められつつあった。


 萌は恵美が月影弓砕覇を構えて練習しているのを興味深そうに見ていて、三咲もその隣で練習をしている。昼休みが長めの学校なのであと一時間は余裕があり、自主練習をしている生徒の影もちらほらと見える。放課後の練習の時間が削られてしまい弓に触れられる時間が少ないのだから、と自主的に練習を行う部員は勤勉なのかもしれないが、千石からして見ればよくやる連中だとしか思えなかった。


 さなえのゆったりとした昼食が終わるころには千石はとっくに昼食を終えており、恵美と三咲、萌がさなえの近くに集まった。


 全天候に対応できるように屋内練習場を構えているこの学校は珍しいのだが、それもインターハイ十二連覇を成し遂げた功績でもある。とはさなえには聞かされていたが、部員たちは恵まれた環境でのびのびと練習をしている。


「えっと…呼び出すような真似をしてすみません」


 恵美が千石にそう言うと、千石は苦笑して首を左右に振った。高校二年生の恵美はその年齢にしては童顔だったがスタイルが良く、男女問わず話しかける明るい性格の少女だった。アーチェリーの腕前がかなりあり、一年生から正レギュラーの座を堅固なものにしていて、後輩たちからは憧れ、先輩たちからは信頼されている正真正銘のエースでもある。


「別に構わないさ。学校にいて何かやるってわけでもないんだ」


 千石が正直にそう言うと恵美はほっと胸を撫で下ろした。千石は不良グループをまとめる存在で、さなえの婚約者でもありながら六道真極会の筋者だった。怒らせると怖い人と言う認識があるがそれは間違いではなく、一見優男の様に見えるが腕っぷしも頭の回転も常人では有り得ない程だった。


 さなえはさなえで六道真極会の娘で、幼少のころから武術などの体育会系のことから書道やピアノ、バイオリンやらの文化系のこと…さらには拳銃や日本刀の使い方まで知っている才色兼備で優しいセンパイだった。ただ時折おっとりとし過ぎているので、恵美はさなえの正体を知っていても今一ヤクザ関係者だとは思えない節が多い人物でもある。


「恵美が前にサンクチュアリで見つけた古代文字の解読が全部終わったから千石とさなえ、三咲に教えたかったんだって」


 八、九歳の少女だが学力は軽く大学入試に合格できるレベルの萌は年上だろうと呼び捨てにするふてぶてしい少女で、あまり喋るのが得意ではないが、今は特別進級枠と言うものを使って恵美と同じ教室で授業を受けている少女だった。恵美は隠しているが萌はオッドアイの少女でクラスでも特に目立つが、誰もがその可愛らしさに萌をお姫様の様に扱っている節がある。萌からして見ればちやほやされてやりにくい、とのことだがその無愛想さが人気でもあった。


「恵美センパイっ!あのデータって何があったんですか?」


 三咲がぴょんこぴょんこと跳ねながら興奮した様子で恵美に尋ねると、恵美は苦笑した。ブレザーの制服の首元で鈴が上下に振れるが残念ながら音がしない。猫の様な三咲にその鈴はとても似合っていた。


 鈴…守りの鈴はアーティファクトと呼ばれる変形機構を持つ武装で恵美の洋弓も機械弓と呼ばれ、その一種だった。アーティファクトはディープミスト現象と呼ばれる濃霧が二十時ごろから発生し、その中に長く居過ぎたりすると身体に異変を来たしてしまう超常現象で、世界各国に発生しているのだが…DMの中でゴースト化と呼ばれるゾンビのように自分の意識を失い身体が勝手に人を襲う現象から奇跡的に人間に戻れた人間のみが使える武装でもあった。


 恵美、千石、萌はそのDM現象に対応するべく作られたと言われている第三セクター組織、十三機関の一員になっている。


 DMやアーティファクトに関する事象に対応するべく組織された機関の特捜十三課に恵美、千石、萌は籍を置き、つい先日は他国でのゴーストの上位体と呼ばれるクリーチャーの討伐を行ったばかりだった。


 その少し前に手に入れたサンクチュアリと呼ばれる聖域から入手したアルカナ歴前のデータに入力されていた古代文字を何故か恵美は解読する事が出来、今はその入手したデータのことで話がしたくて全員は集まったのだ。


「それで…恵美さん。あのデータには何が記されていたんですか?」


 さなえがおっとりとした口調で恵美に尋ねると、萌は面白くなさそうな顔をしていた。


 恵美の兄であり特捜十三課の課長…隊長主席の敬介に黙って勝手に調査しているのだから、萌からして見れば重大な命令系統違反になるのだが、萌は大好きな恵美が怒られるからと口を閉ざしている。


「えっとですね…ユグドラシルレポート断章がサンクチュアリにある矛盾が何となくわかった気がします」


 恵美が口を開くと千石と萌が顔を見合わせる。


「ユグドラシルレポートは敬介さんがDM現象について記録したデータじゃないのか?」


「私もそう思ってたけど少し違うみたい」


 千石に恵美が返すと千石は怪訝な顔をしている。ユグドラシルレポートは敬介が記述したものだ、と当人が言っていたはずなのだ。


「サンクチュアリはアルカナ歴前の西暦に建設が進められていた対DM用のシェルター兼アーティファクトを格納する武器庫のようなものだったはず…。敬介お兄ちゃんのユグドラシルレポート断章がサンクチュアリの中にあるほうがおかしいんだね?」


 萌が的確に矛盾点を指摘すると恵美は頷いた。


「そうなの。時代が合わないでしょ?お兄ちゃんが生まれる前からあったはずのユグドラシルレポートがなぜあそこにあったの?あそこはお兄ちゃんだって知らないサンクチュアリだったのに」


「言われて見ればそうですよね」


 三咲も恵美に同意すると、さなえが「うーん」と小首を傾げる。


「飛んで来たんじゃないですか?敬介さんがゴースト化してサバイバーになったときに記憶が曖昧になってしまっているんです…。敬介さんは自分のデータを世界に拡散させたと言っていましたから、サンクチュアリに無作為に送信された、ということでは?」


 さなえが仮説を立てると恵美は頷く。


「そうなんです。お兄ちゃんは無作為にデータを世界中にばらまいて、今なお世界中はユグドラシルレポート断章を探し求めています。サンクチュアリはオンライン状態でした。と、言う事はネットワーク上にその存在は知られていなければならない」


「あの場所は盗掘に会ってましたよね?」


 三咲が中身は空っぽだったことを思い出すと恵美は「そうだね」と萌を見た。


「でもあそこのアクセスポイントは故意に隠されていたよ。だから私たちのサーチに引っかからなかったの」


 萌が十三機関で調べたことを口にするとさなえは眉を潜めた。さなえは極道の人員とネットワークを使って恵美たち十三機関に協力し、そしてクリーチャーなどの生物学に詳しい事で敬介の研究を手伝っていたこともあってこの話し合いに参加しているのだが、聡明さではこの中で一番だった。


「矛盾点が多すぎますね」


 さなえに言われて誰もが黙り込んでしまう。


「考えてもわからないことだから、私は古代文字を解読してみたんだ」


 恵美がそう言うと三咲はまた目を輝かせる。難しい話よりも父と同じように考古学に興味がある彼女はその内容を早く知りたくてしょうがない様だった。


「もったいぶらないで教えて下さいよ!あれはいったい何のデータだったんですか?」


 三咲が恵美に近づいて目の前で瞳を輝かせていると、恵美は俯いてから小さく頷いた。


「ユグドラシルレポートは世界中に点在する断章を集めると、真章への道筋が開かれるそうよ。座標軸トリプルオーって呼ばれる地点が再出現するってあったの。これが何を意味しているのかわからないし、お兄ちゃんたちもこのデータを解析しているはずだから、結果はしばらくすればわかるかもしれない…けれど…」


「俺たちに聞かせてもらえるとは思えないけどな」


 千石は自分たちがただのナイトである以上、その情報は必要ないと開示されない可能性を示唆すると、恵美は頷いた。


「不思議なの。お兄ちゃんがなんで、そんな研究を…?お兄ちゃんが記したレポートだって言われているユグドラシルレポートって実はもっと前からあったんじゃないかって…」


 そう思える。


 恵美はそう言うと、三咲とさなえが顔を見合わせる。


「この事は黙って置きましょう。十三機関にも報告せずに、私たちは何も知らないふりをしたほうがいい。あなたが前にデータを持ち去ったことは敬介さんも知っていて黙認しています」


「え?」


 恵美が驚くと萌が頷いた。


「さなえと敬介お兄ちゃん、恵美がデータを抜き取るのを見てたよ。恵美と三咲は気付いてなかったみたいだけど、二人とも下から見てたでしょ?」


「はい」


 さなえが頷くと恵美が驚いた。敬介は自分たちの行動を先読みした上であえて見ていない様な振りをしていたことになる。


 酷い話だ、とさえ思えた。


「こう言うのもおかしいと思うんですけど…お兄さんに全部見透かされている様ですね」


 さなえが何の気なしに言った言葉に千石が渋い顔をして舌打ちする。年齢差とか、相手が大人とか、そう言う問題ではなかった。何か別存在、遙か高空から常に自分たちが監視されている様な気分になる。


 神童、天才…英知の結集、賢者、鳳凰寺敬介。


 一度は全ての名声、権威を手中に収めたその存在に今は弄ばれているのではないか?という不信感さえ抱いてしまう。


 千石は頭を左右に振って目を閉じ、その背信行為ともなる思想を掻き消した。


 さなえは千石の敬介に抱く敬介への尊敬に気付いている。それは絶対存在に対する尊敬と言うよりはむしろ崇拝に近い思想だった。自分の父、兄、そして敬介を千石は尊敬し、そして敬介には崇拝の念を抱いている。


「ユグドラシルレポート断章の回収は特捜十三課の隊長クラスには密命が下っているよ」


「私もそのユグドラシルレポート断章を回収したいの。組織よりも素早く動ける私たちなら、たぶん出来るよ」


 恵美がそう言うとさなえは「そうですわね」と頷いて千石の横顔を見る。


「敬介さんが探したがっているそれを俺たちで見つけるのか?」


「そうなると思います。三咲ちゃん」


 恵美が三咲に声をかけると、三咲は頷いた。


「んー、サンクチュアリのある場所辺りが怪しいんですよね?」


 三咲が学校のグランドを横目で見ると、まだグランドは立ち入り禁止区画になっていて警察官の様な格好をした十三機関職員が警備している。


「部活動終了後…突入しましょうか」


 恵美がそう言うと萌が至極嫌そうな顔をして恵美に引き攣った笑みを浮かべる。


「恵美、規律違反って知ってる?」


 恵美は尋ねられて聞こえていないふりをすると、萌はむぅと頬を膨らませて無言でさなえに抗議する。止めてくれと言外に言われてもさなえにはどうすることも出来ない。


「気乗りしないならあなたは行かなくてもいいんじゃない?」


 翡翠の声が聞こえて驚くと、練習場に黒い翼を背にした八、九くらいの少女がにこりと微笑んでいた。


 真っ白なドレスを身に纏い、少女は大人と子供の中間に位置する儚さを持ちながらも、可憐で可愛らしく、そして美しい。右手にしている白い刀身の巨大剣、クレイモアと呼ばれる剣は免罪剣白鴎。アーティファクターであり、隣国アラスベート王制の公爵家令嬢、翡翠・ディナ・アルフォートは世界中を暗躍していた。


 萌と共に闘ったり、敵であったりするその人物は、行動の目的が一切わからない変わった少女だった。


 翡翠の参入で一気に練習場の空気が変わり、練習していた生徒たちも翡翠を見て目を丸くしていた。


 翡翠が恵美たちの場所に来て恵美の隣にちょこんと座ると「ごきげんよう」と笑う。


「何をしに?」


 萌が敵意を含んだ視線で翡翠を睨み付けると、翡翠は「無粋な質問ね」と苦笑する。


「私に用があるのは恵美だけ。恵美、いいかしら?」


「ん?」


 恵美が不安そうに翡翠を見ると、翡翠はにこりと微笑んだ。


「あなたの推測が正しかったわ。あなた優秀ね」


 恵美はそう言われて顔を顰めると、萌と千石が目を細める。


「みんなには内緒なの?」


「言ってないだけ」


 恵美ははっきりとそう言うと、さなえも確信した。恵美と翡翠は繋がっている。ここに来て何があったのかは分からなかったが、恵美は翡翠に何らかの情報を与え、そして二人は秘密裏に密会している可能性があった。


「それじゃあ…これからも言わないの?」


「必要がない事は言わないの。私はお兄ちゃんにそうやって来られたからね」


 恵美は翡翠の肩に手を置いて「向こうに行きましょう」というと、恵美は「じゃあね」と三咲に手を振った。


「…やばいな」


 千石が歯を食いしばると萌もさなえも…そして三咲も不安そうな顔を隠しきれなかった。


 恵美が個人プレイを始めてしまっていることは薄々気付き始めていた。兄妹だから似ているのかもしれない、と思ったが、今の恵美は敬介のそれに近づいている。


 何をしているのか得体が知れない。


 今、恵美は少なからず外交カードまで手中に収めている。アラスベートの翡翠・ディナ・アルフォート。そして敵国だったはずのロアナード軍事政権の高官であるラージェス中将、前回の事件で共に戦った同ロアナードのヴァネッサ少佐。


 急速に変化する身辺事情の中で、恵美だけが異様な存在価値を持ち始めていることは萌にもわかった。


 戦闘能力だけではない、恵美の持つ資質だ。


 なぜか恵美は一般人でサバイバーだった女子高生、という枠組みから大きく外れて、今は周囲に優秀な人間を取りそろえ、恵美のために周囲が動くのが自然な形になり始めている。


「敬介さんからの指示を」


 千石が恵美意外に出された指示をさなえに言うように促されて、小さく頷いた。


「鳳凰寺恵美を監視し、全ての行動を報告せよ」


 妹に対してつける監視。


 萌の学校参入、三咲への情報開示、それらはそういう意味合いがあった。


「知り過ぎた女か」


 千石はそう言うと、萌と三咲は哀しそうな顔をした。


「とりあえず、いつも通りでいいと思いますよ」


 さなえがぱん、と手を叩くと恵美を追うべく全員が行動を開始した。

みんな抱きしめて!銀河の…果てまでーっ!


女子会ってすげーなぁ。四人集まって何してるのかなーっと思ったらなんか知らないけどモノマネしてます。しかもアニメの。ふじょ…いや違うみたいだ。


このフレーズどっかで聞いたことあるような気がするんだけど、その後に曲が変わってましたね。

次はなんだったかな「あたしの歌をっきけえええええっ!」って叫んでますた。


はいはい、迎えに来てやったんだからカラオケやめてさっさと撤退しようぜ、とか思ったのは内緒。


こーこーせいってこえーなぁ。結局帰りの車の中、きゃいきゃいわいわい、俺ドライバー!安全運転モットーでーす。あぁ、俺の休みがきえていく…。

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