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半分は優しさで出来ていますってアレルゲン表示必要だと思うのは優しさが足りないから?

はいっはいっ!

新年とっくに明けてましたね!え?時事ネタとかやめたほうがいい?

はいはい、とりあえずテンション上がってきてるんですよーねっ!


えっとお話的には…前回で一段落して今回からは元々予定されていた新要素が入ってくる?んですよね。いえいえ、文章量がけっこうしんどい、規定があるなどの理由でけっこう大変なんだけど、友人たちと一緒に企画、原案、キャラクター設定などやってるんで、めんどいんですよ。シナリオ構成がけっこういい加減だったりするので、なんかフラグ未回収だよねーていいのか?おい。


そんじゃまー、突っ走ります!

 学校

六月の第二週 水曜日 九時十分


 教室で数学の授業を受けているのだが、そこら辺はどこの学校ともあまり変わらない。童顔だがスタイルのいい少女はふんふん、と短めに切ってある栗色の髪の毛を揺らしながら数学の授業を聞いていた。


「萌ちゃん、答え合わせしようよ」


「うん」


 隣に座っている蒼と黄色の変わった瞳の色を持つ八歳前後の少女、萌に恵美が話しかけると教師は一瞬だけ二人を睨みつけたが、問題を解いている他の生徒の中で二人だけは異様な速度で難しい問題を解き終わってしまった事を察して黙認する。


 物静かな萌という少女は恵美に懐いていて、特別進級枠でこの高校に入ったと聞かされているが、確かに運動能力も他の高校二年生に引けを取らないばかりか、学業は群を抜いていた。


 恵美の兄であり天才科学者、鳳凰寺敬介の目をかけている少女なのだから、と言えばそうなのかもしれないが、教師たちは特別視せずに他の生徒たちと同様に見るように言われているが、どうしても小さな少女は特異なものだった。


 恵美の丸っこい文字と萌の小さくきめ細かい文字の数字が合致すると恵美は安心した。


「これを、こう公式に当て嵌めるまでは良かったんだけど、小数点の計算が苦手でさぁ」


 恵美が小さな声で苦笑すると萌は怪訝な顔をする。恵美はとてつもなく難しい計算をやすやすとやってのける癖に、途中式を証明するように記入して行くと答えが変わってしまう傾向がある。それが萌にとっては不思議な現象でしかなかった。


「答えはわかってるんだけど、道筋建てられない人って、道に迷う人と一緒だよ」


 萌が唇を尖らせてそう言うと、恵美は「あははは」と苦笑する。


「静かにしてくれませんかね。気が散ります」


「あ、ごめんなさい」


 眼鏡をかけた神経質そうな男子生徒に言われて萌が小さくなると、男子生徒は「うっ」と何か悪い事をしてしまったかのような気分になってたじろぐ。学年トップを突っ走っていた勉強大好き梶山拓実、と揶揄されるような生徒で、クラス委員を自ら立候補してやるほど責任感があり、生徒や教師からも信頼もある生徒なのだが…萌が来てから一変してしまった。


 五月後半に行われた中間テストの結果で萌が成績でトップをとってしまって以来、彼は萌を教室にある可愛い置物からライバルに格上げしたのだ。


 それからと言うものの、萌がちやほやされていれば何かと文句を付けて来るし、大人社会を教えるなどと言って萌を強制的に残らせて一緒に掃除を始めたりもしていた。


 萌は萌で掃除をした事が無く、そういう学校生活というものを経験させてくれる拓実に感謝しているらしく、敵愾心丸出しの拓実にいつしか萌から話しかける様にもなっていた。


 授業が終わって答え合わせが始まり、萌と恵美は全て正解という快挙を成し遂げると、教師がなぜか悔しそうな顔をしていた。


「萌はそういう子なんだろうけど、恵美が理数系と言語に強くなったのは意外だよねぇ」


 休み時間になって中間テスト直後の付け焼刃は叩き折るテスト…数学教諭の考えたあくどいそれをこなして生徒たちが伸びをする中、恵美は隣のクラスメートと話をしていた。


「私もびっくりだよぉ。ほら能ある猫は爪を研ぐんだ」


 にゃん、と恵美が言うと、隣に座っているショートカットの陸上部に所属する女子生徒は顔を引き攣らせて笑う。恵美は本気で言っているのだろうが、絶対的に全部違った。


「千登瀬は結果どうだったの?」


 恵美が机の上に置いてある問題を覗きこもうとすると、千登勢が慌ててそれを隠す。


「いやー恵美さまに見せられるようなものじゃないですわぁ」


 必死に隠す千登勢に恵美は「えー」と唇を尖らせると、千登勢は黙り込んでいる萌に気付いて首を傾げる。


「萌たーん?どうしたー?」


 恵美と同じように千登瀬も人見知りしない明るい性格でクラスの誰とも良く話し、一緒にいることも多いのだが、萌は千登勢の顔を見ると首を左右に振った。


「おい!拓実っ!でてこーい!」


 千登勢が立ち上がって声を張り上げるとクラスメートが「なんだなんだ?」と千登勢に注目し、拓実が頬を赤くしながら廊下から教室に戻って来る。


「なんですか…廊下にまで聞こえていますよ?人の名前を恥ずかしげもなく呼び捨てて…僕が恥ずかしいくらいですよ…」


 小言の様な事を言いながら拓実が千登瀬の前に立つと、千登勢はふんと鼻息を荒くした。


「萌たんが落ち込んじゃってるじゃない!あんたが授業中にあんなキツいこと言うから、萌たんがかわいそうだっ」


「え?」


「うっ」


 萌が自分の事を言われてきょとんとしていると、恵美がくすくすと笑い、拓実がたじろいで萌を見る。見られた萌はびくっと肩を震わせて顔を伏せると千登勢が「ほらっ」と憤慨した。


「謝る!」


「ぼ、僕は授業中に話をしているという行為を注意しただけですからっ」


「男のツンデレはいらーんっ」


 ばいん、と赤い透明の下敷きで千登勢が拓実の頭を叩くと、拓実は至極嫌そうな顔をしている。


「千登瀬さん!そんなもので頭を叩いていいと思ってるんですか!」


「悪いとはおもってないよーだ」


 べーと千登勢が言うと「はぁ」と拓実はため息を吐いてうんざりしつつも、萌を横目でちらりと見る。明らかに萌は委縮しているようになっていて、拓実は「くそ…」と小さく呟いた。


「萌さん…。その先ほどは強く言い過ぎました」


「え?」


 萌がきょとんとして顔を上げると、うるんだ瞳が真摯に拓実を直撃して、拓実が「うっ」とまた言葉を詰まらせた。


 まさか…ロリコン?


 恵美がウソでしょ、と思いながら拓実を観察していると、拓実は冷や汗を浮かべている。


「そ、そのですね。授業中は静かにしていただきたかったので僕が思った事を萌さんにあて付けてしまった事は謝りますっ!けれどですねっ…!」


「うん、授業中は静かにするね」


 萌がにこりと微笑むと拓実は「わかっていただければ幸いですっ」と近くの机につんのめり「すみません」と机の主に謝りながら机の位置を直して廊下に逃げるようにして出て行ってしまう。


「面白い人だね」


 萌がけらけらと笑うも、面白い人と言うよりは変な奴の間違いなのじゃないだろうか?と思いながらも恵美はぐっとその言葉を呑みこむ。


「萌たん、ごめんねぇ。拓実も悪い奴じゃないんだけど、こうゆーずーってのが効かないんだよねぇ」


「あー」


 恵美は千登勢がそう言うのを聞いて何処となく納得できるような気がした。彼は所謂、良いところのお坊ちゃまで間違っている事は間違っているとはっきりと口にしてしまう世間知らずでもある。良くも悪くもそれが彼らしいと言えばそうなのだが、それに加えて少し対人関係に不器用でもあった。


「拓実と千登瀬って仲がいいの?」


「ん?へ?」


 一瞬だけ千登勢が目を丸くして驚き、恵美は「そんなにあわてなくても」と苦笑する。


「ほらっ、勘違いされたらやだねーってことさね。あいつと私は腐れ縁って奴だねっ!小学校のころから一緒で、あいつは小さい事はのろまでどん臭くて、運動神経ゼロだったんだよね。んで、色々面倒見ているうちにずっとクラスも一緒で今も一緒になったってわけだ」


 うわはははーと笑う千登瀬に萌が「へぇ」と納得したように呟いた。


「で、勘違いするって何を?」


 萌の質問に恵美は噴き出すのを必死に堪え、笑ったまま千登瀬がぴしり、と固まった。


「ちょっと恵美、この子天然なの?天然なのっ?」


「さぁ、なんでそうなるのかしらねぇ、おほほ」


 恵美も察していながらわざととぼけると、千登勢が顔を紅くしてわたわたと慌てふためいた。それが恵美にしてみると余計に面白いのだが…。


「腐れ縁って…仲が良いんじゃないの?千登瀬と拓実は仲が良くないの?」


「仲がいいっていうか…。ほら、もうまじで、めっちゃあいつは私に迷惑かけてばかりで、私がいないとどうしようもない奴で…えーっとその」


「誰が…なんですって?」


「タイミング悪っ」


 恵美が慌ててそっぽを向くと、千登勢が今度は顔を引き攣らせてぴたりと止まった。


「まったく千登瀬は人の過去をぺらぺらとしゃべる上に僕を誹謗中傷しないでいただきたい。確かに運動は不得手でしたが、毎年長期の休み明けごろになると泣きながら宿題が終わらないと僕に縋っていたのは、誰でしたっけねぇ?」


 ずごごご、と言うべきオーラを纏いながら拓実がそう言うと、今度はそのオーラを萌に向けた。


「いくら国外育ちだからと言えども、年上の方には「さん」をつけるべきだと教えたはずですよ」


 萌はそう言われて首を傾げると何故理解してくれないのかっと拓実が悩む。


「私…拓実よりも年上じゃないのになんでさんをつけるの?」


「ぐがっ」


 ぷーっと恵美が思わず噴き出すと萌はなんで笑うの?と首を傾げる。


「僕の場合は口癖なんですっ!女性にさんを付けるのは昔からのっ」


「千登瀬は呼び捨てだよね」


 萌が更に突っ込むと、拓実と千登勢が顔を見合わせてからそっぽを向いて顔を紅くする。


「…変だよねぇ」


 恵美がにやにやと笑いながら萌にそう言うと、萌は「変だよ」と真顔で頷く。


「そろそろ次の授業ですね。物理室に移動です、遅れないように支度せねばっ」


 拓実がいそいそと逃げて行くと、萌は「行っちゃった」と残念そうな顔をすると、千登勢が萌を見て首を傾げる。


「頭いい子なのに…計算なのかな…」


「どうかしらねぇ」


 千登勢の呟きに恵美が意味深に答えると、千登勢が「もうっ」と腕を振り下ろしていた。



 ◆◆   ◆◆


 校舎内が見えるビルの屋上

 十時三十分


 細い顔立ちにモデル級のスタイルの良さが伺える身体にフィットする様な黒いスーツを来た男性がにやり、と笑んだ。その笑みが女性に向けられていれば、女性はたちまちその男に虜になってしまうだろうその美貌だったが…生憎彼は妹大好きなシスコンだった。他の女性に興味などはない。


 そんな敬介は双眼鏡を覗いて恵美、萌がクラスメートと普通に話をしているのを見て安心した。


 距離二百メートルは離れている場所でまるでこれから潜入する基地を偵察している特殊技能兵か、はたまた狙撃を実行するスナイパーのように敬介はじっと息を殺して隣にいる人物に双眼鏡を手渡した。


 筋肉隆々の偵察には不向きそうな巨漢の男もまた身体にフィットするようなスーツを来て仁王立ちをしていて、校舎の方を見ている。


 十三機関と呼ばれる特殊な第三セクターの課長…そこの隊長主席を務める男は三十代後半のいかつい顔で双眼鏡を覗きこんだ。


「敬介、お前は俺に女子高生の着替えを覗かせるためにこんなところに連れて来たのか?」


「教官も助兵衛だねぇ。目標はその一つ下のトコ、物理室」


「…」


 教官は「そ、そうか」と双眼鏡をずらすと、萌と恵美、そして知らない生徒たちがテーブルを取り囲むようにして楽しそうに話をしているのを見て満足した。


 教官、と敬介が呼ぶのは回りが隊長主席とか課長と呼ばずに教官と呼んでいるからで、彼もそれが気に入っているらしいのでそう呼ぶ事にしていた。


 敬介は萌の元身元引受人だった教官を安心させるためにここに連れて来たのだったが、教官はあまり面白く…。


 敬介が教官を見ると、教官がわずかに笑んでいる様な気がして安心した。


「萌も学校生活に溶け込み始めたみたいだな」


「ああ…恵美やお前には感謝しているよ」


 教官がそう言うと、敬介はどういたしまして、と片手を上げる。


 萌は前にも同じように同じ年ごとの子供のいる場所で生活したほうがいいのではないか?と教官が転入手続きをしたのだが、すぐに萌は孤立してしまったと言う。


 元々学力に差がある上に、子供はコミュニティーを作って集団生活の基礎を習う。幼少時代から萌の様な特殊な能力を持つ子供や、特に容姿に特徴があると仲間に入り切れないことがあり、萌は典型的に孤立してしまっていたのだ。


 その点、高校生の中に入ることは若干の不安があったものの、萌はしっかりと周囲の助力もあって学校生活をスタートさせていた。


 上級生にはヤンキーグループを取り仕切る、六道真極会の時期若頭必須と声高い千石、そして六道真極会総長の愛娘さなえがいる。さなえと恵美は同じアーチェリー部の先輩後輩なので親しいし、萌とも面識がある上に、恵美や大津大輔と言った人間が萌を取り囲んでいるので問題はないと思えていた。


 最も萌と親しいのは恵美、さなえの後輩に当たる一年生の三咲という少女だったが、彼女も萌のところに友達を連れて来ては騒いでくれているので、もう萌の事を心配する必要はなさそうだった。


「敬介…感謝してもしきれないな」


「いいっすよ、今度うまい肴にいい女って行きましょうや」


 弱冠二十五の青年が言う言葉ではないが、敬介の軽口に教官はふっと鼻で笑った。


「お前と呑みに行くと女を全て取られる。それは癪だがね」


 教官が二十階建てのビルの屋上から飛び降り、敬介は放り出された双眼鏡を手にとって同じようにビルから飛び降りる。ビルの中から二人が落下したのを見た中の人間は「疲れてるんだろうな」と目を擦り、敬介と教官は地面に静かに着地すると車に乗り込んで素早く発進させた。


 第三セクター十三機関…。


 敬介、教官、恵美に萌…そして千石が所属するその機関は夜間になると発生するディープミストと呼ばれる現象を調査する機関でもある。


 DM現象に人間が長く振れると、精神や身体に異常を来たしてしまい、元の人間には戻れなくなるどころか、正常な人間を襲う傾向があった。世界各国で同様の現象は確認されており、そういう人間たちをゴーストと呼ぶようになったのは大分前の話だ。


 ゴーストは一定の時間か肉体に著しい損傷を受けると深淵の影となり姿を消す。それをサークル化と呼び、サークル化した影が集うとクリーチャーと呼ばれる全く別の化け物に変わってしまう。


 クリーチャーのことは歴史の裏側に長く封印され、世界各国にも十三機関と似たような組織が対応に当たっていた。


 そのDM現象に深い知識を持っているのが神童と呼ばれた敬介で、その妹である恵美はとある事件で十三機関、特捜十三課として活動する事になった。


 敬介や恵美、萌など名前の上がった人間はアーティファクトと呼ばれる機械兵装を操り、クリーチャーやゴーストに特に効果がある武器を使う事ができるアーティファクターとして学生稼業が終わり手が終わった間だけでも敬介たちに協力してくれていた。


 恵美はたった一人の家族の手助けのために。


 萌は自分が生きる目的のために…。


 それぞれの思惑が交錯する中、敬介はまた新しい事件が舞い込んで来たために行動を開始する。


 アーティファクターは一度ゴースト化した人間が生存し、人間に戻れた奇跡を体現している。サバイバーと呼ばれる人間のみしかアーティファクトを使えない理由を敬介は追っていた。


 なぜ、そういう仕組みになっているのか…。


 敬介は興味本位から始めた研究が思いも寄らない方向に進んでいるのを感じて胸が詰まる様な気がした。


 教官が運転する車が交差点で赤になると、敬介は今の自分と同じようだな、と思えた。


 研究を続けて行けばぶち当る、過去の自分のレポート…。ユグドラシルレポート。


 今は多くのファイルが欠損し、世界中に散らばってしまっているレポートにはとてもではないが受け入れがたい事実がたくさん記されていた。


 線の事件で入手したユグドラシル断章はその一変でしかなく、それによって悲劇が引き起こされてしまっていた。ともなれば、そのレポートを自らの手で全て処分しなければならなかった。


「何を見てるんだ?」


「この前はっきりと見つかった、ユグドラシル断章だね」


 一回り以上離れている教官に対しての敬介の態度は今に始まった事ではないが、敬介によって新しい命を与えられた萌も似ているので、こういう性格の人間は一重に天才肌な人間の共通点なのかもしれない、と教官は別段気にしてはいなかった。


「世界各国が血眼になって探している、プロフェッサー敬介のDM現象の全てが記録されているものだと聞いている。アラスベートでは『聖典』と呼ばれ、ロアナードでは『テキスト』と呼ばれていたらしいな」


「どっちもありがたいけどね…生憎俺自身がゴースト化する前のもので、記憶にないんだよ」


 ゴースト化する前の記憶が曖昧になる現象、それがサバイバーの悩みの種の一つでもあった。個人に差異はあるものの記憶障害が残る可能性はほぼ全員にあり、六道真極会で敬介と同級生の京やその妹のさなえは記憶障害がほとんど出なかったが…その父である昭男は全くと言っていいほど性格が変わってしまった。


 力で全て支配していた六道真極会総長昭男はサバイバーになってから力と頭脳で極道界をリードしている。実質、力のみでは危ぶまれていた地位も今では堅固なものにしてしまったのだから良かった…と言えばそうなのかもしれない。


 敬介はPDAに表示されているレポートを眺めて「あー」と両手を上げて車内で伸びをした。


「思い出せね…」


「簡単に思いだせる事ではないんだろう?一緒に研究していたさなえに相談してみたらどうだ?」


「聞いたさ」


 敬介は変わって行く景色を見ながら呟く。


「さなえが根本的に研究していたのはクリーチャーが特有に持つスペックの特徴を調べて対応しやすい様にすることだった。ユグドラシルレポートは俺がその後に作成していたから、あまり知らないんだとさ」


「話が合わないんだよ、敬介」


 教官がそう言うと敬介は首を傾げた。


「ユグドラシルレポートが世界中に散ったのは今からアルカナ歴初期、今から数千年も前の話だってことになっている。それなのになぜお前がその作成に関わっているんだ」


「復元、なのかもしれないねぇ」


 敬介が自分でもよくわからん、と苦笑すると教官は頷いた。


「それでもお前の知識はそのユグドラシル断章よりも優れているという局内の見解がある。それはどう説明する?」


「ユグドラシルレポート全貌を知っているから、じゃないのか?」


 敬介が何の気なしに言うと、教官は「それはそれで問題なんだぞ」とため息を吐いた。


 確かに大問題だった。世界各国が欲しがっているDM現象に対する切り札とも言われているユグドラシルレポート全貌を知っている人間だとすれば、敬介はこれからも世界に狙われ続けなければならない。


「護衛を増やして…研究に没頭するという手もある」


 局内で上がっているその声を教官は気が進まないが、と敬介に伝えると敬介は「ふん」と鼻を鳴らして笑った。


「安全は保障する、だからお前は研究して貢献しろ、か?それは俺には似合わない」


 敬介がそう言うと教官は「そう言うと思ったさ」と苦笑した。


 敬介の性格上、一つ所にじっとしていられないのも事実だった。


「だがな敬介。護衛を増やそうとするのはお前のためでもあるんだ。セイントナイツ二課と六課以外は信用できる。クルセイダーズはどうだ?」


 教官の指揮する広域調査課セイントナイツはアーティファクトの武装集団で、有事になれば武力行動もとれるほどの大部隊だ。それ故に最近では内部造反の動きがあると教官は頭を痛めていた。


 対して特捜十三課、敬介が隊長主席を務めるクルセイダーズはセイントナイツの規模の半分しか人員を擁しておらず、そのくせ部隊は多い。少数による部隊の連携は各個体が行い、それぞれの部隊は思うがままに自分の調査を進めている。


 結果として部隊連結が行われることもあるが、概ねクルセイダーズの中では抗争は発生していなかった。


 敬介が放任主義で問題がある、という声すら上がって来ないのは一重に敬介が何かと面倒を見ている事が多く、全員が敬介隊長主席という存在を認めているに過ぎない。


「クルセイダーズは個人が集まって部隊になる。その個人も自由に調査するからね。最高五人の少数部隊だから協力しない限り絶対に敵は落せないから、嫌でも協力姿勢を執るのさ。無理強いされた協力は協力とは言えないだろ?」


「なるほどね、そういう観点でそういう組織をつくったのか」


「偶然の産物、だけど人は一人じゃ出来ない。かと言って五人だから何かできるってわけじゃない。自分たちで考えて、行動して、その結果どうなるかをよく考えて動いてくれる。俺の仲間はそうやってくれているよ」


 部下、と言わず仲間と言う敬介だからこそ、なのではないだろうか。


 教官はそう思うと敬介は「ん?」と窓の外を見た。


 コンテナ船襲撃のあった埠頭の荷物がピクシーレディエルから持ち出されたことを聞いて敬介と教官はその場所に向かっていたのだが、敬介はピクシーレディエルの近くの墓地で三咲が花を抱えているのを見つけたのだ。


 大きな瞳と小さな背丈で元気いっぱいそうな三咲とは違い、今日はやけに元気がなかった。ワンピースを着ている少女は恵美の後輩で、恵美にやたらと懐いていていつも飛び付いていた印象がある。守ってやりたい元気な妹ナンバーワンという勝手なランキングに敬介が入れているのは秘密だった。


「教官、ちょっと用事」


「あの少女か?」


 目敏く教官も三咲を見つけて車をすっと三咲に近づける。バス停でバスを待っていた三咲が目を丸くすると、敬介は「乗るかい?」と尋ねる。三咲はなぜだか周囲を見回してから小首を傾げる。


「えっと…いいんですか?」


「まぁ墓地デートってのも悪くない」


 敬介が冗談で言うと三咲は「またまたぁ」と手を振ってから車に乗り、お願いしますと頭を下げる。教官は礼儀正しい三咲に好感を覚えた。


「どこの墓地だ?」


「二十四番街区です」


「おっけぃ」


 敬介が教官に「だってよ」と言うと車が動き出す。


「なんでお墓参りってわかったんですか?」


「普通、高校生が学校をさぼって街中をうろつくならこんな場所じゃなくて中心街だ。街の外れでバス停に立ってバスを待つ三咲たんの顔は…無表情だった」


 敬介がそう言うと三咲が首を傾げる。


「普通は補導されないか、とか悪い事をしてるからって動揺するもんだ。いくら気にしてなくても、大人から見たらさぼってる生徒や学生なんてのは一瞬で見分けがつくんだよ」


 敬介がそう言うと教官も頷いた。


「大人だろうとさぼっていれば大体は見分けが付くものだ。敬介の管理職の才能があるわけだな」


「やめてくれ。見ることは出来ても管理は出来てる自信はないよ」


 敬介が失笑すると教官は「卑下することはないさ」と笑った。


 山間部の奥の方にある墓地は切り立った丘の上に作られており、墓石が整然と並び、散歩をしている人間や三咲と同じように花を持っている人間もいた。


 教官が車を止めると三咲が下りて、敬介も車の外に出た。


「ここです」


 三咲が墓石を指差すと敬介が首を傾げた。


「三咲は前に両親の話をしていたよな。これは誰の墓なんだ?」


「中身はないんですけどね…お父さんの…本当のお父さんのお墓です」


「最近、誰か来てるのか?」


 敬介の質問に三咲が首を傾げる。


「えっと…お母さんが再婚したのが五年前で…それ以来は私以外が来てないはずなんですけど」


「おい、掃除してやれ!」


 教官がバケツ二つに水を汲んで、柄杓を敬介に手渡すと、敬介は「待ってくれよ」と腕を組んだ。


 ちりん…。


 赤いリボンで三咲の首に結わえられているアーティファクト、守りの鈴が小さく鳴った。千石が三咲にあげたもので、千石の実家にあった鈴だったそうだが、三咲はアーティファクトとしてではなく、装飾として身に付けているものだ。


 音を出すための神鉄は入っているのだが…壊れているために音がほとんど出ない。


「教官」


「ああ」


 教官と敬介が周囲を鋭い視線で見回し、三咲が周囲をきょろきょろと見回す。


 クリーチャーに二人が反応して、三咲も吊られて周囲を見ていた。


「遠ざかった」


 敬介がそう言うと鈴も音を鳴らすのを止めた。


「敵対する意思はなかった。見られてはいるが敵意はないようだったが…」


「隠者よ。彼はクリーチャーの中でも特に長生きしている個体ね」


 さく、と芝を踏み鳴らして背後から近づいて来た翡翠に敬介と教官が振り向くことなく納得した。


「はじめまして、お嬢さん」


 白いドレスを来た十歳前後の少女が優雅に頭を下げる。左手にするは白い刀身の巨大な剣。少女の身長の二倍はあるのではないか?と思われるクレイモアはアーティファクト、免罪剣白鴎と呼ばれるものだった。


 隣国アラスベートは王制と取り、そこの王族に名を連ねる公爵家の娘、翡翠は時折背中に黒い翼を広げては国境を自由に超えてやって来る。萌の友人でもあり、戦友でもある彼女の目的はわからないが、敵対することもあれば共に戦ってくれる時もあった。


「私は三咲といいます」


「私は翡翠。あなたを守護する鈴の音色に魅かれて来たわ」


 翡翠がそう言うと敬介と教官が三咲をまもる様に間に入ると、翡翠が哀しそうな顔をした。


「奪うとかそういうことはしないわ。死者の魂が眠る場所でそんな不遜は私が許しません」


 翡翠がそう言うと、三咲は首を傾げる。不思議な印象の少女だった。


「恵美と萌はどうしているの?」


 つい先日、共に行動をした二人の姿が見えずに翡翠が尋ねる。


「二人は学校だよ」


「あら…」


 少し残念そうに翡翠が言うと、翡翠は黒い翼を背中から生やして地面から足を離した。


「隠者と少し話をするには、彼を逃がさないようにしなければならないわ。彼はそうね…協力的ではないかもしれないわ」


 翡翠はそう言うと空に消えて行った。


「すごーい」


 三咲が翡翠の翼に目を輝かせ、敬介と教官は怪訝な顔をして三咲を見た。


 三咲は一般人なのに見たものを何でも受け入れる。それがどんなに非現実的なことでも受け入れてしまう寛容な性格に教官は唖然としていた。


「三咲は翡翠のような人間とは一線を画すような存在を目の当たりにしても驚かないのだな」


 教官に言われて三咲が「ほえ?」と首を傾げる。


「言葉が通じて話し合える人は怖くないですよ。それにそれを言ったら私の周りにはみんなすごい人ばっかりじゃないですか。教官さんも敬介お兄さんも…私は別に怖いって思った事はないですし…」


 三咲がうまく言えずにおろおろしていると、教官はふっと嗤った。


「俺にもお前ほど物事に捕らわれることない心を持っていれば…救われた者もいるかもしれないな」


 教官はそう言うと墓石に雑巾で磨いて水をかけてやる。


「無宗教の時代によくこんな墓地があるよな」


「探すのに苦労しましたよ。千石さんの家で供養していただきましたから」


「ああ…千石の家は坊さんのとこか」


「神社と一緒になってしまったようですが…」


 一緒くたにしていいものなのか?と三咲も思っているようだが時代の流れだった。神様も仏様も信仰心を失った人間に呆れて文句も言わないのか、それとも寛容な心で時代の流れを見ているのかは敬介にわからないが、とりあえず今のところは天誅はいただいていない。


「三咲のお父さんは何をしていた人なんだ?」


 敬介が尋ねると、三咲は「考古学を専攻していました」と口を開いた。


「考古学研究、アルカナ歴前の調査を国から任されていて…事故にあって死んでしまいました」


 三咲がそう言うと敬介は「そうか」とだけ呟いた。三咲は泣きそうな声を必死に抑えていて、それだけ父親を愛していたのだろうことは窺えた。


「サンクチュアリを主に調査していたようです」


「…サンクチュアリ発掘隊ってまさか」


 敬介が教官の顔を見ると、教官は一度頷いた。


「十三機関の組織とは別系統で動くレベルセブンと呼ばれる組織だな。お前のところの瑪瑙のエフェクターはその一角だ」


「ああ、聞いているよ。瑪瑙の協力がなけりゃ俺たちクルセイダーズだって広域完全無力化オペレーション、ホワイトアウトを実行段階に運ぶ事は出来なかった」


 敬介は十三機関の下に甘んじているレベルセブンというコミュニティーが不気味でもあった。


「レベルセブンのライブリー、そこだけがサンクチュアリの発掘を許可されているはずだ。三咲のお父さんは立派な人だったのかもしれないな」


 教官に言われて三咲が首を傾げる。知らない人間の事をどうしてそう評価できるのかわからないのだろうが、それがまた三咲らしい。


「最近、よく私はここに来てお話しするんですよ。新しい遺跡が発見されたんだよ、とか、色々なんですけどね」


 三咲が恥ずかしそうにそう言うと、敬介は「そうか」と苦笑した。あれだけ元気いっぱいにはしゃいでいて苦労などとは無縁なように見えても、心のよりどころは父親だったのだろう。


「三咲、お前には酷な話かもしれんが、最近この墓が開けられた形跡がある」


 教官は敬介が黙っていた事を伝えると、三咲は目を丸くして口をぽかんと開けた。


「え?なんで?」


「それはこっちも聞きたいんだけどさ…。墓石の位置がずれてる。直射日光に長く当たる場所と当たらない場所の色が変わってるだろ?」


「え?お寺の人がやってくれたとかじゃ?」


「新しく誰かが入る様なことがなけりゃ開けないものさ」


 三咲に教官がそれはない、と否定すると三咲は「うーん」と首を傾げる。


「最近、身の回りで変わった事ってないかい?」


 三咲が尋ねられても変わった事と言えば、学校でのDM現象が発生したことや、自分のセンパイたちがアーティファクターだったということがわかったことくらいで、正直な話自分の身の回りでは変わったのは敬介たちだけだった。


「人に褒められるようなことをして来ない連中だ。三咲はお父さんが何か必死に隠していたりとかしていたものとかに心当たりはないか?」


 教官の濃い顔を近付けられて三咲が思わず一歩後ろに下がると、敬介が教官の肩を叩く。


「教官、そのこわーい顔は女の子ウケしないぜ?」


「むぅ」


 教官が寂しそうな顔をして、三咲が「そんなことないですよ」と慌てて首を左右に振る。


「お父さんの研究所って言うか、別荘があるんですけど行ってみますか?ここの近くだったと思うんですけど」


 三咲がそう言うと、教官と敬介が顔を見合わせた。


「個人研究所なんで上にも報告してないと思いますよ。何でも学生時代から使っていたログハウスだったようなんで」


「一見の価値ありだな」


 敬介がそう言うと車で墓地から更に奥の山道に入る。山道のような砂利道をセダン車が入って来て通行人が目を丸くしていて、ぎりぎりを掠める様にして通ろうとした時に窓を叩かれた。


「お前さんたち、どこに行くんだい?」


 農夫だろうか…。年配の方に止められて教官が窓を開けると目が開いているのかわからないようなおじいちゃんがほっほっほっと愛想よく声を上げた。笑っているのだろうが…そうは見えない。


「この先は土砂崩れで近づけないよ」


「ええ、大丈夫です」


 三咲が後部座席から顔を覗かせると、翁は三咲の顔を見て「おお、三咲譲ちゃんか」とぽんと手を叩いた。


「最近変わった一団が奥の屋敷に向かって入って行ったと聞く、用心せぇよ?」


「変な人たちですか?」


 三咲が首を傾げると翁は「うん」と可愛く頷いた。


「ここいらのもんでも夜になるとあまり出歩かんのに、そいつらは何台もの車でここを上がって行ったそうな。この先は別荘地じゃけん…長い休みじゃなけりゃ人も滅多に来ん。変わった連中じゃったよ」


「そうですか…ありがとうございます」


「じゃの…また孫たちと遊んでくれな」


 三咲は「はい」と微笑むと翁は車の進む方向とは逆の方向に進んで行った。


「気になるな」


「ああ」


 教官に敬介が頷くと三咲は不安そうな顔をしている。


 何があるのかはわからないが、正体不明の怪しい一段とやらもこの道を通ったとなると気を抜けない。敬介はPDAを操作してウェポンラックを解除して、拳銃のを取り出してチャンパーに初弾を装填して内ポケットに戻し、防弾ジャケットを上に羽織る。


 三咲がその物々しい反応に驚くと、教官はショットガンをシートとドアの間に挟んでいる。ショットガンが似合う男…。三咲は失礼ながらそう思うと、敬介が助手席から降りて三咲の隣に座った。


「…えっと、失礼」


 三咲のシートの下が引き出しになっていて、敬介が三咲の脚を持ち上げるとがらり、それを開く。手榴弾四つを助手席にぽいぽいと投げて、教官も上に羽織ったジャケットの上に手榴弾を装備、敬介は続いてサブマシンガンを教官に手渡すと、教官は手早くチェックを済ませた。


「三咲たんも」


 敬介は自分が座っているシートの下の引き出しを開けて三咲に防弾ジャケットとインカムを手渡す。


「拳銃は使えるか?」


「はぁ…」


 三咲はどこの女子高生が拳銃を手慣れた様に使えるのか、と疑問に思ったが、敬介の基準はさなえで彼女は四発の弾丸で十人の人間を行動不能にしたことがある。


「とりあえず持って置け」


 敬介が三咲にそれを手渡すと、三咲は震える手でそれを受け取る。


「インカムの使い方は別に付けておけばいい。左耳な」


 インナーイヤホンを左耳にセットして三咲がごくりと息を呑む。


「発砲する様な事にならなければいい。それだけだな」


 敬介が助手席に戻って車がゆっくりと進むと、残念な事にすぐに土砂崩れで道が防がれていた。


「そこの左側に穴があるのわかります?」


 三咲が指差すと車が入り込めそうなけもの道があった。


「あそこから行けばこの道を使わないでも奥に進めるんです。トラックくらいなら入れると思いますよ」


 三咲に言われて教官が恐る恐る突っ込む。がたんごとんと車が大きく揺れて今にもその場で立ち往生してしまうのではないか、という悪路だったがしばらくするとすぐに砂利道だが普通に走れる道に出た。


「隠し通路、なのか?」


 敬介が首を傾げると三咲は「違います」とはっきりと断言した。


「地元の人間しか知らない様な道ですけど、ここも一応使ってはいたんですよ。奥の村の人たちだけですけど」


「奥の村の人?」


 敬介が首を傾げてインパネを操作してナビに地図を表示するも、この先に人が住む様な集落は記録されていなかった。


「とりあえず進むぞ?」


 教官が車を加速させると帽子を被った少年がこちらを見て両手を振って車を停車させる。


「君たちっ、何なのかな?」


 行き成り無粋な質問をされて教官が窓を開くと、帽子を目深にかぶった少年がくい、と唾を上げて教官を睨んだ。



おでこに大きなたんこぶを作って帰って来た従妹に聞いて驚愕したんだけど…彼女いわく「体育館でジャンプしたらおでこぶつけた」そうで、どんだけ飛んだんだ?って思ったらバレーボール踏みつけて転んで…の部分が抜けていたそうです。しかも外で遊んでて体育館の傍でバレーボールしていて体育館の壁に頭をぶつけるとはなんという…。

妹萌とかそんなんではないんですが、天然娘は実害がなければ大好きです。


そんな余談はおいといて。


次回、あなたの中の獣が目を覚ます!(嘘

では~

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