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小悪魔な人がいいって言う人に聞きたいけど、結局悪魔がいいのか小さい子がいいのかどっちなの?え?どっちでもないの?

アーティファクト:アルカナ歴前から存在があることは確認されているが製造法などは不明の精神感応と身体強化を施せる装備。マスター登録されてしまうと本人以外は本来の性能を発揮することは不可能で、死亡したときにマスター登録は解除されてしまう。


アルカナ歴:西暦とアルカナ歴の切り替わりは大規模地殻変動ともDM現象が発生してから、ともの見解があるが、詳細は不明。


クリーチャー:ゴーストの集合により強力に体組織を組み替えた存在。基本形は人間の形をしていないが、確認されているクリーチャーは植物系や海洋系も存在することから多様性が認められている。また、固体からクリーチャーに変異する場合、他のクリーチャーよりも高位であることが多く、人単体のクリーチャーの場合は人型をしていることがある。


千石って十八でさなえと婚約関係にあるのに結婚してない理由は案にまだ一人前ではないから、という理由で結婚してないんですよ。だって学生結婚てなんか将来不安じゃん?さなえさんは無免許です。え?どうでもいい?

それではどうぞ。

 本当に恵美とさなえ、三咲は仲が良いのだろう。こんな状況でも楽しそうに話が出来るのだから…萌にして見ればそういう友人は哀しくなるほど羨ましかった。


 友人同士で、先輩後輩で話す恵美、三咲、さなえ。方や武器を持って街中を常時徘徊し、人類の敵を討つだけに生きている自分。


 この差は自分がゴースト化した時から始まったものだった。


 もし、自分が普通の女の子で、両親を手に掛けなければどうなっていたのか、とさえ最近感じるようになったのは、恵美と知り合ってからだった。


 スクランブル交差点でアーティファクターの弱い力を感じて接近し、恵美が自分の瞳の色に気付いた。オッドアイの自分に驚いた恵美は確かに…隠してはいたが自分と同じだとすぐにわかった。


「萌ちゃんも一緒に来る?」


 恵美が黙っている萌に気付いて尋ねると、萌はきょとんとした。


「一人なんだよね?車があると移動するの楽だよ?」


 三咲にも言われて、萌は小さく頷く。


「萌ちゃんがいればゴーストとかも対処しやくすなるし、こっちとしては安心なんだよ」


 恵美が軽い口調で萌がいると心強い、と言ってくれる。萌からしてみれば、戦力としてしか見られていない様な気がした。


「…のくせに」


 萌が不満そうに呟くのを恵美は聞いてはいなかった。


 ぎり、と断罪剣黒牙を握る手に力が入る。


「あっ!」


 三咲が声を上げて指差すと、道路を横断する形でオレンジ色の火の玉がふわりと三人のかなり遠くを移動して行く。


「ひっ」


 萌がびっくりして恵美に抱き付くと、恵美は顔をうずめる萌の頭にそっと手を乗せる。


 …守ってくれるんだ。


 萌は恐怖している自分を優しく包む込む様な温かさを知って、ふとそう思った。


 クリーチャーのくせに…。


 クリーチャーは敵で、自分の両親を殺すきっかけを作った存在だ。討たなければならない。


 萌はそう思っていたし、そのために自分自身をここまで追いこんでいたのに。


「大丈夫、行っちゃったみたい」


 恵美がそう言うと、萌は恵美からすっと離れた。


「本当に怖いんだねぇ」


 三咲が興味津々に萌を覗きこむようにして見て、萌は恥ずかしいのか顔を背ける。


「追いかけるにも…まずいな」


 恵美と萌が周囲を見回すと、霧が足元に立ち込め始める。翡翠との距離が離れた証拠だった。


「恵美、三咲、乗りな」


 ちょうど千石の運転する車が横に止まり、三咲、萌、恵美が乗り込んだ。


 三咲と恵美の間に座っている萌が剣を縦にしているのを見て、千石がルームミラーにでんと映るそれを見て失笑する。


「それ、しまえないのか?」


 千石が車を発進させてからしばらくして尋ねると、萌がきょとんとしている。


「戦闘行動中に武装解除する道理がわからないよ」


 萌の理論ではそう言うことらしいが、明らかに車内でクレイモアの剣が置かれている事は不思議だった。


 これではすぐに政府関係者と言えども事情を聞かれてしまうだろう。


「センパイ、火の玉見たんですけど…」


「あら」


 三咲の報告にさなえが「そうなの?」と驚いた。


「でも霧も出ちゃったし、調査続行するのも危ないと思います。どう思います?」


 恵美が千石とさなえに尋ねると、二人はしばし黙考している。


「霧がまた再噴出しかたから、その火の玉が消えるってわけでもないんだろ?」


「わかりません」


 千石の質問に三咲が正直に答えると「まぁ、そうですわねぇ」とさなえが苦笑する。わからないから調べに来ているのだ。


「火の玉のほうの現象は本局の方でも噂は届いてるけど、原因は不明だよ」


 萌が口添えすると、千石が「お」と反応する。


「じゃあこれを解決すれば俺たちも調査員として一人前だな」


「え?そんなことのために危ないことしてるの?」


 萌が少なからず驚いたのか、目を丸くすると恵美が「うん」と苦笑した。


「早くお兄ちゃんや萌ちゃんみたいに一緒に調査できる力があるって認めて欲しくてね」


「えー」


 萌が唇を尖らせて不満そうな声を上げると、三咲が「ああー、かわいい」と萌を抱き締める。剣がぐらりと揺れて萌が慌ててそれに手を伸ばしながらも三咲の思うがままにされていると、恵美は二人を見て姉妹みたいだなぁと苦笑する。


「調査続行するなら、目撃者の多いところの方がいいよ。スクエアタウンに行った方がいいかも」


 萌の言葉に千石は「そうだな」とハンドルを回して車はスクエアタウンに向かう。


 三角形の中央が空洞のマンションが立ち並ぶスクエアタウンは高層ビル街でもある。日照権で揉めに揉め、中央を空洞にして反射板を利用して太陽光を取り入れる事に成功した新しい住居様式がここでは一般的でもある。問題は火災が発生した場合、煙突の効果があるとされ、今ではそれも見直しが図られているとか…。


「一階、二階がペナントで、三階からが居住区画なのか」


 千石はゆっくりと車を運転して周囲を見回していると、対DM装備のパトカーが回転灯を回しながら街の中を徘徊していた。


「国家の戌が」


 千石が舌打ちすると恵美と三咲が苦笑する。パトカーを見ると毛嫌いする人間の心情はよくわからないが、とりあえず嫌いらしい。


「ここ、うちの近くなんです、あそこがペットショップで最近流行りのねこうさがかわいいんですよー」


 今はシャッターが閉じているが、看板にぺっとしょっぷと平仮名で書かれていて、何とも可愛らしい犬だか猫だかの絵と足跡が付いている。ねこうさ、とは猫の耳が少しだけウサギの様に大きくなっているとか、うさぎの顔で猫だとか…そんな変なやつだったりもする。


 目撃情報が多いだけあってここは人の生活空間だ。人口が異様に密集しているために片側一車線の道路の脇には落葉樹が十メートル間隔で植えられて、緑を確保していた。


 新開発地域ではないにしろ、早期から都市部に緑を、というスローガンのもとに設計されただけあって、近くには公園も存在している。


 千石はここで待つか、と車を止める。


「無暗に動いてもこの霧の中じゃ遠くは見えないしなぁ」


 千石の言うとおり、まるで我慢していたように濃霧が先ほどよりも一層濃くなった様な気がした。


「大丈夫、霧が濃ければ濃いほどゴースト化は進んじゃうけど…向こうもこちらに気付かないから」


 萌がそう言うと三咲は「そうなんだぁ」と窓に顔を近づけて外を見る。


「…センパイ、ゴーストって見た感じどんなんです?」


「ゾンビみたいなのもいれば、普通の人みたいのもいるらしいよ。浸食が進めば進むほどゾンビみたいになっちゃうみたいだけど」


「あんな感じですかねぇ」


 三咲が指した先を見ると三人の人影が歩いていて、千石がブレーキをかける。


「…確認してくる」


 萌が三咲を押しのけるようにして車外に出て行き、さなえが銃を握って車内から飛び出した。万が一、と言う事もある。


「三咲は出るなよ」


「はい」


 千石に念を押されるように言われて三咲は返事をする。


「ちょっと」


 萌が三人に話しかけると、三人とも若い男女だったが、すぐに様子が豹変した。萌目掛けて中央の男が覆いかぶさる様にして両腕を広げる。


 だんっと眉間部分にさなえの弾丸が撃ち込まれて中央の男が仰け反るようにして倒れ、隣にいた女が手を広げてさなえに肉薄する。さなえは一歩後ろに下がって腰のホルスターに銃を戻しつつ、真槍混白夜を取り出して、三節混でもある真槍混白夜を引き延ばして捻り、ロックする。対象に対して左右上下に胴部分で打ち当て、顎に目掛けて突きを入れると、女性の左目から後頭部にかけて真槍混白夜が貫通、さなえは真槍混を引き抜くと、血のりをピッと真槍混白夜を振り回して振り払う。


 萌も同じころには二人の男を斬り払い、三人のゴーストが処分された。


「さなえ、強いね」


 さなえの迷いのない行動に萌のほうが驚いた。ゴースト化してしまっていっても、今のは見目普通の人間と変わらない。それを討つというとやはり心の準備が出来ていないと素早く行動は出来ないはずだった。


「ゴースト三体…処分。ご冥福をお祈りいたします」


 さなえは両手を合わせると、萌も同じように習う。特にどういう意味があるのか現代人にはわからないが、そうする必要があるような気がした。


「あれ…」


 萌が視線を落すと、遺体がサークルに変化して、その後にオレンジ色の光が生まれてゆらゆらと揺れる。


「っ」


 萌が思わず身構えると、その三つの炎が同じ方向に向かって行く。


「車へ…追いかけましょう」


 さなえに言われて萌が頷くと、素早く車に乗り込んで移動を始める。


 三つの拳大の炎がゆらりゆらりとまるで遊んでいるように場所を入れ替えながらゆっくりと移動して行くのを見て、千石は首を傾げた。


「まるで…招待されているようですね」


 誰もが思った事をさなえが代弁するように言うと、千石は「ああ」と目の前の怪奇現象にも慣れて来て欠伸を一つする。時速三十キロ程度の速度でのろのろと移動するのは少しばかり辛かった。


「突っ込んだらどうなるのかな」


「爆発したりして、ドン」


 千石に三咲が楽しそうに言う。だがそんなことになったら洒落にならない。


 萌は後部中央席で一番炎が見える位置に居ながら恵美に必死に抱き付いていて、前を見ようとはしていなかった。


「萌ちゃん、あれもDM現象に関係してると思うんだけど…怖いの?」


 恵美が尋ねると萌は何かに気付いたように前を見て火の玉を観察し始める。お化けは怖くてDM関係だとそうではないらしい。ゴーストから出現したのだから、明らかにDM関連の事象だということにさえ気付かなかったのは、単に怖かっただけなのかもしれない。


 お化けもゴーストも同じだと思うんだけどなぁ。


 恵美はそう思うと未だにどうしてあの襲いかかって来る人間をゴーストと呼ぶのか理解出来なかった。ありていに言って…あれはゾンビなのではないだろうか?


「トンネル?」


 三つの炎を追いかけて行くと、トンネルの入り口に到着した。炎はそのままトンネルの中に入って行ってしまう。


「DMもそこまで濃くはないですね。足元にうっすらある程度、でしょうか」


 その状況に恵美は学校で起きた流入事件を思い出して嫌そうな顔をすると、千石がドアを開いた。


「これくらいなら問題ないんだろう?ちび譲ちゃん」


 千石が外から尋ねると、萌は小さく頷いた。


「三咲でもたぶん大丈夫。それに三咲は守りの鈴持ってるでしょ?」


 萌がそう言うと、三咲は自分の首に結わえられている鈴を左手で撫でる。


「それもアーティファクトで…萌みたいな普通の人を守るためのものだから、大丈夫だと思うよ」


 萌がそう言うや否や、三咲が外に出てしまい、慌てて恵美も外に出る。


「そう言う事は早く教えてくれないかなぁ」


 恵美が呆れるも、萌は首を傾げる。まるで聞いてくれないから教えなかったと言われている様な気がして、恵美は呆れて何も言えなかった。このくらいの年頃の少女は少しばかり扱い難いのかもしれない、などと年寄りじみたことを考えてしまう。


「私それに前、第五段階、レベルⅤかもって言ったよ」


「それ…気になったんだけどさ」


「話は後です、追いかけますか?」


 さなえが千石に尋ねると千石は自分が調査しようと言い出したので決定しなければならない事に気がついた。


「こういう異常な事態ですから、統率力を兼ねて千石さんと恵美さんが物事を決定してください。萌さんも余りに危険だったら二人を止める事、いいですね?」


「なんで私が…」


「いいですね?」


 萌が不満な声を上げるとさなえが威圧をかける。萌は「うぅ」と小さなうめき声を上げながらも頷いて首肯した。


「このトンネル、お化けトンネルって言われていて地元の人なら知ってるけどあまり近づかないんですよ。ほら…なんだか隠されてる様にも見えません?」


 三咲が指を指すと、確かに周囲は緑で茂っていて、傍から見たら簡単には気付かない様になっている。それに加えて、レンガ造りの細い通路は車では到底出入りできず、人が二人並んで入るのがやっとの広さだった。


 明らかに異質なそのトンネルはナビにも詳細は乗っておらず、入り口の記号すらなかった。


 忘れ去られた路。


 そんな表現がぴったりのトンネルだった。


「俺は調査したいけど、車で待機していたい奴は残ってくれて構わない」


 千石がそう言うと、恵美は「そうだね」と頷く。深夜時間帯でしかもこんな危険な場所に赴くのだ。中は真っ暗で暗いし、何があるかわからない。これ以上は興味本位で行動できる範疇を超えている様な気がした。


「私は行きます」


 恵美が言うと、全員が次に萌を見た。


「私も行く…。だけどここは分散するよりも集団で歩く方がいいよ。自分たちからパーティを分断するほうが危険」


 萌の意見にさなえが「なるほど、そう言う事ですね」と頷く。


「敬介お兄ちゃんならどう言うかわからないけど、こういう団体行動は全員、慣れてないでしょ?私も慣れてない」


 萌が単独行動が多かった事を打ち明けると、三咲が「へぇ」と呟く。


「私も行っていいの?」


 三咲に尋ねられて、萌が頷いた。


「三咲は恵美と私で守るから、大丈夫。だよね?恵美」


 恵美はそう言われて自分を指差す。


「恵美は傍にいるだけで、守ってくれる気がする。だから、私は恵美が好き」


「へ?はぁ?」


 恵美は突然、好きだの言いだされて驚くと、さなえがくすりと笑う。


「信頼されてますね、お姉さん」


「信頼、なのかなぁ」


 恵美は複雑な気分になって頭を掻くと、おっさんみたいな反応だな、と千石が苦笑する。


「んで、三咲は行くのか?」


「ええ、なんか事件の匂いがしますよぉ?」


 三咲が目を輝かせてそう言うと、さなえは「じゃあ、警護する必要もなさそうなので、私も行きますか」と言った。


 千石、さなえがトンネルに入り、続いて萌、三咲、最後に恵美が入った。


「…なんだこれ」


 トンネルに入った直後、全員がその異様な明るさに目を細める。目を凝らせば何となく通路が分かる程度に壁にかけられたランタンのような光が道を照らしているのだが、その燃料が不明だった。


 松明の明かり、火祭りの様な真っ赤な炎が焚かれている通路を進む。周囲は岩肌がくり抜かれた様になっており、ひんやりとしていた。


「さなえ…気付いたか?」


「ええ」


 千石とさなえが二人で話をしているのを恵美は耳を大きくするようにして聞いた。


「あれは火薬か何かでこじ開けようとした跡がありますね」


「結構古いモンだな。三年か、四年前」


 どうしてそんなことが見ただけでわかるのか、恵美にはわからなかったがそう言う事らしい。あそこは塞がれていて、今は空いていると言う事だ。


「この様子だと海と反対の山間部…霊峰と呼ばれるピクシーレディエルに向かってるな」


「距離としては五キロ程ですか…。そこまで続いているかわかりませんが…」


「標高六千メートル級の山間部には貴重な鉱石資源がある。それを目指して掘られた坑道なのかもしれない」


 恵美はその話を聞いて、地味に通路が斜面になっているような気がした。


「恵美?」


 少し距離が遅れてしまい、萌が恵美に気付いて振り向くと、三咲も同じようにして恵美を見た。


「大丈夫です?」


「え?」


 三咲に言われて恵美が思わず首を傾げる。大丈夫か?と尋ねられるほど二人との距離が開いていた。


 普通に歩いているはずなのに、足が重たく感じる。


「三人とも、疲れちゃいましたか?」


 さなえに尋ねられて、恵美が速足で萌と三咲に追いつくと、二人が首を傾げる。恵美の顔色は明らかに悪かった。先ほどまで普通だったのに今では真っ青というよりも真っ白になりはじめ、血色が明らかに良くない。


「引き返しますか?」


 三咲が心配そうに尋ねると、千石とさなえも足を止めた。


「夜間にしかもこんな歩きにくい場所を歩くのは辛いでしょうね…。後日昼間にでも来る事にしますか?」


 調査したいと言い出したのは千石でも、恵美と一緒でなければ意味がないとさなえが進言すると、千石も「そのほうがいいかもな」と呟く。恵美は迷惑はかけられない、と思いつつも流石に辛さは隠しきれなかった。


「私と恵美だけ戻ろうか?」


 萌が優しくそう言ってくれるが、恵美は首を左右に振ってそれを拒否する。


「大丈夫、行けます」


 恵美がそう言うとさなえは「うーん」と困った様な顔をする。


「無理しないで、本当に駄目になったら言えよ?おぶってでも連れて帰ってやる」


 千石が恵美の意思を尊重するように言うと、恵美は「ありがとうございます」と答え、五人はそのまま通路を進む。


 どこからか水の様な音が聞こえて千石が首を傾げる。


「ああ…そう言うことか」


 奥に進むと通路の左側に水路が設けられており、時折天井から水滴がぽたぽたと流れ、左側の通路に流れて行く。天井から落ちた水滴を集めて流しているのだろう。その終点部分にちょうど生き着いた五人はその穴を見るとぞっとした。


 かなり急流で大量の水がその穴からどこかに流れて行っている。池のように細工されているものの、そこに入ってしまったらまず出ては来れないだろう。その急流の池から一段低くなった場所に水がちょろちょろと流れて水を汲めるようになっていることから、この水を利用していたことも伺える。


 三咲がそれに手を伸ばすと冷たくて気持ちが良かった。


「これ、飲めますかね」


 三咲が首を傾げると、千石が軽く手を浸して口に付ける。


「ああ、変なのは混じってないみたいだな。それどころか軟水で名水、ピクシーレディエルの水だったら…特殊な効果があるとかないとか」


 千石が迷信じみたことを口にすると、さなえが頷いた。


「疲労回復とか言われていますよね?含まれている微量の鉱石成分が身体にいいんですって。熱処理が出来ない分、パッケージングが出来ずに直接こう言った泉に取りに来るしかないそうです」


 さなえに説明されて萌、三咲が感嘆する。


「先輩も呑んでみたらどうです?」


「え?」


 上の空だった恵美が言われるまま水を口に付けると、少しだけ身体が楽になった様な気がした。


「大丈夫か?」


 心配そうに尋ねられて恵美が頷くと、千石は「そうか」とだけであまり信頼していないように頷く。恵美はどうやら無理をするタイプのようで、さなえは知っていたが千石はよく見ておかないといけないのは三咲と恵美だな、と認識を改める。


「先に進むぞ?」


「はい」


 恵美の顔色が多少は良くなったのを確認して全員が先に進む。路は一本道かと思われたが、途中分岐がいくつもあり、とりあえず大きい道を進んで行く。


「明らかに…変わったな」


 千石がその変化に気が付く。今まで地肌が見えていた場所がしっかりとした建造物に変わった。照明もステンドグラス内で焚かれ、ステンドグラスの足場の下には水が流れ、左右対称に窓の様な穴が掘られていて、そこに何か置かれていたような痕跡がある。


「これ…恵美が誘拐された時の大聖堂通路と同じ」


「おろ、そうなのか」


 萌以外は地下通路に入って行った事がないのだが…そう言うことらしい。


「水は流れてなかったけど…ステンドグラスの灯りが入ったのとか、何か飾ってあった様な穴は一緒だった」


「へぇ」


 恵美がその何かが置かれていたような穴に手を突っ込む。何もないのだが、明らかに断面に違いがあり、置かれていたと思われる場所は風化があまり進んでいない。


「がぶっ」


 千石がそう言うと恵美がびっくりして手を引っ込める。


「冗談って恵美さーん?」


 恵美が萌と三咲を押しのけて千石の前に立ち、思い切り殴るとさなえが「当たり前です」と苦笑する。


「んーまぁ…特に何かがあるわけじゃ…お?」


 五人が進んで行くと中央に噴水がある広場のような場所に出る。ドームのようなその中はいつぞやの学校の地下を思い出した。


「なぁ、こういう地下遺跡って珍しくないのか?」


 千石の言うとおり、学校や隣国、そしてここにもあると言う事は珍しくないのかもしれない、と恵美でさえ思えた。まさかこんな場所に、とは思ったが…数多く存在している可能性は否めない。


「定礎…西暦三千八百四年?」


 水が満たされた噴水の中央に男女が手を繋ぎ合い、何やら読めない文字で二文字刻まれている下にある石板の様なものを見て恵美が呟く。


「恵美さん、この文字わかるんですか?」


「え?一応、小さい文字の方は…日本からアメリカへ、復興を願いこれを送る。と彫られていますね。何か大きな災害みたいなのがあったのかも?」


 恵美がきょとんとすると、全員が驚いた様な顔をしている。読めるのか?と言われれば読める。そしてその上に刻まれた小さな文字も呼んだ。


「ジャパスとイングリですよ。古代文字ですね」


 さなえは恵美の博識に驚くと、三咲がへぇーと呟いて石板に触れる。


「今は世界共通語が普及して、昔の文字は使われなくなりましたからねぇ。特にジャパスと呼ばれた文字は解読が難解だったとお父さんが言ってました」


 三咲は「これがジャパスなんだぁ」と興味を持ったように文字をなぞっている。


「定礎っていう名前の人が作ったのかな…。でも違う地方の廃棄都市にいっぱい定礎って掘られてるらしいから、すごい人だったんだねぇ」


 三咲がそう言うと千石は「へぇ」と感心する。三咲が古い建築物に興味があるとは思えず、それだけでも意外だった。


「お父さんの部屋にそういう本がいっぱいあって、色々な世界の遺跡の写真とかあって、いつか行ってみたいなぁって思ってたんですよね。少しばかり形は違っちゃいましたけど、世界じゃなくて自分の国にもこういうものがあるんだって思ったら、ちょっと嬉しくなっちゃいました」


 三咲が一気に喋りたてると千石が「そうかそうか」と勢いに押されて後ずさる。


「でも…ほとんどの遺跡は盗掘とかの被害にあっていてほとんど現存していないようなんですよ。しかもかなり荒いやり方で盗掘されちゃうので、遺跡自体に価値があるのに壊されちゃうんですよ」


 しょぼくれる三咲の説明に萌だけが興味深そうにふんふん、と頷いているが、千石やさなえは周囲を警戒し、恵美はとりあえず聞いてはいるものの、あまり興味を示さない。


「それでですね…この遺跡の場合はちょっと変わったところがあって、宗教的に作られているんですけど、ちょっと趣が違って宗教観は取り入れられていないんですよ」


「へぇ」


 恵美が適当に受け流すと三咲が「これはですね」と両手を合わせて瞳を輝かせ始める。


「かつて昔、大四次世界大戦時下に発生した大規模地殻変動により今の大陸とは近い関係にあったらしいんですよ。五大陸七大洋なんて呼ばれていてですね、それぞれ四つの文明から歴史がスタートして西洋文明、東洋文明、中東など様々な文化があったんです」


「ややこしそう」


 三咲の講義に萌が感想を述べると、萌はピンと指を指した。


「そうなんです。言語も思想も宗教観も違うので争い事は絶えなかったようですねえ。第三次世界大戦時に全面的に核戦争になるのではないか?と思われていましたが…」


「おーい」


 千石が未だ止まらぬ三咲に釘を指すようにして呼びかけると、三咲がむすっと頬を膨らませる。


「要点だけ…なんだろうけど、じゃあここは何なんだ?」


 千石が尋ねると萌も「むぅ」と頬を膨らませる。学者肌の人間が三人もここにいるとは思わなかった。さすがにさなえ、萌に続いて三咲も、までとなると頭が痛い。


「恐らく大規模地殻変動前に大陸だった場所にジャパスの文明がアメリックに寄贈したものだと思います。こんなものを寄贈すると言う事は少なくとも二国間の国交は良い展開だったのではないでしょうか?」


「そうだったらいいよねぇ。最近じゃあ喧嘩の話ばかりだったから、そう言う話しを聞くと安心するよ」


 恵美が呟くと三咲もうんうんと頷いた。


「争い事は絶えなかったけど、大四次大戦前まではDM現象がなかったようですしねぇ」


「昔はなかったの?私はずっと昔からあるって思ってたけど」


 恵美がそれっておかしいよね?と首を傾げる。


「たしかに昔はなかったみたいですよ。今は西暦が終わってアルカナ歴に変わってから、前西暦のデータは紛失しちゃいましたからねぇ」


「進みながら行きますか…」


 さなえがきりがないと歩きだして千石たちもそれに続く。


「こういう礼拝堂的なものはアルカナ歴に入ってから建造が進み、DMの被害者を追悼する意味合いがあったらしいんですよ」


「でもDM現象は西暦三千四百年ごろから確認されてるって敬介お兄ちゃんが言ってたよ?」


 萌が時代が合わない、と首を傾げると、三咲が「そうなんですかっ?」と大きな声を出して通路に三咲の声が響き渡る。


「私はアルカナ歴以前の情報って政府に規制されてて見られなくて…。十三機関ってそんな情報まで持ってるんですか?」


「なんで三咲が十三機関のこと…あ…」


 萌が一般人には知られていない十三機関の存在を知っている事に疑問を持ち、すぐに恵美をじとりとした視線を送る。


「話しちゃった」


 てへ、と笑う恵美に萌は「もー」と項垂れる。


「恵美もだけど、三咲にも教えてあげる。十三機関のことはあまり人に喋らないでね。アーティファクトのこともダメ。ゴーストの事は話をしてても大丈夫だけど、混乱を防ぐためにクリーチャーの情報は伏せられてるの。だからクリーチャーのこともだめだよ」


 だめ、だめと言われて恵美と三咲が顔を見合わせる。情報規制なんたらのことを言っているようだが、どうにも解せない。


「危ない存在がいるならみんなに教えてあげた方がいいんじゃないの?」


 三咲がもっともな事を口にすると、萌は首を左右に振った。


「違うよ、知らないままの方がいいことだってあるんだ」


 萌が小さい声で囁く様にして言うと、三咲は「そっかぁ」と肩を落す。


「三咲ちゃんてそう言えば、世界好きだよねぇ」


「うん。アルカナ歴からしか教えてくれないから変だなぁって思ったんだよねぇ。調べて見たら出てくるのは個人サイトの戦争のことばっかり。それだけでも知らない国の名前がいっぱい出て来るから…おろ?」


 千石とさなえが両開きのドアの前で立ち止まり、終点に行き着いたことに気付いた。


 さなえがドアを開け、千石が銃を構えて中に踏み入ると大講堂の様な場所だった。中央に紅いカーペットの絨毯が敷かれ、その左右に木で出来た長椅子がいくつも並び、中央に教壇のようなものがあって、その奥に右手を空に掲げている女性の像がある。


「ああ、希望の像だね」


「ありきたりな名前だね」


 三咲に恵美が思わず正直な感想を述べる。


「手が空に掲げられて、シャンデリアに向いてるでしょ?シャンデリアが太陽を意味していて深い霧から全てが解放されることを祈ってる像なんだよ」


 萌の説明を受けて、三咲がうんうんと頷く。


「…彼女はなんだか寂しそうですね」


 さなえが感じた少女の像は十三、十四くらいの憂いを帯びた少女の立ち振る舞いだった。


 何とも心を揺さぶられる様な感じがする。


「…炎だ」


 少女像の周りにいくつもの人魂のような炎が回り、やがて掲げられた手に上って完全に消えた。


「吸い込まれた…ようにも見えるな」


「うん、私にもそう見えた」


 千石と恵美が用心深く女性の像の周辺を回る。全長十五メートル程の大きさのそれは明らかに異質で真っ白な材質は特殊な塗料が塗ってあるようにも見える。


 千石が白鞘から刀身を抜いて女神像に振り下ろそうとすると、三咲が叫んだ。


「だめえええええっ!」


 余りにも大きな声に萌とさなえがアーティファクトを展開、千石と恵美も同じようにアーティファクトを構えて三咲を見る。


「どうしたの突然」


「俺のせいか」


 千石は鞘に刀身を戻すと、三咲が肩で風を切る様にずかずかと歩いて身長差三十センチの千石を見上げる様にして睨む。


「何を考えているんですか!だから男の人はっ!」


「男の人…関係ないよね」


「ですねぇ。まぁ遺跡に傷を付けられる方が嫌なのかもしれません」


 萌にさなえが苦笑すると、萌は「よくわかんない」と呟く。


「あ…壊れた」


「ちょ!」


 恵美が女性の像に触れると塗料の様なものがぼろぼろと崩れて、中の銀色の地肌が見える。三咲が泣きそうな顔をしていると恵美は苦笑するしかなかった。


「それにしてもこれ…何なんだろう」


 恵美が女性の脚の部分に触れると妙に温かかった。はっきりとした熱を感知出来る上にこの大講堂自体もだいぶ暖かい。先ほどまで水が流れるあのひんやりとした感じが続いていたので、だいぶリラックスできるのだが…。


「あ、そう言うことか」


 荘厳に作られた通路で厳格な気分にさせ、あの冷たい空気の中身を引き締めさせ、ここに来てこの暖かさだと安心する。そういう意味合いも込められてここは作られているのかもしれない。


「んー?んぅ」


 三咲は女性の像の周りをくるくるとまるで犬のように回り、萌がその様子を興味深げに見つめ、千石とさなえは長椅子の最前列に座って休んでいる。


 恵美は携帯電話のGPSをオンにすると位置表示がされなかった。要するにここどこ?という話しだ。


「あ…あぁ」


「何かわかったの?」


 萌が三咲がぽんと何か合点が言った様な様子で言うと、千石とさなえが三咲を見る。


「これ…機械だよ。何のためにこんなところに設置されているのかわからないけど、たぶんこの下に何かあるはず」


 三咲がそう言うと、ふんふん、と床を見回し始める。萌も同じように床をよくチェックするように歩きまわった。


「よくわかりませんが、入り口みたいなものがあるんですかね?」


「あるはずなんだけどー」


 三咲もあまり期待していない様な声を上げると、恵美はため息を吐いた。まさか三咲がここまで変な知識を持っているとは思わなかったのだ。


「で、入り口があったらどうするわけ?」


「入るって言うのが自然な流れなんだろうけどな。時間も時間だぜ?」


 既に午前二時を回っている。いつの間にか時間が過ぎてしまっているのはいつものことだが、明日も学校があるのでそのことを考慮するとさすがに引き返すしかなかった。


「ここまで来て引き下がれますかっ」


「そうねぇ…」


 恵美も三咲の肩を持ちたいところは山々だったのだが、これから同じ道のりを引き返すのだとしたら時間の問題がある。


「報告する内容はどうしたんですか?」


 三咲は何が何でも食い下がろうとしているが、正直な話、報告するには十分でもあった。


 ゴースト三体を独自で処理、怪異現象として噂されていた火の玉はゴーストがサークル化した後にこの遺跡の女性の像に吸収された。大講堂の様な場所を調査してもらいたい。


 これ以上はむしろ完全に専門知識が必須で、三咲が専門知識を持っているのは考古学までであって、遺跡の発掘調査ではない。萌もDM現象に詳しかろうと、これ以上先の調査をこちらだけで行うのは至難だった。


 恵美は恵美で先ほどから眠たそうにしているが、どう見ても体調不良以外の何物でもなかった。


「恵美さん、大丈夫ですか?」


「え、はい。大丈夫です」


 三咲もはたと恵美の隊長が悪い事を思い出して気まずそうな顔をする。自分だけが駄々をこねているようで、実際その通りだった。


「敬介さんに頼むんですね?」


 三咲がそう言うと、恵美は小さく頷いた。


「結局お兄さん頼りですか」


「そう言わないの」


 さなえが恵美の顔色を伺いながらそう言うと、千石も「仕方ねぇよなぁ」と諦めたように言う。


「で、呼ばれて来てみたわけだが?」


 全員が慌てて入口の方を見るとインラインブーツを履いた敬介がにやりと笑っている。四つの小さな車輪をモーターで動かす高速移動用のブーツで、遊園地などの清掃係が良く付けているアレだ。


「家に帰って見れば恵美がいない。萌はケータイの電源を落しっぱなし。埠頭の銃撃戦の現場から逃げるようにして去って行った車両のナンバーを調べて見れば六道真極会所有で、若い男女が政府関係者の車に乗っていた、か。こんだけ考えればすぐにわかるなぁ」


 敬介が女性像を見上げると、三咲が目を輝かせる。これで何かがわかるかもしれない、と思うと嬉しくて仕方がなかった。


「敬介さん、そんなことよりも何かわかりますか?」


「何かって…。こいつはただの遺跡だろ。アルカナ歴三百八十年ごろから建造が進められた、対DM現象に作られた籠城用の施設だな。さっきの通路はアーティファクトが飾られていて、アーティファクターだけがそれを取る事が出来る特殊な加工が施されていたんだ」


「あー、武器保管庫みたいな感じか」


 千石が納得すると敬介が頷いた。


「千石の言うとおり、ここは武器保管庫であり、また避難シェルターだったんだな」


「じゃあなんでこんな作りにしたの?」


 恵美が敬介に尋ねると、敬介は女性の像を見上げたまま目を閉じる。


「ピクシーレディエルは霊峰として信仰心の無い今の人間にですら崇められているんだ」


「命の集う場所、ですね?」


「三咲たんは何でも知ってるんだなぁ」


 敬介が三咲に驚愕すると、三咲が照れ隠しで笑う。


「アーティファクトが多く残されていると思っていたけど、全部盗掘されちゃって見る影もない。それでもここはシステムが起動しているからまだ使えるかもしれないな」


 敬介が周囲を見回し、女性の像の真後ろに回ると懐刀真言絶句の鞘と刀身をカチンと引き戻した。


 女性像の足元が縦に開いて敬介が中に頭を突っ込んで見上げる。


「ほれ、これが真相だ」


 敬介に言われて恵美たちも女性像の後ろに回ると、中が空洞になっていて、剥き出しの基板回路のようなものが時折光っていた。

だれだれがむかつくよねーって話をしていた中学生同士の会話が耳に入って、まぁ、そりゃなぁと思って信号待ちしてたんですよ。誰だって嫌いな奴の一人や二人はいるもんです。でも隣の子が「嫌いな奴にやさしくできたら、世界は平和になるんだろうな」って言ったんですよ。思春期ってすげぇなぁ。そういう子がまっすぐ生きていけるような社会になるといいなぁとか思っていたわけですが、まぁ知らないから言えることなのかな?自分にはわかりませんが。


てな訳で次回に続きます。

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