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第6章:優しい嘘の終わり

 地面の奥で、何かが軋んでいた。


 ——ズズッ


 小さな違和感。


 でも、それは確実に“広がっている”。


「……下がりな」


 あや婆が静かに言う。


 コトリの前に立つ。


 小さな背中。


 それでも、一歩も退かない。


「……はぁ」


 男が頭をかく。


 本当に、面倒そうに。


「ほんと、めんどくさい」


 一歩、近づく。


 急ぐ様子はない。


 ただ、距離だけが縮まっていく。


「別にさ」


 軽く言う。


「殺しにきたわけじゃないんだよ」


 足音が土を踏む。


 乾いた音。


「大人しく来てくれれば、それで終わる」


 一拍。


「……保護しにきただけだ」


 その言い方は、本当にそう思っているみたいだった。


 だからこそ——噛み合わない。


「……嫌だよ」


 あや婆が、ぽつりと返す。


「この子はね」


 背後のコトリに目をやる。


「この里で、生きていく子だよ」


 静かに。


 でも、はっきりと。


 その時——


 ——ゴゴゴゴッ


 地面が、深く唸った。


 空気が震える。


 土の奥で、何かが崩れていく。


「……なに?」


 男が足元を見る。


 わずかに眉を寄せる。


「……なにこれ」


 一瞬だけ思考が止まる。


「こんなの——」


 一拍。


「聞いてないんだけど」


 苛立ちはない。


 ただ、“想定外”を面倒がっているだけだった。


 ——バキッ!!


 大地が裂けた。


「うわっ!?」


 千代とハルの足元が崩れる。


 身体が落ちる。


「千代!!」

「ハル!!」


 コトリの叫びは——届かない。


 その瞬間。


 ——ドンッ!!


 横から土が弾けた。


 強引に。


 割り込むように。


 二人の身体を押し上げる。


「……間に合った!!」


 土の中から現れたのは——モグ。


 息を荒くしながら、笑う。


「こういうのは任せなって……!」


 足元の地面がうねる。


 繋がる。


 穴と穴が。


 見えない地下で、道が組み替わっていく。


 まるで——地面そのものを操っているみたいに。


「……助かった」

「さすが、土竜だね」


「だろだろー!」


 モグが笑う。


「地面の中は全部“庭”だからさ!」


 ——ズズズズッ


「……なに、この音」


 千代が亀裂を覗き込む。


 そこから——手が伸びた。


 土にまみれた指。


 腕。


 顔。


 ——村人。


 でも。


 その目に、意思はない。


 焦点が合っていない。


 誰も見ていない。


 ただ、動いているだけ。


「……っ」

「……多すぎる」


 モグが顔をしかめる。


 次々と。


 止まらない。


 まるで——最初からそこにいたみたいに。


「……は?」


 男が呟く。


 本気で面倒そうに。


「いや、聞いてないって」


 ため息をつく。


 視線が一瞬だけ遠くへ向く。


「……誰だよ、これ」


 ほんの少し思考して——


「あぁ……月縛か」


 小さく納得する。


 だが——


「……まぁいいか」


 興味を切る。


 優先度が違う。


 その間に。


 村人たちが流れ込む。


 壁のように。


 押し分けるように。


「コトリ!!」

「こっち来い!」


 ハルの声。


 でも——届かない。


 距離が、断たれる。


 人の壁。


 意思のない壁。


「……っ」


 一歩踏み出す。


 でも、進めない。


 完全に、分断された。


 それでも。


 信じるしかなかった。


 千代とハルなら、大丈夫だと。


「……あや婆」


 背中を掴む。


 震える声で。


「この人……知ってる人?」


 一瞬の沈黙。


 あや婆の背中が、わずかに揺れる。


「……ああ」


 小さく。


「知ってるよ」


 ゆっくりと振り返る。


 その目は優しい。


 いつもと同じで。


 でも——覚悟があった。


「最初はね」


「猫ちゃんと、あんたを見張るのが仕事だった」


「……え」


「報告するだけ。それだけだったんだよ」


 少しだけ笑う。


「でもさ」


「猫ちゃん、あんな顔する子じゃなかった」


 目を細める。


「ほんとに、幸せそうでねぇ」


 そして。


「……あんたにも、情が湧いちまった」


「私も歳だねぇ」


「……はぁ」


 男が息を吐く。


「まぁ、分からなくもないけどさ」


 一拍。


「……でも、それでも」


 視線が戻る。


「仕事は仕事だ」


 淡々と。


 線を引くように。


「引き渡してもらう」


 その時——


 ——ドッ


 村人が飛び込む。


 一直線に。


 迷いなく。


 そこに“意思”はない。


「……っ!」


 身体が動かない。


 その前に——


 あや婆が出た。


 迷いなく。


 当然みたいに。


 ——ズブッ


 一瞬、静止する。


 遅れて——


「……え」


 音だけが残る。


 理解が、追いつかない。


 村人は止まらない。


 振り向かない。


 見もしない。


 ただ、ふらふらと歩いていく。


 何もなかったみたいに。


 やがて、人の流れに紛れて消えていく。


 静寂だけが残る。


「……あや婆?」


 声が震える。


 足が勝手に動く。


 近づく。


 しゃがみ込む。


 身体を抱き上げる。


 ——軽い。


「……え」


 思わず、声が漏れる。


 こんなに軽かったのかと。


 あの手で。


 あの細い腕で。


 いつも。


 重い荷物を運んでいた。


 水も。


 薪も。


 畑の道具も。


 何も言わずに。


 当たり前みたいに。


 胸が、詰まる。


「……なんで」


 涙が落ちる。


「なんで……」


 止まらない。


 視界が歪む。


 あや婆が、ゆっくりと目を細める。


 苦しそうに。


 それでも——優しく。


「……あんたが」


 かすれた声。


「気にすることじゃないよ」


「……でも」


 言葉にならない。


 あや婆は、小さく息を吐く。


 そして、ほんの少しだけ笑った。


「……ほんとに」


「優しい子に、育ったねぇ」


 その言葉は責めない。


 ただ、確かめるように。


「……猫ちゃんにそっくりだ」


 震える手が、コトリの頬に触れる。


「……あんたは」


 一瞬、息が詰まる。


「生きなきゃいけない子だ」


 その言葉が沈む。


 胸の奥に。


 重く。


 静かに。


 手の力が抜ける。


 指先から、温もりが離れていく。


「……あや婆?」


「……やだ」


 小さく。


 子供みたいに。


「やだよ……」


 返事は、ない。


 ただ。


 温もりだけが、静かに消えていった。


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