可愛いければいいってモンじゃないって言うけど、可愛いに越したことはないと思うよ。計算高くなければね
最終回のつもりだったけど続くよ!うふ
ヴァネッサはラージェス中将に感謝して一人で最奥区画に入り込んだ。
ドアロックのキーが自分の名前だと知ると少しだけ銃を向ける事に躊躇いを覚えたが、それは別の話だ。
ただ広い部屋の壁際に立てかけられる様にして設置されているシリンダー。その傍にたたずむアイラック。
それだけのもの静かな部屋は、眠っている女性のためだけにあてがわれた様な部屋だった。
ドアが開くとアイラックは疲れ切った顔をしてヴァネッサを一瞥し、すぐに眠っている女性に視線を落した。
「美しいだろ?君のお母さんだ」
アイラックはそう言うと、ヴァネッサはギリ…と奥歯を噛み締める。
「母は…クリーチャーになってしまったと聞いているのに…なんでそこにいるの?」
ヴァネッサが尋ねるとアイラックは一瞬だけその瞳に怒りを含ませてヴァネッサを睨み付けたが、すぐ哀しそうな表情を浮かべた。
「クリーチャーになってしまったのは事実だが、私はなんとかコールドスリープさせ眠りに付かせたのだよ。そして…今もこうして眠っている」
「眠らせて…どうしようと言うの?」
「いつか…クリーチャーから人間に戻す方法がわかれば、彼女は喜んでくれる…そうだろう?」
「私にはわからない。母は子供のころ死んだと聞かされていた。それなのに今もこうして眠っているなんて…私には理解出来ない」
「可能なのだよ。技術は全てを凌駕する。君も喜んでくれるだろうと思っていたのだがね…」
母親が再び目を覚ましてくれれば、私が喜んでくれると思った?
アイラックの瞳は確かにそう訴える様で、ヴァネッサは首を左右に振った。
「死んだ人間は甦らない。アイラック少将、あなたは自分の傲慢な思想により多くの国民を実験対象にし、今もこうして実験を行っていた。全ては明るみに出ている。あなたは自主し、軍事裁判にかけられるべき人です」
ヴァネッサが拳銃を向けると、アイラックは深くため息を吐いた。
「ヴァネッサ…なぜわかってくれないんだ?」
「わかりたくないわ…。誰かのために犠牲を強いるあなたのやり方は…私は賛同できないっ!」
「残念だ」
アイラックが銃を素早く抜き、ヴァネッサに照準を合わせる。射撃の名手として知られた父のその早技にヴァネッサは身動き一つ取れなかった。
監視室から恵美たちがこの様子を見ているとしても、自分が殺された後に駆けつけることくらいは分かっていた。だが…一対一を望んだのは自分だった。
「アイラック…アイラック・シューベル!」
ヴァネッサは相撃ちも構わない、と引き金を絞ろうとすると、アイラックは自分の米神に銃を押しつけて発砲した。ごん、と倒れた遺体がシリンダーに当たると、シリンダーのロックが解除される。
『解除キーはアイラックの死亡だったようですっ!ヴァネッサ少佐!急いで逃げてください!』
スピーカーからジャン伍長の焦った声が室内に響き、ヴァネッサは両目を見開いて開いたシリンダーを凝視した。
美しい顔立ちの女性がゆっくりと立ち上がり、その肢体を大気に晒した。肌についた氷の破片がぱらぱらと地面に落ち、紅い眼光がヴァネッサを捉えた。
はや…いっ!
ヴァネッサの眼前にクリーチャーの顔が間近に迫り、腹部に衝撃を受けて部屋の壁に背中を強打した。鋭い痛みが全身を駆け抜けるのと同時に、ヴァネッサは深く息を絞り出された。
息が出来ないっ。
苦しみにヴァネッサが四つん這いになって顔を上げると、クリーチャーの右足が顎を捉えてヴァネッサは反対側の壁に激突した。
「いったぁ…。これって子供に対する虐待よね」
ヴァネッサが立ち上がり、両手にアーティファクトを展開する。ばりばりと電流がほとばしる蒼玉を握り、ヴァネッサは呼吸を短くする。
ヴァネッサの持つアーティファクト、操玉雷紫電はその二つの珠を操り接触させ電撃による攻撃で相手を無力化する事が出来る。父に与えられたアーティファクトで、父が最も愛した存在を手に掛けなければならない。
大丈夫…自分にやれる。
◆◆ ◆◆
加勢するべきか、それとも禍根を断つべく一人で向かったヴァネッサの意思を尊重するべきか。
翡翠と恵美はそこで揺れていた。
モニタに表示されているのは女性体ファイと識別されているクリーチャーの中でも上位に位置する能力を保有している事は恵美も知っていた。
「恵美軍曹」
ジャン伍長に呼ばれて恵美がモニタを見ると、ユグドラシルレポートが表示されている。大部分が読み込めないのか、文字化けが進んでいるが何処となくわかる。
「敬介博士とさなえ博士が共同で何かを研究していたようですね。っとぉ」
ジャン伍長がコンピュータをいじって画面にノイズが入るのを補正する。
「どうやら外部リンクで情報を引っ張っているらしくて…ユグドラシルレポートの所在はここじゃないみたいです」
「どこからか特定はできないか?」
ラージェスが尋ねるとジャン伍長は「難しいですね」と下唇を舐めてからキーボードを操作する。
「恵美っ!」
敬介が部屋に飛び込んで来ると、萌も一緒に飛び込んで来た。
「ラージェス大佐…」
「今は中将だ。小僧、元気にしていたか?」
敬介がラージェスに驚き、ラージェスは敬介に笑ってみせる。敬介は一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、ジャン伍長の隣に立っている恵美をどけてモニタを見下ろした。
「ユグドラシルレポートの欠損データ…。クリーチャー化した人間をサヴァイブさせるための技術レポートだ。これをアイラックが使っていたのか」
敬介は納得したのか頷くと、萌がびくっと肩を震わせた。
「クリーチャーがいる。どこ?」
萌が左右を見回すと、翡翠が床下を指差した。
「ヴァネッサが戦闘中よ。アイラックの愛した人、ヴァネッサの母親。クリーチャー化したのをコールドスリープで保管し、人間に戻そうと研究をしていたようなの。だけれど志半ばで失敗」
「ヴァネッサは一家の娘として父と母と決別する道を選び、戦闘している」
ラージェスの優しさ、なのだろうが敬介にとってしてみれば、そんなものはくそくらえだった。
「クリーチャー…ファイタイプじゃないか…。恵美!萌!翡翠!第一種戦闘配備!ヴァネッサを救出後速やかに撤退する!そっちの奴とラージェス中将は基地内から完全に人員を撤退させろ!」
敬介が叫ぶと、一気に駈け出して行く。萌と翡翠もアーティファクトを手にして駈け出す。
「早くして…クレーターになるわよ」
恵美がラージェスにそう言うとラージェスは唖然とした。
世界各国に点在する大小のクレーター。あれがどういう経緯で発生したのかは謎に包まれているが、クリーチャーと関係しているのかもしれない、というのはラージェスにもわかった。
「撤退命令だ。ジャン伍長」
「りょ…了解です」
ジャンは素早くキーボードを叩くと、全てのシステムをシャットダウンした。
◆◆ ◆◆
敬介たちがヴァネッサのいる部屋に入り込むと、ヴァネッサは既に意識を失って倒れていた。
ファイタイプクリーチャー。
完全に人型を保ったまま、無色透明な翅を持つクリーチャーは妖精と揶揄される存在だった。ピクシーレディエルで昔は数多く存在が確認されていた妖精、というのも実はクリーチャーの集団であったことがわかり、人間はそこに近づかずに神格化してあがめていたということは敬介たちは知らなかった。
恵美がヴァネッサを介抱しようと抱き抱えると、クリーチャーの右手から爪が一気に伸びて恵美の首に届くかと思われた瞬間、翡翠がその爪を一刀両断する。
「気を付けて」
敬介と萌がクリーチャーに襲いかかり、その間に恵美と翡翠が部屋の外に出る。
「二人に任せて私たちは脱出しましょう。あの二人なら大丈夫よ」
翡翠に言われなくてもそうするつもりだった。自分の役割は終わっている上に戦闘は慣れていない。そこで首を突っ込んで事態を悪化させるような愚鈍な真似は出来なかった。
「私は…大丈夫」
通路の半分までなんとか運んだところでヴァネッサが目を覚まし、階段を駆け上がり、入れ違いに儚と夢が「御苦労さま」と恵美の肩を叩いて地下に飛び込んで行く。二人とも武装しているが恵美は止める事が出来なかった。
◆◆ ◆◆
懐刀真言絶句の刀身が真っ白に輝き、その光が臨界点であることを知らせていた。
敬介は姿勢を低くしてクリーチャーの懐に入り込み逆手に持った懐刀真言絶句を胸に突き刺し、ぐっと奥に差し込む。がちり、と何かに当たった。
「ビンゴっおおおっ?」
敬介の身体がゴムボールの様に弾けて壁に激突。萌が敬介をくぐって回避しながら断罪剣黒牙をクリーチャーの頭に向けて振り下ろすと、クリーチャーは優雅にステップを踏んでそれを回避する。
「早い…」
萌がとんとん、と華麗にうごくクリーチャーを眼だけで追うも、素早い動きに断罪剣黒牙では捕えきれなかった。敬介が動かないのでクリーチャーは敬介を見ていないが、敬介はにやり、と笑って左手で指をパチン、と鳴らす。
どんっと懐刀真言絶句が胸で爆発してクリーチャーが仰け反り動きが止まり、萌がその瞬間に踏み込んでクリーチャーの身体を横薙ぎに斬り裂いた。が、剣が左から右に通過するだけですぐに胴部分がくっ付き、萌の首が左手で掴まれて萌の小さな身体が持ち上げられて掲げられた。
「萌、蹴っ飛ばせ!」
敬介が叫ぶと、萌は突き刺さっている懐刀真言絶句の柄目掛けて足を延ばすと、ずぶり、と更に懐刀真言絶句が奥へと突き進んだ。
ぱきゃり、という音が聞こえてクリーチャーが萌を手放し、その場にのたうちまわると、萌はタイミングを見て懐刀真言絶句を引き抜き、敬介に投げ渡す。
敬介はそれを受け取ると、萌に親指を上げて見せる。
「逃げるぞっ!」
時間はそうそうないはずだった。
「敬介隊長!」
儚に呼ばれて敬介が驚くと、儚と夢が入口でこちらを見ていた。
「アクセスポイントを設定します。どいてください」
夢が閉じられたドアにぽん、と右手を置くとそこにオレンジ色に輝く印が刻まれた。
ホワイトアウト実行まで…残り三分。
最終目標であったここに儚と夢の認証が下る。空の目がこちらに向いた事を敬介は本能的に察知すると、走り出した。
「ファイクリーチャーの行動はすでに抑止されているが、油断は禁物!全部吹っ飛ばすぞ!」
「はい!」
「了解!」
敬介の怒号に夢と儚が返事をして階段を駆け上がると、周囲の建物が轟々と燃えていて車一台見当たらなかった。
「あーあー、マイシスターはお兄様を置いて行っちゃいました」
敬介が「てへ」と笑うと儚と夢が肩を落した。
「私たちが来た車で行っちゃったみたい、どうする?」
夢が敬介に尋ねると、敬介は「うーん」と腕を組んだ。
「悠長なこと…してる場合じゃないと思うんだ」
萌がさすがにやばいんじゃない?と周囲を見回す。
「ホワイトアウトって取り消せたっけ?」
脱出手段がない。敬介が空を見上げると空が真っ赤に燃えあがり、頭上に大きな闇が出現し、瞳が浮き上がった。数十秒後に発射される威力殲滅アーティファクト、刹那単眼から発射される強力無比な一撃はここを何も残さないクレーターにしてしまうだろう。
「あそこに熱源が…」
萌が指差す方向に全員が向かうと、大型バイクが二台あった。
「萌、乗れ」
萌が敬介の背中に抱き付くと、儚は夢の後ろでぎゅっと夢に抱き付いた。
「安全運転で行きましょうか」
敬介が一気にアクセルを捻るとモーターが甲高い音を立てて急発進し、ウィリーして発進していくのを見て儚が顔を引き攣らせる。
「夢ちゃんはゆっくって、いやああああああああああああああっ」
夢も一気にアクセルを開いてモーターをぶん回して敬介の後に続くとそこら中から爆発音と地響きが聞こえてくる。
「悪い奴ってのは最後に自爆しようとするらしいなっ」
「お約束、だね」
萌が敬介の後ろで呟くと、敬介は「そうだな」と苦笑する。
爆発して近くの鉄塔が敬介たちの道を塞ごうとし、敬介は鉄塔と地面の間に車体を滑り込ませて回避、七百二十度回転した後に敬介が止まり、夢の運転するバイクは鉄塔の上から躍り出て来たのを確認して、敬介もアクセルを捻る。
二台のバイクが疾走していく左右を大爆発が襲い、萌は器用にバイクの上で跳躍して後ろ向きに座ると、夢が並走して儚が持っているライフルを萌に投げ渡した。
萌が背後で爆発しているのを目で見ながら、こちらに飛んで来る大きな飛来物をライフルで狙撃してえ撃ち落とす。
「弾、切れた」
萌がライフルを儚に投げ渡すと、儚は困った様な顔をしている。弾が切れたライフルなど殴る以外の用途がないので棄ててしまって構わなかったのだが、萌は借りたら返すのが信条だと思っているらしい。
「萌、飛ぶ」
「うん」
萌がバイクにしがみつくと、ぐんっと地面を蹴る様にしてバイクが中空に舞った。
「ねぇ、おかしいよね、これ」
「おかしいですよねぇ」
「道ないじゃん!」
萌、儚、夢がそれぞれそう言うと、バイクは断崖絶壁を見事に落っこちていた。気持ち悪くなる様な浮遊感に儚と萌がわたわたと慌て、夢はどうにかしないと、と周囲を見回すが切り立った崖、遙か下に見えるのは一面に広がる森で、掴む場所は愚か貼り付ける様な壁もない。
「敬介!掴まれ!」
突然目の前に真っ白な布が広がって敬介たちがそこに突っ込む。時速百二十キロでダイブしたはずなので、下手に激突すれば即死するようなこの状況で布に包まれた四人が目を回しながら自分の状況に驚くと、ヒュンヒュンと音を立てているロータリーモーターの音に気付いた。
ヘリが広げた布になんとかしがみ付いた敬介が頭上を見上げると、カーゴから利樹と癒杏がこちらを見下ろしている。
「上って来れるか?」
縄梯子を降ろされて敬介たちがヘリのカーゴに入ると癒杏が安心したように胸を撫で下ろした。
直後、崖の方から轟音が響き、ヘリが大きく揺れる。
「離脱してください!」
利樹がそう言うと、ヘリが爆風に煽られながらも何とかホワイトアウトから逃げ切り、儚と夢がへたり込み、萌も胸を撫で下ろした。
「どうしてお前はこう…ギリギリな作戦を実行するんだ」
ヘリのパイロットの声に敬介がぎょっとして、操縦席の左側に座ると、教官がにやり、と笑っていた。
「教官…あんたヘリの操縦が出来るのか?」
「昔、戦場で戦闘ヘリの操縦も経験している。脱出するぞ」
レーダーにアラスベートの戦闘ヘリ集団が六機こちらを補足しているのを見て敬介が「らじゃー」とヘッドセットを付ける。
「空対空ミサイルの照準は任せる。儚!夢!銃座に付け!利樹、癒杏は萌をカーゴにしばりつけろ!落すなよ!」
教官が叫ぶとヘリが機関銃の砲火をぎりぎりでかわしながら戦闘機動を始める。
それを地上から見ているラージェスとヴァネッサ、ジャン伍長と恵美はため息を吐いた。
「派手な退場をしてくれる。つじつまが合う様な報告書を作成しなければならない俺の身にもなってくれないかね」
ラージェスが困った様に言うと、翡翠は「あーもう」と額を手で抑える。
アラスベートとロアナードの軍事国境付近で恵美と翡翠が降ろされ、ヴァネッサが恵美に手を差し出した。
「色々とありがとうね。恵美」
「ん、まぁ困った事があったらまた言ってね。私は高校生だから、戦うのはちょっと困るけど、さ」
恵美が冗談交じりで言うとヴァネッサは力強く頷いた。
「これから私はこの腐敗した国を根底から治したいと思っているの。みんなの心が病気だから、国も病気になってしまう…。私はこれからそれの治療をゆっくりと進めるわ」
ヴァネッサの言葉に恵美はうなずくと、翡翠が頭を下げた。
「アラスベートも尽力致します。今後も何かあれば友好を礎に手をお貸ししますわ」
「心強いな、その時は頼む」
翡翠にラージェスがそう言うと、恵美と萌は苦笑して「さようなら」と残して国境線に向かった。
「あの二人は…強いのですね」
ヴァネッサは二人の背中を見てそう呟いた。
◆◆ ◆◆
翌日
七時丁度
恵美はベッドの中で妙な重たさを感じて「うん」と寝返りを打った。すると今度は背中に重みを感じてもう一度寝返りを打つとまた身体に重みを感じた。それも先ほどよりも重い。
恵美が目を開けると指し込む様な光に照らされて恵美は完全に目を覚ました。
朝になって萌が起こしに来てくれたのはよかったのだが、萌は恵美の上半身の上に乗っかっていた。
「おはよう」
淡々とした口調で萌に見下ろされて恵美は一瞬だけ頭に来たがすぐに冷静になる。萌の突拍子もない行動は基本的に敬介か教官に甘やかされて育った影響でもある。
それよりも…。
脚部にも重みを感じて恵美が萌をそっとどかしてそこを見ると、敬介が足にしがみついていた。
「先に一つ聞いていい?」
恵美が萌をそっと退けて満面の笑みで自分の¥脚に飛び付いたまま硬直している敬介を眺めると、敬介はそのままぐーと寝息を立て始めるがそれでごまかせるような状況ではない。
「おにいちゃん!妹の部屋に入り込んでなにしてるのよっ」
がしがしっと敬介は足蹴にされてひぃひぃと部屋から出て行くのを見て肩で息をしながら恵美はやっと落ち着いた。
いいお兄ちゃん…なんだよねぇ…。
恵美はそう思いながらもピンク色の寝間着を脱いで着替えを始めると、萌がベッドの上にちょこんと座っている。
昨日は昨日でさなえや三咲に何があったのかと質問攻めにされ、部活動の後に本局に出頭して様々なデータを取ると言われて知能テストから学力テストまで受けさせられて疲れて帰って来たらすぐに朝になっていた。
自分でも気付かない内に理数系と語学…特に古代文字の解読に卓越した能力を持つ事がわかったが、恵美にとっては…だから何?という程度でしかなかった。
正式に戦線に参加する意思があるのならば戦闘過程教練を正式に受講するべきだと教官と飯田課長に強く勧められたりもして、それを突っぱねて逃げ帰って来たのは良かったものの、さすがに疲れは抜けなかった。
恵美が制服に袖を通してから階段を下りると、左頬を腫らした敬介が朝食の準備を終わらせていた。恵美に付いて来るように萌も恵美の前の椅子に座ると、敬介がご飯をよそって二人分置く。
川魚の塩釜焼き、焼海苔、香り物に白味噌の味噌汁には人参と飾り付けのおふが浮いていて、牛乳がコップ一杯。相変わらずの手の込んだ朝食に恵美は申し訳ない様な気がして来た。
「ニートだー、なんて思ってたのに、実際すごい事してたんだねぇ」
恵美がそう言うと萌が首を傾げ、敬介は自分の事を言われていると気付いて気難しそうな顔をした。
「んー、まぁ朝っぱらからそういう話しはしない方向で頼むよ。俺なんて臨時職員みたいなもんなんだからさ」
敬介が「ほれ、食って学校に行く」と恵美と萌に言うと、恵美は「ん?」と箸を運びながら首を傾げた。
「萌ちゃんも学校に行くの?」
「私は元々、学校行ってたよ。教官の家から」
「へぇ」
恵美が意外だなぁと萌を見ていると、萌はにこりと微笑んだ。
「恵美のクラスに編入する事になったからよろしく」
「はひ?」
恵美が箸をがじり、と噛んだが萌の言葉の真意は噛み砕けなかった。
「え?どゆ…ことよ」
恵美が戸惑いを隠すように敬介を睨むと、敬介はにたりと暗い笑みを浮かべる。
「萌は元々大学に入学できるレベルの学力があるんだ。だけど本人の希望で恵美の高校にある特別進級枠を受験して見事、編入に成功。んで恵美と同じクラスになったわけだ」
「へ…へぇ」
恵美がしどろもどろに返事をすると萌は屈託なく「よろしくね、恵美」と言った。
「…う、うん」
恵美は萌が一緒のクラスになることは別に気にはならないのだが…どうにも嫌な予感がして仕方がなかった。
これで序章『前半』が終了です。
後半からは敬介、三咲、翡翠が主導で物語は進んでいきます。
ユグドラシルレポートを求める敬介、三咲、恵美たちは次章、自分たちを知るためにアーティファクターとして自分の意識でそれを手に取っていきます。
それではまた、あとで。




