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氷華と青炎:自由への境界線

作者: 慈架太子
掲載日:2026/01/29

境界を越えた夜:伯爵令嬢エレナと冒険者カイルの物語

雲が月を隠した夜、王都の端にある伯爵邸の裏門で、二つの影が重なりました。


一人は、絹のドレスを脱ぎ捨て、動きやすい革の旅装に身を包んだ伯爵令嬢エレナ。もう一人は、数々の死線を潜り抜けてきた銀髪の冒険者カイル。住む世界が違うはずの二人は、ギルドへの極秘の依頼を通じて出会い、言葉を交わすうちに、身分という高い壁を越えて惹かれ合っていきました。


「本当にいいのか、お嬢様。この門を出れば、もうふかふかのベッドも、温かい食事も約束されていない」


カイルの声は低く、どこか切なさを孕んでいました。彼は、貴族の暮らしを捨てることがどれほど過酷かを知っています。しかし、エレナは迷うことなく彼の大きな手を取り、力強く握り返しました。


「籠の中の鳥として一生を終えるより、あなたと泥にまみれて歩く道を選びたい。私を連れて行って、カイル。世界の果てまで」


二人は馬を走らせ、追手の目が届かない国境の森へと向かいました。後ろを振り返れば、美しくも窮屈だった王都の灯りが遠ざかっていきます。


静寂の森: 追っ手を撒くため、道なき道を進みます。カイルの剣術と野営の技術が、世間知らずだったエレナを守ります。


焚き火を囲んで: 簡素な干し肉を分け合いながら、二人は未来を語り合いました。それは贅沢な晩餐よりも、エレナの心を深く満たしました。


朝日が地平線から差し込む頃、二人は隣国の国境を越えました。そこには、名前も肩書きも関係のない、ただの「男と女」としての自由な世界が広がっています。


エレナは朝日を浴びて微笑みました。これから先、困難は山ほどあるでしょう。しかし、隣にカイルがいる限り、どんな冒険も恐れることはありません。


二人の物語は、ここから本当の始まりを迎えるのです。



自由への第一歩:宿場町リヴェラの喧騒

国境を越えて数日。エレナとカイルが辿り着いたのは、活気に満ちた宿場町リヴェラでした。そこは王都のような洗練さはありませんが、多種多様な種族と職業の人々が混ざり合い、熱気に溢れていました。


エレナにとって、それは見るものすべてが新鮮な「自由」の象徴でした。


カイルが選んだのは、冒険者たちが集う大衆宿「跳ね馬亭」でした。


衝撃の部屋: 案内されたのは、狭く、床板が軋む小さな部屋。伯爵邸のクローゼットよりも狭い空間に、エレナは目を丸くします。


カイルの配慮: 「驚いたか? これでもこの街じゃマシな方なんだ」と苦笑いするカイル。彼は、エレナが持ってきた宝石を安易に売らせませんでした。「その宝石は、本当に困った時のための切り札だ。まずは俺が稼ぐ」


カイルはギルドに向かい、手慣れた様子で街周辺の魔物討伐の依頼を受けてきました。彼が持ち帰った数枚の銀貨。それは、エレナが今まで見てきた金の装飾品よりも、ずっと価値のあるものに感じられました。


翌朝、エレナは自ら提案しました。「私も、ただ守られているだけではいられないわ」


カイルに連れられて訪れた古着屋で、彼女は動きやすいリネンのシャツと、丈夫な革のズボンを選びました。


髪を切り落とす: 象徴的だった長い金髪を、カイルの短剣で自ら肩のあたりまで切り揃えました。


護身の術: カイルから、護身用の小剣の扱い方を教わり始めます。「令嬢のダンス」ではなく「生きるためのステップ」を学ぶ彼女の目は、かつてないほど輝いていました。


その夜、宿の一階にある酒場で、二人は安酒のジョッキを傾けました。


「お嬢様、いや……エレナ。今日からあんたは、俺の相棒だ」


カイルの言葉に、エレナは顔を綻ばせました。 「ええ、よろしく頼むわ、カイル。私の騎士様」


周囲の喧騒に紛れ、二人は小さな幸せを噛み締めました。王家からの追っ手がこの街に現れるのは、それからわずか三日後のことでしたが、今の二人にはそれを跳ね返すだけの絆が芽生え始めていました。





覚醒の火花:絶体絶命の窮地で

宿場町リヴェラでの生活が始まって一週間。カイルが不在の折、ついに伯爵家が放った「影」の追っ手がエレナを追い詰めました。宿の裏路地、逃げ場のない行き止まりで、エレナは初めて死の恐怖と向き合います。


絶望の淵

追っ手は、魔法を無効化する特殊な鎖を持つ凄腕の暗殺者でした。カイルに教わった小剣で必死に抗うエレナでしたが、力の差は歴然です。


「大人しく戻りましょう、エレナ様。伯爵閣下がお待ちです」


冷酷な言葉とともに、暗殺者の刃がエレナの肩を掠めます。その時、彼女の脳裏に浮かんだのは、王宮で学んだ退屈な儀式用の作法ではなく、カイルと焚き火を囲んだ夜の、あの温かな空気でした。


「戻らない……。私は、私の人生を生きると決めたの!」


魔法の奔流

激しい感情が引き金となり、彼女の血脈に眠っていた古の力が呼び覚まされました。それは、伯爵家でも数代に一人しか現れないと言われる「純粋魔力」の覚醒でした。


現象: 彼女の周囲の空気が激しく振動し、目に見えるほどの青白い光が溢れ出します。


発動: 彼女が突き出した掌から、形を持たない純粋な衝撃波が放たれました。


結果: 暗殺者の武器を粉砕し、相手を数メートル後方に吹き飛ばします。路地の石畳には、凄まじい熱量で焼かれた跡が残りました。


駆けつけたカイル

異変を察知して駆けつけたカイルが見たのは、膝をつき、肩で息をしながらも、自分の手を見つめて驚愕するエレナの姿でした。


「エレナ! ……これは、あんたがやったのか?」


カイルの問いに、エレナは震える声で答えます。「わからない……。でも、守りたいと思ったの。カイルと過ごす、この自由を」


カイルは彼女を抱き寄せ、その耳元で低く、しかし確かな信頼を込めて囁きました。「驚いたな。どうやら俺の相棒は、想像以上に凄腕の『魔法使い』だったらしい」




エレナの魔法の覚醒から数日後。二人はリヴェラの街を離れ、人里離れた森の奥深くへと足を踏み入れていました。目的地は、エレナの制御できない魔力を訓練するための、カイルが見つけた秘密の場所です。


「いいか、エレナ。魔法は想像力だ。何をどうしたいか、明確にイメージしろ」


カイルは、森の開けた場所で、エレナに基本的な魔力の集中方法を教えていました。エレナは目を閉じ、深く呼吸をします。手のひらに意識を集中し、王都の泉の清らかな水を思い描きました。


「……水」


エレナがそっと唱えると、彼女の手のひらから、透明な小さな水玉が、ぷるんと現れては、すぐに地面に落ちて弾けます。


試行錯誤: 何度か試すうちに、水玉は少しずつ大きくなり、長く手のひらに留まるようになりました。


カイルの助言: 「いいぞ、その調子だ。次は、その水玉をもう少し小さく、そして鋭くするイメージだ。目標を定めて……そう、"弾丸"のように」


エレナはカイルの言葉を反芻し、再び集中しました。今度は、水の塊を、より凝縮させ、一点に力を集めるイメージです。手のひらの水は、まるで水晶のように硬質で透明な輝きを放ち始めました。


「ウォーターバレット!」


エレナが力強く叫ぶと、手のひらから放たれた水弾は、空気を切り裂く鋭い音を立てて一直線に飛んでいきました。


衝撃の威力: 目標にしたのは、少し離れた場所にある若い木。水弾は、その幹に吸い込まれるように命中し、なんと木を貫通したのです。


エレナの驚き: 「やった……! 私、やったわ、カイル!」エレナは自分の手のひらを見つめ、信じられないといった表情でカイルに抱きつきました。


カイルの冷静な評価: 「上出来だ、エレナ。想像以上に威力がある。だが、油断するな。貫通力は高いが、範囲攻撃には向かない。状況を見極めて使い分ける必要がある」


しかし、強力な魔法を放った代償は、小さくありませんでした。エレナはふらつき、その場に座り込みます。


疲労困憊: 「はぁ……はぁ……こんなに疲れるなんて……」


カイルの忠告: 「まだ一度に使える魔力量が少ない。無理は禁物だ。しかし、この威力なら、これからの旅で大きな武器になるだろう」


カイルは、疲労困憊のエレナを優しく抱き起こし、持参した水筒を差し出しました。森の木漏れ日が、二人を静かに照らしています。エレナの魔法は、まだ覚醒の序章に過ぎません。この森での特訓は、これから本格的に幕を開けるのでした。



猛炎の覚醒:カイルの「ファイアバレット」

エレナの水弾が木を貫いた直後、それを見守っていたカイルの身体にも異変が起きました。長年の実戦で培われた直感と、エレナの魔力に共鳴するかのように、彼の右手に熱が宿ります。


「……火」


カイルが短く呟くと、その掌の上に、荒々しく爆ぜる真っ赤な火玉が浮かび上がりました。


「いい? カイル、次はそれを凝縮させるの。もっと小さく、針のように鋭く、そして鉄をも溶かすほど熱くイメージして!」


エレナの助言を受け、カイルは精神を研ぎ澄ませます。 戦場を駆けてきた彼が思い描いたのは、一撃必殺の「弾丸」でした。


「ファイアバレット!」


カイルが放った火弾は、先ほどエレナが貫通させた穴のすぐ横に命中しました。


衝撃: 水弾が「鋭く穿つ」ものだったのに対し、カイルの火弾は着弾と同時に周囲の木を一瞬で炭化させ、爆風とともに拳大の穴を開けました。


熱量: 貫通した断面は赤く焼けただれ、激しい熱気が周囲の空気を歪ませます。


カイルは自分の手を見つめ、不敵な笑みを浮かべました。 「ふっ、どうやら俺もただの『護衛』じゃいられなくなったみたいだな」


「ええ、これで私たちは最高の『魔法使いコンビ』ね!」



二人は、魔力が底を突く寸前まで使い切ることで、器そのものを大きくする「限界突破」の訓練を開始しました。


森の奥深く、静寂の中で二人の叫び声と魔法の轟音が響き渡ります。


エレナとカイルは、交互に、あるいは同時に自らの魔法を放ち続けました。


エレナの「ウォーターバレット」: 最初は一発ごとに肩で息をしていた彼女も、十数発目には無駄な動きを削ぎ落とし、より速く、より鋭い一撃を放つようになります。


カイルの「ファイアバレット」: カイルは実戦を想定し、走り込みながら火弾を連射します。着弾の衝撃で周囲の枯れ木が激しく燃え上がります。


数時間が経過した頃、二人に異変が訪れました。


「……あ、れ……視界が……」 エレナが膝をつきます。指先まで痺れるような感覚。魔力が空っぽになり、体中の力が抜けていく「魔力枯渇」の状態です。


カイルもまた、最後の一発を放った瞬間に激しい眩暈に襲われ、地面に倒れ込みました。 「くそ……、意識が飛びそうだ。だが、不思議と嫌な気分じゃないぜ……」


二人は地面に大の字になり、荒い呼吸を整えながら、魔力が自然に身体へ満ちていくのを待ちました。


静かな浸透: 空っぽになった器に、大気中の魔力がじわじわと染み込んでいく感覚。


確かな成長: 完全に回復した時、二人は気づきました。先ほどまで「壁」だと感じていた限界が、一段階上がっていることに。


実力の実感: 次に放った魔法は、特訓前よりも明らかに魔力消費が抑えられ、かつ威力も増していました。


「カイル、見て。さっきよりも楽に水玉が作れるわ!」 「ああ、俺もだ。次は……今の倍、撃ち込めるようになるまでやるか」


夕闇が迫る頃、二人の足元には貫通した木々や焦げた跡が数多く残されていました。 疲れ果ててはいますが、その表情には、自らの力で未来を切り拓く自信が満ち溢れています。





森の中、エレナは水玉を浮かべたまま、さらなるイメージを重ねました。 「もっと冷たく……凍りつくような静寂を」


彼女の魔力が水の分子から熱を奪い去ると、手のひらの上でプルプルと震えていた水玉が、一瞬にして白く濁り、硬質な結晶へと姿を変えました。


「カラン……」


乾いた音を立てて地面に落ちたのは、紛れもない氷の塊でした。


「おい、エレナ……今のは……」 カイルは目を見開き、信じられないといった様子でその氷を拾い上げました。 「水を作るだけじゃなく、その性質まで変えたのか? 氷なんて、北の連峰の魔導師でもなきゃ扱えない代物だぞ」


「自分でも驚いているわ。でも、カイルの火に対抗するには、これくらいできないとね」


エレナは少し得意げに微笑みました。 「水」が「氷」に変わったことで、殺傷能力だけでなく、敵を拘束したり、足場を作ったりといった戦術の幅が劇的に広がったのです。


「よし、次はさっきの『ウォーターバレット』を氷でやってみよう。……『アイスバレット』だ」


形成: 水玉を生成し、放つ直前に一気に凍らせる。


硬度: 氷のつぶては水よりも重く、硬い。


着弾: 木に撃ち込まれた氷の弾丸は、貫通するだけでなく、その周囲を凍りつかせ、木にひび割れを作りました。


「これなら、鎧を着た相手でも十分通用するぜ」


カイルは感心しながらも、自分も負けていられないと、再び右手に火を灯しました。




エレナは、先ほどの成功を起点にさらなるイメージの深層へと潜り込みました。ただ凍らせるのではなく、その構造を意識し始めたのです。


「中心に核を作って……その外側をさらに硬い氷で包み込む……!」


エレナの集中力が高まると、生成される氷の弾丸はより大きく、そしてクリスタルのような鋭い輝きを放ち始めました。彼女はそのまま、立て続けに右手を突き出します。


「アイスバレット、連射!」


シュッ、シュッ、シュッ! と空気を切り裂く音が連続して響きました。


1本目の木: 抵抗を感じさせることなく、中心を綺麗に穿ち、背後へ突き抜けました。


2本目の木: 速度を落とすことなく、厚い幹を粉砕して貫通。


3本目の木: 凄まじい衝撃音とともに幹の半ばまで食い込み、ようやくその回転を止めました。


「……3本目まで届いたわ」


エレナは少し肩を上下させながらも、確かな手応えに瞳を輝かせました。中心から外側へと層を重ねるイメージが、弾丸に圧倒的な質量と硬度を与えたのです。


横でその威力を見ていたカイルは、呆然と貫通した木々の穴を覗き込みました。


「おいおい……水から氷になっただけで、威力が跳ね上がりすぎだろ。これじゃあ、並の盾じゃ紙切れ同然だぜ」


カイルは驚きつつも、相棒の急成長に触発されたようです。


「エレナがそれなら、俺の『火』も単に燃やすだけじゃ足りないな。もっと密度を上げて、爆発力を一点に集中させるイメージか……」


カイルもまた、自らのファイアバレットを改良しようと、掌の火種をじっと見つめ、精神を研ぎ澄ませ始めました。






カイルはエレナの急成長を目の当たりにし、自分の中に眠る熱量を限界まで引き出そうと試みます。


「ただの火じゃねえ。鉄を溶かし、岩を砕く……それくらいの『熱』を!」


彼は掌の火種を見つめ、ひたすらに「圧縮」と「加速」をイメージしました。赤く揺らめいていた炎が、次第にオレンジ色から黄色へと変わり、さらに熱密度が高まると、ついにその炎は透き通るような青い輝きへと変貌しました。


「……これだ。ファイアバレット!」


カイルが放った青い弾丸は、これまでの火弾とは比較にならない速度で空間を駆け抜けました。


衝撃と破壊: 命中した瞬間、木が「燃える」暇すらありませんでした。着弾点は一瞬で蒸発するように消失し、激しい衝撃波とともに大樹が根本からへし折れました。


残熱: 貫通した跡には、通常の火ではありえないほど高温の熱気が残り、周囲の地面はガラス状に溶けかかっています。


カイルの疲労: あまりの熱量に、カイルの右腕の袖が焦げ、彼自身も肩で激しく息をしています。「……はは、こいつはとんでもねえ。反動もデカいが、これならどんな化け物でも一撃だぜ」





エレナは、攻撃だけでなく自分たちを守る手段の必要性を感じていました。 カイルの青い炎の凄まじい熱量を目の当たりにし、「もしあんな攻撃を私たちが受けたら」と考えたのです。


エレナは地面に両手を突き、地中にある水分と、大気中の魔力を結びつけるイメージを固めました。


「横に広く、分厚く……そして何よりも硬く! 私たちを守る盾になって!」


彼女が強く念じると、足元の地面が激しく振動しました。


氷壁の隆起: 二人の目の前から、高さ3メートル、幅5メートルにわたる巨大な氷の壁が、地響きを立てて一気に競り上がってきました。


多層構造の応用: 先ほどのアイスバレットでの経験を活かし、エレナは壁の内部を多層構造にしました。外側は衝撃を逃がす滑らかな鏡面、内側は粘り強い氷の層を重ねています。


「ほう、見事なもんだ。……よし、少し試させてもらうぜ」


カイルは軽く拳を固め、強化された筋力で氷の壁を叩きました。しかし、壁はビクともせず、鈍い音を立てるだけです。


「カイル、本気でやってみて。今の私たちの魔法に耐えられるか知りたいの」


エレナの言葉を受け、カイルは一歩下がり、右手に青い炎を灯しました。


「……手加減なしだぞ。ファイアバレット!」


青い閃光が氷壁に激突しました。激しい蒸気が立ち込め、周囲を真っ白に染め上げます。


結果: 蒸気が晴れた後、そこには表面が数センチほど溶け、ヒビが入っただけの健在な氷壁が立っていました。


カイルの称賛: 「信じられねえ。俺の青い炎をまともに受けて、溶け落ちないなんてな。これなら大抵の攻撃は防げる」





エレナの氷の壁に触発され、カイルも防御と牽制を兼ねた魔法の構築に挑みます。


「守るだけじゃねえ、近づく奴を焼き尽くす壁だ……!」


カイルは地面を力強く踏みしめ、自らの周囲に円を描くように魔力を練り上げました。イメージするのは、地獄の業火が噴き出す境界線です。


カイルが「ファイアウォール!」と吠えると同時に、彼の数歩先に激しい火柱が立ち上がりました。


炎の障壁: 高さ2メートルを超える猛烈な炎の壁が、横一線に燃え広がります。エレナの「静」の氷壁とは対照的に、絶えず爆ぜる音を立てる「動」の壁です。


熱の暴力: 壁の周囲数メートルは、近づくだけで肌が焼けるような熱波に包まれます。視界は炎の揺らめきで歪み、向こう側の様子を窺うことは困難です。


カイルの工夫: 彼はさらに魔力を注ぎ込み、炎をより凝縮させました。これにより、単なる火の粉ではなく、飛来する矢や投げ槍を空中で焼き落とすほどの密度を手に入れます。


「エレナ、あんたの氷の壁のすぐ後ろに、俺の火の壁を重ねたらどうなるかな?」


二人は実験を試みました。


配置: 前方にエレナの分厚い「アイスウォール」、その直後にカイルの「ファイアウォール」。


効果: 氷壁が物理的な衝撃と冷気による攻撃を防ぎ、それを抜けてきた、あるいは回り込もうとした敵を、内側の火壁が焼き払います。


蒸気の煙幕: 氷が火の熱でわずかに溶けることで、周囲に濃密な霧が発生し、二人の姿を完全に隠す天然の煙幕となりました。


「これなら、不意打ちも怖くないわね」 エレナは、二人の魔力が組み合わさることで生まれる相乗効果に、深い信頼を感じていました。


森の一部は、氷りつき、また焼け焦げ、尋常ではない魔力の残滓が漂う異質な空間へと変貌していました。もはや、この場所に留まるのは危険です。


「カイル、そろそろ行きましょう。この魔力の波を嗅ぎつけて、何かが来るわ」


カイルは頷き、青い炎を消しました。二人は荷物をまとめ、特訓で得た絶大な力を胸に、森のさらに深奥、あるいは新たな街へと歩みを進めます。




森を抜けようとする二人の前に、鋭い角を持つ肉食獣、ホーンウルフの群れが姿を現しました。10匹もの群れは、巧みな連携で二人を包囲し、一斉に襲いかかろうと低く唸ります。


しかし、今のエレナに動揺はありませんでした。


戦術魔法:アイスバーン

「カイル、手出しは無用よ。私が止めるわ!」


エレナは襲いかかってくるウルフたちの移動経路を見定めると、鋭く指を弾きました。


氷の膜: ウルフたちが踏み込もうとした瞬間、その足元の地面が一瞬で滑らかな氷の層へと変わりました。


制御不能の突進: 高速で突進していたウルフたちは、急激な摩擦の喪失に耐えられません。足をもつれさせ、次々と姿勢を崩しました。


「アイスバーン! そして……凍てつけ!」


エレナがさらに魔力を流し込むと、滑るウルフたちの進行方向に、鋭利な氷のトゲがいくつも突き出しました。


自滅の惨劇: 勢いを殺しきれないウルフたちは、自分たちの突進速度のまま、エレナが作り出した氷の角へと次々に激突します。


結果: 先頭の数匹が串刺しになり、後続も氷の上で転倒し、身動きが取れなくなりました。エレナが編み出した「足場を奪う」という戦術が、野生の俊敏性を完璧に無効化したのです。


カイルの追撃

氷の上で悶える残りの群れを見下ろし、カイルが口角を上げました。


「見事なもんだ。じゃあ、仕上げは俺がやらせてもらうぜ」


カイルは滑って立ち上がれないウルフたちに向けて、右手をかざします。


「青い炎の露払いだ。……ファイアバレット、連射!」


カイルが放った数発の青い火弾が、氷の上で身動きの取れないウルフたちを正確に射抜き、群れは一瞬にして壊滅しました。


勝利と確信

静まり返った森の中で、エレナは深く息を吐きました。


「ただ威力を上げるだけじゃなくて、環境を利用する……魔法って、本当に奥が深いのね」


カイルは倒れた獲物を確認しながら、エレナの肩を叩きました。 「ああ、あんたの機転のおかげで、一歩も動かずに済んだ。最高だぜ、エレナ」




二人は倒れたホーンウルフの元へ歩み寄りました。これからの逃亡生活、資金はいくらあっても困りません。カイルは腰のナイフを抜き、手際よく解体作業を始めます。


収穫:プロの解体術

「エレナ、見てろ。こうやって筋に沿って刃を入れれば、毛皮を傷つけずに済む」


鋭いホーン(角): 10本の立派な角が回収されました。これは武器の素材や薬の材料として高く売れるはずです。


上質な毛皮: エレナもカイルに教わりながら、血を避け、丁寧に皮を剥いでいきます。森での夜を凌ぐ防寒具としても役立ちそうです。


魔石: 体内から取り出されたのは、淡い青色に輝く小さな魔石。魔物の力の源であり、魔導具の燃料として街では常に需要があります。


「……肉はどうする? 全部持っていくのは無理だぜ」


カイルが転がる死体を見渡し、肩をすくめました。10匹分ともなると、その重さは二人の荷物制限を遥かに超えています。


エレナの提案

エレナは血の匂いに少し顔をしかめながらも、現実的な判断を下しました。


「残念だけど、肉は自分たちが今夜食べる分だけ切り分けましょう。残りは……森の他の動物たちに返すしかないわね」


カイルは頷き、最も柔らかそうな部位をいくつか切り取って、布に包みました。


立ち去る二人

作業を終える頃には、二人のリュックサックは角や魔石で膨らんでいました。血の匂いは他の魔物を引き寄せかねません。


「よし、解体終わりだ。暗くなる前にここを離れるぞ」


「ええ、急ぎましょう。……ねえカイル、この魔石、私たちの魔法の強化に使えないかしら?」


エレナは手の中の魔石を見つめ、新しいアイデアを思いついたようです。





二人は森を抜け、高い石造りの壁に囲まれた交易都市「レムス」に到着しました。まず向かったのは、街の中心に堂々と構える冒険者ギルドの支部です。


冒険者ギルド:戦利品の換金

ギルド内は、酒を飲む冒険者たちの喧騒と、依頼ボードを確認する者たちの熱気に包まれていました。エレナは少し緊張しながらも、カイルと共に受付カウンターへ向かいます。


「ホーンウルフ10匹分の素材の査定をお願いします」


カイルがリュックから大量の角、上質な毛皮、そして10個の魔石を取り出すと、周囲の冒険者たちが「新顔の二人組が、あの群れを仕留めたのか?」とざわつき始めました。


査定結果: - ホーン(角):銀貨30枚


上質な毛皮:銀貨20枚


魔石(10個):銀貨50枚


合計: 金貨1枚(銀貨100枚分相当)


「予想以上の額になったわね」とエレナが微笑むと、カイルは受付の職員に身を乗り出しました。


マジックバッグの探索

「なあ、これだけの荷物を運ぶのは骨が折れる。この街に『マジックバッグ』の在庫はあるか?」


カイルの問いに、受付嬢は少し困ったような顔をしました。


職員の情報: 「マジックバッグですね。容量を拡張する空間魔法が付与された希少品です。残念ながら、現在ギルドの在庫にはありません。数ヶ月に一度、王都からの商団が持ち込む程度で、価格も金貨50枚は下らないでしょう」


代替案: 「ただし、街の北通りにある『古道具屋の老主人』なら、中古の出物を持っているという噂があります。あそこは変わり者ですが、鑑定眼は確かですよ」


二人の相談

ギルドを出た二人は、手に入れた金貨1枚を握りしめ、街の通りを歩きます。


「金貨50枚か……。私たちの魔法で魔石を効率よく集めれば、決して不可能な額じゃないわ」 エレナの言葉に、カイルは頷きながらも、その「古道具屋」のことが気になっているようでした。


「ああ。だが、マジックバッグがあれば、肉も素材も全部持ち帰れるようになる。そうなれば稼ぎの効率は跳ね上がるな。まずはその古道具屋を覗いてみるか?」





二人はギルドの職員から聞いた情報を頼りに、街の北通り、入り組んだ路地の奥にある古道具屋へと向かいました。看板も出ていないその店は、薄暗い店内にガラクタとも宝物ともつかない品々が天井まで積み上げられています。


奥のカウンターで古びたルーペを覗き込んでいたのは、長い髭をたくわえた小柄な老人でした。


「マジックバッグだと? 坊主、あれがどれほど貴重なものか分かって言っているのか?」


老主人は顔も上げずに問いかけます。カイルが「ああ、相応の対価は払うつもりだ」と答えると、老人はようやく目を上げ、カイルの隣に立つエレナをじっと見つめました。


「ほう……。そこの嬢ちゃん、いい魔力を持っているな。それもただの魔力じゃない。氷と静寂を孕んだ、磨けば光る原石のような魔力だ」


老主人は棚の奥から、色褪せた革製の古びた鞄を取り出しました。見た目はただのショルダーバッグですが、入り口に微かな空間の歪みを感じさせます。


「これがマジックバッグだ。中身の容量は馬車一台分、重さは常に一定。だが、これは金だけでは売らん」


提示された価格: 金貨20枚(相場よりは安いが、今の二人には大金)。


特別な条件: 「この街の南にある『嘆きの洞窟』の最深部に、私の研究に必要な『千年の氷結晶』が眠っている。それを取ってきて私に渡せ。それができれば、このバッグをその価格で譲ってやろう」


「氷結晶……。エレナ、あんたの出番だな」 カイルがエレナに視線を送ると、彼女は決意を込めて頷きました。


「分かりました。その氷結晶、必ず持ち帰ります」


エレナが答えると、老主人はニヤリと笑いました。 「威勢がいいな。だが、あの洞窟には冷気を好む魔物も多い。そのバッグが欲しければ、死なずに戻ってくることだ」


二人は古道具屋を後にし、洞窟への遠征の準備を始めることにしました。マジックバッグを手に入れれば、二人の旅は劇的に楽になるはずです。





二人は翌朝、まだ街が眠りの中にいる時間に出発しました。目指すは南に位置する「嘆きの洞窟」。道中は険しい岩場が続きますが、二人はこの移動時間を「新戦術の実験」に充てることにしました。


新戦術:加速と機動

エレナはアイスバーンの応用で、自分たちの機動力を高める方法を思いつきました。


「カイル、足元に薄く氷を張るわ。その上を滑るように進みましょう」


氷の滑走アイスグライド: エレナが足元に滑らかな氷の道を生成し、カイルがその背中を押し、あるいは二人でタイミングを合わせて滑ります。


炎の推進: さらにカイルが、掌から弱めに「ファイアバレット」を断続的に放ち、その反動を推進力として利用しました。


結果: 通常なら半日かかる岩場を、二人は驚くべき速度で駆け抜けました。


嘆きの洞窟:入口の試練

到着した洞窟の入口からは、その名の通り、風が吹き抜けるたびに不気味な啜り泣きのような音が漏れ聞こえてきます。内部は冷気に満ち、壁面はうっすらと凍りついていました。


「ここから先は、氷の魔物が出るはずだ。エレナ、あんたの氷が効かない相手もいるかもしれないぜ」


カイルの言葉通り、奥から冷気を纏った「氷のコウモリ」の群れが襲いかかってきました。


実戦:氷と火の相乗効果

エレナは咄嗟に新しい合体技を提案します。


「カイル、私の氷の中に、あなたの火を閉じ込めるイメージで放てる?」


氷火弾サーマル・ボム: エレナが中を空洞にした「アイスバレット」を作り、その内部にカイルが極小まで圧縮した「ファイアバレット」を撃ち込みます。


発射: 二人が同時に放ったその弾丸は、コウモリの群れの中心で着弾。


爆破: 衝撃で氷の殻が砕けると同時に、閉じ込められていた青い炎が急激に膨張。激しい水蒸気爆発を起こし、一撃で群れを霧散させました。


「……こいつは傑作だ。威力が跳ね上がりやがった!」 カイルは手応えに拳を握り、エレナも自信に満ちた表情で頷きました。


洞窟の深淵へ

順調に敵を退けながら、二人はついに、青白く光る巨大なツララが並ぶ最深部へと足を踏み入れます。


そこには、老主人が求めていた「千年の氷結晶」が、巨大な氷の守護獣「アイスゴーレム」の胸に埋め込まれて輝いていました。




二人は洞窟の守護獣、アイスゴーレムを前にして、さらなる新技術の投入を決めました。エレナは「火」と「水」の魔力が組み合わさる瞬間の爆発的なエネルギーに着目し、二つの新たな魔法を考案します。


エレナはカイルの青い炎から伝わる「熱」の魔力を、自分の中に一部取り込むような感覚で魔力を練り上げました。


プロセス: 生成した水玉の中に、極限まで熱量を流し込み、放つ直前まで「液体」の状態を維持して圧縮します。


発動: 「ボイルバレット!」


効果: 放たれた弾丸は着弾の瞬間に激しく沸騰し、超高温の熱湯を周囲に撒き散らします。アイスゴーレムの冷気の装甲に激突すると、急激な温度変化で装甲が悲鳴を上げてひび割れました。


続いて、エレナはさらに高度な「相転移」を利用した魔法を繰り出します。


「カイル、火の魔力を最大にして! そのまま私の水にぶつけて!」


プロセス: 魔法の生成段階で、エレナの水とカイルの火を完全に衝突させ、一気に高圧の「蒸気」へと変えます。


発動: 「スチームバレット!」


効果: 視認不可能なほど高速で放たれた無色の蒸気の塊は、空気抵抗を無視してゴーレムのひび割れた装甲へ突き刺さりました。内部に侵入した蒸気は急膨張し、内側からゴーレムの巨体を爆発的に粉砕します。


激しい蒸気の煙幕が晴れると、そこにはバラバラに砕け散ったゴーレムの残骸が転がっていました。


「熱い水に、見えない蒸気か……。エレナ、あんたの想像力には恐れ入るぜ」


カイルは感心しながら、ゴーレムの残骸の中央で輝く「千年の氷結晶」を拾い上げました。その結晶は、洞窟の冷気を吸い込んで神秘的な蒼い光を放っています。


目的のブツを手に入れた二人は、再び「アイスグライド」を駆使して洞窟を後にしました。


実戦の確信: 二人の魔力を混ぜ合わせることで、単独では到達できなかった「熱」と「圧力」の制御が可能になったことを確信します。


古道具屋へ: 街に戻り、あの老主人の元へ向かいます。


「マジックバッグ」を手に入れる準備は整いました。




二人は夕刻、再び北通りの古道具屋を訪れました。店内に一歩足を踏み入れると、埃っぽい空気と古びた魔導具の匂いが鼻を突きます。


約束の履行

カウンターには、前と同じように老主人が座っていましたが、今回はルーペではなく、一振りの古い短剣を磨いていました。


「……戻ったか。手ぶらではないようだな」


エレナが懐から「千年の氷結晶」を取り出し、カウンターへ置きました。結晶から放たれる清冽な冷気が、店内のよどんだ空気を一瞬で浄化していきます。


「確かに。まさか本当に、あのゴーレムを退けてくるとはな」


老主人は結晶を手に取り、その輝きを満足げに見つめると、足元からあの色褪せた革のバッグを引き上げました。


マジックバッグの受け渡し

「約束通り、これを譲ろう。金貨20枚と引き換えだ」


カイルがギルドで換金した金貨を積み上げると、老主人はバッグをエレナに手渡しました。


バッグの特性: 見た目は年季の入った肩掛けカバンですが、手を中に入れると、底がどこまでも続いているような、奇妙な浮遊感があります。


空間の広がり: 「容量は馬車一台分と言ったが、中では時間が緩やかに流れる。生肉を入れておいても、数日は鮮度が落ちんぞ」


「素晴らしいわ……。これで、もう荷物の心配をしなくていいのね」 エレナは大切そうにバッグを抱きしめました。


老主人の別れ際の一言

店を出ようとする二人の背中に、老主人が声をかけました。


「嬢ちゃん、坊主。そのバッグは便利だが、欲張りすぎて中身を詰め込みすぎるなよ。中身が重くなることはないが、お前さんたちが背負っている『宿命』までは軽くしてくれんからな」


カイルは足を止め、一瞬だけ鋭い視線を老人に向けましたが、すぐに鼻で笑って店を出ました。


「……食えないじじいだ。だが、これで準備は整ったな」


新たな旅路:マジックバッグの活用

外へ出た二人は、さっそくバッグの性能を試すことにしました。


大量の備蓄: これまで持てなかった大量の保存食、予備の着替え、そして解体しきれなかった魔物の素材をすべて収納。


身軽な機動力: 荷物の重さから解放された二人は、これまで以上に迅速に、そして自由に行き先を選べるようになりました。


「さあ、カイル。次はどこへ行く?」 「そうだな……。この街にはもう長居は無用だ。山を越えて、魔法の研究が盛んな西の『アカデミー・シティ』を目指すのはどうだ?」




ここしばらく、逃亡生活と激しい特訓、そして洞窟での死闘が続いていた二人。マジックバッグを手に入れ、安全な宿の個室を確保したことで、ようやく張り詰めていた緊張が解ける時間が訪れました。


宿の暖炉の前、カイルは椅子に深く腰掛け、隣に座るエレナをそっと引き寄せました。エレナはその逞しい腕に身を預け、穏やかな吐息をつきます。


「……ねえ、カイル。こうして静かに過ごすの、なんだか久しぶりね」 「ああ、街を出てからずっと走りっぱなしだったからな。あんた、よく頑張ったよ」


カイルは、特訓で少し硬くなったエレナの掌を優しく包み込み、指先を絡めました。かつての「伯爵令嬢」としての柔らかな手ではありませんが、共に困難を乗り越えてきた「相棒」としてのその手が、カイルには愛おしくてなりませんでした。


ふと、カイルが何かを思い出したように、少し照れくさそうに顔を背けました。


「……そうだ。これ、あんたに」


カイルが懐から取り出したのは、小さな、しかし丁寧に包まれた小箱でした。


「えっ……? これ、どうしたの?」 「へそくりだよ。ギルドで素材を売った時、少しずつ分けて貯めてたんだ。古道具屋でマジックバッグを値切った浮いた分もな」


エレナが驚きながら箱を開けると、そこには透明な蒼い石があしらわれた、繊細な銀のブレスレットが入っていました。


石の意味: 「これ、あの『千年の氷結晶』に似ているわ……」


カイルの言葉: 「店主が言ってたろ。あんたの魔力は磨けば光る原石だって。そのブレスレットの石、あんたの氷の魔法を少しだけ助けてくれる触媒になるらしいぜ。……まあ、似合ってると思って買ったのが一番の理由だけどな」


エレナの瞳に、うっすらと涙が浮かびました。逃避行の中で、彼は自分のことだけでなく、常に自分の成長と安全を考えてくれていた。その事実が、何よりも嬉しいプレゼントでした。


「ありがとう、カイル……。私、一生大切にするわ」


エレナはカイルの首に腕を回し、そっと唇を重ねました。暖炉の火がパチパチとはぜる音だけが、幸せな二人の空間に響いています。


「……おい、エレナ。そんな顔されたら、明日からまた厳しく特訓なんて言えなくなるだろ」 「ふふ、いいじゃない。今夜だけは、ただの『エレナ』と『カイル』でいさせて」




休息を経て絆を深めた二人は、旅の安全性を高めるために「癒やし」の力が必要だと考え、新たな系統の魔法習得に乗り出しました。


エレナは、かつて聖教会の儀式で目にした「慈愛の光」を思い描きながら、魔力を練り上げます。


ヒール(小癒): エレナが祈るように手をかざすと、柔らかな金色の光が溢れ出しました。 「暖かい……。この光なら、傷ついた細胞を活性化できるわ」 自分の指先にあった小さな擦り傷が、光に包まれて瞬時に塞がっていきます。


カイルの習得: それを見ていたカイルも、持ち前の集中力で真似を始めます。 「俺のような荒くれ者に使えるかと思ったが……意外といけるもんだな」 カイルの放つ光魔法は、エレナよりも少し青白く、まるで「浄化」の炎のような力強さを秘めていました。


これで、多少の怪我なら自分たちで即座に治せるようになり、二人の生存率は飛躍的に向上しました。


二人はマジックバッグの容量を活かし、数週間にわたって森で徹底的に狩りを行いました。


エレナの解体修行: 「カイル、私もやるわ。いつまでもあなたに甘えてはいられないもの」 エレナは贈られたブレスレットを輝かせながら、鋭い短剣を手に取りました。最初は血の匂いに顔を青くしていましたが、今では迷いなくナイフを入れ、ホーンウルフの皮を素早く剥いでいきます。 「筋の見極めが早くなったな。伯爵様が見たら腰を抜かすぜ」とカイルも太鼓判を押す腕前です。


魔石の大量収集: 二人の合体魔法「スチームバレット」や強化された「アイスバレット」で、森の魔物たちは一撃のもとに沈みます。マジックバッグの中には、角、皮、そして輝く魔石が山のように積み上がっていきました。


一ヶ月後、二人が街のギルドへ戻り、バッグの中身をすべてカウンターへぶちまけると、職員は椅子から転げ落ちそうになりました。


総売上: 金貨30枚


現在の所持金: 合計で金貨50枚に到達


「よし、これで軍資金は十分だ。アカデミー・シティへ行くにしろ、さらに遠くへ逃げるにしろ、選択肢はいくらでもあるぜ」


カイルは誇らしげに金貨の袋を叩きました。エレナもまた、解体で汚れた手を光魔法で清めながら、逞しく成長した自分の姿に満足げな微笑みを浮かべます。




二人は森での修練の仕上げとして、習得した光魔法と、これまでの射撃魔法を組み合わせた新技の開発に取り組みました。


新魔法:ホーリーバレット(聖光弾)

「光をただ癒やしに使うだけじゃなく、魔を貫く力に変えるわ!」


エレナは掌に高密度の光を収束させ、それをアイスバレットの要領で鋭く凝縮しました。


特性: 物理的な破壊力よりも、邪悪な魔力や闇の属性を打ち消す「浄化」の力が極めて強い弾丸です。


威力: 森の奥に潜んでいたアンデッド(不浄な魔物)に向けて放つと、着弾した瞬間に眩い光が炸裂し、魔物を一瞬で塵へと還しました。


カイルもこれに続きます。「俺のは少し性質が違うみたいだが……こいつも悪くねえ!」カイルの放つホーリーバレットは、まるで白熱するレーザーのように直進し、対象を焼き貫きます。


新魔法:ヒールバレット(治癒弾)

次に二人が考案したのは、離れた場所にいる仲間を即座に治療するための支援魔法です。


「カイル、動かないで。……ヒールバレット!」


発動: エレナが放った柔らかな光の弾丸が、カイルの肩に命中しました。


効果: 着弾の衝撃は全くなく、光の飛沫が弾けると同時に、カイルの肩にあった筋肉痛と古い傷跡が瞬時に消え去りました。


利点: 乱戦の中でも、足を止めることなく遠距離から相棒を回復させることが可能になりました。


完璧な連携の完成

これで二人は、以下の魔法を自在に使い分ける「魔法戦士」へと至りました。


攻撃: ウォーター、ファイア、アイス、ブルーファイア(各バレット)


特殊攻撃: ボイル、スチーム、ホーリー(各バレット)


防御: アイスウォール、ファイアウォール


支援: ヒール、ヒールバレット


「これなら、どんな不意打ちを受けても立て直せるわね」 エレナは銀のブレスレットを愛おしそうに撫で、自信に満ちた瞳でカイルを見つめます。


「ああ。攻めも守りも、回復まで揃った。……さて、これだけ派手に光をぶっ放したんだ。そろそろ『客』が来る頃だぜ」


カイルが剣の柄に手をかけ、森の入り口の方を睨み据えました。 そこには、二人の魔力の高まりを察知した、伯爵家直属の魔法騎士団の先遣隊が姿を現そうとしていました。





森の入り口から、整然とした足音とともに白銀の鎧を纏った5人の魔法騎士が現れました。彼らは伯爵家が誇る精鋭「白百合騎士団」の先遣隊。その手には魔力を増幅させる法杖と、魔導付与された長剣が握られています。


「エレナ様、お迎えに上がりました。……そして、そこの薄汚い冒険者。貴様は国家反逆罪および誘拐罪で即刻処刑する」


騎士団の隊長が冷酷に言い放ちますが、カイルは鼻で笑い、エレナは静かに杖代わりの短剣を構えました。


「……鬱陶しいわね。カイル、もう手加減はいらないわ」 「ああ、一気に片付けるぞ」


殲滅の幕開け

騎士たちが一斉に防御障壁を展開し、突撃を開始しました。しかし、今の二人の機動力と火力はその想定を遥かに超えています。


先制:アイスバーン & スチームバレット エレナが地面を一瞬で氷結させ、騎士たちの足並みを乱します。滑って体勢を崩した先頭の二人に、カイルとエレナが合体魔法「スチームバレット」を叩き込みました。


結果: 防御障壁ごと鎧の隙間から超高温の蒸気が侵入。騎士たちは悲鳴を上げる間もなく内側から焼かれ、沈黙しました。


追撃:ブルーファイア & アイスバレット 「火炎球ファイアボール!」と叫び魔法を放とうとした後続の魔導騎士に対し、カイルの「ブルーファイア・バレット」が炸裂します。青い炎は敵の火球を飲み込み、そのまま胸鎧を貫通。 同時にエレナが放った多層構造の「アイスバレット」が、もう一人の頭部を正確に撃ち抜きました。


トドメ:ホーリーバレット 最後の一人となった隊長が、恐怖に顔を歪ませながら逃げようと背を向けます。 「逃がさないわ。……ホーリーバレット!」 エレナが放った聖光弾が背中に直撃。浄化の光が鎧ごと身体を貫き、騎士は森の地面に転がりました。


戦場の静寂

わずか数分。伯爵家が誇る先遣隊は、一人の死傷者も出すことなく、二人の手によって完全に殲滅されました。


「……弱いわね。あんなに怖かったはずの騎士たちが、今は止まって見えるわ」 エレナは乱れた髪をかき上げ、冷めた瞳で倒れた騎士たちを見下ろしました。


「あんたが強くなりすぎたんだよ、エレナ。さて、こいつらもマジックバッグに……とはいかないが、装備品と魔石はいただいていくか?」


カイルは手際よく、騎士たちの高価な魔導装備を剥ぎ取り始めました。これも売れば相当な路銀になります。




先遣隊が全滅した報を受け、伯爵家はついに「白百合騎士団」の本隊、総勢50名を投入しました。重装騎兵、魔導師団、そして伯爵の懐刀である副団長が、森を包囲するように陣を敷きます。


しかし、今のエレナとカイルにとって、それはもはや「脅威」ではなく「的」に過ぎませんでした。


森の開けた場所で待ち構える二人の前に、重厚な鎧の足音が響き渡ります。


「エレナ様、これが最後の警告です! 投降しなさい!」 副団長の怒号を合図に、魔導師団が一斉に広域破壊魔法の詠唱を開始しました。


「カイル、まずは足場を奪うわよ。……超広域アイスバーン!」


エレナが地面に掌を突くと、周囲数百メートルの地面が瞬時に鏡のような氷に覆われました。突撃しようとした騎兵たちの馬が次々と転倒し、陣形は一瞬で崩壊します。


「次は俺の番だ。熱すぎて火傷しても知らねえぞ。……ファイアウォール・サークル!」


カイルが周囲に腕を振るうと、騎士団を囲むように巨大な青い炎の壁が立ち上がりました。逃げ場を失い、炎の熱と足元の氷に翻弄される騎士たち。


「仕上げよ、カイル! 私たちの全力を見せてあげる!」


二人は互いの手を握り、空中に巨大な魔力の渦を作り出しました。エレナの生成する莫大な「水」と、カイルが練り上げる極限の「青い炎」。


圧縮: 二人の魔力がぶつかり合い、中心部で超高圧の熱水塊が形成されます。


解放: 「「スチーム・エクスプロージョン!!」」


空を覆い尽くさんばかりの真っ白な衝撃波が、騎士団の本陣を直撃しました。


破壊: 物理的な爆風だけでなく、超高温の蒸気が鎧の隙間から入り込み、魔導防御障壁を内側から破裂させます。


蒸発: 絶叫すら蒸気にかき消され、視界が晴れたときには、立っている者は一人もいませんでした。


霧が晴れた後、そこにはへし折れた旗と、使い物にならなくなった武具だけが散乱していました。生き残った者たちも、あまりの力の差に戦意を完全に喪失し、泥のように地面に伏しています。


「……これで、伯爵家も少しは静かになるかしら」


エレナは服についた埃を光魔法で払い、冷徹なまでの美しさを湛えて立っていました。カイルはその隣で、愛剣を鞘に納めます。


「ああ。これだけの戦力を失えば、もう追っ手を出す余裕もねえだろうよ。……さて、転がってる連中から路銀を回収したら、今度こそこの国とおさらばだ」


二人は動けなくなった副団長の目の前を悠然と通り過ぎ、マジックバッグを肩にかけ直して、国境の向こう側へと歩き始めました。





二人は冷徹に、そして確実な「警告」として、敗北し地に伏せた副団長の息の根を止めました。


カイルは無表情にナイフを振るい、その首を切り離すと、エレナが魔法で生成した鋭利な氷の杭へと突き立てました。


街道から最も目立つ場所に、その無惨な標識は設置されました。


氷の保存: エレナは杭の周囲に冷気の結界を張り、その生首が腐ることなく、恐怖の象徴として長く留まり続けるよう魔力を固定しました。


カイルの言葉: 「これで十分だろう。次にここを通る伯爵家の使いがこれを見れば、俺たちを追うことが何を意味するか、嫌でも理解するはずだ」


エレナは血に汚れた手を光魔法で清め、一切の躊躇なく言い放ちました。


「私を『令嬢』として呼び戻そうとした報いよ。……さあ、行きましょう。もうこの国に未練はないわ」


騎士団の本隊を殲滅し、指揮官の首を晒したことで、二人は「家出」というレベルを完全に超え、一国を震撼させる「災厄」あるいは「伝説」としての道を歩み始めました。


背後に広がるのは、白銀の鎧が散らばる死の静寂。 前方にあるのは、誰も足を踏み入れたことのない自由な荒野。


二人は一度も振り返ることなく、夕闇に染まる国境を越えていきました。





あの凄惨な戦いから数年。 伯爵家の追っ手は、街道に晒された副団長の首と、壊滅した本隊の噂に恐れをなし、二人の行方を追うことを完全に断念しました。


現在、二人は王国の支配が及ばない遥か西、海に面した自由都市の郊外にある、小さな石造りの家で暮らしています。



朝の光が差し込む庭で、エレナは魔法を使って清らかな水を生成し、色とりどりの花々に水を与えています。彼女の指先には、かつてカイルから贈られたあの銀のブレスレットが、今も変わらず輝いていました。


「エレナ、朝飯ができたぞ」


家の中からカイルの声が響きます。かつての荒々しい冒険者の姿はどこか影を潜め、今では上質なシャツを着こなし、街で評判の「魔法薬」の交易商として成功を収めていました。



二人はその圧倒的な魔力を、もはや破壊のために使うことはありません。


エレナの仕事: 街の診療所で、高度な「光魔法」と「水魔法」を組み合わせた独自の治癒術を施し、多くの人々から「蒼き癒やしの聖女」と慕われています。


カイルの仕事: マジックバッグを駆使し、鮮度を保ったまま世界中の希少な素材を運ぶ商会を運営。彼の「青い炎」は、今では最高級の魔導具を作るための熱源として、工房で大切に扱われています。


夕暮れ時。二人は海を見下ろす丘の上で、寄り添って座っていました。


「カイル……時々思うの。あの夜、あなたが私を連れ出してくれなかったら、私は今頃どうなっていただろうって」 「ああ。俺も、あんたに出会わなけりゃ、どこかの路地裏で野垂れ死んでたかもな」


カイルはエレナの肩を抱き寄せ、その額に優しくキスを落としました。


「後悔してるか? 伯爵令嬢の身分も、贅沢な暮らしも捨てて、血生臭い旅をさせたことを」 「いいえ。あなたと歩んだあの道が、今の私の誇りよ。……それに、今はこんなに幸せだもの」


二人のマジックバッグには、今もまだ十分な路銀と、これまでの旅の思い出が詰まっています。もしこの街に退屈したり、新たな脅威が迫ったりしたなら、二人はまたいつでも笑って旅に出るでしょう。


一人は、世界で最も強く美しい魔法使いとして。 一人は、彼女を誰よりも愛し、守り抜く唯一の騎士として。


沈みゆく夕日が二人の影を長く伸ばし、やがて星々が瞬き始めます。 境界を越えた夜から始まった二人の物語は、自由という名の広大な世界の中で、これからも末永く続いていくのです。


(物語・完)



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