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第5章:静かすぎる日常

 昼下がり。


 白嶺の里は、いつもと変わらない時間を過ごしていた。


 陽の光は柔らかく、風は穏やかで。

 遠くから、誰かの笑い声が聞こえる——はずだった。


 でも。


 どこか、静かすぎる。


 変わらない日常。

 そのはずなのに——落ち着かない。


「……ねぇ、コトリ」


 宮尾千代がぽつりと呟く。


「ん?」


「なんか、変じゃない?」


 軽い声。


 でも、その奥にあるものは違う。


「なにが?」


「うーん……」


 視線が、ゆっくりと里をなぞる。


 屋根。

 道。

 人影。


 いつも通りのはずの景色。


 その中で——


 何かが、欠けている。


「……あや婆、いなくない?」


「え?」


 コトリも周囲を見る。


 確かに。


 いつもなら、あの辺りにいる。


 誰かに話しかけていたり。

 何かを運んでいたり。


 小さく動いているはずの存在が——ない。


「ほんとだ」


 胸の奥が、わずかにざわつく。


 その時。


「……それだけじゃない気がする」


 ハルがぽつりと呟く。


「人も……少なくない?」


 一瞬、空気が止まる。


 改めて見る。


 通り。

 家の前。

 遠くの畑。


 いるにはいる。


 でも——少ない。


 妙に、少ない。


 生活の音が、薄い。


「……ほんとだ」


 コトリが小さく言う。


 さっきまで気づかなかったのに。


 意識した瞬間、違和感が形になる。


「どこか行ってるだけじゃない?」


 自分で言いながら。


 納得できない。


「……そうかな」


 千代は地面を見る。


 足先で軽く叩く。


 トン、と。


「……昨日の、あれ」


「え?」


「繋がってるやつ」


 コトリは思い出す。


 あの感覚。


 地面の下に広がっていた“何か”。


「……関係あるのかな」


「分かんない」


 千代は短く言う。


「でも、嫌な感じはする」


 その言葉が落ちた瞬間——


 ——ズズッ


 地面が、わずかに揺れた。


「……今の」


 ハルが足元を見る。


「まただ」


 さっきより、はっきりしている。


 ほんの少し。

 でも、確実に。


「……気のせい、じゃないよね」


 コトリの声が、少し低くなる。


 空気が、変わり始める。


 その時。


「おーい」


 遠くから声が飛んできた。


 振り向く。


 里の外れ。


 そこから、一人の男が歩いてくる。


 ゆっくりと。

 気怠そうに。


 まるで——急ぐ理由がないみたいに。


 でも。


 目が離せない。


 空気が、そこだけわずかに沈んでいる。


「……誰、あれ」


 ハルが呟く。


 知らない顔。


 でも、本能が警告する。


「……あの人」


 千代が小さく言う。


「嫌な感じする」


 同じだった。


 コトリも、同じことを感じていた。


 怖いのに。

 “何が怖いのか分からない”。


 その曖昧さが、余計に気味が悪い。


 ——カサッ


 背後で音がした。


 振り向く。


 そこにいたのは——


「あや婆!」


 思わず声が出る。


「どこ行ってたの?」


 あや婆は、息を少しだけ切らしていた。


 額に、わずかな汗。

 手が、ほんの少し震えている。


 いつもと同じようで。

 どこか違う。


「……ちょっと、ねぇ」


 言葉を濁す。


 視線が、一瞬だけ逸れる。


 そして——コトリを見る。


 一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 その目に、“迷い”が浮かんだ。


「コトリ」


「うん?」


 言いかけて、止まる。


 言葉が出ない。


「……今日は、家にいな」


「え?」


 少し強い口調。


 でも——その奥は震えている。


「いいから」


「でも——」


「言うこと聞きな」


 その声に、逆らえなかった。


 理由は分からない。


 でも——従わなきゃいけない気がした。


「——ああ」


 間の抜けた声が、割り込む。


 振り向く。


 男が、すぐそこにいた。


 いつの間にか。


 距離が縮まっている。


 足音も、気配もなかった。


「もう合流してたんだ」


 軽く言う。


 あや婆を見る。


 その視線は——責めるでもなく。


 疑うでもなく。


 ただ、“確認する”ようなものだった。


「……間に合った?」


 ぽつりと。


 あや婆だけに届く声。


 あや婆の肩が、わずかに揺れる。


 答えない。


 答えられない。


 その様子を見て——


「……はぁ」


 男がため息をつく。


 でも、苛立ちはない。


 ただ少しだけ——本当に、面倒そうに。


「まぁいいや」


 それで済ませる。


 深く踏み込まない。


 それが逆に、異質だった。


 視線が、ゆっくりと動く。


 コトリへ。


 まっすぐに。


 敵を見る目じゃない。

 獲物を見る目でもない。


 ただ——


 “目的を確認する目”。


「……この子か」


 小さく呟く。


 その一言で。


 空気が、重く沈む。


 コトリの背筋が、ぞくりとする。


 でも——


 そこに、殺意はない。


 だからこそ。


 分からない。

 怖い。


 理解できないものほど、怖い。


「……やっぱり」


 千代が低く呟く。


 視線は、あや婆へ。


 確信に近いもの。


 あや婆は何も言わない。


 ただ——


 コトリの前に立つ。


 一歩、前へ。


 迷いなく。


「……下がりな」


 静かな声。


 でも、強い。


 その一言で——


 すべてが、繋がった。


 違和感が、形になる。


 もう、戻れない。


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