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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ざまぁエンドを迎えた聖女でしたが、とばっちりだったので、最初から無かったことにいたします

掲載日:2026/10/29

<ご挨拶>

 初めての方も、いつもの方も、ありがとうございます。


 当方では、読みやすさ重視のため、1~5行くらいのボリュームで改行して書くスタイルをとっております。


 世間では、なぜか「AI=1行開け」だという認識が広まっているみたいで。

 拙作は、すべて自筆なのに、そういう誤認をされて避けられると敵わないので。


 一応、補足です。

「公爵令嬢メイベル=ブラックモア! この私、王太子アドルフは、ここにいる聖女、男爵令嬢エリカ=ウィングフィールドとの真実の愛に目覚めた。しかし、そなたは、我が愛するエリカに嫉妬し、彼女を執拗に害して排除しようとした。ゆえに、そなたとの婚約をここに破棄し、このエリカを我が妃とする!!」

 

 宮廷舞踏会の一等高い壇上から、エリカを伴ったアドルフが公(おおやけ)に向かって叫ぶと、それより一段下にいた彼(・)は、負けじと高らかに反論した。


「いいや! 許すまじきは、王太子アドルフ、ならびに、聖女エリカなり!! 不貞を犯しておきながら、自らの婚約者であるメイベル嬢にあらぬ濡れ衣を着せ、断罪して始末しようとするとは。よって、陛下。第二王子カーティスが、かの不届き者らへの正当な処罰を求めます!!」


 実の父子(おやこ)でも、公的な場では称号で呼ぶのが礼節だ。

 これを聞いた国王は長い顎鬚(あごひげ)をさすりながら、「むう」と唸(うな)る。

 王太子の異母弟・カーティスは、凛として臨(のぞ)んでいた。

 その隣では、泣き腫らしたような顔の公爵令嬢メイベルが寄り添っていた。


「ゆえに、陛下、御方々。こちらこそ、ご覧あれ!」


 カーティスは、「兄の婚約者メイベルが聖女エリカに嫌がらせをした、というのが、まったくの捏造であった」との証拠を、父王や側近ら、諸侯らに突きつけた。

 むしろ、それこそが「エリカの策略で、メイベルを蹴落(けお)とし、アドルフを肉欲(カラダ)で篭絡(ろうらく)して、未来の王妃を約束させた」のだと――。


 実のところ、カーティスは、兄とメイベルの婚約が決まった時から、メイベルに惹かれていたらしかった。けれど、側妃腹の自分では、由緒正しき公爵家に、「王太子の兄を差し置いて自分を選んでほしい」とは言えなかったようだ。

 それが、アドルフとエリカの「不貞」により風(・)向(・)き(・)が変わったのだ。


 しかし、この時、エリカは寝耳の水で、皆目、見当がつかなかった。


(え? ちょっと待って。殿下とメイベル様と婚(・)約(・)破(・)棄(・)!? 代わりにエリカ(わたし)と結(・)婚(・)ですって?? 殿下が一緒に壇上にあがるようおっしゃられたから、思わず断り切れなかったけれど。私、別に、そんなつもりは――。だいたい、私がメイベル様に嫌がらせしたとか、どうとか。その所為で私達に処罰を、って……。そんな身に覚えのないことばかりで畳みかけられても)


 とはいえ、カーティスの「断罪」という一言が、どうにも引っ掛かった。

 これに、エリカは、初めてメイベルに出会った時に吐き捨てられた言葉が脳裏に蘇っていた。



「あなたが、いずれ祈りと癒しの力に目覚める原作『ヒロイン』様よね。首尾よく『ヒロイン』になれたのは、どんな気分? 余所者(ヨソモノ)のくせに天(・)然(・)の(・)フ(・)リ(・)するなんて。本当に図々しいったらありゃしない。言っておくけど、わたくし、原作通りの悪役令嬢にはなりませんから! だって、わたくしこそ、創(・)造(・)主(・)。それを断(・)罪(・)す(・)る(・)なんて、天に唾(つばき)する愚(・)行(・)。聖女とは名ばかりのビッチ・ヒロインは、おとなしく退場してなさい!!」


(ゲンサク? ひろいん?? アクヤクレイジョウ!? ビ(・)ッ(・)チ(・)って何のこと???)


 エリカにはまるきり意味が分からなかった。

 それどころか、何をもって「ヨソモノ」呼ばわりされたのかも不明だ。

 生まれも育ちも、この王国であるのに。


 けれども、いざ、王侯貴族の子息令嬢らが通う学園に入学すると、王太子アドルフはじめ、数々の眉目秀麗な貴族令息らがエリカに好意を示してきた。


 エリカはあまり興味がなかったものの、低位の者が上位の者等を冷たくあしらうと、政治的にも経済的にも弱小な実家にまで影響が出かねない。

 とりあえず、「そうですね」とニコニコ、常に笑顔で、時にいたわる姿勢も見せながら、なあなあで対応していた。


 ただ、それだけだったのに――。


 古くからのしきたりに厳しい社会で育った彼等には、不純異性交遊「絶許」のために口煩くよそよそしい他令嬢らに比べ、天真爛漫(てんしんらんまん)で距離感の近い穏和なエリカが、たいそう魅力的に見えたらしかった。


「彼女なら僕のことを分かってくれる」

「僕のすべてを受け入れてくれる」


 などと、まるで理(・)想(・)の(・)女(・)神(・)のように讃えずにいられず。

 挙句の果てには、癒しの力を持つエリカを「聖女」と呼びだした。


 そうした恋敵(ライバル)らの存在のために、令息らそれぞれが誰それに出し抜かれてなるものか、と勝手に白熱するようになり――。

 彼等は、ますます、エリカに惚れ込んでしまう、という連鎖ドミノとなった。


 しかして、そんなエリカのことを気に食わなかった少女らは、メイベルの他にも大多数あったようだ。


「なによ。あの子。生(・)意(・)気(・)ね」

「たかだか男爵令嬢のく(・)せ(・)に(・)」

「令嬢っていうより、本当は平(・)民(・)よね?」

「そうそう。あの子、確か養(・)女(・)でしょ」

「娼婦の母(・)親(・)が(・)男(・)爵(・)の(・)愛(・)人(・)だったのよね」

「やっぱり蛙の子は蛙ね。なんて、ふ(・)し(・)だ(・)ら(・)な娘(コ)!」


 加えて、王太子の婚約者である公爵令嬢メイベルがエリカを激しく嫌悪していると知った彼女らは――。


 単にエリカをつまはじきにするのでなく、「王太子に懸想(けそう)したエリカが、メイベルに陥(おとしい)れられた被害者ぶって、逆に陰湿な嫌がらせをしている」ように演(・)出(・)し(・)た(・)。

 目に見える形の一方的なイジメ行為を避けたのだ。


 さもなくば、エリカに熱を上げている王太子や令息らにより、しっぺ返しがくる、と。彼女らは、きっと、懼(おそ)れたのだろう。


 一方、メイベルが「攻略対象」と呼んでいた彼等は――。

 存外、どれもこれも表面しか見ないウツケだったらしい。


 最初はエリカの味方だった者も、密かにヒロイン(エリカ)と悪役令嬢(メイベル)の対立を煽る級友らの陰謀に踊らされて、次第に波引くようにフェードアウトしていった。

 エリカにぞっこんだった王太子アドルフを除き、皆が白々しくなって、反動で疎ましくなって。彼等は、まんまと騙されたのだ。


 そのうえ、「悪役令嬢になりたくない」と豪語していたメイベルもまた、脱シナリオに注力するあまり、原作には登場していなかった第三勢力が暗躍していたことに気がつかなかった。


 というよりは、おそらく、メイベル自身、フラグ・クラッシュに明け暮れすぎて、あれこれ先手を打ったからこそ、本来の原作進行に支障をきたし、予想外のものが次々現れたことを、自分の手柄と誤認したのだ。


 実際には、たまたま、周囲の過剰反応が引き起こした結果であったのに。


 己の正義のみ追求するメイベルは、ただ利己的に邁進(まいしん)し、非情にも、彼女は、その攻撃の手を緩めなかった。己が創造主であることを過信してしまった。


 すなわち、メイベルとしては、ソレは正当防衛で。売られた喧嘩に対する反撃だ、という思い込みをしていたから。その末に、やりすぎともとれる暴挙をしたとしても、「それは必要悪だ」として、まるで問題にしなかった。


 そうした独善的なフラグ・クラッシュが、どれだけエリカの心身を傷つけていたのかとも知らずに――。


 かたや、エリカはひたすら耐えていた。

 いや、最初の方は、必死に「私じゃない」と訴えたけれども。

 しまいには、敵に回った者等が、


「また、そ(・)の(・)場(・)し(・)の(・)ぎ(・)のウソをついてる」

「いやぁね。これだから、身分の卑(・)し(・)い(・)子は」


 と、しきりに騒いで、皆がそれを信じてしまったのだ。



 果たして、万策つきて、エリカが陰で泣き寝入りをしていた時だった。


「大丈夫。私は君を信じているよ」


 唯一、味方になってくれたのが、王太子アドルフだった。


 そこで、エリカも絆(ほだ)された。

 学園祭の夜、庭園の東屋(あずまや)で2人きりになり、とうとう王太子に体を許してしまいそうになった。


 けれども――。


「申し訳ありません。殿下は素晴らしい御方ですけれど、やはり、こういった事とは別のお話で……」


 貞淑なエリカはギリギリで踏みとどまった。

 それがゆえに、アドルフも、一層、情熱の炎を燃やして、


「ああ。なんて、いじらしいんだ。あの高慢なメイベル(オンナ)とは大違い」


 と、偏見のままにうそぶいて、エリカを本気で口説き落そうとして――。


 それからは、俄然、アドルフはメイベルに冷たくなってしまった。

 おそらく、彼は、この時に、メイベルの断罪と彼女との婚約破棄を決意したらしかった。


 ただ、メイベルもその間にカーティスとの距離を縮めたらしい。


 アドルフが婚約破棄への手筈を着々と進めていた一方で、メイベルとカーティスもまた、物語のクライマックスとなる宮廷舞踏会での断罪イベントへ向けて、それを打ち砕く証拠をコツコツ集め始めていた。


 また、彼女らは、エリカが言い逃れ出来ないように罠を仕組んだこともあった。

 純朴なエリカは、うっかり、それにかかってしまって、


「ほら、見なさい。礼儀を弁(わきま)えない卑しい娘が。あなたにはソレがお似合いよ」


 などと、メイベルに嘲笑され、床磨きのモップ洗いに使ったバケツの泥水を頭から引っ掛けられたりもした。


 しかしながら、それは、メイベルが直接やったのではない。

 カーティスに唆(そそのか)された男子生徒が、エリカを騙し、疑いを知らないエリカ自身が清掃夫にバケツを片付け損ねるような行動を促してしまった。それをまた別の男子生徒が、タイムリーに校舎の窓から泥水を捨てたのだ。


 それも「エリカがメイベルに泥水を掛けようとした」という言いがかりのオマケつきで。


 公衆の面前でソレが起これば、皆が真実だと認識してしまう。

 案の定、エリカは、周囲から冷ややかな視線を浴びせられ、著しく孤立した。

 彼女にしてみれば、「なんで私が」という心持(こころもち)であった。



 そうして、訪れてしまった、このクライマックス。


 よくよく思案巡らせても訳の分からないエリカは、王太子アドルフの隣で震えていた。


 けれども、アドルフもばつの悪い顔をして、エリカを守ろうとはしない。

 どちらかというと、あわよくば「私も騙されていたんだ」という逃げ道を探っているようにも見えた。あれほど、自信満々に「真実の愛だ」と宣(のたま)っていたのに。


 かくして、メイベルらが集めた証拠とやらの一部は、エリカの不可抗力か、メイベルら自身が先手必勝として仕掛けた罠の断片であったが。

 残りは、実は、第三勢力が仕組んだ偽物であった。


 その数、約8割。

 ほぼほぼ冤罪である。


 そんな簡単な事実確認もしないまま、糾弾者らは、あたかも真実のように、それらをこの断罪の場でひけらかす。

 されど、この場にいるエリカ以外の全員が、一様に信じてしまうのだから、てんで始末が悪い。


 第二王子と公爵令嬢が公表した証拠をまじまじと見定めた国王は、厳めしい顔つきで、その場に居た全員に宣言した。


「ああ、なんと! 我が目こそ節穴(ふしあな)であった。嫡男だからと妄信していたが。よもや、かような悪辣(あくらつ)な鄙(ひな)つ女(め)に心酔するほど無能な王子(こ)であったとは――。さすれば、アドルフは廃嫡とし、辺境の獄塔に永久追放とする! 第二王子カーティスこそ、我が世継ぎとし、公爵令嬢メイベルをその正妃とする!!」


 これに「オオーッ!」と聴衆らが驚嘆した。

 たちまち、拍手喝采(はくしゅかっさい)が沸き起こり、大広間は熱狂の渦となった。


「また、王太子を誘惑した不埒な男爵令嬢エリカは、世を惑わした魔女として、断頭台にて処刑する!!」


 それは、思いがけない裁きであった。

 エリカはたまらず、顔面蒼白になって、声を上げた。


「お待ちください! 陛下ッ!! 天に誓って、私は、殿下との結婚など望んでおりませんっ……」


 慌てて抗議しようとしたエリカを、


「見苦しいぞ! ウィングフィールド男爵令嬢」


 と、国王は制止する。

 そのうえで。


「この偽聖女めが!!」


 一喝のもと退けると、エリカはとうとう泣き出した。


「そんな……っ!」


 されど、誰も、彼女をかばわず。

 国王は朗々たる声で兵士らに命じた。


「誰か! 早(はよ)う、この不届き者等を捕らえよ! 刑の執行まで、地下牢に収監しておくのじゃ!!」

「ははっ!」


 兵士らは迷いなくエリカに飛び掛かり、荒々しく捕縛する。

 同じく、廃嫡を言い渡されたアドルフも捕らえられた。

 そこには、もはや、聖女の威光も、王太子の威厳も残っておらず。



 7日後――。


 無情にも刑は執行された。


 アドルフは辺境の獄塔に幽閉されて。

 エリカは、誰一人の味方の見守りもないまま、邪淫の罪で、あえなく断頭台に露と散ったのだ。



 -◇-◇-◇-



「キャアアアアッ! イヤッ! 嫌っ!! ギロチンは絶対イヤ!!! なんで、私がこんな目に――ッ」


 そう叫んで、私はベッドから跳ね起きた。


 飾り気のない殺風景な1LDKの窓の向こうには、摩天楼(まてんろう)のようなビル群が見えていた。電線に留まるスズメのチュンチュンと鳴く声が、いつもの朝を物語っていた。


「……? あら??」


 私は、慌ててペタペタと自分の首を触り、しっかり繋がっているのを確認する。


「――どういうこと? 私はギロチンに掛けられて、死んだんじゃあ……」


 こめかみに冷や汗たらりと。


 私はサッとスタンドミラーの前へと行った。

 そこに映っていたのは、ジャスミンのように愛らしいピンクブロンドの男爵令嬢ではなく――。


 明らかにどこにでもいそうな、冴えない日本人のアラサーOLだった。


 そうして、北欧風のローテーブルの上には、会社の書類と一緒に投げ出していた、1枚の名刺が。


【株式会社イース・フィーリング   チーフアドバイザー 須藤(すどう) 美知琉(みちる)】


 それが「私の名前だった」と、改めて自覚した。


(なんだか、ものすごく長(・)い(・)夢(・)を見ていた気がする……)

 

 まだスッキリしない頭のまま、ふと、部屋の隅にあった本棚に目がいく。

 そこには、私が学生時代に夢中になったライトノベルがずらりと並んでいた。

 その中に、ものすごく表紙がボロボロになった本が、1冊――。


 手に取ると、その表紙には、ピンクブロンドの美少女と亜麻色(あまいろ)の髪のイケメン王子が手を取り合って、青い薔薇(バラ)とキラキラな光に囲まれ、笑顔で微笑むイラストが描かれていた。


 そのタイトルには、『聖なる雫姫は誓いの塔に奇跡を降らす』と記されていた。


(この……顔(・)!)


 私がおそるおそるページを開くと、ラノベ特有のキャラ紹介のところ、主人公に「エリカ」と名前があり、ヒーローに「アドルフ王太子」、ライバルキャラに「公爵令嬢メイベル」の名前が記載されていた。

 その容姿もまた、紛れもなく、私の記憶とピッタリ一致した。


「――あっ!」


 そうして、思い出したのだ。


 私は、このラノベのヒロイン・エリカだ(・)っ(・)た(・)、と。

 あの日、ギロチンで処刑されて、現代日本に転(・)生(・)した。


 ただ、この現代日本のアラサーOLミチルの記憶も幼少期からバッチリあったので、おそらく転生はしていたものの、この30数年は覚醒していなかったんだ、と悟った。


「現代人が、或る日、死んで異世界転生、なんて。ラノベの定番テンプレだけど。逆パターンもあるのね」


 つぶやきながらハァーッと溜息1つ、私は無意識にパララとそのラノベをめくった。途端に、ぷぅんと、古びた紙特有の干し草にも似た匂いが鼻を衝(つ)いた。


 実は、これをリアルタイムで読んでいたのは、確か中学生くらいだったから、正確な内容を覚えてなくて。改めて、読み直すと、本当に、さっきまで「夢」で見ていたかの「前世の記憶」と随所で符合していた。


 けれども、そのラノベでは、断罪されるのは、ヒロイン・エリカでなくて、ライバル令嬢・メイベルで。アドルフ王太子も廃嫡なんてされていなくて、最後はエリカと結婚して、ちゃんと国王として即位していた。


「……これが本来のシナリオ? でも、メイベル様は、『私は悪役令嬢にな(・)ら(・)な(・)い(・)』って。じゃあ、エリカ(わたし)が体験したのは、やっぱり――」


 昨今のサブカル的解釈をすれば、メイベルは、ラノベのテンプレ通り、現代人が転生していた、ということになる。そのシナリオ改変の結果がアレだった、と。


 けれど。


「ただ、それだと、前世・エリカの『ミチル(わたし)』が生まれた後に、この本が発売されていることになるのよね」


 どうにも時系列が合わない。


 とはいえ、覚醒した「私」がいるこの世界と、大元であるラノベが初出した世界が、実は時間軸がずれている並列世界(パラレルワールド)で。

 もしも、「私」の誕生と一緒に、こ(・)の(・)本(・)だ(・)け(・)、「こっちの世界」に転(・)移(・)してきたのだとしたら――?


 ありえるかもしれない。


 不思議に思って、ぐちゃぐちゃに整理がつかない頭のまま、私は、このラノベの著者を確認した。


「羽田(はだ) 愛梨花(えりか)……」


 口に出したところで、「?」と思った。

 だって、苗字をそのまま英語に換えたら、「エリカ=ウィングフィールド」だ。


(まさか、このラノベ……、著者の夢(・)小(・)説(・)、的な?)


 想像するとゲンナリした。

 いわゆる厨二病(ちゅうにびょう)のような過激な妄(・)想(・)。


 その上、ヒーローのアドルフも、作中では優しい男ではあったけれど、年齢を重ねた現在に読み返してみると、なんともヤンデレ属性が強すぎた。

 ヒロイン・エリカが虐げられているのを知っていて、裏で自分以外には頼れなくなる工作をしていたと取れる描写が数箇所あったのだ。


 なぜなら、ストーリーとしては、「攻略対象」という名の「いろんなイケメン」を出すために、若干、逆ハー気味であったから。


 だからこそ、アドルフは、そんな恋敵(ライバル)達を蹴散らすために、自らは手を汚さずに、自分以外の加虐者の存在を他に維持した上で、ストックホルム症候群に近い状態を作り出していた、というか。

 アドルフ自身は、誰よりも猫かわいがりに等しい溺愛で、エリカを自分に依存させる、みたいな。


「こんなの、一歩間違えばス(・)ト(・)ー(・)カ(・)ー(・)じゃない? 王太子なのに!」


 私は呆れたものの、えてして、厨二病――いや、現代(いま)なら「ドパガキ」というべきなのかしら。手っ取り早く刺激的な展開を望む層の支持を得るために、極端に過激にすれば、きっと、「売れる」という販売戦略――。


(それが好きな人もいるから、私も否定はしないんだけど)

 

 そうして、私は、スマホで著者の名前まで検索してみた。

 すると。


「え!? この人、この本し(・)か(・)出してないの? あ。でも、待って、これ……」


 著者は、このラノベで新人賞を取り、デビューしたものの、次回作の構想を練っている途中で病死した、と書かれてある。

 しかも、著者は、まだ20歳そこそこだったようだ。


「……まさか、無(・)念(・)す(・)ぎ(・)て(・)、この作者さん自身が自(・)作(・)の(・)中(・)に(・)転(・)生(・)した?」


 それも悪役令嬢の方に。

 だって、私の記憶の中のメイベル嬢は、自分が【創造主】だと言っていた。


 この推測が当たっているとしたら、転生者(かのじょ)は、れっきとした「現地民」の「エリカ(わたし)」に、名前もアイデンティティも奪われた、って感じたに違いない。


 だって、自分の名前とリンクするヒロインなんて、著者の願望を叶えるために創られた存在にしか見えないもの。


「……うわぁ。考えたら、なんか、めちゃめちゃキモチワルくなってきた!」


 私はゾッと青い顔になり、身震いした。


 いや、志(こころざし)半ばで亡くなったのは、お気の毒だし、断罪確定のキャラに転生は、確かに同情するんだけれども。

 それに、この作品が、あの著者(?)の願(・)望(・)なら、「彼女」は「ヒロイン」に転生しなければならなかった。でも、出(・)来(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。


「あれ? でも、そういえば、エリカ(わたし)のこと『首尾よくヒロインになれた』『ヨソモノ』って……」


 ひょっとして、原作者である「彼女」が「ヒロイン」になれなかったのは、既に「ヒロイン」に誰か「別の現代人」が転生していたからだ、と誤(・)解(・)し(・)た(・)から?

 それで、エリカ(わたし)が意地でもシナリオ通りになるよう仕掛けてくるだろうと踏んで、あんなに逆(・)恨(・)み(・)した、ってコト??


「だからって。何もしてなかった序盤から、あそこまでヒロイン(わたし)のことイビり倒してたのって、ちょっとヒドくない? あの時のエリカ(わたし)は転生者じゃなかったし。攻略対象とか、そんな認識すら微塵もなかったし。逆ハー要員も全部当て馬で、結果的に、発情してたの、実質、アドルフだけだったんだから」


 そうして、物語の「エリカ」は処刑されて、今の「私」が「あの世界」に戻ることは、二度と無いと思うけれど。


 っていうか、絶対、戻りたくない。


 こんな不吉な本、ずっと手元に置いとくの、夢見悪いどころか、ただ、ここに「在る」ってだけで不快だわ。


「そうだ! 縁(・)切(・)り(・)!! その手の有名なお寺へ行って、この本、どうにかしてもらおう!」


 思い立った私は、すぐに顔を洗い、メイクして着替え、朝ご飯を食べた。

 今日が日曜日で本当に良かった。

 私は、朝食の間もスマホをいじりながら、一番近くて強力そうな縁切り寺を検索する。


「あ。いいじゃん、ココ! これなら、すぐ行って帰ってこれるんじゃない?」


 私は、スマホ片手に、そのラノベをトートバッグに入れた。

 といっても、クラフト封筒に入れた状態で、だけど。

 だって、あのキラキラ表紙剥き出しは、誰かに見られると恥ずかしいし。

 覚醒したばかりの生々しい前世の記憶の所為で、自分の目に入るのすら、ウ(・)ザ(・)す(・)ぎ(・)た(・)から。



 そうして、電車で小一時間くらい揺られて辿り着いた先に、その縁切寺はひっそりと佇(たたず)んでいた。


 私は、「こんなこと、バカみたいに思われるかもしれませんけれど」と、はにかみながら例のラノベを見せると、たちまち、住職さんは青い顔になった。


 この住職さん、どうやら「視える」人みたいで。


「これは酷い! 怨(・)念(・)が渦巻いていますよ。これは護摩祈祷(ごまきとう)をしてお焚き上げしましょう!!」


 だから、私も意気揚々と言った。


「はい! 是非、お願いいたします!!」


 私は住職さんのご指示の下、手順に乗っ取って、祈祷内容を護摩木(ごまぎ)に書いた。それとこの古びたラノベをお渡しした。


 住職さんは、縁切りのためのお経を唱えながら、護摩木を火にくべて、併せて、そのラノベをもお焚き上げしてくれた。

 私も、火が燃えている間、一心不乱にお願いした。


(この先、この本に悩まされることがなくなりますように)


 すべてが灰になった後、住職さんは、笑顔で、私に新しい御札をくださった。


「無事、終わりました。これで、きっと、悪縁も断ち切れますよ」


 解放されたあかつきには、すべてを一新し、健やかな日常が送れますように。

 その成就を認めた際には、必ず、この御札を返しに、また、おいでください。

 ――と。


 あの赤々と燃えた篝火(かがりび)の活力満ちる輝きに、したたか勇気づけられた私は、どこか憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「ありがとうございました!」


 果たして、私は深々と頭を下げて、授与された御札と共に、この日は帰宅したのだった。



 -◇-◇-◇-



 その日、王城は激しく燃えていた。

 

 国境沿いにあった火山が噴火し、それが王国中に飛び火したのだ。

 あまねく焦土と化す火炎の勢いは凄まじく、また、火山雲が長らく空を厚く覆ってしまった。ただでさえ、これで、多くの土地が荒廃してしまったというのに。

 さらには、日差しも届かなくなり、どうにか免れた土地にも、作物が実らなくなった。


「ちょっと! 冗談じゃないわよっ。邪(・)魔(・)者(・)は(・)消(・)し(・)た(・)のにっ。これからは、わたくしが幸(・)せ(・)に(・)な(・)る(・)番(・)じゃなかったのっ!?」


 そんな王妃メイベルの叫びも虚しく。


 新王として即位していたカーティスは、燃え盛る王城から崩落した瓦礫の下敷きとなり、その炎で黒焦げになった。


 エリカを処刑した前国王や役人など、いわずもがな。

 あの幽閉されていたボンクラ廃太子など、とうに死んでいた。


 王妃メイベルは、己だけでも助かろうと、逃げに逃げたが。

 結局は、彼女も生きたまま業火に呑まれ、その息絶える最期の瞬間まで苦悶に苛まれた。


 それどころか、次々と、あらゆる天変地異が王国に襲い掛かり――。


 火災積雲により大雨となり、業火は一時鎮火したかと思えば、その雨はとどまることを知らず、とうとう大洪水に。そこへ地震までが起きて、今度は地盤が直接ダメージを受けた。


 そうした大災害の数々は、いつまでも延々と続き。


 しまいには、国土全体が崩壊し、す(・)べ(・)て(・)が死に絶えた。


 これにより、王城火災では逃れていた者ども、エリカを陥れて、処刑に至らしめた級友らも、悉(ことごと)く消えた。彼女を見捨てた者達、残(・)ら(・)ず(・)全(・)部(・)。


 1つの【世界】が終(・)焉(・)を迎えたのだ。

 否(いな)、1つの星が消(・)滅(・)し(・)た(・)に等しい。


 そして、ソレは、永遠に復活することはなかった――。



 -◇-◇-◇-



 1年後――。


 例のライトノベルは廃刊となり、私の目に二度と触れることはなくなった。


 その廃刊が、数珠繋ぎのように連鎖する並列世界(パラレルワールド)に作用して、前世のエリカ(わたし)が救われる「別の世界線」が誕生したかどうかなど、今となっては、何も分からないけれど。

 

 ただ、もう憂いは薄れ、あの忌まわしい過去を振り返ることもなくなった。

 だから、私は、あの時、住職さんにいただいた成就の御札を持って、御礼参りに訪れたのだ。


 最後の仕上げ――。

 この縁切りを叶えてくれた仏様に、私は感謝しなければならない。


 その神聖なる炎で、役目を終えた御札を再びお焚き上げして、手放した因果を自由な宙(そら)へと送り返すために。



 -〔完〕-

<あとがき>

 負の感情が溜まりに溜まったところ、この短編がフッと降りてきました。

(閃いたというよりは、本当に『こんな話どうだろう?』と、天啓みたいに)



 それと申しますのも、書籍化経験済の某ランカーから、当方の連載作品が「剽窃・流用・転用」被害に遭い、現在も虎視眈々と更新を狙われている模様で。

(当方の更新を待っているかのように、あちらの更新ペースがぴたりと合い始めたのを察した時には、その粘着質な執念にゾッとしました)


 該当作家は、こちらが「異世界転生/転移〔恋愛〕の週間50位以内に不正にとどまっている」と指摘したら、わざとそこから外れて、それより下位順位を維持し続けるという姑息ぶり。

(自作自演の加点/減点でこまめにポイント・コントロールしていると思える推移)


 その書籍化もまた、おそらく知名度なさそうな電子書籍1作のみであるのに、かの作者の全ての投稿作で総合ポイントが軒並みインフレしているのも異常ですし。

(人気作家と判断するには、そのクオリティに疑問が残りますし、ポイントの入り方がいかんせん不自然というか)


 こちらがフリートークで語った内容まで本文ネタにしてきた時には、あまりに唖然として、「なんて節操なしの、知性も品性も欠ける人間なんだ。なぜ、こんなものがブクマを集め、評価されているのか」と。


 私より以前に同様の被害を受けた人もあったのか、その相手方に対し、毒を吐いているかの痕跡も見て取れましたし。まったくタチの悪い。


 そのパクリ作で同じコンテストに参加してきたのを見たときには、その厚顔無恥ぶりに怒り心頭し、ほとほと呆れました。



 元からPVも低く感想や反応も得られない底辺作家でしたが、この被害により、長らく準備してきた我が子のように大切な代表作を停止したり、新連載まで更新頻度を下げざるを得なくなって、ますますドツボにはまっている状態です。


 これまでに僅かながらも、ご評価くださった方々には感謝しておりますし、それだけがいくらか慰めにはなっているのですが。


 けれども、大多数には見向きされないまま、支援も支持も得られない状態なのは変わらずで。


 己の未熟さを痛感し、様々な感情と葛藤しつつ、孤軍奮闘し続けているのですが、いよいよ、精神的にキツくなってきました。


 ちまちまと連載執筆を進めて、未投稿分がどんどん積み上がっている中で。

 どうしても、吐き出しきれない鬱憤(うっぷん)まで溜まってしまって。


 しかして、この短編は、主人公が恋愛してないのに、このジャンルで良いのか、作者としても疑問ですので、最後まで読んでくださった皆さんには、まことに申し訳ないです。

 

 ただ、この手のストーリーは、「異世界〔恋愛〕」にしないと、ほぼほぼ読まれないという。

 そして、まったく評価もつかない。


 不正してまでポイントを保持するものが最終的にランキングを埋め、高ポイントを得がちである。

(パクリだったり、AI直接使用を不使用に偽装したり、互助会か複数アカウントか何かでポイントを水増ししたり――)


 人力で真面目に頑張っている作者ほど埋もれて、日の目を見ることがない……。


 投稿の闇の部分ばかりが目について、ルールを守って真剣に執筆している身としては、毎日が心底つらいです。



 26/10/29(木)  戸埜前 遥宇 〔拝〕



 念のため、ご連絡

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 つたないながら、100%人力の執筆と挿絵、二刀流で頑張っております。

 ご反応いただけると励みになりますので、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
まあ縁切りお焚き上げの効果も有ったんだろうけど、聖女を排除したんだから何かしらの影響は有る物よね〈世界の荒廃
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