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眠たいときにリップクリームを眼の下に塗って眠気を抑えようと努力してたのに、何ふざけてんの?って怒られました…とても残念だ

この歪んだ国を終わらせなければならない。

ヴァネッサは父の狂宴に終止符を打つために単独で行動を開始する。


最終回前、多くは語りません。

 アラスベート国   ブルーコースト海軍基地

 十五時三十分


 白いドレスを着替えて来た翡翠と一緒に細身だが肩幅のある上位上官の軍服を着た敬介と同じくらいの年齢の好青年が腰にサーベルをぶら下げて入室して来ると、敬介が立ち上がり十三機関特有の敬礼である右拳を左胸に当ててして見せると、好青年は一瞬だけ目を細めて軍靴の踵同士を合わせてサーベルに右手を当てて、すぐに戻し、敬介も腕を降ろした。


 相手を尊重する形の敬介に、相手も尊重する形で答えたところを見て互いに敵意は低いと考えて妥当、と敬介が判断する。


「妹が世話になりまして、謝辞と栄誉を送りたいと存じております」


「こちらこそ、我が国の貴重な資源であるアーティファクトを不正に扱われる事を未然に防がせてもらった。勇気あるお嬢さんの行動は決して国交上では評価されなくとも、私たちはお嬢さんの行為に非常に感謝している」


 好青年は敬介の国交上の権勢と形の上での強力に感謝する、という言葉を受けて小さく頷き、敬介と恵美にテーブルを挟んで向かいあう形で立った。


 後ろのMPがドアの左右に立っているところを見ると、翡翠自身の査問自体はこれから執り行われるのだろう。


 好青年は正悟と名乗り、時期王位継承者であることを明かす。


「かたい挨拶はなしで行きたいところなんだけどね」


 線の細い顔立ちの正悟は後ろの兵士に見られない様に苦笑すると、敬介は悪い奴ではなさそうだ、と判断した。少なくとも翡翠を擁護したいと言うところだろう。


 こちらも領海侵犯した上でアーティファクトと言う武装を解除していた可能性があるとして報告は行っているはずなので、一応兵と正悟自身にも腕に覚えがあると見て間違いはないはずだった。問題を起こすわけでもないが、恵美は王族という意識で緊張していた。


 敬介は恵美と萌が家族であることを明かすと、正悟は多少驚いた様な表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻す。


「うちの翡翠の領土侵犯は王族に連なる者としての責任が欠けていると思っている。まずそちらから謝罪したいと思います」


「こちらもコンテナ船漂流の報告を受け、萌、恵美両名の追撃停止命令、撤退命令が後手に回った。領海侵犯は…」


 敬介が口を開こうとすると正悟は片手で敬介を制した。


「領海侵犯は不可抗力だったと言えるだろう。あの船舶を検査しているが、ゴースト残留の報告も上がっている。クリーチャー討伐は翡翠と君たちが同時に行った。あのままクリーチャーを乗せ、ここにまで来ていたらと考えると、我が軍も相応に対応しなければならなかったはずだ」


 要するに、結果オーライだ、と言いたいらしいが国交上ではそううまくいかないだろう。


 王制の権力集中制度を取るアラスベートと民主二大政党制のサフィナはそこまで友好的であるとは言えない。有事交渉権限は持ち合わせているが、それは他国にいずれかの国が侵犯を受ける可能性がある場合、交戦状態に陥った場合援助はせずとも絶対に領土を侵さないと言うだけの不可侵条約のようなものだ。そう言う領土保全条約は国家間で締結されているものの、背中を刺されないだけの措置とも言える事で仲が良いわけではない。


「十三課特捜部隊が入国を求め、我が国のDM現象調査という名目で使節団として受け入れた。全員がアーティファクターだと見ていいのかな?」


 正悟の遠目で見る様な観察に敬介は首肯する。


「十三機関、特捜十三課隊長主席敬介は責任を持って駐留軍の指揮を執ろう」


「調べはついているよ。天才敬介博士。貴殿にも協力を要請したいのだがいいかな?」


「その拒否権はなさそうだ。で、協力とは?」


 敬介が尋ねると、恵美がそわそわとしている。堅い話に全く付いていけない恵美は翡翠が小さくなっているのを見て心配していた。


 お兄ちゃんに怒られちゃったのかな?


 敬介と正悟の話は全く耳に入らず、まるで委縮している小動物のように丸くなっている翡翠は数時間前に自宅に押し入って来た時とは様子が一変している。


「あの」


 恵美が声をかけると敬介と正悟の会話がぴたり、と止まって恵美が視線を集めた。


「ちょっと萌ちゃんと翡翠…さんと話がしたいんだけど…いいですかね?」


 恵美が自分の状況がいまいちわからないのでわがままなのかも?と思いながら尋ねると正悟と敬介が顔を見合わせる。


「君たちは客人なので自由に基地内を歩いてもらって構わない、と言うわけにはいかないのだけれど、隣の部屋が開いている。退屈だろうからそちらを使ってくれて構いませんよ、翡翠」


「はい」


 名を呼ばれて翡翠が感情を押し殺したような声で返事をする。やはり何かがおかしかった。


「お客人をご案内してさしあげなさい。くれぐれも失礼のないようにね」


「そんなに高貴な人間じゃない。俺も恵美もな」


 敬介がそう口添えすると翡翠は敬介を一度見てから首を左右に振る。


「参りましょう」


 翡翠が立ち上がると萌と恵美が立ち上がり部屋から出ようとすると兵士の一人が追従しようとする。


「衛兵は要らない」


 正悟の言葉に兵士が黙って出入り口で回れ右をして部屋に戻って行き、恵美は安心した。兵士だの銃だの、最近はそればかりで少しばかり緊張していたために正悟のその言葉は大変助かった。


「こちらへ」


 翡翠もどことなく肩の力が抜けたのか、いつものようにそこまで抑揚のある声ではなかったが先ほどまでの強張った態度から変わっていた。


 隣の部屋に通されて翡翠がドアを開けてくれると、敬介と一緒にいた部屋と同じような部屋がそこにあった。


 中央にテーブルと椅子が四脚あるだけの部屋にヴァネッサが小さくなって座っている。ヴァネッサの手にはまだ手錠が嵌められたままで、両手を揃えてテーブルの上に置いていたが頭を垂れて項垂れている。


「あれ?」


 ヴァネッサが恵美たちを見て首を傾げるが、その目は少しだけまだ赤く泣いていた事がわかる。


「酷い事でもされたの?」


 素性は良く分からないがロアナードの国の人間で、自分も一度そこに連れて行かれている。荒廃した国の人間にしてはヴァネッサはいいとこのお嬢さんにも見えた。ヴァネッサは恵美に尋ねられて首を左右に振り、恵美はヴァネッサの隣に座ると翡翠と萌も着席した。


「お兄ちゃんと正悟さんがなんだか難しい話をしていて疲れちゃってさ」


 恵美が愚痴るとヴァネッサが怪訝な顔をしている。


「あなた正規軍人じゃないの?」


「うちらは正規軍人なんて大層なものじゃないよ。銃も使ったことないし」


 敬介、千石、さなえは銃の扱いに少しは心得があるようだったが、生憎恵美にはそのような知識はなかった。萌は萌で拳銃を使うよりも拳がそれ以上の威力を持っているタイプの人間だ。


「じゃあなんで闘うの?正規軍人でもない、治安維持に関わっているわけでもなのに…」


 恵美はヴァネッサにそう尋ねられて、何故か答えなければならないような気がした。自分でも闘う必要はないと言われ続けていたのに、今もこうして武器を持って歩いている。その理由はやはり…。


「私の周りには色々な人がいたの。今まで普通に生活していたら気付かなかった。優しい先輩やちょっと怖かった人たちも誰かをまもるために闘っていたし、何もしないでふらふらしてるだけだと思っていたお兄ちゃんがこんなに危ない状況でもしっかりとみんなをまもるために闘ってた」


「それだけ?」


 それが闘う理由になるの?


 誰から見てもヴァネッサが揺れている様にも見えた。ここに来て何を聞かされ、何を知ったのかはわからないが、甲板上で闘っていた少女の覇気が感じられない。戸惑い、迷い、そして躊躇している。自分自身の姿に自信が感じられない。今のヴァネッサはそう見えた。


「小さな子たちも闘っていたわ。DM現象なんて私たちが生まれる前からあったし、それが当然だと思っていた。夜になって家にいれば安全だって言われて、そうしていればいいと思ったけど、実際は違った。私たちには力があったのだから…守る側にいるだけじゃだめだったんだ」


 恵美の言葉に萌と翡翠が顔を見合わせる。


「力を持っている事に気付いて、自らその変革を受け入れて戦地に立つ決意をした、と」


「そんな大それたことたじゃいよ」


 翡翠に恵美が失笑すると、翡翠は「そうかしら」と呟いた。


「闘いは争いよ。醜い憎悪の世界だって知っているでしょう?それともあなたはそれも知らないような平和な世界にいたの?」


「私は…もうちょっと前に人の心が歪んでしまっていることに気付いていたから、勇気も要らなかったかな。だからこそ私は…それらも含めて人を守れるかもしれないって思ったの」


「手に届く全ての人間を救おうとすることは…人として素晴らしい事だよ」


 萌に言われて恵美は「ふぅ」と息を吐いた。


 萌と翡翠は幼少の癖に妙に達観している節がある。それだけこの二人は色々な経験をしているということなのだろう。


「結局、お兄ちゃんが無理するから放っておけなかったんだよね。家族が無理してるの知っちゃって、新しく家族になった女の子は毎日どこかに行って喧嘩してるらしいし、年上のお姉さんとしてはちょっと心配だったかなぁ」


 恵美が萌を見ると、萌が申し訳なさそうに顔を伏せる。


「どうしていいかわからなかったけど、とりあえずお兄ちゃんと一緒に出来る事はしようって思ったの。お兄ちゃんが何をしたくて今もこういうことしてるのかわからないけどね」


 恵美がそう言うと、ヴァネッサは難しそうな顔をした。


 恵美の目的は流動的で、何か他人と違う様な気がした。人と違う様な気がしたのだが、一番人間らしい感情だったのかもしれない。


 家族を守ろうとしている。力があるからそうしようとしているというだけだった。


「私も…父がアーティファクトを求めているから国内、国外を走り回ったの。そうして父がアーティファクトの研究を進めて行けばゴースト化した人やクリーチャーの被害から国民を救えると信じていたわ」


 だけど違ったのね、とヴァネッサが天井を見上げる。


「国内の情報規制なんて私は知らなかったし、父が本当はクリーチャーを兵器転用しようと実験していたなんて知らなかったわ。私は人を助けるためにやっていることだと思っていたけど、人を無理やりクリーチャーにしようとしていたなんて…まだ信じられない」


 アイラック技術将校の話はちょくちょく耳に入れていた恵美はそう驚かなかったが、突然聞かされたヴァネッサにとってショックが大きいものだったに違いない。しかも自分の実の父が行っていたなど…DM現象に近い立場だからこそ余計にヴァネッサの悲しみは深いのかもしれない。


「母がクリーチャーになって処分されて以来、父は人が変わってしまったの。私は父を、止めないといけない。母は絶対にそんな父を許さないと思うから」


 ヴァネッサがそう言うと翡翠は小さく頷いた。


「私が撒いた種でもあるのだから、私の手で終結を見て見たいというのが私の本音。萌はどうしたい?」


 翡翠に尋ねられて萌はあまり興味がなさそうな顔をしていた。


「実験してるってどういうことなのか、気にはなるけどそこまで介入していいって私は思わない」


 萌が正直に言うと恵美もそれには同意見だった。大人の世界の難しい話はよくわからないのだが…結局のところ何をするのかもよくわかっていないのが現状だった。


「私たちはサボタージュを行います。アイラック氏の研究がなんであるのかを突き止め、必要に応じてそれを破壊、撤退が作戦になるでしょうね。その為には少数精鋭、そして内部に詳しい人間が必要になる。あなたのことよ、ヴァネッサ」


 翡翠に言われてヴァネッサは「でしょうね」と頷いた。


「でも私は国を裏切るつもりがない、と言ったら?」


「人類は今の今まで戦争と言う非情な手段を選択しながらも人道という立場をとって締結された全ての条約に従うことなく、私はあなたから情報を全て抜きとるまでですね。いいですか?死んでしまえば同じ事、ただの土くれに戻るだけ」


 翡翠がふふん、と笑うとヴァネッサが「うわぁ」と顔を引き攣らせる。捕虜に対しての拷問などは禁止されているはずなのだが、翡翠は簡単にそれを覆そうとしているのだ。今のは警告で本気であると言う事を示したかったのかもしれないが、恵美にとってこの幼女は恐ろしい人物なのかもしれないとさえ思えた。


 目的のために手段を選ばないタイプの人種が多いのかもしれない。


 アーティファクターとはそういう連中の集まりなのか、と思ったが実際その通りで、自分で出来る事は何でもやってしまうところが多い。そのために十三機関は色々な方面から厄介な人物が多いと頭を抱えさせられている人がいるということは暗黙の了解でもあった。


「恐らく父の行動は軍内部でもあまり知られていないと思います。だからこちらも非正規行動であれば全面衝突になることはないかと…」


 ヴァネッサが観念したように言うと、翡翠は「いい子ね」と年上に対して言うセリフとは思えない言葉を発した。


「入るぞ」


 敬介の声がドアの向こうから聞こえて、ドアが開くと敬介だけが部屋の中に入って来る。


「オペレーションホワイトアウト作戦実行の前に情報収集と主要施設の確認を行う。萌、イノセントチームの指揮を執れ」


「いや」


 萌が首を左右に振ると敬介は拒否される事がわかっていたように苦笑した。


「じゃあ独自の判断で実行させるぞ。責任はお前が取れ」


「うん」


 敬介に言われて萌が頷くと、翡翠が顔を顰める。


 兵士がその後すぐに入って来て、恵美は携帯電話を開くと三咲とさなえからメールが入っていた。


 昨日の今日で心配されているようだったが…また明日学校に着いたら質問攻めを受けそうな気がしてげんなりする。そこで恵美ははたと気付いた。


 まだ私は日常に戻れると思ってるんだ…。


 こんな異常な状況が連続して続いて居るのに、日常に戻ろうとするこの精神ベクトルはまだ自分が正常な証拠なのかもしれない。それだけは忘れないようにしようと恵美は携帯電話をポケットに戻した。


 萌が椅子から立って敬介がそこに座り、敬介とヴァネッサが様々な取り決めやら話を始める。


 これは領土獲得戦争ではないこと、軍事的介入をするが軍事行動ではないこと、などの会話に恵美は頭が痛くなりそうだった。


「恵美、お前はここで本国に戻り作戦から外れろ」


「なんでよ」


 恵美がここまで聞いておいてはぐらかされるとは思えなかった。


「これはゴーストやクリーチャーとの戦闘じゃない。対人戦闘だ。人と人が争うんだ、わかるな?」


 人殺しをさせるわけにはいかないんだ、ということなのだろう。敬介が言いたい事はわかるが、恵美にはどうしても気になる事があった。


「戦列から外れろ。これは命令だ」


 敬介がそう言うと翡翠が立ち上がった。


「お送りいたしますわ。こちらへ」


 翡翠に連れられて恵美が部屋の外に出ると、翡翠は「はぁ」とため息を着いた。


「兄たちはどうしてこうシスコンなのかしらね。賢者はただ一点に置いて愚直とも言えるわ」


「あら、変なところで気が合うわ」


 恵美は翡翠に苦笑して見せると、翡翠はもう一度ため息を吐いた。


「貴女もわかっていないようね。今回のサボタージュ計画に矛盾があると思わない?」


「利樹、癒杏という内通者が持ち帰ったアイラック技術将校周辺の調査に加えてヴァネッサの協力、コンテナ船が秘密裏にアーティファクトを運び出そうとしていたことから早急に対応する必要があったんじゃないの?」


「じゃあなんで、十三機関が主導でオペレーションホワイトアウトを実行するの?サフィナはオペレーションホワイトアウトを私たちに実行する事を通達した理由は私たちが誤解しないためにしても、私たちの国から間接的に入国させる必要性はないわ」


「それは貴方達政治家の話し合いじゃない」


 恵美が一蹴すると、翡翠はなるほどと頷いた。


「あなたはただの騎士であるということね」


「私は別に闘いに理由なんて必要ないんじゃないかな?って思える時があるの。戦争をしている兵士たちはきっと理由なんて知らないけれど銃を撃つわ。ヴァネッサだってそうだったんでしょう?」


「あの子は確かにそうだったかもしれないわね。父の行っている事に従って武器を手にしていたのだから…でもあなたは本当にそれでいいと思うの?」


「一発の銃弾がいちいち理由を持って発射されたら、私はそれを避けていいか迷ってしまうわ」


 恵美がそう言うと翡翠は怪訝な顔をする。


「あなた、少し変わったわね」


「私は何も変わっていないわ。ただアーティファクトが悪い事に使われるってことが気に入らないの」


 恵美がグローブを翡翠に見せると、翡翠は「そう」と視線を恵美から外した。


「ユグドラシルレポートを世界中が求めているの。私もその一人。アーティファクト、ゴースト、クリーチャー…そしてDMの全容が記されているとも言われているそれをね」


「ユグドラシル…レポート?」


 恵美が首を傾げると翡翠が頷いた。


「天才、敬介博士が記録したものよ。彼自身がアーティファクターになる前のデータなのだけれど…彼自身もサバイバーになって記憶が飛んでしまっている。彼はそれを収集するために今も行動しているのよ」


「じゃあ、私もそれに協力しないとだねぇ」


 恵美が軽い調子で言うと、翡翠は小首を傾げた。


「なぜ、貴女はそこまで敬介博士に付き従うの?まるで信仰を持つ修道女のように」


「あーあー、そういう表現は似合わないなぁ」


 恵美がおかしくて笑いが止まらなかった。翡翠の表現はいちいち面白いと思える。けらけらと笑う恵美に翡翠は顔を顰める。


「人って言葉にしないと分かりあえないのに、自分の決めた事を人に話さないんだよね。お兄ちゃんってそういうところあるから、どんどん人と離れて行っちゃってね」


 恵美の知っている敬介、とはそういう人間だった。


 頭の回転が速すぎて周囲が付いて来れず、一人で研究を重ねて結果を積み上げていく。彼の言葉を理解出来ない連中は、敬介を天才という一つの別な生き物として離れて行った。


 そんな敬介が寂しそうに一人で研究をしている姿を何度も見た事があった。また何かをしていると思ったが、今にして見れば敬介は毎日何かの研究を自分の部屋で行っていたのだ。


「私、最近は部活動とかで忙しくて、お兄ちゃんとまともに話もしてなかったけど、お兄ちゃんはいつも自分の作ったものとかで私を驚かせたり楽しませてくれたりしたんだよね。たった一人のお兄ちゃん。まぁ失敗とかもたくさんしてて、大変だった思い出もあるけど、そのお陰でお父さんとかお母さんがいなくても寂しくなかったんだ」


「だから…恵美は敬介博士の手伝いがしたいの?」


「だからって言うか…うん、そうなるんだと思う。でもお兄ちゃんはああいう人だから、私は私、別のことをしろって考えてくれるんじゃないかな」


「よくわからないけど…」


「わからなくていいよ」


 恵美は翡翠の頭に手を乗せると、微苦笑していた。


「お兄ちゃんがやることに無意味な事なんて一つもなかった。今回のオペーレーションホワイトなんとかって言うのも、きっと意味があることなんだと思う」


「ホワイトアウト。アーティファクトを広範囲連結させてその範囲内を相転位させるの。相転位後はさら地しか残らないと思われているわ」


「うわ、凶悪。でも悪い事をしている人をやっつけるんだから、仕方ないよね?」


 翡翠は恵美の屈託なく笑うその表情を見てぞくりとした。


 普通、恵美の歳にもなればそれがどういうことなのか理解できるはずだった。一定の範囲を全て消すとなれば、使い方を間違えれば一般市民も多く巻き込まれる可能性がある。研究施設のみを標的として実行されるはずのそれだったが、その中には自分が抹消されるなどという事実さえ知らずに、普通に研究を続ける科学者もいるかもしれないのに…。


 純真無垢に笑う恵美。翡翠は自分も同じように笑えるのだろうか?と思ったがもう不可能だろうとどこかで諦めた。


 善悪が恵美の中ではっきりと定められていて、今回消されるのは悪だと認定されてしまった。それは恵美の中の絶対正義が決定した善悪。もうどうすることも出来ない。


「私は国には戻らない」


「いいでしょう。サボタージュはヴァネッサ、恵美で行ってください。敬介博士は顔が知られ過ぎているので今回は難しいでしょうし、私や萌では年齢の問題がありますからね。あと…」


「わかってる。ヴァネッサが裏切ろうとしたら処分するね」


 恵美がはっきりと断言して翡翠は息を詰まらせた。


 この人は…いったい何者なのだろうか。



 ◆◆   ◆◆


 ロアナード研究特別区

 十八時三十分


 恵美とヴァネッサは早い方がいいということでアラスベート領とロアナード領の沿岸沿いで倒れてアラスベート兵士が巡回して来るのを待ち、そこで回収された。


 ヴァネッサの部隊章のお陰で恵美とヴァネッサはすんなりとロアナードの研究特区に入り込む。ここまでは特に問題がなく、ヴァネッサは恵美を自分付きの補佐官に素早く情報操作した。


 ヴァネッサに与えられた私室のコンピュータでヴァネッサが恵美の個人情報を操作して、ようやく一息入れる事が出来た。


「恵美はコンテナ船で負傷していた義勇軍の兵士ということになっているけど、今回の功績で正規軍に上がれたわ。おめでとう、恵美軍曹」


「ヴァネッサ少佐の好意に感謝しますわ」


 恵美が冗談交じりで言うと、ヴァネッサはため息を着いた。緑色の軍服を着た二人は年齢こそ若いが立派な兵士に見えなくもない。そもそもこの国では十五から新兵加入が可能なので、二人が出歩いていても見目では目立つ様な事はなかった。


「それじゃあ恵美軍曹、研究施設内を案内するから着いて来て」


 ヴァネッサに言われて二人は部屋から出ると兵士たちがヴァネッサを見て敬礼した。


 屋内を歩いていてわかったことはヴァネッサはかなり地位が高い様で、他の兵士たちが敬礼をして道を譲ってくれた。


 宿泊施設から出ると車が横付けされて、運転手がヴァネッサに敬礼する。恵美とヴァネッサがジープに乗り込むと、車が発進した。


「物資強行回収作戦、御苦労さまです。殲滅された部隊には誠に残念ではありますが、暴走したアーティファクトを破壊、船舶を完全に撃沈したことで我が軍の機密が漏れる様な無様な醜態を晒さずに済んだ事は一定の理解を得られるでしょう」


 運転手はそう言うとヴァネッサは「そうね」と沈痛な面持ちで呟く。自分以外の仲間が全滅したことはぬぐい去れず、ヴァネッサは素直に自分が称賛されていることを喜べずにいる。


「軍曹、貴様も喜べ。ヴァネッサ少佐のご意向でこんな場所を見せていただけるのだ。これが我が軍の最新設備だ」


 ジープが止められてゲートに四人の警備兵がいることを確認して、恵美とヴァネッサがジープから降りて通行証を見せる。ゲートが開いて二人は中に入ると恵美は病院の様なその光景に思わず頭痛がした。


 元々病院の様な場所は子供のころから苦手で、恵美はあまり近づかないのだが、今回はその中に入り込まなければ意味がない。エントランスホールからエレベーターに乗って三階に上がり、ヴァネッサが全体監視室に入ると監視員たちが全員敬礼した。


「御苦労さま、異常はない?」


 ヴァネッサが尋ねると兵士たちが「異常ありません」と答える。


「地下研究施設の監視は別系統、ここからは地上施設の監視しか出来ないの」


 ヴァネッサがそう小声でそう言うと、恵美は素早くコンピュータを眺める。怪しまれない程度に誰が一番手軽にだませそうかを判断すると、コントロールパネルの前にいるやぼったい感じの青年を発見した。


 眼鏡をかけた青年は少し太っていて、どんくさそうだった。恵美はその青年の近くに寄って肩を叩くと、青年は怪訝な顔をしていた。


「あなた、名前は?」


「はっ、私はジャン伍長であります」


「監視作業は大変かしら?」


 恵美がコントロールパネルに腰掛けて短いスカートからすらりと伸びる脚を組んで見せると、ジャンは恵美の足元に視線が釘付けになっている。


「ん?聞いてるんだけどなぁ?」


 恵美がくすり、と笑うとジャンは「はっ!」と顔を真っ赤にしてどぎまぎしている。


「問題が無ければ特に…八時間おきの交代なので特に苦労していると言うわけではありません。特務隊であられる貴殿やヴァネッサ少佐殿に比べたらここは楽園の様なものだと思っています」


 彼なりの冗談だったのだろうが、他の兵士はやれやれ、と自分の作業に戻り、恵美は周囲の視線がこちらから離れたことに気付いた。ヴァネッサは監視室長と何か話をして注意を逸らしてくれている。


「これ…どうやって操作しているのか教えてくれない?」


 恵美がふっとジャン伍長に顔を近づけてモニタを見ると、ジャンは緊張した面持ちでパネルを操作する。


「これを…こうして」


 モニタが切り替わって様々な部屋の状況が映し出される。その様子は恵美のヘアピンを通して翡翠と萌に送られていた。



 ◆◆   ◆◆


 同時刻

 指揮車内


 恵美から送られて来る情報を翡翠が解析して敬介に渡すと、敬介は面白くなさそうな顔をしていた。


「お前、絶対に良い死に方しないぞ?」


 翡翠はそう言われてふん、と小生意気に笑う。


 本来はヴァネッサと儚が内部に潜入する予定だったのだが、敬介の耳に入ったのは既に恵美とヴァネッサが行動を開始しているという話だった。


 詳細を突き詰めると、翡翠による作戦の先行で正悟も聞かされていなかったらしい。敬介と正悟は慌てて二人を呼び戻そうとしたが。強行偵察チームが向かった時には既に恵美とヴァネッサは回収された後だった。


「恵美はサボタージュとかには無知だ。どうするつもりなんだ?」


「どうするもこうするも…ヴァネッサは情報に精通している人間ですからね。あの子が主導で行ってくれるでしょう。ヴァネッサ自身も父親の行動に不審な点があることで色々と周辺を嗅ぎまわっていたようですから」


 敬介は自分の知らないヴァネッサの素姓を聞いて「そうか」とだけ呟く。


「データ、受信開始しました」


 オペレーターがそう言うと、敬介は頷いた。



 ◆◆   ◆◆


 恵美、ヴァネッサ

 施設監視室


 恵美がUSBポートに差し込んだ小型機械がデーターを送信している間、ヴァネッサは正直はらはらしていた。


 こんなに簡単に自国のデータが盗み出される様なことがあるとは思っていなかったのだし、逆にここで見つかってしまったりなどしたら大変な事になってしまう。


 複雑な心境のままデータ転送が完了すると、恵美は「がんばってね」とジャン伍長の肩を叩いてヴァネッサに近づく。


「鋭意警備に励んでください」


 ヴァネッサがそう言うと、恵美と共に監視室を出る。そのまま階段で四階に上がる。ここからは緊張が続いた。


 上級士官のみが入る部屋で、平時なので誰もいないことを確認してヴァネッサと恵美は素早く拳銃を抜いてサプレッサーを装着、階段から移動してアイラックの執務室のカギを破壊して中に無音で飛びこむ。


 無人の部屋を確認してヴァネッサはコンピュータを素早く起動してファイルを次々と敬介の元に送る。恵美はその様子を隣で見ているとモニタに映し出されたその様子に唖然とした。


 化け物が人間を食らっている様子やアーティファクトのコアユニットを体内に入れて強引に発動、クリーチャーを人工的に製造している様子がモニタに表示され、全てアイラック技術将校承認下の実験であることが伺えた。


「この真下で今も…人の命が弄ばれているのね」


 ヴァネッサ自身もそんな予感はしていたのだが、ここまで大胆な行動に出る事は出来なかった。


「ユグドラシル断章…欠損データの修復に成功…。これを期に研究は一段階先を見る事に…」


 恵美がデータ転送率が六十パーセントを超えたことを確認すると、ドアの金具が吹き飛んだ。自分たちが侵入している事がばれて衛兵を呼ばれたのだろう。


「ヴァネッサ少佐殿!危ないっ!」


 恵美はそう言うとサプレッサーを外してヴァネッサを突き飛ばし、窓に向けて発砲する。ドアを押し倒すようにして衛兵と将校が入って来ると、恵美が矢継ぎ早に叫んだ。


「外に不審な人間が出て行った!」


 衛兵はそれを聞いて窓から外を見るが誰もいない。当たり前だった。


「何があった、説明しろ」


 恵美がヴァネッサに手を差し出して起こすと、白髪の体格のいい人物がヴァネッサと恵美を睨みつけた。


「つい先ほど、不審な人物が一名、こちらに上がったのを発見いたしまして、追尾したところ、この部屋の鍵が破壊されていまして、侵入者を拘束しようとしたところ銃を向けられ、発砲しましたが逃走を許してしまいました」


「なるほど、貴殿の機転に感謝しよう」


「何か持ち出されていないか確認します」


 ヴァネッサがコンピュータを操作してデータ転送が終了している事を確認してその痕跡を消し、恵美もコンピュータの周囲を確認する振りをデータスロットからカードを引き抜き、それを胸ポケットに隠した。


「ヴァネッサ少佐、君の活躍は著しいな。そちらの軍曹も今後の活躍を期待する。衛兵!逃走者を追え!」


 男はそう言うと足早に部屋から出て行く。


「あなた…こういう仕事向いてるんじゃない?」


 ヴァネッサが深く息を着いて安心すると、恵美は「そうかなぁ」と苦笑する。とっさの思い付きだったがこんなにうまくいくとは思っていなかったために、少しばかり驚きだった。


「今の人は?」


「軍事監察官よ。ラージェス中将。隊内の汚職とかを監査する人ね。少なくともここは何度もスパイが入り込んだりしているから調べているみたい。あなたも気を付けてね」


「へぇ…」


 あまり近づかない方がいいかもしれない、と恵美が思うとヴァネッサが苦笑した。


「中将も部下である私が裏切ったなんて知らないでしょうけどね。アイラック…私の父も非人道的研究を進めているのではないかって睨んでいたから、あの人は優秀よ。正解だったもの」


 ヴァネッサがどこか寂しそうに言うと、恵美は「そうだね」としか言えなかった。


「あの人は今の軍事事情をよくは思っていないから変革を望む一派だと言われているわ。味方になってくれれば心強いのだけどね」


 ヴァネッサはコンピュータの電源を落すと恵美の携帯電話がポケットの中で震えた。


「オペレーションホワイトアウト、作戦準備段階に到達、速やかに避難せよ」


 恵美がメールの文面を読み取ると、ヴァネッサは「いってらっしゃい」と恵美に手を振った。


「待って、あなたはどうするの?」


「私が協力するのはここまでのはずよ。私は祖国を裏切らないわ。軍に残ってこの腐敗した体制を内側から崩すの。民衆に望まれた軍部を取り戻して見せる」


 ヴァネッサがそう言いながら恵美に手を差し出した。ここからは別の道なのだ…と。ここまで腐敗し、汚職が進んだ国を蝕む軍部を再構築するのは至難の技だろうが…そうすることが自分の償いだと思えた。


「ありがとう、あなたの勇気ある行動が私を後押ししてくれるわ」


「いいえ、私もあなたが居てくれたから、私の戦う理由が分かった気がするの」


 二人が握手すると、翡翠が窓からひょっこりと顔を覗かせた。


「撤退するわよ、恵美。私が責任を持ってあなたの撤退を援護しないと敬介博士に静止衛星軌道まで撃ち上げられてしまうわ」


「あら、そこから私たちを見守ってくれるんじゃないの?」


「それはごめんよ」


 翡翠が呆れる様に言うと、恵美は苦笑する。翡翠の協力がなければここまで来る事も出来なかっただろう。


「アイラック・シューベルの研究は私の手で終わらせる」


「微力ながらお手伝いしましょうか?少佐殿」


「短い上司と部下の関係だとは思っていたけど、頼めるかしら」


 ヴァネッサが拳銃を片手に部屋から飛び出し、恵美もその後に追従すると翡翠も黙って二人に追従する。


「一発目、カウント」


 スリー、ツー、ワン…。


 翡翠がカウントダウンを始めるとずんっと腹の底から爆発する様な音が響くのと同時に警報があちこちから鳴り響く。


「外輪施設に発動を確認、見る?」


 翡翠が尋ねるとヴァネッサと恵美はそのまま廊下を走って階段を降りる。兵士たちが我先にと外に駈け出して行くのとは逆に、ヴァネッサと恵美、翡翠は地下に通じる階段を下った。研究者たちが慌てて階段を駆け上って来るが、ヴァネッサの姿を見るや否や逆方向に走り出す。


「ヴァネッサ少佐、この通路はなんだ」


 ラージェス中将が逃げ惑う学者たちの間からヴァネッサを見つけて尋ねると、ヴァネッサが敬礼した。


「我が父の…決定的な軍部造反の証拠です」


「わかった。ヴァネッサ少佐、そちらの軍曹も私に続け。外の騒ぎは任せるとしよう…。そちらのお嬢さんはなんだ?」


「気になさらないでおじさま。仕事の邪魔はしないわ」


 翡翠がラージェスに言うと、ラージェスは一瞬だけ不審者を見る様に翡翠を見下ろしたが、翡翠の手にしている免罪剣白鴎を見て頷いた。


「アーティファクター部隊出身か?どこに所属しているか知らんが…アイラックの研究は外に出すわけにはいかん。それを心しておけ」


「了承」


 翡翠が短く同意するとラージェスは力強く頷いた。


「軍曹!先行しろ!」


「えー」


 恵美はラージェスに言われて階段を降りようとすると「待って下さい!」とどこかで聞いた事があるような声に恵美たちが振り向いた。


「ここから先のセキュリティは少しばかり難解なんです!恵美軍曹!」


「あ…ジャン伍長だっけ?」


「はい」


 ジャン伍長は嬉しそうに恵美の前に立って銃を抜いて先行を始める。なぜここに来たのかはわからないが、とりあえず一緒に来るようだ。


「ジャン伍長は私の部下だ。気にするな」


 恵美はラージェスに言われて「はぁ…」と呟く。内偵諜報員なのだろうが、先ほど恵美にしてやれたことなど知らずに、なぜか張りきっているジャン伍長に恵美は悪い気がしてならなかった。


 いくつかのセキュリティを回避するジャン伍長の手際は見事なもので、逃げる学者たちの姿もいつの間にか見えなくなっていた。


「軍曹!伍長!データは全て処分して構わない!爆発物をセットしろ!」


「もってねーわよ」


 恵美が憮然とするとジャン伍長がバックパックからC4パックを取り出して火器厳禁と書かれているパイプにセットしたりする。地下三階まで辿りついたが隔壁が下りていて研究施設は全く見えない状態になっていた。


 襲撃を受けてもここに収容されているクリーチャーなどを解放する事はない、ということなのだろう。


 もしかして…こういうことが予想されていたから敬介お兄ちゃんはオペレーションホワイトアウトを…?


 恵美が敬介たちが跡形もなく消すという判断をしたのは、こういう最悪の事態を察知していたからなのかもしれないと思うと納得できた。


 地下管制室に入ってジャン伍長がコントロールパネルを操作しているのを恵美が見下ろしていると、ラージェスが腕を組んで恵美と翡翠を見た。


「貴様ら…敬介の関係者だな?」


「否定はしないわ」


 翡翠がそう言うと、ラージェスは懐かしそうに頬を緩ませた。笑っているのだ。


「あの人たらしめ、ヴァネッサまで取り込むとはな。ジャン伍長、これから貴様は記憶喪失になるいいな?」


「はい」


 ジャン伍長はコントロールパネルを叩きながら次々とデータを破棄しい、ヴァネッサもそれを手伝うために隣のコントロールパネルに座り、データの破棄と実験対象の廃棄を決定する。


「利樹、癒杏が十三機関の回し物だと気付いた時には奴らは既にオペレーションホワイトアウトというものを要請していた事はこちらでも調査が済んでいる。問題は汚職問題の首謀者はは俺たちの誰がこんなことをしているかだったんだが…コンテナ船の一件でことが公になってな。聞けばアーティファクト部隊が送り込まれたと言うじゃないか…調べて見たらこの騒ぎだ…。私は後手に回り過ぎたようだな」


 ラージェスはため息を吐くと恵美はこの人も聡明な人なのだろうと思えた。


 ここにいる人間は国籍も違えば目的も違う筈なのに、だからと言って敵だと判断しない。そう言う事が出来る人間は総じて聡明な人間だと思える。


「あの小僧は大きくなったのか?」


 恵美は尋ねられて小さく頷くとラージェスは満足したように頷いた。


「ワンブロックだけ、実験施設がロックされています」


 ヴァネッサが報告するとラージェスが眉を潜めた。


「それはどこだ?」


「最奥区画の実験区画のようですね。ここだけは管理が別系統になっていて何の操作も受け付けません」


「監視カメラはどうだ?」


 ラージェスが尋ねるとジャン伍長がキーボードを素早く叩く。


「ちょっと待って下さいね…。ここを、こうして、ポンと」


 ジャンがビンゴ!とエンターを押すとモニタに一人の女性が映し出された。


 二十代前半の女性の顔にヴァネッサが驚愕する。


「ヴァネッサ…?」


 恵美はヴァネッサに良く似た女性の顔が表示されて目を丸くすると、翡翠は「そういうことなのね」と呟いた。


 蒼いシリンダーの中に女性が横にされて眠っていて、氷漬けにされていた。


 コールドスリープされたその女性の隣に中年の男性がそっと愛おしげに手を当てている。その男性ことがアイラック・シューベル当人だった。


「アイラック・シューベルを捕縛する」


「それは私が」


 ヴァネッサがそう言うと、ラージェスは少しだけ戸惑うように「むぅ」と唸った。


「然るべき場合は射殺を許可する」


 ラージェスはヴァネッサの心境を汲んで、そう言い放った。

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