裏表のない人って結局、薄っぺらいってことじゃないかな?とか最近思うのは結局のところ、自分自身も薄っぺらいのかなぁとか思えるわけです
アーチェリーって結構値段が張るみたいですね。
実はあまり洋弓ってどういうものなのかよくわかならいで調べてみたら、結構腕力がいるものだったりするそうです。
そんなことはどうでもいいけど、小さい女の子が大きな武器持ってるってなんか興奮しますよね?
そういうアンバランスが結構好き。
アーティファクトって何?って思う人、ウィキペディアで調べるといいよ!
人工物、工芸品なんだって←みたいよ?
霧の中の少女は知り合い、というには時間が浅く、知らない、と言うには記憶に残り過ぎていた。
なに、なんであの子は外にいるの?
今朝方、自分の隣で信号待ちをしていた少女がグランドの中央を走ってこちらに向かって来る。時折、ちか、ちか、と何かが光って見えた。
「ゴーストに追われてるのかしら」
さなえがふとそう口にすると、恵美が素早く月影弓砕覇を展開して構える。
「窓、窓」
さなえが窓を開けると微量の霧が中に入って来る。
「覚悟は出来て?」
人を射抜く覚悟、だ。
「急所を外して、可能な限り手足を…動きを封じるだけでいいと思うの」
さなえに言われて恵美は難しい注文を付ける人だ、と舌舐めずりする。
もし、あの子がゴーストに追われているなら助ける必要がある…。
恵美は目を細めて霧の中を見とおそうとすると、少女の後ろに人影が二つ見えた。少女の姿が霧の濃い部分で隠れると、チカとまた光って三つの人影のうち、一つが消えた。
少女が霧の中から再び現れてほっとする。
あの子は無事か。
「あの子、追われてるわ」
「そのようですね」
緊張したさなえの声に恵美はカアンっと矢を放った。少女の傍をすれすれで通った矢が人影に的中して、少女が歩を緩めてやがて止まった。
「こっちに来てっ」
恵美が声を張り上げると、少女がこちらに気付いたように驚いた表情を浮かべてこちらを見た。その瞬間、少女の背後に中年の男性がよろり、とまるで抱きつこうとしているように現れた。背丈の差で確実に組み伏せられてしまうだろう、と恵美が矢を放とうとして戸惑う。少女に当たるかもしれない、と思うと放てなかった。
「遅くても救えず、放っても危険な状況でも、寸分違わず討ち込む絶対の確信を持ちなさい。気丈な者が勝つ世界です」
カアンっと矢が放たれると、さなえの指から矢尻が離れた。
スローモーションのように放たれた矢がゆっくりと飛んで行き、少女の方へと吸い込まれるように突き進む。
「うわっ」
少女がこちらに気付いたのか声を上げると、その声は幼く聞こえた。
ドスっと鈍い音が聞こえると、中年の男がもんどり打って倒れる。肩口に的中してはいるものの、もう少し下にずれれば少女の眼球から後頭部にかけて矢が貫通していたに違いない。
「蒼穹のさなえ、ここに在り、ですわ」
疾風のごとき矢速が捉えるは前人未到の風の向こう、と言われるほどのさなえの矢の速度は音速以上の速度で放たれる。
「よいしょ…!」
恵美はさなえが矢を放ったことに目を丸くしていると、先ほどの少女が開いている窓に向かって跳躍、足から飛び込んで来て教室の中に入り込む。
その先にいるのはマットの上で寝ている三咲の頭で、名も知らぬ少女のかかとが見事に三咲の顔を踏み潰した。
「むぎゅーっ!」
「?」
三咲が蹴っ飛ばされるようにして教室の廊下側まで蹴っ飛ばされて、少女がちょこんとマットの上に腰を落として座り込んでいるのを見て恵美が茫然とすると、さなえは後ろ手に窓を閉めて鍵をかける。
「大丈夫?三咲ちゃん!」
「みさちゃん、お顔が変形するくらいぎゅーってされてたから、変わった喜びに目覚めてしまうかも?」
「そんなこと言ってる場合ですかっ!」
恵美がさなえのわけのわからない戯言を一蹴すると、三咲は寝ているのではなく、今回は完全に目を回していた。
「…特に問題はないみたいだけど…頑丈なのって素晴らしいわぁ」
確かに三咲を見ている限り特に問題はなさそうだが、首だ、頭なのだ。
「目が醒めるまで待つしかない、かなぁ」
恵美はマットの上に三咲を寝かせると、真っ黒の短いスカートから見える細い脚と真っ赤な靴が見えた。
「…」
恵美が少女を見ると、少女も恵美を見つめる。少女は無表情で何も言わない。
「…」
「待ちなさいよ…」
いきなり少女が立ち上がると教室から出て行こうとする。恵美は慌ててその腕を掴んでマットの上に強引に引き寄せて座らせると、少女は不満そうに恵美を見た。
「何処に行こうっていうの?外は危険でしょ」
恵美に少女は「別に…」とそっぽを向いて興味なさそうにしている。
「私はあなたを助けたの、お礼くらい言ってもいいんじゃないの?」
「ありがとう」
聞こえるか聞こえないかの声で言うが、全く感謝の欠片も見えず、むしろ別に頼んだわけではない、と言うようなセリフに恵美が「このクソガキ」と拳を握って見せると、さなえが「ふぅ」とため息をついて、マットに座った。
「いい?聞いてくれるかな?」
さなえが優しく目を合わせて口を開くと、少女はプイ、と首を曲げてしまう。
「えーい」
ごきゃ。
さなえが掛け声と同時に両手で少女の両耳部分に手を当てる様にして掴み、強引に自分に向き直させると同時に、何かが歪んでしまった様な嫌な音が教室に響く。気絶している三咲も無意識に「うっ」とうめき声を上げる様な、心に響く音だ。当然、恵美もうわ、と片目を閉じると、少女が「あがが」と首を左にして手でさすっている。
「あなた追われていたのよね?」
「うん」
少女がさなえに応えると、恵美はさすがだな、と納得する。
普段は穏便で全く怒らないさなえだが、一度強行手段に出ると見境をなくす傾向にある。そしてその細い身体付きからは想像もできない破壊力を発揮する。
確か前回は、部費の予算委員会が開かれた時に喧嘩を始めた空手部と柔道部の二メートル近い男子の部長の首を掴んで空に掲げて「喧嘩は大変よろしくない事だ」と締め上げ…もとい説得したのだと言う。ちなみに部費の予算委員会から洋弓部の予算は秘密裏に昨年度よりも多めに支給されていたのは言うまでもない。
「助けてくれてありがとう、は?」
さなえが言うと、少女が「ありがとう」と顔を赤くして言う。ただの照れ屋なのかもしれない、と思うと恵美は可愛く思えて来た。
「で、あれはあなたのものなのかしら?」
さなえの背後に刺さっている巨大な剣、クレイモアをさなえが左手で指差しながら尋ねると、少女が頷いた。
「そうだよ…」
「あなた、名前は?」
恵美が尋ねると、少女はそっぽを向こうとして顔を顰める。首を痛めているのだ。
「お姉ちゃんに教えてくれる?」
強い口調でさなえに言われて少女が頷き、ゆっくりと口を開いた。
「…緋神萌」
「萌ちゃん、お外は危ないから一緒に居てね」
「え?」
萌が意外そうな顔をして恵美を見る。なぜ?という顔をされて恵美が首を傾げる。
「…機械兵装持ってるのに?」
恵美の弓を見て口走る萌に、恵美は自分の弓をまじまじと見つめる。
「アーティファクト…?」
「…何でも…ない」
教えてくれるわけでもないようで、また沈黙してしまう。恵美は「このくそが…お子様めっ」と奥歯を噛み締めてから、我に返って首を左右に振る。子供のなのだから仕方ない、と機械弓を珠に戻す。
子供が知らない年上に囲まれて質問攻めにされたら誰でも委縮…してはいなさそうだが、大人しくなってしまうだろう。
「アーティ…ファクト…」
母親が使っていた、という機械弓を見て恵美は珠を右手で擦った。
「なんで外を歩いていたの?」
「…探してるの」
「誰かを?」
さなえに萌が頷く。
「はぐれちゃったのかしらね」
さなえがかわいそうに、と頭を撫でるが、恵美はどうしてもあの少女が戦っていたようにしか見えなかった。襲われたから抵抗している、というには余りにも動きが…。
「あれ?」
足元にもやのような霧が立ち込めて来る。
「入って…なんで?」
恵美がぎょっとすると、さなえもあらあら、と声を上げる。
「なんだ!」
「入ってる!」
「きゃーっ」
一階で避難していた男女の声が響いて来る。
「一階の生徒は避難しろっ、早く!」
男性教師の怒鳴り声が聞こえて、恵美とさなえが顔を見合わせて、恵美がかがんで、さなえが恵美の背中に三咲を乗せて、おぶるような形になった。
「手伝ってくれる?」
恵美が萌に言うと、萌がそっぽを向く。
「あなたのせいで三咲ちゃんが気を失ったんだから、手伝って」
強い口調で言われて萌が渋々、と頷く。
「これ…運ぶ」
二枚のマットを丸めて、背中にクレイモアを背負ってから片手で一枚ずつマットを持ち上げる。ロングマットの重量は一枚でも運ぶのに苦労するのに彼女はひょいとそれを持ち上げてしまう。
「…顔に似合わず怪力なのね」
「怪力って失礼…」
萌は不満そうに言うと、さなえが苦笑する。
恵美の教室に避難しようとして二階に上がるが、すでに誰かがいる。クラスメートと知らない人で部活動仲間なのかもしれない。三階まで上がってさなえの教室を覗くと誰もおらず、そこをベースとする。
「先生たちが隣に居るから幸い、誰もベースにしていないのかもしれないわ」
好都合だわね、とさなえが苦笑する。こう言う時に大人に頼る者だが高校生の他の連中はそうは思わなかったらしい。隣には野球部、柔道部、化学部、日本舞踊部の顧問が集まっていた。全員がそれなりに若く、二十代後半で固まってるのはまだ結婚しておらず、家に帰らなくても誰も心配しないという独身教師陣だった。
さなえが一階部分はほぼ…DMに『汚染』されたと教師たちに報告すると、教師たちは揃って不安そうな顔をしていた。
屋内にいれば安全、という神話が崩れ去ったわけだ。
「ゴーストが入り込まなければいいけど…」
恵美が不安を思わず口にすると、三咲が二枚のマットを繋げてその上で目を覚まし「むぅ」と上半身を起こして首をぐるぐると回す。途中でごきゅっと音がして「ぐあっ」と悲鳴を上げる。
「いたた…あ、女の子っ」
三咲が教室の隅で椅子に座っているのを見つけて指差すと、萌が怪訝な顔をして三咲を見ている。
「ねぇ、大丈夫だった?」
「あなたは誰?」
萌が首を傾げると、三咲が「あれ?」と首を傾げる。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はさなえ、この人が恵美さん」
「私は三咲、よろしくっ」
さなえが恵美も紹介して、三咲が元気よく手を差し出して握手を求めると、萌は不思議そうにその手を眺めている。
「握手、握手っ」
「あ、うん…私は萌…。緋神萌」
「萌ちゃんかー、かわいいっ」
突然抱き付かれて萌が目を丸くして驚いている。
「あらあら…」
さなえも三咲の突然の行為にさすがに驚いたのか、口に手を当ててぽかんとしている。
そう言えば誰にでもスキンシップする子なのよね、三咲ちゃん。
恵美は無表情な仮面少女を驚かせた三咲に「よくやった」と心で言うと三咲が離れて立てかけてある二メートル程の剣を見て首を傾げる。
「あれ、萌ちゃんの?」
「うん」
萌が静かに頷くがやや頬が赤くなっている。
「おっきな剣だねぇ…これって何?」
「断罪剣…黒牙…」
「だんざいけん、こくが…すごい名前だね」
確かに真っ黒な剣故にそういう名前が付けられているのだろうが、装飾剣はどちらかというと壁に掛けられている方が似合っている様な気がした。
「これって…」
三咲が触れると、バランスが崩れて剣が倒れてがしゃーん!っと床をへこませてしまう。
「あ、ごめんねっ」
三咲がそれを元に戻そうと剣を握るが、持ち上がらない。
「それ…重たい」
萌がそう言いながらも立ち上がってひょい、と壁に戻す。
「倒れると危ないから触らないで」
「あ、うん」
無表情で淡々と言われて三咲が「ごめん」ともう一度呟くと「いいよ、怪我すると危ない」と萌がまた椅子に座る。
「萌ちゃんはどうしてここに?」
「私は…ここがDMエリアになるかもしれないから…来たの」
萌の返事に三咲が驚く。萌の話し相手をしてくれている三咲に萌の相手を任せていた恵美とさなえも驚いた。
DMエリアになるかもしれないから来た、とはどういうことだろうか?
「ゴーストと戦うの?」
三咲の質問に萌が剣を見る。あんな大きな剣を持って歩いているのだから、そう思われても不思議はないはずだ。
「…」
肝心なところになると黙り込んでしまう萌に三咲が「うーん」と困ったような顔をする。
「ゴーストって…怖いよね」
三咲の一言に萌が首を傾げる。
「向こうの人たちは戦ってたよ」
「へ?」
三咲はいつの間に、と恵美とさなえを見ると、二人が苦笑いする。
「この子が襲われてて、助けたのよ。外から来たの、この子」
恵美の説目に三咲が「かわいそう…」と呟く。
「でも不思議だよね。みんな中に入っていればゴーストにならなくて済むのに、どうしてゴーストになっちゃう人いるんだろう」
三咲の質問も最もだった。家の中に居ればゴースト化はしないのに、そうなってしまっている人は現実にいる。DMに長い間触れていなければいいのではないのだろうか…。
「だってそれは…」
萌が何かを言おうとして、俯いてまた黙り込んでしまう。
「途中でやめるのは感心しないわ。教えてくれないかな」
恵美が尋ねると、萌はきょとんとする。
「私だって知らない。ただ私は剣を貰ったから、戦えるだけ」
「えらいね…みんなのために…」
萌が「別に…」と俯く。戦えるから戦う、と言う年端もない少女がそんなことを言えるだろうか、と三人は思う。
「お父さんとお母さんは?」
さなえが尋ねると萌は「知らない」と呟く。
あまり首を突っ込まない方がいいのかもしれない、とさなえは自分の洋弓を磨く。
やる事がないから、と三咲は一方的に萌に話をしていて、萌も表情には出さないが嫌がっている様子はなく、黙って三咲と向かい合っている。恵美もアーティファクトと呼ばれた月影弓砕覇を弓型にして磨く。深紅のフレームが時折、きら、きらと不思議に輝くのが不思議だった。
◆◆ ◆◆
学校
水曜日 零時四十分。
野球部員たちが二時間おきに巡回していたが、それも終わり、教師たちも眠れる者は眠る様に、自由にしていて構わないが出来るだけ各々のベースから出ないように、と指示を出していた。
くぴーっと三咲が眠っているのを見て、恵美は弓を抱えたままマットの上で丸くなっていると、さなえも眠そうにこくり、こくりと船を漕ぎ始める。
時折はしゃぐような声や笑い声が聞こえていたが、徐々にそれも小さくなり静かになって行く。萌は萌で剣を膝の上に乗せて教室の隅でじっとしていて、何かをするようにも見えなかった。
話し相手がいなくなったことが少し寂しいのか、三咲の寝顔をじっと見ている。
「やっぱりおかしい…」
萌が一言呟いて、さなえが一瞬だけ萌を見るが、またこくり、こくりと船を漕ぐ。
「おい!誰か手伝ってくれ!」
三咲以外の三人がその大きな声にびくっとして反応した。
男性教師の慌てた様な声に恵美は何事か、と廊下に顔を出すと、北側の階段で教師が叫んでいた。
「どうかしたんですか?」
恵美が北階段で尋ねると、柔道部の顧問の響がふんっと鼻息を荒くして興奮している。横幅のある巨漢と首が何処にあるのかわからない様な太さで、筋肉隆々な彼は階段から下を見ていた。
「あ…」
既に階段までもやが上がって来ていて、ぞろぞろと生徒たちも集まり始める。ざっと三十人くらいだが、他の教師に言われて生徒たちが教室に戻る様に、と追い返される。
「数が合いませんよね。十人ほど二階にまだいたはずですが…」
化学部の白衣を来た教師、牧が「困りましたね」と呟く。
「様子を見る、というよりも助けるしかないかしら」
日本舞踊部の顧問、茜が冷静に階段を下りて行く。
「俺も行こう…牧先生と白露先生は他の生徒たちのことをお願いします」
響が野球部顧問の白露に言うと、二人が階段を下りて行く。
「自分たちも行きます」
バットを持った野球部員が志願すると、総勢八人がぞろぞろと階段を下りて行く。
「まだいたのか?」
弓を手にしている恵美に白露がぎょっとすると、恵美は「あはは」と空笑いをする。
「まったく、武装なんてして…と言えども仕方がないか…」
白露は呆れたように言うが、顔は怒ってはいなかった。幸い、残った教師陣は生徒たちに信頼がある教師で、白露も大人数をまとめる上では若き知将とまで言われた人材だ。
「戻りなさい、と言っても…心配かね?」
牧が神経質そうに眼鏡を上げて恵美に尋ねる。心配でないと言えばウソになるが事態はどうしようもない。
「眠っている時にミストが上がって来てしまって、気付かなかった、ということでしょうか?」
「そうかもしれんね」
白露はそう言うと「覚悟しなければならないかもしれん」と腕を組む。校内でゴーストとなってしまった生徒がいるかもしれない、ということだ。二人はそわそわしていて、口には出さないが生徒たちの安否を気にしていた。
「こんなことなら三階に全員上げるべきだったか?」
「言いだしても始まりませんが…そうですね」
白露に牧が肯定する。建設的な意見ではないが、もしそうだったならば今のように三階に上がって来る前に気付く事が出来たかも知れない。
「防火扉を閉めて目張りするとか…どうです?」
恵美の言葉に教師二人とその場に残っていた三人の生徒が「おお」と手を叩いて「そうしよう」という話しになる。
「俺と白露先生が扉の前で生存者がいて上がって来た場合は中に上げてやればいいんだな」
「そうだなぁ」
白露もその作戦で行こうとするとさなえがこちらにやって来て、恵美が事の顛末を説明すると「なるほど」と頷く。
「一階のどこかの窓が開いているとか、そう言う場所からミストが流入しているのなら、その窓を閉めてしまえばよろしいのでは?」
さなえが首を傾げると、この霧の中をか?と牧が指を指す。
「最悪な話、生徒たち数名が既にゴーストに変わってしまっている可能性がある。それに襲われる様な被害はもう…」
白露がこれ以上、生徒に被害を増やしたくはない、という本音を口にする。
「私が行きます…私…サバイバーなんですよ。だからDMに少しだけ耐性があると思います」
恵美が挙手すると、その場にいた全員が驚いた様子で恵美を見ている。
DM現象の被害に会い、兄と共に生還したと聞かされている恵美は怖がりながらも志願すると、教師二人が顔を見合わせる。
「しかし一人では…」
牧が恵美の単独行動に不安を訴えるが、この状況では仕方がない。
「一緒に行けばよかったですね…」
「どちらにしろ、反対していたよ」
白露は恵美が一緒に行きたいと言い出したところで結果は一緒だった、と判断すると牧もそうですね、と賛同する。
「先生たちに連絡をつけようにも携帯電話が日付変更くらいから使えなくなっているからなぁ」
白露が携帯電話を取り出して画面を見るが、圏外になっていた。
「ほんとだ」
恵美も携帯電話を見ると圏外の表示になっていた。
生徒たちから携帯電話が使えなくなった、と聞かされたんだ、と牧が恵美に言う。DMの影響だろうと思われながらも、朝まで耐えればいい、と考えられていた。それにどうこうしようとしてもどうにもならないのも現実だ。
恵美は弓を珠に戻して「どうしよう」と呟く。
このままでいいわけがない。だからと言って何が出来るかわからない。
「戻りましょう、三咲ちゃんと萌ちゃんが心配ですし…」
さなえが寝ていれば安全だろうが、女の子二人を残して来てしまっている事に不安を口にすると、恵美は頷いて二人で教室に戻ると萌が三咲の隣に座っていた。
「お留守番ありがとうね」
さなえが微笑むと萌が小さく頷く。萌なりに三咲がお気に入りなのだろうか、二人が戻って来るとまた教室の隅で椅子に座って剣を膝の上に置いてじっと動かなくなる。
守ってくれていた、というのもウソではないようで、恵美が苦笑する。
三咲を真ん中にしてさなえと恵美も座り、時間が経つのを待つ。
「恵美さんはDMサバイバーだったんですね」
「…はい」
恵美が頷くとさなえが「大変でしたね」と心から言ってくれることに恵美は安心した。サバイバーと言えば、一度はゴーストになった人間でそれだけで忌み嫌う連中も多い。ただ、生き残ったというだけでも人は見る目を変えるのに…。
「耐性がある、とは?」
さなえの問いに萌がこちらを興味深そうにじっと見つめている。
「耐性はあると思うけど、百パーセントじゃ…ない。やっぱり長い間DMの中を歩いていると危険」
「萌ちゃんもサバイバー…だったのね」
恵美に萌が頷く。
「だから、私は外を歩けた…」
「そっか」
恵美が頷くと萌はまた俯いてじっとしてしまう。
「じっとしていられない、ですか」
恵美がそわそわとしているのを見てさなえが「見ていて落ち着きがないです」と恵美をなだめる。
「だって…」
二人の教師が戻って来た、という話も聞かない。もうかれこれ三十分近く立ち、さすがに緊張で疲労が見え隠れして来て口数も減って来て、この重たい空気がなお精神的に辛かった。
「お兄ちゃんがいれば…」
どうにかなったのかもしれない、と思えた。自分を初期の対応もままならないDM現象の真っ只中から助けてくれたのだから、絶対に助けてくれるはずだった。
誰もが脳裏にある、最悪な状況。三階部分までミストが登り切り、全員が被害者になること。対処はしたから大丈夫、と自分に言い聞かせながらも絶対の安全が時間を経つにつれて狭まっている事は分り切っていた。
「入るぞ」
ドアががんがんと強引に叩かれて低い声が聞こえて、三人がドアを見ると着崩したブレザーを来た男子生徒がどかどかと二人入って来る。どこの高校にでもいる少しガラの悪い連中にさなえが首を傾げる。
「あらあら、椅子はありますからどうぞお座りになってくださいな」
「す…すんません」
さなえに金髪の男が頭を下げると後ろに下げられた机から椅子を二脚取りだして、茶髪の男に出すと、二人はそこに座って脚を組んだ。態度はふてぶてしいが悪さをしに来たようではないようだ。
「さなえさん…こんな大変な事になってやばいっすね」
金髪の男がそう言うと、さなえが「そうですねぇ」と呑気に同意する。恵美は不良、と呼ばれる人種に緊張していた。ここで暴れられたら…と思うと女子だけではどうしようもない。
「めぐ、取って食いやしねぇよ。こんな状況だしなぁ」
茶髪の男がげらげらと笑う。恵美はクラスメートの男に「そ、そう」と顔を引き攣らせる。
「さなえさんの部員に手を出したりしたら、京さんに殺されらぁ」
「え?」
金髪の男に言われて恵美がさなえをおっかなびっくりで見ると、さなえがにこりと微笑む。
「六道真極会の若頭、京さんの妹さんがさなえさんなんだ」
「それは別にいいでしょう?」
さなえが茶髪の男を制止すると、「へぇ」と二人が頭を下げて照れるようにして「すんません」と言う。
「それよりもどうかしたのかしら?」
さなえがこんな場所にわざわざ来るようなタイプではない二人に尋ねると、二人の表情が翳った。
「そこのメグの言ったように、千石さんが一階を見てくるって言って、帰って来ねぇんでさぁ」
茶髪の男、三年生がそう言うと、金髪の男もしきりにうなずいている。
千石、というのは三年生のグループトップの人物で、学業成績がさなえに続くインテリ系ワルだった。理不尽なことに対しては絶対に曲げないところから、それなりに教師たちにも認められている、というより黙認されているタイプの人間だ。
少し前までこの公立高校もガラが悪くて評判だったものの、京が仕切るようになってから評価が上がり、学業も上がった。ヤクザ養成高などと囁かれていたのも昔の話で、今では普通の学歴でも部活動に力を入れている学校として評価を改正させたのも京と千石である、ともその間では有名な話だった。
「千石くんが…ですか。あの人のことだから二人は危ないから残れって言ったのでしょうね」
なぜ高校に遅くまで残っていたのかはわからないが、三人で避難していたのだろう。
「ええ、人数が一番多い野球部に見回り巡回を指示したのも千石さんっすよ。オンナに気を配れって」
「らしいですね」
さなえが満足そうに言うと、恵美はさなえの存在が特異に見えて仕方がなかった。六道真極会といえば、広域指定暴力団の一角として認知されている大型組織だ。仁義、人道、何とか間とかを貫く、古き良き存在だと聞いたことがある。さなえがそこの娘だった、などという話は聞いたことがないが…。
「恵美さんの話を聞いて、ここにやって来た、と」
さなえが恵美を見ると、恵美が「私です?」と自分を指差す。なぜご指名なのかわからなかったが、すぐにそれがわかった。
「千石さんを助けて欲しい」
「メグ、頼む。このとおりだ!」
絶対に頭を下げないと思われるような二人が膝に手をついて頭を下げる。
「無理は承知の上で頼んでる。こんな危険で危ないところを…平気かもしれないってだけで頼む俺たちの身勝手もわかっている」
金髪の男の声が震えている。
無力で何も出来ずにこうして、人任せにしていることが悔しいのかもしれない。
茶髪のクラスメートも肩を震わせていた。
「え…」
恵美が戸惑う間も二人は絶対に顔を上げようとはしない。
「自分たちは行かないの?」
萌が教室の隅で小首を傾げると、二人が顔を上げて萌を見る。誰だ?と驚いているようだ。ずっと黙って動かなかった萌を二人は必死になりすぎていて気づかなかったのかもしれない。
「お、俺たちだって行こうと思ったよ!だけどな、千石さんが絶対に来るなって言ったんだ。あの人の言葉は俺たちにとって絶対なんだよっ」
茶髪の男が吠えても萌は平然としている。度胸が据わっているのか、何も感じていないのか、それは萌にしかわからなかったが、恵美がため息を吐いた。
「あの子に当たらないで」
恵美の一声に金髪の男がバシンと茶髪の男を手で叩いた。
「お前、俺たちは頼みに来てるのに怒鳴る馬鹿があるかっ」
「すんません」
茶髪の男が謝ると金髪の男が鼻息を荒くする。
「おやめになって、それは何の解決にもならないでしょう?」
さなえが金髪の男をなだめると、金髪の男も「すんません」と小さくなる。
見ていて滑稽ではあった。二人の男がさなえの前では母親の前にいる子供のように小さくなっている。
何があったのかはわからないが、千石という男がよほど二人にとっては大事なのだろう。
恵美は二人の顔を交互に見て戸惑うと、二人が椅子から降りて床に正座して頭を床にこすり付ける。
「メグ、この通りだっ」
「恵美さんっ」
茶髪と金髪の男がまた懇願して来るのを見て、恵美は二人の前でかがんだ。
「わかった…。二人がそこまで頭を下げるってことは大事な人なんだね」
恵美が了承すると、二人が顔を上げる。
「あ、薄い水色」
茶髪の男がつぶやくと、恵美が「ひっ」と顔を真っ赤にして立ち上がり勢い良く茶髪の男の顔を蹴っ飛ばす。革靴のつま先が鼻っ面に当たってもんどりうって吹っ飛ばされると、金髪の男が「おいっ」と茶髪の男を助けるようにして起こす。
「つい本気で」
「ついじゃねぇって…」
鼻血を出しながら茶髪の男が涙目になっていると、さなえが「あらあら」とハンカチで茶髪の男の顔を拭いてやる。
「縞模様のパンツ見たくらいで」
金髪の男がつぶやくとカパンっと恵美の蹴り出した革靴が金髪の男にヒットする。
「恵美さんっ」
暴力にさなえが珍しく声を上げると、恵美は「つい」と頭を掻く。
「もう、だめですよ」
と革靴を目の前に置かれて恵美がそれを履きなおすと、二人が立ち上がって頭を下げる。
「お願いする」
「頼む…っ」
「わかったから、もう…蹴っ飛ばしたことこれでチャラよ」
「ああ」
茶髪の男が苦笑すると、恵美は左手の玉を円刃にチェンジさせる。
「どうしようもなくなったら、抵抗するしかないですね」
それを見てさなえが心配そうな表情を浮かべて、恵美は頷く。矢筒を左足にセットして、カーボンの矢を六本入れて蓋をぱちり、とはめる。
「なんかすげぇな…」
「ああ、カッコイイぜ」
金髪の男と茶髪の男がそう言うと、恵美はこそばゆい様な顔をしている。
「二人はさなえさんたちを…」
恵美が二人の男子に言おうとすると、二人の男子はドアに手をかけていた。
「あ?俺たちも行くぜ?」
「ああ、メグ一人で行かせたらどやされちまう」
その言葉に恵美は呆然として、そして肩を震わせて激怒した。
不良君たち、実は今回限りで死んじゃう予定だったんで名前がなかったんですよねぇ。
うわははは、相変わらず行き当たりばったり。
恵美自身もあまり自分勝手な男子は好きじゃないのですが、それは過去にいろいろあったから、みたいです?
そこら辺はおいおい。
それではしーゆーねくすとたーいむ




