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死んでくれ         :約2000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/04/17

「――んでくれませんか?」


「え?」


「あの、死んでくれませんか?」


「……はい?」


 夜、駅近くの通り。おれはスマホの画面を眺めながら、ぼんやり帰り道を歩いていた。日付が変わるまであと数時間。また明日も仕事。そんなことを考えながら、ため息をつこうとした、その瞬間だった。

 突然ビルとビルの隙間から男がぬらりと飛び出してきた。

 おれは思わず「うおっ」と声を漏らし、足を止めた。驚きはしたものの反射的に軽く会釈し、そのまま男の横をすり抜けようとした。

 だが男はずいと一歩踏み出し、こちらの進路を塞ぐように距離を詰めてきた。そして呟くように言ったのだった。死んでくれませんか、と。


「え、死んでくれってどういう意味ですか……」


 おれは眉をひそめ、露骨に怪訝な顔をして問い返した。黒いスーツを着た陰気そうな男だ。背中を丸め、やや俯いている。


「あなたに死んでほしいんです……」


「えっと……初対面ですよね?」


 おれは訊ねながら男の顔を覗き込んだ。血の気がなく、今にも消え入りそうな薄い表情だ。見覚えもなく恨みを買った覚えもないが……。

 男はこくんと頷き、ゆっくり顔を上げた。おれは一歩後ずさった。


「会ったこともないのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないんですか……」


「あなたにも死んでほしいんです……」


「……“も”? それって……一緒に死んでほしいってことですか? ええ、いや、いやいや……」


「もう、よくありませんか……?」


「何がですか……人生もう終わりにしてもって?」


「はい……もう十分でしょう」


「いや、まだまだ全然ですよ」


 おれは苦笑しながら首を振った。


「彼女もいないんでしょ?」


「まあ……今はいませんけど」


「これからもできませんよ。ブサイクですし」


「失礼だな。そんなのわからないでしょうが。今はマッチングアプリだってあるし」


「仕事も安月給なんでしょ?」


「まあ……はい」


「ほらね。結婚なんてあなたには無理です。婚活しても傷つくだけですよ。およしなさい……」


「いや、だからそんなのわからないじゃないですか。てか、あんたに言われる筋合いないよ」


 自殺志願者かと思い、ちょっと親身になって話を聞いてやろうとした自分が馬鹿だった。ただただ無礼で陰湿なやつだ。関わるもんじゃない。

 おれはそう判断し、男を避けて歩き出そうとした。しかし男はまたすっと一歩前に出てきて、ぴたりと進路を塞いできた。


「ちょ、邪魔ですよ。どいてください」


「ねえ、死にましょうよ」


「だから、そんな気はないって言ってるじゃないですか。あんた、なんなんだよ。死神かよ……」


 ――えっ。 


 呆れ、吐き捨てるように言うと、男はこくんと頷いた。

 その次の瞬間だった。男の顔がゆっくりと透け始めた。皮膚が薄れていき、肉が消え、白い骨が現れたかと思うと、その向こう側の景色が歪んで見えた。


「あ、あんた……本物の死神……?」


 おれは震えながら問いかけた。


「はい……」


「おれの……魂が欲しいのか……?」


「はい……。たくさん回収しないといけないんです。ノルマがありまして……」


 死神はちらりと夜空を見上げ、深いため息をついた。


「……じゃあ、下手だよ」


「はい……?」


「いや、死んでほしくてさっきみたいなことを言ってたなら、下手。全然死にたくならなかったよ」


「そんなこと言わずに……。ねえ、死にましょう? ほら、あなた臭いですよ。トイレの匂いがします」


「いや、あんたがやってるのはただの罵倒なんだよ。不快なだけだ」


「鼻毛出てる……」


「それで死にたいってなるわけないだろ……」


「存在感薄いですね」


「あんたほどじゃねえよ」


「笑った顔が気持ち悪い」


「あんたの前で一度も笑ってないだろ」


「ウーパールーパー」


「え、小学校の頃のおれのあだ名……」


「これが死神の力です。あなたの過去はすべて見えるんですよ。女の子に呼ばれて満面の笑みで返事したら、別の子を呼んでいたことがありましたね……」


「ああ……あれは、恥ずかしくて死にたくなったな……」


「そうでしょう、そうでしょう。では」


「いや、本当に死にたいわけじゃないから。力の使い方も下手だな」


「最近、ちょっと太りましたね……」


「もういい。付き合ってられん。じゃあな――」


 おれは呆れてため息をつき、一歩踏み出した。

 だが、その直後だった。

 頭上から凄まじい衝撃が叩きつけられた。視界が真っ白に弾け、おれは一瞬意識を失った――いや、死んだのだ。

 どうやら、すぐ近くのビルから人が飛び降りたらしい。おそらく死神は、別の誰かにも声をかけていたのだろう。

 死神はおれと、その飛び降りた男の首根っこ――魂を掴み上げると、生き生きと笑った。

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